hr_08(パパだよ)
*
狭い/小さい/取調室。
「お前か」
パトロールのお巡りさんは、うんざり顔でぼくを見た。
保安官助手はいらっしゃらないんですね。
「彼女を煩らわせるんじゃない」
そうですね。
「きみのしたことは、土地のバランスを崩しかねない」
そうですか。
「きみは彼と、どんな関係だった?」
観察官と、観察対象。
「それは書類の関係だ」
紙だけの関係です。
「それで? 続けて」
それだけですよ。
「そうかい?」
あなたは、ヒトですね。
「ああ。そうだ」
あなたに、分かりっこない。
「話してみろよ」
別に。何も。
「何でもいいさ」
かれは胸のポケットからタバコの箱をとり出して。タバコを一本、振り出した。
「喫むかい?」
貰った。
火を貰った。
ケムトレイル/吐き出した。
「うまいだろう」
いや、ちっとも。
「これは印紙付きの合法品だ。きみの持っていた葉っぱの混ぜ物とは違う」
ふうん?
「余禄だよ。仕事には余禄がある。知らなかったか?」
どうして教えてくれなかったんだ!
「きみが訊ねなかったからだ」
彼は口から煙を吐く。
ケムトレイル/肺を痛める/灰になる。
「いいか、坊主。お前は何度も話を訊く機会があった。何度も・何度も・何度も。それをすべて無視したのは、お前だ」
ぼくは鬼だぞ!
「残念だが、きみは台帳に載っていない」
なんだって?
「きみはヒトのままだ」
なんだって?
「きみは鬼に成り損ねた」
ちょっと待ってくれ。
「だから、鬼の後ろ盾はない」
笑えるね。は−は−は。面白い。
「もうひとつ」
彼は自分の腕時計を見て、「チッチッチッ……ポーン! お誕生日、おめでとう」
ありがとう、パトロールのお巡りさん。
「きみは法の後ろ盾もなくなった」
素敵な誕生日プレゼントですね。
「あとは雑談だ」
なんでもどうぞ。
「きみは彼と、どんな関係だった?」
ぼくは口を噤んだ。
指に挟んだタバコが灰になっていく。
指先に熱を感じて、灰皿に戻した。
*
パパだよ。
ぼくは口にした。
ぼくの、お父さん。
「そうか」
血のつながりはない。
「そうか」
ぼくは、彼に、父親を重ねてたんだ。
ぼくは、彼のことが好きだったんだ。
「彼って、誰?」
ミスタ・ホーマー。ぼくの、担当。
ぼくの、保護観察官。
保護者。
咳が出た。
*
──きみのことを少し話そうか。
バラのジャムは受け取ったか?
鬼の報酬だ。よい血を取るための。
タバコ? ご法度だ。
かれらはバラの血を望む。
汚れた血は望まない。
出来の悪いサーバーは供血庫よりも下にされる。
お払い箱だ。
彼らが来なくなったら。
定期的な瀉血が必要になる。
血の巡りが悪くならないよう、自分でしなければならない。
鬼に噛まれたきみの血は、輸血にも使えない。
──誰からも、望まれない。
*
「これからきみは、外に出る」
どうして?
「ここではきみを保護しきれない」
そうなんですか?
「悪く思うな。線は誰かが引いた。おれは、その線を守ることで給料を貰ってる」
ぼくはどうなるんですか?
「外にはお前のようなヤツがたくさんいる」
行きたくありません。
「違うよ、元少年。きみは選べないんだ」
どうして?
「線だよ。お前はそれを跨いだ」
ぼくの意思じゃない!
「そうか」
彼は云った。「残念だよ」
ああ。ほんとうに。
残念だよ、お巡りさん。
ぼくは彼に噛みついた。
彼はぼくに歯向かった。
*
揺れが止まる/車が止まる。
ドアが開く。
ぼくは立たされ、
降ろされた。
左右を屈強な男で挟まれた。
彼らはたぶん、狼だ。
「タバコ、ないですか?」
無視された。
もうひとりに訊ねた。
「タバコ、ないですか?」
「ない」そっけない返事。「悪習はやめるんだな」
ぼくは咳で応える。咽喉がいがらっぽい。
検問所のライトが眩しい。
目を痛めた。
高くて長いフェンス・フェンス・フェンス。
有刺鉄線を纏ったフェンス・フェンス・フェンス。
何処までも続く。
ボードにサイン/引き渡し。
手錠が足枷が解かれ──、
自由になったぼくは、線を跨いだ。
了
17-23, 65
水/槽/メ/ア/リ/ど/う/せ/死/ぬ/。
ハイスクール時代のジェーン、初恋は実らない。
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