hr_05(ぜんぶ、あんたの物)
*
あんた、既婚者だろう?
なにを云ってるんだ?
あんた、子供、いる?
ああ、男の子がふたり。
あんた、ぼくが欲しい?
だから、なんだ?
いいよ。
欲しけりゃ、ぜんぶあげる。
望めば、ぜんぶあげる。
あなたのものだ。
彼の目が変わる。
いいよ。
ぜんぶ、あげる。
やめるんだ。
あんた、ぼくを助けるって云ったよね。
ああ、そうだ。助ける。
なら、いいよ。
ぼくの、全部を、貰ってよ。
ぼくの身体/ぼくの魂。
ぜんぶ、あんたの物だ。
あんたが、好きにしていい。
あんたに、好きにされたい。
バカを云うな。相手にならない。
ぼくは服を引き裂いた。声を上げた。
ありったけ。
ドアが開いた。
警備が飛んできた。
ぼくは警備の腕に飛び込んだ。
──この男にやられた!
泣きながらすがりついた。
無反応。
「自分でやったんだろう?」
ぼくが? どうしてそんなことを?
「自分でやったんだろう?」
違うよ、彼を捕まえてよ。
すぐに!
「自分でやったんだろう?」
なんで分からないんだ! ぼくは子供だ、彼は変態だ。
子供好きの変態だ。
きみ。自分でやったんだろう。
だから! 違う!
きみ、分かっているから。
なにもかも記録に残っているから。
カメラがある──一緒に見るかい?
ぼくは弾けたボタンのシャツの前を合せて。
──お騒がせしました。
立ち去る/捕まる/檻の中。
最低だ。
ヒトも鬼も狼も。
*
「つくづくきみは問題を起こすようだ」
すいません。そんなつもりは。
先生を失望させたのなら謝ります。
本当です。
「本当だろうね」
嘘じゃありません。
「嘘じゃないだろうね」
そうです。信じてくれました?
「きみは、今、自分が心からすまないと思っている。それは本当だ。わたしには分かる。きみは嘘を云っていない。たったの一言も。けれども、この部屋を一歩でも出たら、それは頭の中から、すっかり抜け落ちるだろう」
そんなこと、ありません。
「そうさ。それが今の、きみの本心だ。でも、部屋の外では、別の心がそれを押しのける」
だから?
「だから、きみに何も期待が、できないでいるんだ」
タバコが吸いたい。
*
誰も彼も、嘘つき呼ばわりしやがる。
ぼくは真剣なのに。
大真面目なのに。
タバコが吸いたい。
あのふとっちょ観察官を唸らせたい。
あの犬。
タバコが吸いたい。
*
「見つけたぞ」
いっとき付き合っていた元彼。
「おれのカネ、盗んだろう」
なんのこと?
「手癖の悪いやつだ」
そうなの?
最初の一発はかわせた。
二発目は、肩に当たった。
好きだった胸板も二頭筋も、やさしいところも、今は全部、悪意となって、ぼくを嘖む。
元彼は悪いやつだ。
転がった。蹴られた。
蹴って蹴って蹴られた。
ぼくは丸くなって身を守る。
路面の上で、うずくまる。
「お前はクズだ」
知ってる。