hr_02(鬼も狼も願い下げ)
*
ショッピングモールで待ち合わせ。
約束の時間と、約束の場所。
幾ら待っても、やって来ない。
何度も何度もすっぽかし。
番号。番号。番号。
鬼も狼も願い下げ。
でぶもはげもお断り。
「きみ、どうしたの?」
保安官事務所の身分証。背の高い若い女。
膨れた胸と、邪気のない(ふり)笑顔。
「迷子?」
そんな年に見えます、保安官?
「見えるよ。ちなみに助手。ジェーンでいいわ。どうかした?」
なにも。大丈夫です。保安官助手。
ご心配どうも。それじゃ、これで。
「ちょっと待って」
掴まれた手首。寄せられる顔。
鼻をすんすんさせて。「タバコくさいな」
ぼく、何も悪いことしていません。
「そう」
大声、出しますよ。
「そう」
ぼくは言葉を飲み込む。
掴まれた手首が痛い。
タバコが吸いたい。
*
カフェのテラスで、おごりのアイスティー。
「逃げたらダメだよ」
彼女は自分の鼻を指し、「これでも四分の一、狼だから」
つまり、鼻が利くってこと。
逃げませんよ。
彼女は、出ていく。
ぼくは、アイスティーを飲む。
彼女は、戻ってくる。
「捜索願いと失踪届が出てる」
ああ、それは。
ぼくが消えるのを望んでるんです。
目に入らないように。見えないように。
ぼくは、消えてしまうことを望まれているんです。
「帰る気は、ある?」
どうして?
「困ったな」
ねえ。保安官助手。ぼくと遊びたい?
女の人相手は滅多にないけど、いいよ。
「自惚れるなよ?」
笑顔で云われた。「今のは聞かなかったことにしてあげる」
どうも、保安官助手。
取り上げられた葉っぱの袋。彼女は破って、(飲んでいない)自分のカップに空けて濡らして、ゴミ箱に捨てた。
タバコが吸いたい。
*
保護観察官のオフィス/引き渡し。
保安官助手は町に帰る。
ぼくはオフィスに閉じこめられる。
太っちょ観察官と、ふたりきり。
「わたしはホーマー。きみの担当だ」
保護観察官、満面の笑み。
「長く尻で椅子を磨くことをヴェテランと呼ぶなら、わたしはヴェテランだよ」
観察官は、にこり、と笑った。
ぞろり、と尖った歯が見えた。
「前任者が揃って嘆いてる。どうして約束を守らない?」
守ってるつもりですけど。
うまくいかなくて。
「そうだろうね」
ホーマー観察官は、にこり、と笑った。
ぞろり、と尖った歯が見えた。
狼。
*
「ここで何をしている?」
なにも。あなたは?
市警のバッジ。「少し話をしよう。浮浪罪にならないよう。ルーだ。ケヴィン・ルー。パトロール警官」
差し出された手。大きな手。
男の手。左手に結婚指輪。
生まれは盛夏? それとも栄華?
「生まれはここだ」
つまり、あなたもぼくも、余所者だ。
保安官事務所に連絡してください。
保安官助手。背の高い女性。
彼女を呼んでください。
「ジェーンの知り合いか?」
まあ。少し。
「後でな。先に身体検査だ。後ろを向いて」
全身をくまなくはたかれた。
葉っぱの袋が見つかった。
「没収か、署までくるか」
あなたにあげる。
「ひとつ。贈賄になる。ふたつ。収賄はしない。みっつ。粗悪品は間に合ってる」
勘弁してください。
「反省なし、か」
そんなつもりはありません。
捜査官は袋を破いて、葉っぱを散らした。靴で蹴って、擦って、散らした。
泥のだらけの葉っぱ/無価値。
「最初からなかった。いいな?」
──お巡りさん。結婚はしあわせ?
「なんだって?」
ぼくの知らない世界だから。
「しあわせだ。満足している」
どんな時が?
「話すことはない」
浮気はしない?
ぼくとなら、浮気になる?
「遅いな。あいつ」
どうなの、お巡りさん?
彼女は来なかった。
背の高い保安官助手。