そして俺は
「いつからだろう。取り返しがつかなくなったのは。」男は呟いた。
男の周りにはボロボロの布団とPC、そして丸められたティッシュが散乱している。男は部屋の惨状に対して感情を吐露したわけではない。自分の現状に対してである。20代前半。無職。引きこもり。そうなった理由は非常にくだらなく、
誰もが一度は悩む事柄だった。そこで大部分の人間は立ち止まらず、次の日には答えを出し、進むところを男は立ち止まったのだ。
男は20代前半なのにも関わらず自分は特別で、本気を出せばなんだってできると本気で思っている。しかし現実とのギャップは大きい。幼少期に培った中途半端な成功体験により肥大化したプライドが自分が最低であると言う事実を認めさせてくれないのだ。
男の最低な生活はこうだ。起床しだらだらとネットに張り付き、くだらない議論をし受動的な娯楽ばかり享受し寝る。風呂に入るどころか外にさえ二ヶ月も出ていない状態。男は人の営みから外れていた。
これは、そんな男が不幸をきっかけに成長するまでの物語である。
今すぐ食いたい。ストックのカップ麺が切れている。しかし、外は怖い。が、食べたい。迷った末、不本意ではあるが二ヶ月ぶりに外へ出た。本来商店街を通って行った方が近いのだが人眼が気になる。多少遠回りだが、道路側を回っていくことにした。いつもと違い昼間に起きたせいなのか人も多く、何より嫌がらせかと思う程太陽もクソ元気。
通行人になにか揶揄されているような気がする。常人ならぶっ殺しているところだが寛容な俺だ。無視に徹する。
「つうか商店街通ればよかったなぁ。少なくとも太陽からは身が守れるわけだし。」独り言を呟いてしまった。我ながら気持ちが悪い。
何より短期で大勢の視線を向けられるより少ないながらも長期で視線を向けられる方が嫌な気がする。
帰りは商店街を通って帰ろう。そんなことを考えているとコンビニについていた。
カップ麺とエナドリ、コーラ、週刊少年誌をカゴに入れ会計へ。最近はストレスがたまってる。
タバコを買おう。
「あ!あの!125番ください!」
「はい?もう一度よろしいですか?」
「125番ください!」一回で分かれよ。クソ底辺が。
「ありがとうございまーす」
タバコの旨さなんてわかってない。ただ小さい頃から吸ってる。近所の仲良いお兄ちゃんが親からくすねたのか、或いは自販機で買ったのか今思えば当時俺と同じ小学生だった彼が何故そんなものを持っているのか少々疑問にも思うのだがまぁいい思い出だ。
あの頃は楽しかった。こんな俺の全盛期と言ってもいい。
来た道とは真反対の道に進み商店街に入った。何故か人が少ない。というか一人もいない。何故だろう。まあいいか。間抜け面で帰っていたところ、すぐに異変を感じた。石のタイルの上に真っ赤な何かが溢れている。
よく見えないので、近づいてみるとそれは人の血だった。不気味なほど静かな商店街。すぐに答えを導き出せた。
角を曲がり商店街から抜け出そうと思った瞬間。女の死体が転がっていた。
当たり前のように。元々ここにあったと言われても違和感がない程、自然だ。自然に見えた。
俺はすぐに引き返し走り出した。走る体力なんて毛頭無いはずなのだが確信を持っていえる。俺は人生で一番速い速度で走っていると。
「グサ」
背中から冷たく鋭利なものがずさり。刺された場所から暖かいスープが流れ出てきていることがわかる。
「は?」
「災難だったなぁ兄ちゃん。商店街さえ通んなきゃなぁ」
「え?」やっと痛みが襲ってきた。痛いクソ痛い。涙が出てくる。みっともない。
振り向くと黒いパーカーを着た中年が立っていた。中肉中背で白髪おっさん。でも、目を見た瞬間わかった。俺と一緒で最低な人間であると。いや、どうでもいい今は逃げないと。
「まぁいい死ねや」そいうと白髪のおっさんは予備のナイフをポケットから取り出し再び襲ってくる。
一発目。スローに見えた。一瞬。コンマの世界のはずが俺には永遠にすら感じた。なんとか避けたところに二発目が振り下ろされる。何故か頭がクリアに感じる。普通パニックになりそうなものだが。避けれると確信した瞬間。後ろからつさっき体験した最悪な感触が襲う。
「お前よく避けたなぁ」
「なんで?」震えながら純粋な疑問が口からこぼれる。
「普通の通り魔なら逃げれたかもなぁ俺が能力者じゃなけりゃなぁ」
「お前が相手してたのは可能性の俺なのよ。お前に回避される世界線のな」
「は?」様々な疑問が脳裏を駆け巡る。だがそんなことはどうでもよかった。真っ先に自分の運命を悟った。死ぬという運命に。どうでもいいと思った。何度も投げ出そうと思ったそんな命だ。
でも俺はこの後に及んで生きたいといと思った。死ぬのが怖いと思った。生存本能の暴走か。はたまたこの世に未練があるのか。俺はナイフが二本刺さった状態のまま走ろうとしていた。だが現実は待ってはくれない。
肩を掴まれ
無慈悲に三発四発次々にナイフは俺の体に穴を作っていく。刺されれば刺されるほどどうでもよくなった。さっきまで抱いていた生きたいという感情。それすらも。走馬灯が駆る。幼少期出来が良かったこと。中学時代ドロップアウトし高校進学するも中退し引きこもりに。
疑問だけが残る。死ぬ直前になって「人生に意味はあったのか。」「人の存在価値」「世界の在り方は」「宇宙は何故できたのか。」「神はいるのか。」「死んだらどうなる。」そんな人が誰しも一度は考えそして思考を投げ出してしまう哲学的な内容。だがやはりどうでもいい。どうせ死ぬのだから。死んだらわかる。虚無か。
「あの世とかあったりして。もしかしたら異世界なんかに転生できるかもなー」
「ははっまだ軽口を叩けるんだなぁ!?お前殺すにはちともったいねえ、それくらいには見込みがあるぜ。だがそいう命令なんでな殺させてもらう。」男はナイフで俺の急所を的確に突き刺した。最後の最後まで希望にしがみつき俺は死んだ。