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メルヘンハウス 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お、つぶらやくん。こんなところで、また資料でも漁っているのかい?

 なになに、「中世の城における『狭間』のあり方について」。

 ふーん、狭間ってあれだろ? 城の中の兵士が弓とか鉄砲をうつ時のすき間っしょ? こうして見るだけでも、丸だったり、四角だったり、三角だったり、いろいろあるんだねえ。

 そりゃ、塀の穴であることに違いないし、相手からは狙われにくいものにしたい。そんな思いで工夫を凝らしてきたんだろう。その技術も、戦が遠ざかった現代は窓として生かされている。

 つぶらやくんの家の周りには、変わった形の窓を持つ建物とかないかい? ひょっとすると、そこは思わぬ意味を持っているかもしれないよ。

 ひとつ、僕が暮らしていた場所の「窓」をめぐる話、聞いてみないかい?



 僕の住んでいたところは、都市部から離れた場所にある。とはいっても完全な田舎じゃなく、ところどころに大きめの企業が支社とか倉庫とかを作っていた。まあ、発展途上地区とでもいうべきところかな?

 旧から新への過渡期を迎えるこの場所では、怪談話がたくさんあった。一時期、口裂け女が現れたって大騒ぎになってさ。それを境に「こども110番」のステッカーが張られた家やお店が激増したっけ。

 それらのうわさの中でも、特に僕たちの身近にあったのが「メルヘンハウス」と名付けられた、学区の外れにある一軒家だったね。とんがり帽子をかぶったような屋根が特徴的で、その時点でも洋風な匂いがプンプンしていた。


 メルヘンに出てくる家、君は何を想像する?

 わらとかレンガで作った現実的なものから、お菓子の家みたいなシュールなものまで、人によってイメージが違ってくるだろう。

 だがそのメルヘンハウスがメルヘンハウスたる理由は、ついている窓の形にあった。

 近辺の家々の窓が引き違いや、上げ下げや、すべり出しの差こそあれ、ほとんど四角形で構成されているのに対し、メルヘンハウスは統一感がない。

 さっきの狭間の絵に出てきた三角や丸の窓にくわえ、星型、五角形、六角形、上にアーチのかかった西洋風の窓などが、たくさん取り付けられていた。それらが壁に雑然と配されていてさ、いかにも子供の遊び場チックなたたずまいから、メルヘンの名を冠されたってわけ。

 

 親に尋ねてみると、そのメルヘンハウスはナントカさんの持ち家らしいと伝わっている。

 長年、誰かが出入りしているところは、確認されていないらしい。それでも近くを通る時には、室内から物音が聞こえてくることがあるとか。

 そのうえ、時にはあの様々な形の窓の向こうに人や大きな動物の影が、一瞬だけ写ったとうわさする人がちらほらいる。

 怖いもの見たさでいっぱいの僕たちは、その話を聞くとうずうずして仕方ない。早速、度胸ある仲間を集めて、かのメルヘンハウスへ行ってみることにしたんだ。

 

 

 授業が早く終わった日の放課後。まだ外が明るいうちに、僕たちはメルヘンハウスの敷地前に集合した。

 想像するお化け屋敷の風体とは違って、ツタやコケがへばりついているわけじゃない。ある程度薄汚れた家の壁と、あの多種多様な窓たちがはまっているだけだ。

 窓たちはいずれも、キズやヒビの入っていないきれいなものだった。僕たちは背の届く範囲で、窓から中をのぞいてみる。逆光のせいか、窓から一、二メートル奥を確認するのがせいぜいだが、意外と部屋の中はフローリングじゃなく畳敷き。最近敷き直されたかのような、黄緑色を見せている。


 ひょっとして家の中に人がいるのかな?

 僕はそっと呼び鈴を押して、反応を待つ。けれどだれも出てこない。

 五回ほど押した後、ドアのノックを三回ほど。やはり家の中は静まり返っている。ノブに手をかけると、拍子抜けする手ごたえのなさとともに、ドアはその中身を僕たちの前へさらけ出したんだ。


 内部は恐ろしいほど、窮屈な空間だった。

 玄関から上がると、人が二人ようやく並べるかという狭い廊下がまっすぐ伸び、十メートルほど先に階段が見える。

 そこへ至るまでの間、左右にはずっとふすまが続いているんだ。曲がり角も存在しない一本道で、トイレらしき部屋もここから見る限りでは、確かめられない。

 自分の家とも、友達の家とも似つかない作りに、僕たちも戸惑いは隠せなかった。それでもそっと靴を脱ぎ、手に持ちながらおじゃまをする。全員があがったのをチェックすると、左の一番手近なふすまを開けようとした。


 その直前。

 ふすまのすぐ向こうで「ずだん」と誰かが畳に着地する音がする。家全体が軽く揺れるほどで、思わず数名が声を出しかけて口を押さえた。

 僕もどうにか震えを押し殺し、ふすま越しに中の様子をうかがう。

 足音の主はわずかな沈黙の後、どたどたどたと、部屋の向こうを階段方面の奥へ駆けていく。音はどんどん小さくなり、やがて聞こえなくなってしまう。


「な、なあ、もう帰ろうぜ? 家に誰かいるってわかったしさ。勝手に入ったらやばいって」


 連れのひとりが恐る恐るつぶやいたことで、びびりがみんなに伝わっていく。

 次々と彼らは引き揚げてしまい、乗り込んだ10名の内、メルヘンハウスへ残ったのは僕と友達の2名だけとなった。

 帰りたいのは、僕もやまやまだったさ。けれど、もしも相手が踏み入った時点でこちらを補足するタイプのお化けとかだったら、どちらにせよ無駄だ。日常のどこかで不意打ちされかねない。

 だったらむしろ、このまま正体を見極めて無力化。そこまでいかなくても、影響が及ばないことを確信するまで、逃げちゃいけない。

 すっかりゲームの主人公にでもなったつもりで、僕は再びふすまへ手を伸ばす。



 足音の主の痕跡は、すぐに分かった。

 左手の家の壁をくり抜いた星型の窓。そこから入る光の中に、畳の汚れが映し出される。

 真新しいへこみの中には、外を歩いてきたらしい泥がへばりついていた。そこからも小さな泥の塊が足の形となって、家の奥へ奥へと伸びていく。

 そしてこの部屋、家具のたぐいが何もない。あるのは家の壁に面した窓たちの姿だけ。様々な形を持つ彼らが、傾きかけた日の光をめいめいで内側へ取り込んでいる。


 踏み込みかけた僕の肩を、後ろの友達がちょんとつついてきた。

 指を天井近くへ向けている。見ると、指の先にある六角形の窓に向かって、黒い点がどんどん近づいてくるんだ。

 カラス。羽を大きく広げたまま、こちらへ向かって一直線。穴が空いていると思っているのか、スピードを落とす様子がない。このままだとぶつかる!

 ガラスが飛び散ることも考え、思わず頭をガードしかけた僕たちだったけど、次の瞬間、信じがたいものを目にする。


 カラスが窓をすり抜けて入ってきたんだ。確かに張っていたガラス戸を割るどころか、みじんも揺らすことなくだ。

 畳の上に降り立ったカラスは、僕たちを一瞥すらせず、あの泥の足跡が伸びていく方へ、ぴょんぴょんと跳ねながら向かっていく。

 あっけにとられる僕たちの前で、今度は正面のアーチ型の窓から飛び込んでくるものがある。

 僕たちを押しつぶせそうな、巨大な芋虫に見えた。勢いよく飛び込んできたそいつは、やはりその真っ白い肌を、ガラスで傷つけた様子はない。窓が割れた気配もない。

 そしてカラスの後を追うかのように、再び家の奥へ……。



「――ここはね。彼らのような存在の避難所なんだよ」



 突然の声に、僕たちはびくりと肩を震わせ、振り返る。

 チェックのベストに長ズボン、キャスケット帽。いずれも同じ柄で整えた、かっぷくの良いおじさんが立っていた。

 思わず僕が、親から聞いたナントカさんか? と尋ねるとおじさんはうなずいてくれたよ。



「君たちも知っているだろう。子供110番の家々。子供の身を守るためにご近所で用意されているはずだ。

 だが、危険にさらされるのは何も人の子供ばかりじゃない。ああいう私たちとは異なる存在も、なにかに追われて、逃げなくてはいけない時もあるのさ。そのときの避難場所を、私は作ったのだよ。

 あの各窓はいずれも材料から作りに至るまで、特注だ。厳選された材と技術は、彼らにとってのステッカーになる。『ここなら、逃げ込んでも大丈夫だよ』とね。

 窓の数だけ、逃げてくる種の数があるんだよ」



 君たちは早く帰りなさい。逃げた子を追いかけてくる奴と、出くわすとまずい。

 そう告げられ、僕たちはそそくさとメルヘンハウスを去ったんだ。



 今でもメルヘンハウスは残っているし、奇怪な影を家の内に見つめたって声を聞く。

 だが、できることならそっとしておいた方がいい。何かに追われる彼らにとって、そこは数少ない安らぎの場所かもしれないのだから。

 



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