三度目の偽善者を、
0⃣三度目の偽善者を、
―正義が必ず勝つ―
幼いころ(確か六歳ぐらいだったか…)母親に読んでもらった絵本にそう書いてあったセリフ。
それが僕の一番好きな言葉だった。
悪い怪人を正義のヒーローがみんなの為に傷つきながらも戦っている姿がとてもかっこよかったのをよく覚えている。
良いことをするとたくさん褒められお菓子ももらえた。
逆に悪いことをするとたくさん怒られ、ただ心がチクチクするだけ。
正義とは良いことをする事、そう教わったのだ。
悪いことをするとみんなから嫌われる。そうも教わった。
だから良い事をするヒーローに、そんな姿に憧れていたんだ。
でも最近わからないんだ。良い事ってなんだろう。
暴力が振るわれている子を助けたはずなのに僕が悪者だってミンナが言い始めた。
それどころか助けたはずの人にも嫌われている。
…ねぇ母さん正義って何だろう。
鐘を鳴らし手を合わせる。
今日も日課をこなし、浅い眠りにつく。
軋む身体を起こし着替え、今日も学校に行く。
これは僕が前へ進み出す。
過去の自分と戦う物語。
「なぜこんなことしたんだ‼」
赤い光が部屋にの奥まで入り込む。窓が開いているのか涼しい風が肌に当たる。
―ああ、またこの夢か。
確か…高校に入り半年が経った位だった頃か…。
段々忘れかけきているな…。
僕、遊逆真緒拾の唯一思い出せない前世の記憶。
それが最後の日だ。
目の前の大人は僕のことを叱る。
『―。』
今日もいじめていたクラスメイトを庇い相手を殴ってしまった。その経緯
を報告する。
まだ話をしている途中だったが先生はバンッと机を叩く音に遮られ、さらに大きな声で怒鳴り散らかす。
その奥にいる同じクラスの少年は顔を手に覆いながらも隙間から口端が上がっているのが見えた。
信頼がないからか、それとも自分がいわゆる悪なのか……。
赤い空はいつの間にか暗く星の代わりに街灯が輝く時間になっていた。
いつも通りに上履きを脱ぎカバンから出した外靴にへと履き替え玄関口から出たところで自分の名前を呼ばれた。
『遊逆君、また怒られてたね。』
苦笑いしながらも話しかけてくる少女は、ただ家が隣で元気が取り柄の女の子だった。
確か名前は……
『……夢野さんこそ、ここで何をしてるの。』
『今日も一緒に帰ろうって思ってさ。』
特に一緒に帰る約束もしてるわけでもない。今日だって授業が終わってからとっくに一時間以上は立っている。部活も入っていないのにも係わらずいつも玄関先で待っている。
一方的に話をし、家の前まで着いたら『じゃあね』と笑顔で手を振って帰る毎日。
今日もいつも通りになるんだと思っていた。
その日は帰る途中、天気予報が外れ雨が降りはじめた。お互い走って家に帰る。
家に帰ったら直ぐにお風呂に入って風邪をひかないようにしないといけないな。
そんななんてことない事を考えて走っていた。
『ほら、早くしないとずぶ濡れになっちゃうよ。』
そう言い前を見ず走る彼女を後ろに引っ張り前に乗り出す。
次の瞬間、光が体を照らし衝撃が襲った。
あれ、なんで横になって…。
―ごめんなさい。
夢野さんは俺に向かって謝っているのだろうか。少ししか目が開かない。
―――ごめん‥なさい。
ぼんやりとだが涙を流しているようだった。
―――ご…めんな…さ‥い。また………私…。
膝から崩れ落ちこちらを見ている。
―泣かないで
と言おうとしたが口が動かず伸ばそうとする腕もピクリとも動かない。
目の前に転がる鏡の破片には殆どが汚れていて良くは見えなかったが、
そこには――――――
―――なさい。」
「そろそろ起きなさい。もうすぐご飯が出来るわよ。」
下から聞こえる声に夢から現実へともどされる。
今日も同じ最後を見て目が覚める。
前世…と言えばいいのか昔の記憶を最近はよく見る。
昔の自分、遊逆真緒捨のいた世界と違い、転生したここは天にまで届くかと思うほど高く連なる山に囲まれた小さな世界。
目を覚ますと『ユウ』と名付けられた小さな赤ん坊になっていた。
神様みたいな正体不明な奴からの説明や特殊な能力に目覚めたわけでもない。
勇者や魔王、英雄や神様なんて存在した輝かしい物語はなく、争いもない。唯々平和な世界。
少しだけマンガやアニメなど好きだったからか幼い頃少し期待をしたがせいぜい役職に『森の番人』などがあったりエルフまでとはいかないが耳が少し尖っている人がいるだけだった。
少し物寂し気もするが前の自分の世界よりかはとても過ごしやすい。
たけど気がかりなのは夢野さんは無事だっただろうか。
怪我などしてないだろうか。
あの後幸せに過ごしているのか。たったそれだけが…不安で仕方がない。
潤んでいた目を少し擦り身体を起こそうとするが部屋の中は少し冷えていた。
すこし暖かくなったとはいえまだ雪が少し残るほどまだまだ肌寒い季節、なぜこうも布団が恋しくなるのだろか。
もう一度寝たら先ほどの夢の続きを見れるのだろうか。
そんな理由であと二、三分位ならまだ良いかなと布団の中にもう一度入り目を瞑る。
「ぉーーきろー‼」
声が聞こえたかと思うとお腹に勢いよく何かが落ちてきた。
「うぐぅッ!」と情けない無い声を発し目が覚める。
腹部への痛みで脳が覚醒してしまい、もう寝ることは出来なくなってしまった。
「どうせ二度寝にかちこもうと思ったんだろ。私は優しいから起こしに来てやったわよ。」
視線を天井から自身のお腹に向けるといたずらに成功したように笑う妹のクレアがお腹の上に座っている。いや乗っかっている
おりゃーっと掛け声とともに潜り込もうとした布団を剥がされてしまい寒さが襲ってくる。
「ほら起きたんだから下に降りてお母さんの朝ごはんを食べるよ。でもその前にその寝ぐせちゃんと治してからきてよね。」
ビシっと指で頭を刺し部屋から元気よく出ていく。
この世界に来てから少し自分でもわかるぐらい変わったと思う。
あの無邪気な妹のおかげかあのころに比べてよく笑うようになったと思う。
着替えを済ませ顔を洗い食卓の方へ足を運び自分の席に座る。
すでに来ていた妹は寝ぐせが治ってない、と愚痴をこぼし気になるのか俺の髪をいじり始める。
親父は既に椅子に座って紙に何かを書いている。母さんは料理をしている最中で俺が食卓に入るのに気づきこちらを向く。
「あらユウおはよう。もうすぐ出来るから席で座って待っててね。」
「おはよう母さん。」
食卓には既にご飯と汁物、野菜の炒め物が並んでいる。
そこにはあと一人分の卵焼きが無いだけであった。
…それにしてもよほどひどいのかクレアは俺の髪をまだいじりながらいつもの事を親父に聞く。
「ねぇお父さん今日も訓練しなきゃダメー?今日休みたいー。」
「んー?そりゃーしなきゃダメだ。いざって時に自分の身を守れないと俺が心配するからな。それにこの村の若い連中のなかでお前らが一番上なんだ。だからやらなきゃいかん。」
「でもお父さんまだ現役でしょ?まだ私たちが森の番人にならなくてもいいんじゃない。」
最後の卵焼きが食卓に並び終わり、汁物をすすりながら話をすすめる。
「まぁ最近森の様子がおかしいからな。いざって時に自分の身を守れるようにしとくのは悪くないぞ。」
「おかしいっていつもの時期なんじゃないの?」
「何かわからんが奇妙な気配ってのかな、それを感じる。さすがに何かあったら俺一人じゃここの人たちを守れないからな。何度も言うがこの村の若い連中で最年長のお前らが頼りなんだ。だからできればやってほしいんだがな。」
「うっ!そういわれると心が痛いよー。」
正直俺も少しは休みたい気ではいたが正当な理由のもとで逃げるすべがない。
八年前どうしても休みたく、逃げたことがある。が追いかけられ捕まり、森の奥に連れてかれた。約一週間親父の体に一回でも木刀を当てない限り空き時間はずっと剣の稽古になるという地獄の日々、さらに食料は自分で採取するというサバイバルじみた事を送り死にそうになったことがある。地獄の記憶が今でも鮮明に残っている。
そのせいで当時七歳のクレアはお兄ちゃんがいないと泣きじゃくっていたっけ。
天然である母さんはクレアに泣いていたことを言わないでと口止めしていたらしいから地獄から帰った後日、普通に食卓でその話をしてしまい幼いながらも怪力じみた理不尽パンチが顔面にめり込んだ。
ふとそんな昔のことを思い出しながら朝ごはんを食べ終わり手を合わせる。
そして食後の運動こといつもの訓練の時間になった。
2
「さて、今日は罰ゲームを用意した。」
いい笑顔で仁王立ちする親父からの唐突の発言に
準備運動をしていた俺たちはその手を止め親父の元に歩く。
俺たちの前に出された一切れの紙は文字を読み取る前に懐に戻されてしまう。
「いつも森の警備やら村に買い出しやらお手伝いで村の中央に行ってるんだが…。今日は村の大人連中で北東の森に調査する事になってな。丸一日かかるそうだから今日もお前たちが負けたらさっき書いてあった紙の事をやってもらう。」
「今日もってすでに俺たち負けること確定かよ…。」
実際に俺たちは親父に木刀を使った剣術で戦うが一回も勝ったことがない。良くて無理やり時間切れの引き分けが最高の成績だ。
数回は勝ったと思うときはあるが気が付くといつも気絶して倒れていた。
「今日は特別に二人同時でいいぞ。一対二だ。それならお前たちにも勝ち目はあるんじゃないか。」
ユウたちを挑発するかのように木刀を構える。
「ちょっとお父さん。私たちの事舐めてるでしょ。そろそろ私たちお父さんに勝てそうなところまで強くなってるんだから。」
クレアは少し気に障ったのか腰に手を当て頬を膨らませる。
このとき何となくだがいつもと何か違う雰囲気を感じた。
…がこれと言って何が違うのかまではわからず特に気にも留めなかった。
この訓練を始めてから約十年位経つが、負けたからといって何かが起きたことはない。
別に買い物なら普通に頼めば俺もクレアも断らず行くのにどうして…。
そんな疑問が浮かびそれを教えてもらうための問いかけをする。
「なら、俺たちが勝ったらなんかいいことでもあるのか?」
「なんだ、何か欲しいものでもあるのか?そうだな…」
少しの間、右手親指を口端にあてながら考え、唸って、口を開き。
「なら、今回俺が負けたらお前たちの望みを俺ができる範囲で叶えてやるか。」
「っえ?本当お父さん。ヤッター。勝ったら何してもらおうかなー。」
クレアは両手を上げて喜び、何にしようかと楽しそうに考えていた。
俺も特に何か欲しいわけではなかった。ただ強いて言うなら…
「じゃあ俺は親父が何を隠しているか知りたい。」
別に深い意味はない。もし無いなら無いでいい。ただ違和感から自然に口がこう言い出していた。
「……なるほど。じゃあ本気で相手をしなきゃな。」
だが返ってきた答えは予想外だった。
「じゃあやっぱり何か隠して―」
「じゃあ、時間も無い事だしさっさと始めるか。」
これ以上の詮索されないためか、遮るように重い掛け声とともに訓練が始まった。
「やっぱり二人になると厳しいな。俺も衰えたかな。」
ガハハハッと豪快に笑いながら、ペネルは地面に倒れているクレアに手を差し伸べる。
「痛ったーい。もーそんなこと言ったってお父さん私たちに勝ってるじゃん。お兄ちゃんに関してはあっちでのびてるし。」
「しょうがなかったんだよ、こいつ何気に頑丈だから気を失わさないといつまでも戦いだすからな。最近そればっかだし。」
そう言い近くにあった壺に水を汲みユウにかける。
急な水に驚きせき込みながらも意識を取り戻す。
腕を組み口を横いっぱいまで広げ笑っているペネルを見てユウ今日も負けたんだとそっぽを向く。
「ほら、今日も負けたんだ。約束通りこの紙に書いているもんやってこい。」
豪快な笑いを発しながら家に入っていく。
濡れた前髪が目の前を覆う。
その隙間から見えた親父の後ろ姿はいつもながら嫌になるほど見てきたいつもの親父だった。
罰ゲームという名の買い物に親父から渡された紙に描かれている事をするために村の市場に向かわされた。
家から村の市場まで歩いて数分と少しだけ離れた位置にあり決して遠くはないが俺は全部の地形を知らない。
最後に訪れたのはいつだったかとわからないほど。
いつもは安全な道を使って森の奥にある泉で幼い獣たちと一緒に遊んで過ごしている。
そのためあまり村の何処に何があるのか把握してないのでクレアにほぼまかせっきりでいる。
途中クレアと一緒に遊んでいるらしい子供たちと出会う。
「あれダイ君。こんにちは。あれその犬…。」
「クレアお姉ちゃん。見てみて。昨日父さんが買ってくれたペットのプル。白くてフワフワしてて可愛いんだよ。」
「わっ。ほんとにふわふわだ―。いいなー。家にもペットが欲しいなー。なんで家にはいないんだろー。」
「それは親父に言えよ。あの図体で何で子犬とか子猫が苦手なんだろ。自分は平気で大きな獣と対自できるのに。」
その後もクレアが一向に離れず時間を食ってしまった。
少し遅くはなったが買い物も薬屋でアルコールを買う事まできた。
俺は両手いっぱいの買い物袋に食料と日量品がぎっしりと詰まっているがこれ以上入るのだろうか。
「えーっと、あとは薬屋さんで買い物終わりだね。それにしてもこの一番下のは何書いてあったんだろう。」
「さぁ、なんだろな。」
クレアが不思議そうに紙を指さす。
書かれたリストの一番下には何か書かれた後に塗りつぶされた跡があった。
文字の並びにして大体五文字程度だと思うが何かはわからな
リストには買い物や修理依頼、赤ん坊の世話など書いてあった。
普段なれない行動したせいか、結構夕飯の時間ギリギリまでになってしまっている。
「それにしてもお兄ちゃん、お父さんとの闘いはすごかったね。途中まで結構いい感じだったもん。」
「でも負けたんなら意味ないだろ。」
「ちょっと、お兄ちゃん、目が死んでるよ。周りの子供たち脅えちゃうって。」
自分でもわかるほど拗ねている。それほど過去最高の良い出来だったからだ。二対一であったからかいつもは防戦一方な訓練も少しづつだが攻撃することが出来ていた。
決定打にはならないが数発は親父に当てることが出来ていた。
クレアが親父の後ろから膝に一発入り、体制が崩れたところに俺が胸に向かって木刀を突こうとしたはずが気づくと気を失っていた。クレアに聞いても親父の背後にいたからよく見えていなかったと答える。
一体何が起こったのか。考えながら歩いていると薬屋に向かう道中クレアの後ろから子供が手を引っ張られる。
クレアは勢いよく引っ張られ持っていた食料たちを落としそうになった。
そのあと後ろからもう一人がクレアの事を呼びながらこちらに走って来る。
よくみると先ほどであった子どもたちだった。クレア同じ目線になろうとしゃがむと子供の瞳は何か訴えるように涙で溢れていた。
「あれ?君たちさっき三人一緒にいたはずだとおもうけどもう一人の子はどうしたの?」
なだめるように穏やかな声でクレアは話しかける。
二人の少年の内キオと呼ばれていた少年は涙を流しながら話す。
「ダ、ダイくんが!ペットが森の方へ走って行っちゃって!危ないよって言ったけどそ、そのまま追いかけて!それで森に入っちゃって!それで悲鳴が聞こえて―」
「教ええろ。それはどっちの方角だ。」
「え、えっと……確かあっち‼」
買い物袋を地面に起き、少年に方向を聞き出す。
するとそれを悟ったようにクレアがユウの手を掴む。
「待ってよお兄ちゃん‼もしかして一人で森に入るつもり。ダメだよ、せめて大人の人を数人呼んでからじゃないと。」
「わかってる!でも早くしないと取り返しのつかないことになる。それだけは絶対だめだ。だからお前は村長のところに行って大人の人たちに戻るよう声かけといてくれ!頼んだぞ!」
クレアの手を払い全速力で森に向けて地面を蹴る。
今この季節は森にいる獣たちが冬眠から目覚めなのか、獣同士での争いがよく起こる。
過去に子供が今と同じ位の時期に森に入ってしまい捜索のため数人の大人が入るが数時間後、戻ってきたのは血まみれの片腕しか無い男性たった一人だけだった。
その男性の話から村ではこの時期にいかなる理由だろうと森に入る事を禁じられている。
小さいころから俺もクレアも両親から幾度となく聞かされている。
普段は穏やかなで危害はない獣たちだがこの時期だけは見境なく暴れまわり危険だと。冷静な判断が出来なくなり無差別に襲い掛かる。
村の周りには凶暴になった獣が入ってこないように獣の嫌いな匂いを放つノアの花を一定間隔で柵の外で生やしている。
だがたった一匹だけそれを無視できる獣がいる。
ここから先に行けば自分の命を落とす可能性がある。
だが迷わず柵を飛び越し森の中に入っていく。
昨日の雨の影響で地面が少しぬかるみ走りにくいがそれが幸いに子供の足跡を直ぐに見つける事が出来た。
足跡を辿り走っていくがどれほど前に森に入ったのかなかなか遭遇しない。
頭に一抹の不安が流れたがそれはすぐに無くなった。
悲鳴という形で。
ユウが声が聞こえた場所に出ると少年が腰を抜かし今まさに切り裂かれようとしていた。
―間に合え‼
地面を思いっきり蹴り、少年の体を抱えギリギリで躱す事が出来た。
「ダイ。無事か?」
恐怖で声が出なかったが首を縦に振り答える。
ダイを背中に抱えなおし、踵を切り返し目の前の獣を見据える。
その足元には白い毛並みが赤く染まっている小犬が横たわっていた。
まだ息があるのか身体が少しだが動いている。
すぐに手当てをすれば間に合うがそうはさせないようこちらを威嚇するかのように身体を大きく広げ立ちはだかる。
「お願い…助けて…。プスを…助けて。俺を庇って……プスが…。」
「だぁわかったから泣くな。男だろ。」
と単価斬ったのはいいが。
この状況をどうにかしてあの子犬を助けることができないか。思考を巡らせていると。
「ヴルォォォォォォ‼」
後ろの方からの木々や地面をも震わす雄叫びが轟く。
―この声は。
すると目の前の獣は俺を無視し雄叫びの聞こえた方へと向かっていった。
正面が空き真っすぐに走れば村には帰れるようになったがダイのペットを抱え右手方向に走り逃げる。
「お、おい。なんでこっちに逃げてんだよ!村はあっちだぞ!」
当然疑問に思ったダイは指をさしながら大きな声で叫ぶ。
「あの雄叫びが無かったら俺だってそうしたさ。だけどあいつに追われたまま村には―」
―戻れない。
そう言い終わる前に頭上すれすれに何かが液体を流しながら飛んでくる。
前方数メートル先に落ちた黒い影は無惨にも切り刻まれたさきほどの獣の身体だった。
目の前をふさがれ左方向へ切り替える。
しばらく走っていると木々が生えていない岩場が並ぶ広場に抜け出た。
ダイと子犬を少し離れた岩石の後ろに隠れさせ迫りくる獣を迎え待つ。
横に倒れていく木々がこちらに近づいてその正体を現す。
口からよだれを流しながら血に濡れた牙と爪がその力を示すように赤く光を反射する。
俺が一番恐れていたこの森の主の姿と対峙してしまうなんて…。
森の主は獲物を探すように真っ赤な眼は周りを探り、鼻で匂いを嗅ぎ、こちらを向く。
「よう!ポロキチ!元気だったか!……って聞こえてないか。」
「ヴゥルォォォォォォ!!」
狩りを始める咆哮が体を震わせた。
地面がえぐれるほどの踏み込みで数メートルあったはずの距離は一瞬で目の前にまで迫る。
横に転がりギリギリで躱し、すぐさま体制を立て直す。
ポロキチは爪や牙で俺の体に掠りさえすればそれだけで致命傷になる可能性がある。
それに対しこちらは何もない。
さらに岩場に隠れているダイに気づかれたら守りながら逃げ切れるかどうか。
そうなれば手段が無くなってしまいもう打つ手がない。
こちらはポロキチの機嫌が他のに変わるか体力がなくなるまで避けるしかない。
前者は恐らく奴の血眼と表現できるほど真っ赤な瞳をした顔を見れば無理だと断言できてしまう。
そのため後者である体力を消耗させ逃げることしかできない。
それも数時間前の訓練で体力も殆ど残っていない俺に出来るか。
それすら望みは薄いと思わせるほどのポロキチの気迫が身体を震わせている。
たった一つだけ。さらに望みが薄いがこの場を何とかする方法があるが先ほどのよりもリスクが高すぎる。
こちらに有効打がない限り結局は何にも解決にはならない。
だから今できることを考えろ。避けながら頭を使え。
何もないこの状況で敵の体力を削る方法を。
いくつか奴の攻撃を避けていると背中に巨大な岩に当たる。
―ヤバイ‼
そこにポロキチが突っ込むがギリギリでコートが破けるだけで避けることができた。
ポロキチを見ると頭を打ち、痛みを感じているのか小刻みに震えている。
岩には少しひびが入る程度でさすがにあれを破壊する力はなかったようだ。
―それなら。
背中を向け目の前の木に目がけて走る。
当然の様に追いかけてきたポロキチに地面の泥を顔に向け蹴り上げる。そしてギリギリで避け頭を当たらせる。
どれだけダメージがあるのかはわからないが。
―やるしかねぇ。
大人が武装してこちらに来てくるのが先か奴の体力が尽きるのが先か、俺が死ぬのが先か。
恐怖を肌で感じながらもただただ笑い覚悟を決めるしかなかった。
―どれだけ経っただろう。
致命傷までにはならないが爪や牙が肌をかすり血が流れる。一つ一つの流れる血は少ないが傷を多く受けてしまっている。
だんだん息も荒くなり始めてきた。
だがポロキチは何度も木々や岩に頭をぶつけているにもかかわらずまだ元気に飛び回っている。
乾いてきた地面がえぐれるたびに土煙が舞い上がり視界が悪くなる。
微かに感じる音と匂いでまだ交わしていく。
―クソ。なんでポロキチの奴、俺の居場所が正確にわかるんだ。俺はギリギリなんも見えないのに。まさか!この血の付いた服の匂いを嗅いで!
急いでコートを脱ぎ離れた位置に置く。
すると予想どうりその位置に爪が振り落された。
―よしこれで少しは時間が稼げる。あと…。
「いい加減目を覚めせ!ポロキチィイイ‼」
渾身の右ストレートを奴の顔面に叩き込むが効いて無いようにすぐに立ち直る。その後こちらからは攻撃せず避けることに専念していく。
視界がどんどん悪くなる中、一つの影が視界の端で形をとらえた。
ペットの出血に焦ったのか岩陰にいたはずのダイが走っていたのだ。
「バカッ‼出てくるな‼」
叫んでもダイは聞こえてないのかそのまま走り続ける。
主の顔もダイの方へと向いていた。二回ほど匂いを嗅ぎ、狙いを定め雄叫びを上げる。
―しまったあいつの服にも血が…。
追いつかれる前にとダイの前に駆け出す。
しかし追いついたと同時にポロキチの爪がすぐそばまで来ていた。
とっさに右手を伸ばし防御するがボキボキと歪な音を立てそのまま右肩に大きな穴が開く。
「ッァァァァアアアアアアアァ‼」
肩からとめどなく血が溢れ出し激痛で意識を飛ばされる。
それでも残りの力を使い足に力を籠め突進の勢いを止める。
「…おい。聞こえるかポロキチ。いい加減……目ぇ…覚ませ…。」
力が入らぬ左手で爪を引き抜こうとするが巨体からくる重さがさらに奥へと押し込められる。
―――ヤバイ…意識が。
段々と薄れいく意識の中、誰かが語り掛けた気がした。
『しょうがない。少しだけ交代だ。』
そして意識は誰かのものと変わっていった。
砕けていたはずの右腕で身体に刺さっている森の主の爪を掴み軽々と引き抜く。
驚いていたのか無防備になったポロキチの顎に目がけて左拳で殴った。
脳が揺れ、意識を失った巨体は四肢に力が無くなり倒れ込んだ。
『…ほら目を覚ませ。』
ユウは意識を戻すとすでに戦いが終わっていた。
意識はなかったが誰かが見ていた記憶は覚えていた。
折れていたはずの右腕や穴の開いた肩はまるで何もなかったように戻っている。
自分でも何がなんだからわからない中、後ろから不意に声を掛けられる。
「そ、そいつ殺さないのかよ。そいつ今度は村を襲うかもしれないぞ。」
脅えながらもこちらを見て問いかけていた。
眼からは大粒の涙がポロポロと落ちていた。
ユウの方にいるポロキチは苦しそうに喉を鳴らしている。
「まぁ…その……なんだ。ついてこればわかるよ。」
ポロキチを抱えて森の奥へと進んでいく。
あの場所を目指して。
「えっ?あっ……ちょっと。」
その後ろを子犬を抱えながら追いかけていく。
数分、森の奥を歩き途中で道端にある薬草を数個採取し岸壁にある洞窟に到着する。
奥に進んでいくと洞窟の奥に幾つもの光が奥から放っていた。
ひたひたと近づいてくる足音にダイを悲鳴を漏らすが現れたのはダイの飼っているプスと少し似ている。ポロキチの子供たちだった。
「ごめんな、少し手荒になったがお前らの母さんが帰ってきたぞ。」
心配するポロキチの子供たちが鳴きながら近寄る。
ゆっくりとおろしていき頭をなでる。
意識を取り戻した主は子供たちをあやかすように体を舐める。
俺の後ろにいたダイは驚いたのか口を開けながら腰を抜かし地面に座り込んでいる。
ユウに気づいたポロキチはこちらにも歩み寄り頭を差し出す。
その瞳にはあの獰猛さは欠片もない優しい眼だった。
頭を撫で道端で拾ってきた薬草でポロキチとダイのペットを簡単に手当てをする。
「こいつらは別に悪い獣じゃないんだ。今の時期は子供の為に餌を探しに出てただけだと俺は思うんだ。それに俺はこいつと良く遊んだ仲なんだ。なぁポロキチ。」
頭を撫でると嬉しいのか喉をキュルキュルと鳴らし顔を舐める。
「こらこら、まだ傷がいえてないんだからおとなしくしてろって。」
だけどこの時期だからと言ってあそこまで暴れるなんて…。
薬草を塗り続けていくと左腹部に切ったような傷跡があった。
あの戦いで着いたケガとは違っていた。
単に草木や尖った岩とかで消えた傷じゃなかった。
傷口をよく見ると何かもっと…鋭利なもの、剣のようなもので斬られた傷だった。
しかもつい最近できたような傷だ、誰がこんなことを…。
薬草を塗っていると服を引っ張られそちらに意識を持っていかれる。
「わかったろ、殺さない理由。別に悪意があって俺らを襲ったわけじゃない。今の時期悪かったってのもあるし、ほら。この傷のせいで暴れてしまっただけなんだろうし。」
ダイはまだ納得したようなしてないような、全てが理解できていない様な顔をする。
すると奥から子供たちが遊んでほしそうにダイの周りに集まり走り回る。
さっきの体験からか脅えその場で固まっている。
「ほら、遊んでほしそうにしてるだろ。もう少しかかるからその場でそいつらと遊んであげなよ。」
「え、そんな急に言われ…ぅぅぷ。ハハハちょっと待ってくすぐったいよ。」
「ポロォッポロォッ。」「プス、プス。」
ポロキチの子供五匹にダイのペット一匹の計六匹による顔舐め攻撃がダイを襲っていた。
「待て、プス。お前はまだ駄目だ。傷が開く。」
そこから追いかけっこやら撫でたりと夕暮れまでダイたちは遊んでいた。
「ねぇ、ユウ…お兄さん。またここに来ていいかな…。」
「そうだなー。もし村に帰って何事もなければ良いんじゃないかなー。
…今俺ら村の重罪犯してるからどうなるかわからんが。」
「あっ。……そういえばそうだった。」
「まぁ過ぎたことを悔いてもしょうがない。さぁとりあえず皆心配してるから帰るか。」
そういってポロキチたちに別れを告げて村に戻った。
村に戻ると既に薄暗くなっていた。予想通りダイと一緒に調査から帰ってきた村の大人たちと、俺は特にクレアにこっぴどく怒られた。
家に帰り部屋へと戻る。
父も母も特に何も言わず何も聞かなかった。
ベットに寝転び右手を上に掲げ少し前の記憶を遡る。
意識を失う前。声が聞こえたのは少し覚えている。
しかも聞きなれた自分の声…のように聞こえた。どこか昔の。そんなような気がした。
考えるにしても今日は今までにない重度の疲労にそのまま目を閉じてしまった。
今日は何の夢を見ていたのだろう。
判るのはいつもの夢と違っていたってことだ。
意識がはっきりするころには顔を手で覆っていた。
少しいつもより早く起きたが今回は二度寝をする気分もなく顔を洗い食卓に向かう。
いつも早起きの母さんは既に食卓で朝ごはんの準備をしていた。
「…おはよう。母さん。」
「あら今日は早いのね。おはようユウ。もうちょっと待っててね。今急いで作るから。」
いつもとかわらない、いつもの朝。ただ少し無理して笑っている母さんが違うだけ。
「母さん。昨日は…その本当にごめんなさい。言いつけ無視しちゃって。」
「……別にいいのよ。あなたもダイ君も無事だったんだから。それにあの人の息子だもん。きっと無茶するんだろうなってわかってたから。きっとお父さんだって同じことしちゃうだろうから。だから今日元気でいてくれて、それだけでいいわ。」
「…うん。ありがとう。」
「それにクレアがお母さんたちの分まで怒っていたから私からは何も言わないで上げる。」
「ハハ…‥それは…まぁ…なんともで。」
数分後二階から降りてきたクレハに昨日の事で朝食中も説教させられた。
朝食を食べ終わり訓練の準備を始める。
「ところでお兄ちゃん今日は動いて大丈夫なの。」
「別に少し体がダルイけどそれだけだから。それに今日こそ親父に勝つ方法見つけたから今日はいつもよりやる気もある。」
そう意気込み今日は入念に準備運動をする。
だが今日は時間になっても親父は現れなかった。
「母さん、親父どこいったか知らない?」
「お父さん?さぁ朝食食べた後からは観てないけど。」
母さんも事情は聴いておらず今まで親父が何も言わず家を出たことは無かった。
「あの親父。俺が逃げたときは散々塩られたからな。帰ってきたらどんな罰を与えようか。」
「もしかしたら昨日のことでお兄ちゃんに休みをあげようって思ったんじゃない。」
「それならそれで言えばいいじゃん。」
「それもそうか。」
空いた時間をどうしようかクレアと話していると母さんから久々のお願いがあった。
「それなら暖炉用の薪を取りに行ってもらっていいかしら。まだ少し肌寒
いからもう少しまきが欲しいの。」
「わかった。どのくらい取ってこれば良い?」
「そうね。多くて困ることないからこの籠一杯位集めてきてね。お昼のお弁当、用意するから少し待っててね。」
「ホント⁉じゃあさじゃあさ、前に食べたサンドイッチ…だっけ。あれがいいな。とても美味しかったから。」
「はいはい。とびっきりおいしいの作るわね。」
「あ、そうだ。お兄ちゃんこれ終わったらさぁ―」
何かクレアが言った気がしたが部屋に戻りドアを閉めた音でよく聞こえなかった。
部屋に戻り少し時間をつぶし、母さんからバケットを貰う。
護身用にとノアの花を持ち森の奥へと入る。
家から出かけ二手に分かれ薪を探しに行く。
大体半分ぐらい集まったところでいつも遊んでいる泉のところに出た。
空を見ると今日は快晴で風も程よくなびき気温も適温、目の前の泉に小滝が流れ落ち良い音楽が響いているように聞こえた。
時間は正午を過ぎた位だろうか、木々の木陰で眠るのにはとても良かった。
母さんからもらったサンドイッチも食べ、昨日の疲れからか眠気が襲う。
横になって目をつむり寝ようとするが、頭を足先で軽く蹴られる。見上げるとクレアによってだった。
「何一丁前にさぼってるのよ。はやく必要な数の薪を取って終わらせて帰ろうよ。」
頭元に立つクレアは顔をしかめていた。今日は早く起きたせいで少し寝不足でもあり、この陽気が堕落へと進める様に眠気を誘っている。そんなせいか何故か元気なクレアをこちらに呼び寄せていた。
「いいのかー。今日は訓練もないしこんなに最高に良い天気の中で寝れるなんてこれからあるかわからないぞ。お前も少し寝てみろって。夕飯までに終わらせればいいんだし。それにおれは昨日のせいか眠たくなってき…ふぁーあ。」
つい我慢できず欠伸が漏れる。
こちらに引きずり込もうと思ったがクレアの顔を見るとなんだか不吉な笑みを浮かべ右拳を握っていた。
そしてそのまま勢いよく下してきた。
顔面にぶつかる寸前に身体を回転させ右手で地面をたたいて起き上がる。
昨日のおかげか回避能力がだいぶ上がったのか。
俺の頭があった場所には彼女の拳と同じ形の窪みが少しできている。
「あっぶねぇ。こら。直撃したら死ぬだろうが。」
「こら、避けるんじゃないわよ。お兄ちゃんのさぼり癖を治そうとしてんだから。」
「治るどころか死んじまうだろうが。そんなに怒る事か?』
そう言うとクレアは握っていた拳をしまい背中に背負っている籠を抱えなおす。
「私の分は終わったから早く終わらせなさいよね。家で待ってるから。」
と告げ森の中に入っていく。
年も十五と一つ下ながら単純なパワーなら妹が勝っている。男としてそこは少し悲しいがきっと母親の血が色濃く引き継がれているのだろう。
我が家の単純な力の順位が母さん、親父、クレア、俺である。
本当にどこにそんな力があるのかと思うほど二人の腕は細い。
クレアはもうすぐ親父を超えるのではないかと思うほど最近朝の訓練でよく鍔迫り合いが長くなっている。
遠くの方に水を飲んでいた昨日のポロキチとその子供たちに手を振り再び寝転ぶ。
一、二分経った頃さっきの妹の顔が脳裏に移りだす。
「そういえば待ってるって言ってたけど、なんか約束してたっけ。もしそうだったらやばいなー。」
さすがに家に帰ってまであの怪力じみた拳を食らいたくは無い。
シャキッと顔を洗おうと泉に近寄る。
青々しく映っていた空が一瞬にして赤く染まっていく。
後ろを振り向くと同時に轟音と熱風が顔に当たり風が体を後ろに押し込む。
木々も悲鳴を上げるようにしなる音が反響しあっていた。
突然の衝撃に一瞬だけ意識を持ってかれてしまったがすぐに地面を蹴り森に入る。
此処から家にある村まで走っても五分と時間がかからない場所にある。
そんな時間が経ってないはずなのに全力で走ってもクレアの姿が見当たらない。
すでに家にいるのか村に近づくたびに皮膚が熱で焼けていくのがわかる。
「熱ッ‼いったい何が。」
森を抜けるとそこにはいつもの村が無くなっていた。
家だけではなく石でできた道路や壁までなにもかもが燃えている。
燃えたものが集まったかのように真っ黒な煙は空を覆いつくしている。
唖然として眺めていた空を見ていると。
その隙間から何かの姿が見えた。
巨体から横に大きく二つの翼、尾からは三つの長い尻尾が生えており顔には口には鋭い牙が光を反射する。
前世の記憶で似たようなものを見たことがある。
あれは。ファンタジーの世界にしかいない…あれは…
「ド、ドラゴン‼?」
次の瞬間、黒煙に三個の穴が開き炎弾が村に降り注ぐ。
村の中心付近に落ちると、広範囲の爆発が起きる。遠くにいたのにもかかわらず足の踏ん張りが効かず後方へ吹き飛ばされる。
数秒、体が宙に浮き背中から落下した。
すぐに村の方へ駆け寄ろうと体を起こすと後方から弱々しく今にも消え
そうな声が聞こえた。
「…うぅっ‥‥‥‥お…にぃ……ちゃん」
「ぅ…クレ…ア……。」
震える声が聞こえる方へ振り返る。
心臓を抉られるような感覚が全身を襲う感じがした。
口からは喉が掠れるような声しか出せなかった。
そこには触ると壊れてしまいそうな少女の姿が瞳に映っていた。
クレアは燃え盛る村を見続け口から血を流しながらも話す。
「おか…あさん‥が、私をそ‥外に…っ逃がし…て―」
頬に流れていた涙は止まり、空を泳いでいた腕は力なく落ちた。
クレアの元へ駆け込み名前を何度も叫ぶ。
だが返事はなく胸に耳を当てると小さくだが鼓動が聞こえた。
幸いにも気絶しているだけだったが、体の至るどころに擦り傷がたくさんあり血もたくさん流している。
とりあえずまだ安全な場所かわからないが妹を抱えさっきまでいた泉の場所に向かった。
幼いころ、興味本位で父親と一緒に母親に内緒の秘密基地を作ったことがある。
俺よりも父親が熱を持ったせいで意外と作り込んだ一部屋が出来た。
そのせいかそこでサバイバルじみた生活を送る羽目になったのだが。
そこには俺がよく怪我をしていたためと救急箱が準備してあった。
いくつもの滝が流れる中の一つに裏に回ると岩場に不自然な木製のドアを開ける。
中は家をモチーフにしたように簡単な作りになっている。
少し破けているソファーに妹を寝かせ応急手当を施す。
幸い少し前に来て掃除をしてたので清潔感はあるだろう。
消毒液で傷口をあてると沁み、痛みでクレアは意識を少し取り戻した。
「いっ‼……おにい‥ちゃん‥ここは…。」
「秘密基地。言ってもわからないだろうが。おまえは怪我してんだから安心して寝てろ。」
救急箱から包帯を取り出そうとするとクレアに手をつかまれ反対の手で服を掴み、バランスを崩し支えられない体重は自分へとかかり床に倒れる。
「イテッ。おい!安静にしろって。」
「お兄ちゃん!お、お母さんは!あの緑色の化け物は‼」
頬にポタポタと涙が落ちる。
どれほど怖かったんだろう、今まで怪物という怪物など会ったこともなければ怖い思いなどしたこともない
俺だって前世の記憶がなければ初めて見るような化け物だろう。
この森にいる気性の荒い猪だって一緒に遊んでいる位わんぱくな、そんな女の子だった。
ほんの少し前までいつもの様に家族で仲良く飯を食べて、俺をいじって笑って今日も楽しく過ごしていくはずだったのに。
「私を逃がすために!‥お母さんが庇って!、お腹に剣、刺されて!…それで―」
そんな毎日をこれからも送っていくはずだったんだよな。急にそんなことが起こったら怖いよな。
「森に入ろうとしたら後ろから爆発が起きて、気づいたらお兄ちゃんがいて―――」
今にも壊れそうな表情を浮かべながらも家族のことを第一に考えている。
クレアの頭を抱え身体を起こす。起き上がり、倒れないように背中に腕を回し。
「大丈夫。きっと母さんだってその緑の化け物に怒りのげんこつ攻撃かましてるさ。お前は寝て傷をいやしとけ。親父には及ばないけど俺が守ってやるから安心しろ。約束したろ。俺はクレアを守る正義のヒーロなんだからな。」
今少しぎこちない笑顔だと思う。
言った後すこし恥ずかしくなったが妹は「何それ。」と気が緩んだのか眠りにつく。
少しだけ強く妹を抱き心に決断する。
ソファーに再び寝かしつけ治療の続きをする。
所々に切り傷があるためなるべく軽装にしようと身に着けているものを外す。
首から下げていたお守りの石が入ったペンダント。
小さいころ親父からお守りだと俺らに与えられたものだった。
『いいか、これをなるべくでいいんだが、肌身離さず持っていてくれ。それがあればきっといつかお前らの身を守ってくれるから。』
昔そう言われ二人ともこれを毎日つけていた。
「こんなときにどこいってんだよ……親父…。守れてないじゃないか。」
ペンダントを強く握りしめる。
心の奥がざわつき始める。
自分ができる範疇で治療を終わらせ毛布を掛ける。
なにかいい夢でも見ているのかフフッと寝言が零れた。
頭を少し撫で、壁にかかっていた剣を背中に挿す。
「いってきます。」
秘密基地を後にし、村へ向かう。
空はいつの間にかあんなにも赤く燃えていた空は星々が煌めく静寂となっていた。
自身の心とは逆に――
夜の森は暗く目の前はほんの数メートルしか映らない。
いつもの記憶を頼りに村の方へ向かって慎重に歩きだす。
村に到着するまで歩くのだと数分はかかるだろう。
その間、妹の話と自身の記憶を元に村の状態を考える
たぶん家族のもとに現れた緑の怪物はゴブリンだろうか。
さっきのドラゴンと言いゴブリンと言いこの十六年間そんな生き物がいるなんて聞いていない。こちらに来てからそんな絵本も昔話も聞かされなかった。
もしかしたらあの高く誰も超えられないと思っていた山の外から来たのか。この狭い世界の外に知らない世界があるのか。
ゴブリンたちが襲い掛かり数分後に空からの攻撃で村が爆発したのだろうか。
空に数匹いたドラゴンからの火炎弾。
あのドラゴンに関しては何も情報がないがたった二、三匹の攻撃であれほどの爆撃が起きるわけがない。
いや起きたとしたらゴブリンを村に徘徊させる理由もない。
いやこれはいくら考えても答えは出ないな。
だめだ、知識がなさすぎる。
なぜ今になってここを攻めに来たのだろう。
木々の隙間から空を見上げる。
今夜は雲が所々に広がり月光が地上をまだらに照らしている。
村まで数分の時点で空を見上げ辺りに昼間の黒い影は見当たらない。
だがもしかしたら村に降りているかもしれない。
ここからは葉っぱに触れる音や足音に気をつけて歩いていく。
頭を横に振り深呼吸し気持ちを落ち着かせる。
なぜかこの動作をすると昔から気持ちが落ち着く。
まるでスイッチが切り替わったように眼がスゥっと冴えてくるのを感じることができる。
茂みから村の方を覗き込む。
爆発の影響かほとんどの家屋は跡形もなく崩れている。
そのせいか月明かりが照らしている範囲で村の隅々までよく見える。
所々には人や木々、敵勢力であっただろうゴブリンたちの死骸が道端に倒れている。
そんな薄暗い中たき火をしている甲冑の敵の姿がはっきり見えた。
中央には甲冑を着た人影が三人、そこから少し奥に昼間見たと思うドラゴンが並んで寝ている。
そのさらに奥には何かしらの影が見えるが遠く、何かはわからない。
目的を達成したのか火の周りを囲って座り子樽の盃を交わしている。
三人が騒いでいるうちに会話の内容を聞こうとなるべく近くに移動し続け、残り数メートルほどで奴らの声が聞こえる。
身を低く崩れている壁に隠し耳を澄ます。
「見たかよ、ゴブリンにもやられる奴らもそうだがよー。そのあとの爆発でバカみてぇに吹っ飛びやがんの。」
「見た見た、どんだけもろいんだって感じだよな。」
「こんど戻ったらみんなに話したろうぜ。」
胸糞悪い―
こいつらのお遊びでみんなが家族が無くなっていくのかと思うと怒りがわいてくる。
手のひらから血が出るほど握りしめ床に滴り落ちる。
そんな怒りも伝わらず三人組は談笑しながら酒を飲んでいる
「しかしこんな山に囲われたところにちっぽけな村があるとわな。」
「ああ、しかしこんなちっぽけな村を殲滅しろなんて新しい魔王様は何を考えているのやら。」
「まぁいいじゃねえか。おかげでほれ。下っ端の俺達に来る仕事の割に結構な報酬なんだから。」
「それもそうだな。おっしゃあ今日はなんも考えず明日の朝まで飲みあかそうぜ。」
おおーっと残り二人が上機嫌に答え再び乾杯をする。
「おっとすまねぇ。ちょっとトイレ行ってくるわ。」
一人が盃を置き立ち上がる。
雲が月明かりをさえぎり、辺りは暗闇に染まる。
俺のすぐ横の路地を通り道をを歩いてく。
気づかれないようにそっと後をつけていき背中の柄を握る。
数十メートル離れたか、完全に仲間から見えなくなったころで男が立ち止まり。
腰の剣を握る。
「さてと、ついてきてんだろ。出てこいよ。」
振り返り剣を抜く、顔は勝ち誇ったように笑っている
「おらおら、居るのはわかってんだぜ。ヒック、さっさと出てこいよー。なんて―」
油断していた背後に回り脚を切断する。
「ッ‼」
「シー。静かに。殺さないでやるから。少し寝てろ。」
首に剣の を当て気絶させる。
足を止血し口ぐるわをして暴れさせないようにする。
「…後二人。」
気づかれていたのかと思ったが酒が回っている世空言だった。
こちらもファンタジーでよく見る魔族の真っ赤な顔の見た目だった。
意識を身体に向ける。敵の来ている甲冑の一部を外し空へと放り投げる。
ガシャーン‼と遠くまで響き渡るように――
パチっとたき火が弾く
「なんだー、あいつ酔っぱらい過ぎてこけたのかよ。ほら、おまえ見て行ってやれよ。」
「なんで俺なんだよー。まったくしょうがねえなー。」
「ぁんだよ、結局行んじゃねえか。ガハハハ。」
一人が盃を下ろし立ち上がる
そして先ほどの男が通った道を歩いてきた。
すると眼の前に倒れている身体を見つける。
「たく、ほんとに倒れてるじゃねえか。おい何やって―」
たとえどんな人でも縛られて動けない仲間を急に見たら動けなくなるだろう。たとへ一瞬だろうと。
そうどこかで教えてもらった記憶があった。
だから今この時にはちょうどいい。
その一瞬の隙さえあれば首に当てることができるのだから。
「…あと一人。」
気絶した体を少し離れた場所に置き両手両足を縛る。
ほんとに世界が嫌いになる。
平和な世界がつまらないと嘆いてしまった自分に。
村の中央の地面には三人分の盃と数個の酒瓶が転がっている。
残りの一人はもうすぐ消えそうなたき火の前で戻らない二人の帰りを待っている。
持ち込んでいたお酒は彼の周りに散らばり中身は全て空になっていた。
酔いが回り始めたのか地面に寝転び夜空を見上る。
「ヒック。なんだぁ。あの光ってんのはー。」
一際光る星が彼に向かい落ち、腹に突き刺さる。
酔いの頭が急激の熱さで覚醒する。
「ッゥグ‼ッアッァアアアア!!」
痛さに悶絶し傷が広がり口から鮮血がほとばしる。
紅潮していた顔色は血が抜けていき青くなる。
「命を奪った最後の酒はおいしかったかよ。」
ユウは冷え切った眼で見降ろし剣を深々と刺す。
「何の罪もない村の人たちを殺して楽しかったか…。」
敵が懐の剣を抜こうと右手を柄に握るより前に剣を振り回し敵を壁に向け投げつけながら剣を抜く。
そして間髪入れず剣を投げこむ。右肩に突き刺さり敵は壁に貼り付けにさ
れる。
「お前らのせいでクレアが傷ついたんだぞ‼」
相手の意識が消える前に情報を引き出そうと詰め寄る。
ちょうどドラゴンの前に投げたらしく起きてないか確認しようと視線を向ける。
三匹のドラゴンはぐっすり寝ている。三匹は。
だが少し離れていた四匹目はこちらを静かに見ていた。
「不意打ちとは言え良く三人を倒しましたね。」
後ろから声が聞こえ振り向こうとするがそれは叶わず吹き飛ばされる
「グァッ‼」
ユウは横腹を強く蹴られ数メートル飛ばされた。
尋常ではないほどの激痛が走る。息は乱れ立つことが定まらない。
痛みに耐えている中、開く片眼だけで敵を見る。
余裕な足取りでこちらに向かってくる。
「まさかバカな部下のせいで一時はどうなるかと思いましたが…。ちゃんと生きていてくれて助かりました。これでもう貴方は用済みということですね。」
こちらを向き話しているようだった。
いや違う。
正確にはこちらの少し左後方を見ていた。
何に向けているのか気になり振り返ってしまう。
「感動の対面ですね。ペネルさん」
「お…や……。」
眼を疑う光景が言葉を失わせる。
そこには貼り付けにされている親父が傷だらけでうつむいている。
どれだけの血が流れていたかはここから一、二メートルまでに広がる赤く暖かい道がその悲惨さを物語っていた。
無我夢中で親父の元まで駆け寄る。
「‥ッウゥ…バカ…野郎…。敵に背を…向けんじゃ…ねえよ。」
「何強がってんだよ‼今解くから待ってろ‼」
「そんな事は…いい。…ハァ…ハァ……クレアは無事か?」
とても頑丈なワイヤーか何かでくくられているのか、解こうにもこちらの指が切れ血が溢れるだけ。
「無事だよ!昔造った…秘密基地で寝かしつけて簡単にだが手当してある。だから…。」
「そ……うか。…ちゃんと‥逃げれたん…だな…。」
親父からの声がだんだんと小さくなるが一向に拘束は解けない。
「コォォンノォォォ。クッソォォガアァァァアアアア‼」
「あと‥数分だ‥奴から―」
消えかけていく声を聞こうとしたが首元を掴まれ後方へ放り投げられる。
「もう遺言は聞きましたか。聞きましたね。それでわ。」
腰から刀を抜き親父の首元に刃をつける。
雲から月明かりが戻り刀の光が父親を照らす。
「せめて最後は苦しまないようにしてやる。」
すぐに体制を立て直し走ろうとするが思うように力が入らない。
―止めろ‼―
思っていても声が出ない。
ただ眺めていることしかできず、非情にも目の前で刀は降られた。
―――――――――――
視界がいくら敵に絞ろうと細めようともぼやけてしまう。
呼吸は乱れてまともに息を吸うこともできない。
胃液が逆流して何回も嘔吐してしまう。
それでも壁に突き刺さっていた剣をつかみ、雄叫びを上げ斬りかかる。
簡単に受けられてしまい数回振りかざすが小さな火花を起こすだけだった。少し距離を取り踏み込んで飛びあがり、上段から勢いよく斬りかかる。
「おぉこれは…。良い…。」
がこれも防がれてしまい腹部に回し蹴りを食らい吹っ飛ばされる。
すぐに体制を立て直し向かうが顔面に蹴りを食らう。
「貴方は殺さず持ち帰るつもりですがこれ以上暴れられてもこまるので手足がなくてもまぁ別に支障はないでしょう。」
敵は腰を少し落とし刀を鞘にしまい右手を柄に握り構える。
眼を瞑り深く呼吸をしている。
頭に血が上っているせいかユウはその意図に気づかず無謀に突っ込んでしまう。
鞘から少し出た刃はそのまま振ればユウの両脚は斬り飛ばされていただろう。
左方向から影が一つ走ってくる。
ガギンッと鋭い音が皮膚を駆け巡る。
自身に振られっるはずの刃は角度を変え、月光が雲の隙間から漏れ地上の二人を照らす。
一人は俺を蹴り倒していた敵の将。
もう一人はほんの数分前か、秘密基地で寝ているはずのクレアがいた。
敵に向かって走っていたはずの俺はいつの間にかその場で立ち止まっていた。
お互いの力が拮抗し鍔迫り合いがしばらく続いて動かない。
「これはまた、あなたも無事に生きていたとは。今日の私はついていますね。」
「何のことかわからないけど村の皆を……母さんやお父さんをこんな風にした貴方達は絶対に許さない‼」
「おおぉ!貴方も良い‼」
剣が弾かれ、お互いの距離が開く。敵の将は刀を鞘に納め兜を外す。
「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私、新生魔王軍幹部の一人、ユダリアと申します。今回は貴方たち二人の身柄の確保とあなた方の父の死を任務でこの地に参りました。以後お見知りおきを。」
さっきまで漏らしていた不気味な笑い声を止め丁寧な口調で説明する彼は深くお辞儀をする。
兜を外したことにより奴の不気味の笑顔がこちらの体を凍らせる。
「なぜこんなことを。なぜ私たちは狙われるの。なぜ私たちだけが。」
ユダリアと名乗る敵将は俺たちを見て顔に手を当ておかしなものを聞いたかのように大声で笑う
「いや失礼、そうですね。これから私たちの仲間になるのだからお教えしましょうか。」
ユダリアは不適の笑みの両手を広げ声高らかに叫ぶ。
「そこのユウ君は今この世界でただ一人の世界を支配できるほど完璧な能力を持つ、暗黒神の力を!歴代最強の魔王の力を‼それは我々が育て、人間どもの世界を私たちが掴むのです!そして貴方にはユウ君の足かせとして来てもらいます。」
何を言っているのかわからない。世界を支配する⁉魔王の力?そんな特別な力はもらってない。色々試したけど何もなかったんだ。そんなものはあるわけじゃない。
だがこのままだと確実にこれ以上の悲劇が起きるのが理解できる。いや、出来てしまう、その眼を見れば。
「さぁ、続きを始めましょうか。」
今から数か月前だったっけ。一度だけ、勝ったことはないが後少しのところまで親父を追い詰めた作戦があった。
月の末日に二人で戦える日が設けられ。幾度と二人で作戦を考えては挑み、失敗し続けてきた。
だがたった一度だけ勝てる寸前のとこまで追い詰めることができた。ただし失敗すれば必ず次の瞬間に何も抵抗できず斬られてしまう。親父にはそれは剣の訓練にはならないから使用禁止と言われたがもうこれしかない。
強張り固まるクレアの肩を引っ張り抱きかかえる。
「え、お、お兄ちゃん何を!」
「一か八か、あの作戦で行くぞ。昔、親父にギリギリ勝つことができなかったあの作戦で。」
「でもあれ、お兄ちゃんが――」
「いいからいくぞ。」
不気味な雰囲気を放ちながら近づいてくるユダリアに言葉を遮り構える。
ユダリアを両側から攻めるように左右に走り、お互いが自身と相手の先になるように移動し続け敵の注意を一点に集中させないようにする。
だが先ほどよりも。
なんとか身体で反応できるが攻撃に移れない。
クレアも同じようでギリギリのところで防御している。
だが数段撃ち込まれ続けられ目が慣れたのか体に電気が走ったかの様に素早く行動ができるようになっていた。
力を込め重い一撃を打つ。ユダリアはその反動で少しのけぞりながらもクレアの攻撃を躱す。
ギリギリ避けられず頬を浅くだが切り裂く。
その隙に右手と左手の握る位置を入れ替える。
チャンスは一回のみ。下から切り上げるように剣を振る。
俺の剣とユダリアの刀が重なる。その瞬間に手首を少しひねり上げる。
ユダリアの刀は俺の剣に流れるように力が下に流れその隙を突き剣を離す。
その勢いのまま右手でユダリアの腕を掴み相手の後ろの首元に左手を押し当て足を薙ぎ払う。
右手を思いっきり引き左手は反対に押す。
体制が崩れたユダリアはそのまま顔面を地面に勢いよくぶつける。
「グボォ!」
「今だ!」
敵の背中に足で抑え込み体重を乗せ更に動きを封じる。昔は幼かったため単純に力で返されたが今は違う。こいつにそんな親父並みの力は感じない。
敵の膝裏に目がけてクレアが剣を振り下ろす。これで移動力が無くなり力の差が無くなる。
だがクレアの剣は両足の間に突き刺さっていた。
何かがクレアに当たり飛ばされてたのだ。
「あまり舐めないでください。お二人とも。」
視線をユダリアに戻すと左腕が普通では曲がらないはずの方向に曲がっていた。
手元を見ると剣先が後ろに向いている。近くに置いていた自身の兜を刀に引っ掛け思いっきりクレアに投げていたのだ。
そしてそのまま刀を握り直しこちらに向けて振り下ろす。
地面を蹴り後ろに飛び避けるといつの間にか百八十度回転していた右足が左わき腹に当たり飛ばされる。
激しい衝撃が体を襲う。踏ん張ろうと脚に力を込めるが激痛が体を走り耐えきれず背中から着地する。
「いやはや、まさか剣を捨てるとは思いませんでしたよ。それにしても…血なんて久々に流しましたね。」
歪な音を鳴らしながら曲がっていた手足は何もなかったように元の状態に戻っていく。
「私実はっというか魔族の中でも希少ですが人間と違い関節と呼ばれている部分の構造が違うのですよ。そして――」
その後は何かは聞こえないが口を動かし指先を顔に向ける。
先ほどクレアによって付けられた傷と鼻が緑色の光に包まれ数秒後、光が拡散し傷が無くなっている。
「なっ!」
「どうですか、たとえあの時脚を斬られたとしてもこの通り治せるので無意味なんですよ。それに…」
眼前に垂れた髪を片手でかきあげる。
「今の貴方の剣では私に勝てませんよ。今のあなたでは。さあ、自分の意思出来てもらうのが重要なんですよ。なので、それそれ諦めて私たちと一緒に来てくださいよ。」
ユダリアは両手を横に広げ薄ら笑いでこちらに語り掛ける。
これじゃあどう足掻いても勝ち目なんかないじゃないか。
今までの疲労と痛みがユウの全身に襲い掛かる。
もう地面から立ち上がる事も難しいほどに手が、腕が、身体が震えていた。
転生して、幼い頃から鍛えてきても悪には敵わないのかよ…。
頭がもう戦うことをあきらめている。仰向けに倒れたまま焦点の合わないまま遠くを見つめる。
そこには家が崩れ落ち、瓦礫の山と化している。その中で僅かだが瓦礫が動いていた。
何かと集中してみると瓦礫の中に少し空間が開いておりそこに子供が数人奇跡的に生きていた。
その中にダイの姿が見えた。
雲が月光を隠し見え無くなるが怪我をしていた。
「まいっ‥たなぁ‥…。」
もうあんな光景は見たくないんだ。
未熟な自分のせいで誰かが傷つくなんて。
動かない体に無理やり力を入れ気合で起き上がる。
正直もうまともに動けるのかわからない。
だけど心の底から力が湧いてくる。心臓がさらに熱く活動する。
なんだか物凄く体が熱い。
ユダリアは顎に手を当て考えるそぶりを見せる。
しばらくするとユダリアは地面に突き刺さっていたユウの剣を引き抜きこちらへ投げる。
ユウは避けようとするが激痛が体を走りその場から動けず膝をつく。動けぬまま目の前に剣が迫ってきてしまう。
とっさに眼を瞑ってしまった。暗闇の中、剣が体に突きる映像が脳裏に明確に流れてきた。数秒後に起こる事を…。
だが数秒経ってもそれは現実にはならなかった。恐る恐る目を開けると剣は目の前で稲妻の様な青白い光をほとばしりながら宙に静止していた。
何が起きたか全くわからなかった。
光の元をたどっていると自分の身体からそれは出ていた。しばらくすると光は消え力が失った剣は地面に突き刺さり落ちる。しかしまだ俺の体を纏う様にバチバチと音を鳴らしながら光が出ている。
それに痛みが少しづつ引いていく感じがする。一体これは――
「……なんなんだ……これ…。」
「…無意識ですか。」
ユダリアは拍手をしながらこちらに歩み寄るそれに警戒すると同時に纏う光も大きくなる。
「ようやく発現しましたか。どうですかその能力は。」
「これが何なのか、お前にはわかるのか。」
「全部ではないですがそれが暗黒神によるものではないかと。なので――」
いままで上がっていた口端は下がり眼つきが変わる。
「――手加減できませんのであしからず。」
雰囲気が変わり肌がぴりつく。それに反応するように体から出る雷が大きくなる。
だが自身で制御していないので無差別に雷が落ちる。
俺とユダリアの間にも落ち一瞬光が辺りを白くする。
眩しく目を閉じてしまい、開けると奴は目の前にまで迫っていた。
咄嗟に斬りかかるが、強烈な右こぶしを食らい後方へと勢いよく飛ばされる。
それでも眼を放さずユダリアを見ていると俺の後ろに居たクレアが前に走り出していた。
悪寒が身体を走り、何か嫌な予感を感じる。
クレアを止めようと手を伸ばすが、奴の威力がまだ殺せず後ろに押されている。
ユダリアは今度は刀に手をかけ、眼にもとまらぬ速さで横一線に斬る。
だが刀はクレアが到達するより早く振られていた。空振りだと思っわれたが、空間がゆがみながらもクレアに目がけ何かが飛んでいた。
気づいたときには遅くクレアは即座に剣で防御するが威力を殺しきれず剣が折れ腹に一筋の線が刻まれた。
ようやく止まった体を必死に起こしクレアの元に駆けつける。
致命傷になるまでの深手でなのかわからない。手で傷口を防ぐが恐ろしく血が溢れ出る。
目の前で父親を殺され次は妹の死を迎えてしまうのか。
もうこれ以上誰も死んでほしくはない。
俺は…僕はもう――
ッパン!
何かに弾かれたような音が静寂の闇に響く。気づけば自身の頬がじんわりと痛みをあらわしていた。
何も考えられないまま視線を向ける。
クレアは今まで見たことない、涙を堪え必死で怒りを訴えている様な眼をしていた。
「なに情けない顔してんだよ。私の知ってるお兄ちゃんはそんな弱い人じゃないだろ。私の知っているお兄ちゃんはいつもかっこよくて頼りになって強くて、弱い人を助けちゃう。どうしようもない私の英雄なんだよ。」
段々弱くなる声、繋いでる手には力が抜けていく
「違う俺は…そんな強い人間じゃない。お前も守れなかった。英雄なんかじゃ…無い。」
それでも彼女の眼には力強い意志がまだあった
「……昨日ダイ君から聞いたよ。お兄ちゃんまた命がけで守ったんでしょ。お互いの命を。だからさ私がこのまま死んじゃってもできれば私の英雄でいてくれないかな。どんな敵だって救ってしまう。そんなヒーローに……」
「あぁ……なるよ……だからさ……そんな死ぬなんて言うなよ…。」
徐々に声量が落ちていき握る手は温度が失う
「――ごめんね。お兄ちゃん。」
その言葉を最後にクレアの体から力が抜けていった。
絶望が心を襲う。もう考えるのも嫌になる。昔の自分から何も変わっていない自分に反吐が出る。
それでも……それでも……もう失ったものは戻らないのだから。
だから最後に託されたこの思いだけはこれだけはせめて守っていきたい。
それだけがこの暗い心を微かにでも光らしてくれる希望なんだから。
クレアを抱え近くの崩壊した家にあるベットに寝かしつける。
「……かっこ悪いところを見せちまったな。」
最後に少しだけ頭をなで、落ちている剣を拾いユダリアと対峙する。
「その眼、まだ私と戦う意思は消えて無いようですね。」
「ああ。もう迷わない。俺は俺の正義のために、クレアの為にお前を止める!」
「ではこちらも本気で答えましょう。」
勢いよく地面を蹴り身体を低くし距離を縮める。
ユダリアは待ち受けるように抜刀の構えでこちらの接近を待っている。
残り四メートル付近で地面にある小石を奴にめがけて数的蹴り飛ばす。
それを一閃で飛ばし小石を斬り回避する。
その下ギリギリをスライディングでかわし距離を詰める。
左手で地面を叩き身体を起こし、右下から斜めに切り上げる。
しかし体を回転させ一周してきた刀で叩き落されてしまう。
だがその反動を生かし身体を空にあげ蹴りを一発食らわせる。
ユダリアの後頭部に一撃を与え、予想外の動きで反応しきれずよろめく。
地面に着地し腰を落とし奴の顔面に目がけ拳をたたきつける。
そのままユダリアは背中から地面に倒れ落ちる。
剣を拾い足に目がけて振り下すが体をひねりかわされてしまう。
時折剣の攻防が始めるや四肢を使った戦闘へ移行しまた剣への戦いへと変へて戦う。
それでも最初に二撃以降まともに攻撃が成功していない。
剣だけの技術なら俺より上だろう。
だけどそれだけしか出来ないのならこちらにもまだ勝ち筋がある。
少しづつ加速していく戦いの中、ユダリアの刀を後ろに弾き隙ができる。
その隙を見逃さずユダリアの肩に目がけ剣を突く。
――取った。
だが次の瞬間目の前にいた敵は後ろにおり。
目の前には代わりに俺の右腕が宙を舞っていた。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァァ――」
肩からあるはずの腕は俺の数メートル離れた位置で地面に落ちる。
勢いよく血が飛び出し俺の辺りを赤色に染める
――クックソ!痛ェッア、アツイ!何が!
確かに奴は体制を崩し俺の剣がユダリア肩を貫こうとしていた。
だが当たる寸前そこにいたはずの奴は消え、俺の背後にいた。
「さすが‥ですね。私をここまで…追い詰めるとわ。」
肩を左手で抑え痛みに耐え、後ろを向く。
息を切らし、炎を纏い。
悠然と立ち尽くしている。
だがユダリアは隙だらけの俺の背中に剣を刺してこない。
疑問に思ったがその間に後ろへ距離をとるとユダリアは口から血を吐き膝をつく
「相変わらず彼は失敗作を造る人ですね‥」
そう愚痴を言い首に着けていた装置を引きちぎられる
それが何かはわからなかったが俺の剣が躱された秘密だったのだろう。
――あれ?
後ろに距離を取り構えようとしたはずがいつ倒れたのか地面に顔をつけていた。
身体に力が入らず動けない。
――情けないな、右腕が無くなっただけで。
このままだとまた守れない。
――あれ、またって誰を守れなかったんだっけ。
遠ざかる意識のなか動く右目をユダリアに向けて。
決してまだ負けていないと訴えるが。
次の瞬間意識を失った。
謎の装置により負傷を追ったユダリアは足を引き釣りながらも地面に倒れているユウを捕獲するために近づいていく。
だが残り二メートルまでで急に足が止まる。
気を失ったはずの身体から異様な雰囲気を感じ取り身体が警戒したからだ。
右肩から血がとめどなく流れているはずが出てくるものは赤色の液体ではなく黒色のドロドロとした液体になっていた。
それは段々と腕の形になり身体が起き上がる。
そして少し宙に浮いていた。
刀を構え体制を整えるがユウの目は下を向きこちらを見ていない。
それどころか彼の右腕以外は力が入っていないように揺れている。
右腕だけが起きているとしか表現できない光景だった。
手のひらをユダリアに向けられた次の瞬間、黒いエネルギーが放たれた。
その直線状は地平線が見えるまで地面も建物も抉られ跡形もなく消えてしまった。
そして空中に浮いていた身体は力を失いその場で倒れる。
残骸の隙間にいた子供達はその異様な光景を見た後二つの緑の光を放った肉体を最後に光を閉じた。
ここはどこだろうか。
また夢の中だろうか。
この前とは違い馬車の中に俺はいる。
俺の両隣には二人の女子が口喧嘩をし、目の前の体格の良い男はその光景に笑っている。
奥には二人寝ているのか横に寝転びイビキを掻いているのが聞こえる。
何かの帰りなのか身体はすごく疲れていた。
このまえとは明らかに違うがまた懐かしい光景を見ている、そんな感じをしたがすごく眠く目を閉じる――
――目を覚ますと知らない天井が視野に収まる。
体を起こし周りを見渡すと白い壁にはいくつもの紙が貼ってあり机の上には何かしらの組み立て途中なのか部品が散らばっている。
天井からは木製の円で出来た謎のオブジェが幾多に重なりゆっくりと回っている。
「此処は…」
再び辺りを見渡すがやはり自分の知らない部屋にいた。
ベットから降りようとすると奥の扉が開く。
「あら、やっと目が覚めたみたいね。」
扉から女性の声が聞こえたが箱一杯に何らかの部品を山積みになって運んでおり顔が見えない。
数歩歩くと床の部品を踏んでしまい勢いよく転倒してしまった。
少し汚かった床に多くの部品が散乱する。
あまりの出来事に驚きが隠せず数秒ただ見つめることしかできなかったが、とりあえず部品の山から飛び出ている手を引っ張る。
部品の山から出てきた姿はまるで子供の様に小さかった。
「いたたたた、ごめんね助かったよ。」
「あ、いや別に。それより君は誰なんだ。それにここは…。」
少女の身体を起き上がらせ自分の状況を聞こうと聞くが
「まぁ少し落ち着いて。話してあげるからベットに戻った戻った。」
背中を押され自身がさっきまでいたベットに戻る。
途中後ろから部品を踏んだのか悲鳴が部屋に響く。
「そうね、まずは何から話そうか。とりあえず自己紹介しましょうか、私の名前はシノア。よろしくね。君は?」
「俺の名前はユウ…です。」
「ユウ…ねわかった。ところでユウは今どこにいるのかわかる?」
「いや、とりあえず俺のいた村ではないことだけ。」
ベットから窓を覗き、広がる風景が自身の知っている場所でないと語っている。特にあの超えられないはずの山がそこにはなかった。
「村?まぁいいわ。ここはセントラル王国から南に二十キロ、二等魔法学園エヴァリー。そしてここは学園内にある私の研究室。」
「王国?…魔法…学園?えーっと、そのとりあえず魔法ってのは?」
この間に引き続き何もない世界だと思った世界は知らないだけでまるでマンガのような世界だった。
シノアは少し寂しそうな顔をしたがすぐに笑顔になり説明を続ける。
「聞いたことないかしら魔法、今の時代じゃあまり使う人が減っちゃったけど魔法はね人を幸せにしてくれるものなの。そうね、たとえば…」
椅子から立ち上がり本棚から一冊の本を選び取りこちらに戻ってくる。
数ページめくり一枚の紋章が描かれいるページと文字が書かれているページを開く。
すると机にあったナイフで指の先を斬る。
「ちょっと何をやって――」
手を前に出し立ち上がろうとした体を座らせる。切った指先を本の上に指を置き。
「良い見ててね。『――ヒーリング――』」
そう唱えると文章の周りに緑の光が浮かび上がる。
次第にそれはシノアの指先に集まり傷が段々と塞がっていく。
「どう、これが魔法そしてこれがグリモア—魔導書ね。これを使って私たち魔法を使う者、通称魔術師は魔法を繰り出すの。熟練者だとグリモアが無くても使える。そのさらに上の人だと演唱が無くても発動できるの。そして――」
楽しそうに語る少女は休む間もなく話を続ける。
どれほど時間が経ったのだろうかわからないが本棚にぎっしりあった本は空っぽになっており、外も赤い光が消えかけている。
「――それでこれが防御の魔法で一番よくつかわれていてね。自分の属性に近いものは防壁として使えるんだけど私だと――」
途中から何を言っているのかわからずどうしようかと思考を巡らせていると扉をたたく音に一方的な会話は中断される。
「シノア先生、もうすぐ夕ご飯の時間が終わりますがよろしいのですかな。」
「あれ、もうそんな時間ですか、わざわざ教えていただいてありがとうございます。』
扉の間からは長身で髭が床に着きそうな位伸びており、金の刺繍が施されている黒のローブを身に纏っていて昔読んだ絵本に出てくる魔女の様な帽子をかぶる老人の姿が見えた。
こちらに気づき笑顔で会釈をする。
「それでは今度の発表会、良い報告を待っていますシノア先生。ホッホッホッ。」
「はい、ありがとうございます。絶対成功させます。」
部屋から身体を少しだけだし元気よく手を振っている。
扉を閉めこちらに走り手を引っ張られる。
「とりあえず続きは後にして食堂でご飯を食べようか。」
少し早歩きで廊下を歩く。
「ところで俺はなぜシノアさんのところに居たんですか?」
聞こうと思っていた事だが話の区切りが見えず聞きそびれていた。
「あれは君がやったんじゃないの?そういえば魔法も知らないって言ってたっけ。
君は突然この部屋に転移してきたんだよ。しかもボロボロの状態で。」
いや、魔法は知らないってわけじゃないけど…。
そう、たしかユダリアと名のる黒騎士と戦いそして…。
斬られて飛んで行ったはずの右腕が当たり前のようにここにある。まるであの時と同じように。
「この右腕を治したのもシノアが?」
「ん?いいや、君はボロボロと言っても服装だけで体はかすり傷ぐらいしかなかったわ。その右腕がどうかしたの?」
「え?いや、ごめん。何でも無い。」
いつも見る右腕だ。どこにも違和感はない。ちゃんと思うどうりに動くし後遺症?と言えばいいのかわからないがそれもない。
だけどこの体を覆うような薄い膜は何なのか。
シノアには見えないし見えているわけではないのか何も言ってこない。
「そういえばその石。どっかで見た石だけどどこだったかなぁ。なんていう石」
「いや、俺も名前までは…親父が小さいころ俺たちに配ったものだから。」
シノアは右手を顎に当て考えるがやっぱりわからないと言う。
「そういえばもう一人来なかったか。俺がここに居るのなら、そのもしかしたらだけど俺の妹もここにきているのかもしれない。名前はクレアって言うんだけど。」
「いや、君一人だけだったよ。この学園にも君しか報告されてない。けどたしか――」
ならいったいクレアはどこに行ったのだろうか。
クレアも俺と同じようにここにいるのではないか。もしかしたら魔法の力が関係しているのか。
魔法という未知の力の知識がない俺では答えは出ない。
それでも、わからなくてもとりあえず早くここへ出て――
「今のうちに話しておくけど今この学園から外に出ることはできないよ。今は外からの攻撃が激しく、教師陣が攻められないように出入口を見張ってるから。」
考えていることが読まれているのか。
すぐにここから飛び出してクレアを探しに行こうとしたが下からのこちらを抑止するかの様な視線が行動を止まらせる。
それから外すため壁の方に目を向けると多くの写真が横に長く並んでいる。
その中に一人の写真に気づきその写真の前で足を止める。
「っ…こ……これは。………この人は。」
「その人を知っているの?まぁその人はよくいろんなところに飛び回っていたから会っているかもしれないな。私の先生だったんだけどよく授業は遅刻するわ人使い荒いわで最後は私しか授業を受けてなかったな。もう何年前になるだろう。これはこの学園の卒業した人たちの写真だよ。」
俺のいた村に旅人は来ない、だからここの卒業生に会うことはない。
あまり村に行かなかった俺だが一度見た顔は忘れない。
だけどこの顔立ちは見たことがある。
「…俺の親父だ。」
―――
食堂に入ったが時間が過ぎていてどうしようかと入口でシノアが慌てていたら食堂のおばちゃんが特別に残り物で作ってくれたご飯を弁当にして頂く。
「…そう君のお父さんは。ペネル先生は。」
村で起きたことを全て話した。
まだ知り合って間もないが何故かシノアには話さなくてはいけない気がした。
なんとなくだが彼女はどことなくクレアと同じ様な。そんな感じだからか。
こちらに気遣いながら涙を流すその顔を見てしまえばもう。
シノアの研究室に戻り暫く時間を置きご飯を食べる。
弁当の量は一人分しかなかったが今は食欲が無く少しだけもらい手を合わせる。
外はもう暗く家の明かりも少なくなっていた。
俺は親父の事をよく知らない。
今思えば何故あんなに人と戦うことが出来るのか。
時折どこかに居なくなっているのも。
なぜここの事を話してくれなかったのも。
何を考えていたのかわからない。
胸の奥から上に何かがこみあげてくる。
言葉にすればするほど話しづらくなっていく。
眼を瞑るとあの光景が瞼に移る。
震える拳を握り下を向く。
歯を食いしばり今にも吐き出してしまいたい全てを耐える。
きっとこれをこぼしたら止まらなくなるから。
すると彼女は手を合わせ優しい声で話す。
「とりあえず今日はもう寝よっか。明日はあたしの教室に案内してあげる。だから…。」
ベットに座る俺に背伸びをし頭を撫でる。
「大丈夫。私は君の両親の代わりにはなれないけどここが、私が君の居場所になってあげる。少し頼りないかもしれないけど。だからそんなつらい顔しないで。泣きたくなったら泣いてもいいだよ。ほら。」
窓には目じりに涙を溜め今にも泣きだしそうな少年が一人こちらを見ていた。
そしてその少年は少女の腕の中で光をこぼした。
翌日朝起きるとシノアが何故か笑顔で出迎えてくれた。
「…何?」
「ううん、何も。」
真っ赤に腫れた両目を擦り体を起こす。
食堂から朝食を持ってきたのか床に小さな机を出し食べる。
用意されていた服装に着替え簡単に身支度を整え部屋を出る。
ドアを閉じる前に部屋の中を改めていると散らばった何らかの部品に出しっぱなしの本、部屋の入り口付近には何日分のごみ袋が山積みになっている。
…今日の予定が終わったら部屋を掃除させようと心に決めた。
シノアに付いて行き授業のあるという教室に案内された。
教室に入ると恐らく二百人は入れるであろう大きさに対し生徒はたった一人しかいない。
教卓の前の席に座っている彼はこちらを向き軽く手を振る。
何か説明があるのかとシノアの方へ視線を向けるがは何も言わずそのまま教卓へ向かう。
彼から二つ離れた席に座りシノアは教卓の前に立つ。
「今日も来てくれてありがとうアレス君。」
「いえいえ、可愛い先生のためならいつでも来ますよ。」
アレスと呼ばれている少年は笑顔でこちらに向き。
「俺はアレス。歳は十六。趣味は可愛いものを見ること。あとはこの学園で二年生。君は。」
「俺はユウ、歳が十六でこの学園の事は何も知らない。…でいいかな。」
差し出された手を取り握手を交わす。教卓に立っていたシノアはいつの間にかその横にテーブルを設置しその上にいろんな機械を並べていた。
「アレス君には悪いけどユウ君はこの世界の事を知らないからその説明を今日の授業でやろうと思うんだ。また同じ話になるけどごめんね。」
「いいですよ。かわいい先生に合いに来ているのでお構いなく。」
「はい、先生をからかわないの。」
「うん、膨れる先生も可愛いね。」
たぶんはたから見れば変な会話なはずだが彼らにとっては日常なのか話が進んでいく。
「今日は新しく来たユウ君の為に現在の世界について説明しようかな。」
手元にある本を開き、横に並べた機械の中一つ取り出し教卓の上に置く。箱状になっているところに開いた本を入れる。
四隅のフィルターから光の柱が広がり空中に像を映し出す。
そこにはアレスと似たような格好をした大勢の人が魔術を行使している光景だった。
「今から二世紀半前魔術が最も栄えていた神代と呼ばれていた時代、世界は魔術によって全ての物事が決まってたの。昔の世界は争いは無く、全ての都市の学園から生徒が数人選ばれ複数の競技をこなす魔術大会もあったの。でもそんなある日一人の科学者と呼ばれる人が世界を壊したの。」
映像が切り替わり白色のコートを着た男が黒の服の山の上に立っていた。
彼の左腕には異様に長く剣ではない何か黒い物体を持っていた。
「彼の名前はアンラ・マユリ。科学という力を使い人の世界を文字どうり手に入れた人。そして彼は全ての都市にそれぞれ一つの科学兵器を与えたの。」
映像の男は空に巨大な自身の姿を投影し両手を広げ下にいる人々に高らかに笑い告げる。
『君たち都市の代表に私から一つプレゼントを預けよう。それは私が造った一つ一つが特別の性能を持つ科学の武器だ。それらを使い君たちに少しゲームをしてもらいたい。なに、君たちが毎年のように繰り広げている大会と同じ感じだよ。何処が一番強いか争うのだよ。もちろん命を懸けた戦いを。そして一番になった都市には褒美を与えるよ。もし参加しないのならば私自ら制裁を下す。さぁゲームの始まりだ。私の退屈をなくしてくれることを祈ってるよ。』
シノアは少し悲しそうな顔をし、本を閉じる。
空中に移されていた映像は光の玉となり役目を終えたように四方八方に散っていく。
「彼は世界各国の都市に戦うように唱えたの。ほとんどの都市は彼の化学兵器と戦いその恐ろしさを知っているから脅え、すぐにその隣国で戦いは始まった。年に一回どう採点しているのかわからないけどランキングが発表されその順位に応じて新たな科学兵器が配られるらしいの。そうやって新たな力欲しさに年中どこも争いが起き、世界の人々は魔術より科学の力を使い始めた。そのため徐々に魔術が消えていったの。今は三つ、いや二つの都市だけが魔術を使っている。一つは現第一魔術都市ヴァルハラ。そしていま私たちが暮らしている現第二級魔術都市エヴァリー。この二つだけが魔術を行使している二つの国。そして今は亡き国。元第四魔術都市エウス、科学兵器に勝てず一つ消えてしまったの。」
「この二つの都市以外はもう書物にも魔術の事は書かれてないらしいの。もうほとんどが科学の力だけで世界を動かしている。他の街からは魔術は呪いの、災いの力と言われ今ある二つの魔術都市が集中的に狙われている。外からの攻撃からか生徒が次々と消えている。もう半分近く生徒が減っている。魔術師が減ってもなお、争いは減るどころか科学の力でさらに激化しているの。」
机に並べている機械を一つ取り俺たちの間に置く。手をその上にかざし。
「私はね、まだ勉強中だけどこの科学の力と魔術の力を合わせて平和な世界にしたいと思ってるの。この力は争う道具じゃないって幸せにする力だって証明したい。」
シノアの体が薄く光りその光が目の前の機会にも伝染する。機械の周りに約半径四メートルだろうか、薄い光の膜を張り三人の体を包みこむ。
数秒経つと円の範囲内の机や地面に草木が生え大きく育ち一本の木が実を付け天井にぶつかる。
「これはねまだ完成ではないけどこの機械に刻まれている魔法陣に魔力を与え組み込まれた手順で魔法が発動しいろんな果実が実るようなるはずなんだけど――」
席を立ち実を取ろうと手を伸ばすと実は萎み腐り、そして枝から落ちる。
「どうしても成長しすぎて食べるまでに行かないんだこれが。」
シノアは手をかざすのを止め機械を持ち上げる。すると周りに生えていた草木はみるみる小さくなり元の机と地面に戻る。これが機械、科学と魔術の力を合わせた技術。アレスは拍手を送るが彼女は愛想笑いでいた。
「まぁちょっと失敗しちゃったけどこれが私の目指す姿。これが完成すれば魔術と科学の力は戦う道具ではなく生活を助ける力ってことを証明したい。学園長からもそう教えられたから。」
希望にあふれた眼でこちらに語る。
とても眩しく純粋な。
「いつまでそんな戯言を話しているのですか、シノア先生。」
当然後ろから声が聞こえ振り向くといなかったはずの最後列の席に誰か一人座っていた。
机に脚を置き見下していた。それは高いところにいるからではなく。
「……足を下ろしてください。ハロルド先生。生徒が見ています。」
声色が低く何か気まずそうにハロルドと呼ばれた男に向けて注意する。
「おっと失礼。だけどシノア先生もいい加減なことを教えない方がいいですよ。魔術も科学も、どちらも争うための力なんですから。そんなことに時間を使うなら他の国を倒すのに使ってほしいですね。そうすれば皆が幸せになれる。君もそう思うだろ。」
階段を下りながらシノアに向かい薄ら笑いを浮かべながら語りユウの肩に手を置く。
同意を求めているのか、俺の目を見るが。
「俺は世界の事はわからないし今この国がどうなっているかはわからないけど、俺はシノアの作る世界の方が幸せになれる。争いなんて悲劇しか生まない。誰も喜ばない。」
置かれた手を払いシノアの方に歩きハロルドに視線を向ける。
「それに、争いを好んでいる様に思うあんたが嫌いだ。」
「…あー……なるほど。良かったじゃないかシノア先生。あんたの理解者がようやく三人目に。だけど。」
コツコツと足音が静寂な教室に響き、ドアを開け手を置き背中をこちらに向けを顔だけを俺たちの方に回す。
「その他およそ約三万。この学院に通っているそこの二人以外の生徒全員が…私の味方だ。この数字の意味をそいつに教えてやれ。それでは。」
肌が感じるこの感覚は、あの瞳から向けられたものは明確なる殺意だった。
ユダリアと戦った時と同じかそれ以上の。
数秒、誰もいないドアを三人はただ見るしかなかった。
そして少し言いにくいようにアレスが口を開く。
「…ハロルドが言っていたその数字ってのは。去年から席次を決めるのに筆記試験や実技試験じゃなくなり実戦形式での試験になったんだ。あいつの生徒の奴らはそこまで厳しくないがそれ以外の生徒は容赦なく殺されかける。だから今年は俺ら以外あいつの手下みたいになっている。それに俺はそこで第二席だったからなおさらだろうな。」
俺の眼をそらすようにどこか遠くを見つめながら説明された内容はとてもシノアの掲げる世界とはほぼ真逆な世界。
血と悲しみしかない世界。まるで村で起こった虐殺のような。
「…それはあいつの手下じゃないだけ…だからか?」
「…ああ。」
――ああ、またこれか。
頭にひどい鈍痛が響く。まるで心の奥から何かが外に出たがるように訴えってくる。
これを解き放ったらこの痛みは消えるのだろうか。
だけど誰かがそれを止めている。
痛みは少しづつ収まり荒くなっていた呼吸も収まる。
「なん…で…」
小さく、弱く掠れた声が低く零れる。
下を向いていたシノアは顔を上げ俺たちに向け叫ぶ。
「なんでみんな戦うことを前提に話すの!戦って、何かを奪って、奪われて。大切なものを目の前でなくす事を…。ただ見つめる事しかできなくて……。心を持っているのなら、分かり合えることができるんだよ。話し合いができるんだよ。だから…。」
両手をきつく握りしめ、潤う眼はこちらを見つめる。深呼吸する小さな体は小刻みに震えている。
きっとこれ以上言葉を発したら止めることができなくなってしまうのだろう。途切れたその言葉の続きは聞こえなかったが。
「大丈夫だよシノア先生。俺たちにちゃんと伝わっているから。な。」
「ああ…わかってるよ。」
俺はシノアを手を取り心に誓う。こんどこそ彼女だけは必ず。
「ヴーー。お願いだから忘れて。」
シノアはフードを顔をほとんど覆うように手で引っ張りながら廊下を歩く。
「何言ってんのシノア先生。あんな可愛い姿忘れられるわけないじゃないですか。」
アレスは頬を限界まで上げたように満面な笑みで話す。
それに反応するようにフードをさらに引っ張り少しだけ見えていた赤い顔は完全に見えなくなった。
「シノア先生。顔見せてくださいよ。一生の宝物にするので。…あ。」
前が見えないまま歩いていたため部屋の前にいた男性に気づかずのそのままぶつかる。
「いたっ。す、すみません。怪我は無いですか?」
「怪我はないですが…。シノア先生あなたは前をちゃんと見て歩く事もできないのですか。」
冷たい目で見下ろす長身の男性はこちらを見るが視線をシノアに戻す。
「まぁ、別にいいですが。学園長からの言伝を預かっていますのでさっさとお伝えしますよ。」
「学園長からですか?わざわざありがとうございます。」
「明後日の午後四時、大集実験場αにてシノア先生の発表会をしますので準備をするようにと。確かに伝えましたので。」
言伝が終わると踵を返し速足で廊下を歩く。
「あいつはモルスティアつって自分はエリートだって言いふらしプライドが無駄に高い三流魔術師。そして俺の嫌いな奴二位。ちなみに一位はハロルド。」
さっきまでの声と違い少し冷めたような口調で小声で伝える。
「あの野郎去年の事件以降なにかとシノア先生に言いがかりをつけて謝らせて優越感に浸ってんだぜ。最近なんか頻度が増えてよ。」
「去年てなんかあったの?」
何があったのか気になりアレスに聞こうとするがシノアはドアを開け部屋の中に入っていくのを見て「やっぱり明日で」と断り後を追う。
後ろで何か聞こえたがドアの閉じる音がかき消した。
部屋中に散らばる部品やら本やらで歩く場所が困難なほど酷い惨状だがそれよりもベットに横になっているシノアの方が気になった。
昨日どうりならここで床の部品でも踏んで転倒したり、机の上に開いた状態の本の床に行き続きを熱弁するものだと思っていたからだ。
声をかけるが返事は帰ってこない。
アレスが言っていた去年の事件が原因なのか。何も知らない奴が彼女の傷に触れるのは愚かな行為だろう。とりあえず夕食までは時間が早い。
自分は長くここにいるつもりはない。
だからこれは一宿一飯の恩、そう小声でつぶやき床の部品を拾い上げる。
外から入る光が少ない部屋の時計は長い針が短い針に追いつこうとしていた。
簡単にだが部屋一杯に散らばっていた部品は大きさで分別。
散らばっている本は名前順で戻していった。
気づけば外はもう暗くなっていた。また作ってもらえるかわからないが食堂に行きご飯をもらおうとに外に出る。
静かな廊下を走り食堂の前に行くとすでに明かりはなく。中を覗くと人の気配は既に無かった。
諦めて部屋に戻ろうと踵を返すと後ろから呼び止める声が聞こえた。
「やっぱり、昨日シノアちゃんと一緒にいた男の子だね。もしかしてご飯もらいに来たのかい。」
小走りでこちらに近づき二つの小包を前に差し出す。
元気いっぱいの笑顔を浮かべていたのは昨日弁当を作ってくれた食堂のおばちゃんだった。
勢いに負けてつい受け取ってしまった。
「あ、ありがとう…ございます。あの、これって。」
「今日もまた遅くまで作業していたんだろ。だからまた残り物だけど作っておいたよ。それにしても今日は遅かったね。取りに来ないんじゃないかなと思って持っていこうと思ったとこだったよ。」
「あの、こんなこと聞くのもおかしいと思うんですけど何でこんなに親切にしてくれるのですか。ここにきてまだ一日しかたってないけど何故かここの人たちはそのシノア…先生に対し冷たいというか。」
ハロルドもモルスティアもその生徒もシノアの掲げる世界を拒んでいる。その思想を嫌っている。
だけどこの人にはそれがないように感じた。
「そうね、実は私も最初は彼女の事あんまり好きじゃなかったんだよ。いつも暗くて感情が全くわから無い。世界に絶望したような女の子だったの。」
少し懐かしく思い出したように語るおばちゃんの話に俺は一瞬思考が止まった。
確かに過去に何かあった感じはあった素振りはあった。それでもあんなに笑っている彼女からは想像できなかった。
顔に出ていたのかフフッとおばちゃんが笑い続きを話す。
「まだこんなに小さかったころかな。ただ注文するわけでは無く奥の隅っこの席でただ遠くを見つめているだけだった。そして食堂を占めるとき声をかけようとしたらお腹が鳴っているのが聞こえてね。その日残ったのを弁当に詰めてあげたの。そしたら泣きながらおいしいって言ってくれてね。その日から私たちのところにちょくちょく来てくれてね。こうなんて言うの母性が溢れちゃってね。気づいたら可愛くて可愛くて、いつの間にか彼女の為にお弁当を作ることが日課になってたの。彼女がどれだけ頑張っているのか私にはわからないけど、いつも無理して私たちに笑顔で接してくれてるのがわかるのよ。彼女は優しいからきっと叶えたいものがこの世界だと難しいのだと思う。だからもしよかったら彼女の夢を手伝ってあげてね。っあ、ごめんね。話長かったでしょ。」
「……いえ、ありがとうございます。昨日食べたお弁当おいしかったです。それでは。」
「あら、ありがとう。それじゃあね。」
「あと…彼女は俺が守ります。」
お辞儀をし速足で部屋に戻る。きっと彼女はおなかがすいているだろうから。
部屋に戻りドアを開ける。
ただし部屋に入ろうとしたが同時に出ようとしたシノアにぶつかる。
「フガッ!いったー。っあ、どこ行ってたの起きたらいなくなってるし、部屋は綺麗になってるし。」
弁当にぶつけ赤くなる鼻を抑え涙目になりながらも頬を膨らませこちらを見つめる。
「別に部屋は綺麗な方がいいだろう。片づけるの大変だったんだから。それに食堂のおばちゃんに弁当もらいに行ってたんだよ。」
シノアの目の前に突き出し机を準備するように促す。用意された小さな机で小包を広げる。
残り物とは思えないような出来栄えの料理が並んでいる。
ほんとに残り物なのか…これ…
昨日のよりも何となく豪華に見えてしまう。手を合わせ料理を口に運ぶ。
「ところで明日の予定は何?」
「明日?そうね、明後日の発表に向けて実験室を借りてそこで道具の調整しようかなって思ってる。」
「そこって丈夫にできている?」
「まぁ爆発が起きても大丈夫なぐらいには頑丈だと思うけど、なんで?」
「戦う準備をするために。」
シノアの箸が止まる。わかっていたことだがやはり気まずい空気になる。
彼女は戦うことを嫌っている。だからそれがない世界を望んでいる。
だから――
「どうしても戦わなきゃだめなの…‥。」
「ごめん言い方が悪かった。確かに戦うための準備になるのかもしれないけど、自分の力がなんなのか知りたいんだ。』
「自分の力って?」
俺は自分の手のひらをシノアに見せる。
今も体の周りには薄い光が纏っている。集中すればそれは一か所に集まり濃く眩い光になる。
だけど彼女は見えないと言う。
「村での出来事話したろ、俺のいた村ってより俺が魔王軍て言ってた奴に狙われてたんだこの変な力を狙って。確かナントカ神って言ってたっけ。だからせめてこの力の正体を知ることで自分の身を守れるぐらいになりたい。二度と大切なものを失わないために。…それでもダメか。』
「別にダメとは言ってないよ。ただ理由を聞いただけ。」
ガチャガチャと音を立て早いペースで弁当を平らげていく。
「じゃあお休み。」
「お休み。」
そう言いクレアは奥の部屋にへと向かっていった。
「じゃあ俺も寝るか。」
目の前のベットに横になるとすぐに寝ることができた。
翌朝目を覚ますと食堂からもらってきたのか二人分の朝食を机の上に並べていた。
「あ、起きた。おはよう、ほら朝ごはん食べるよ。」
「おはよう。シノア。」
今日は残り物じゃないにしても相変わらずおいしく気づけばすべてを平らげていた。
食べ終えた食器をお盆に乗せ机を片づける。
「ほら早く行くよ。私だって忙しんだから。」
「じゃあまずその口に着いたソースを落とすんだな。」
慌てて口元を拭こうとするシノアはまだ残っていた部品を踏み転ぶ。
「はい、ここが実験場λ。主に爆発系の魔術を使うための部屋ね。」
案内された部屋は約五十メートル×八十メートルの広さに分厚い金属板が床に天井、壁に撃ち込まれている。
所々に黒焦げた跡があり入口の厚さから約五十センチあるだろうか。軽くたたくとその強度がわかる位重い反響音が体に伝わる。
これならよっぽどのことがない限り外に何も影響が出ないだろう。
「ところでなんでシノアも此処なんだ。この前教室で見せたあれの続きならどこか別の場所とかでやった方がいいんじゃないのか。」
こちらを見ていた瞳は数回瞬きをし視線を横にずらす。
そして申し訳なさそうにそらしたまま角ばった笑顔で答える。
「うん、まぁ…その……あの時は「成長しすぎ」という失敗で終わったけど。あれ……殆ど爆発して失敗してるんだよね。」
「………じゃあもしかしたらあれ、爆発したかもしれないってこと。」
答えは無言のままこちらを見ない姿が出していた。
「じゃ、じゃあ私実験するから向こう行くね。」
逃げるように持ってきた部品をもって奥の方に走っていく。
どこか固まっていた身体の力が抜け気が少し楽になる。
入口から数メートル歩き立ち止まる。瞳を閉じあの時に感覚を思い出す。
あの時はこの力に意識を向けることは無かったからわからなかったが筋肉を動かすように身体に力を入れるとそこが周りより少しだけ光が強くなる。
今度は両手のひらを前に出し力を入れると光が集まり濃く包みこむ。そして今度は手を近づけ、さらに力を入れる。
両手の間で光は雷となり、この前の青白い光ではなく黒色の薄く紫がかった光が地面や両手の上を迸る。だがそれは一瞬で、手の中で弾け衝撃で体が引き飛ばされ冷たい壁に激突する。
「ッガァ!!」
大した威力ではないが二、三メートル吹き飛ばされた。
すぐに立ち上がり今度は両手を向かい合わせず前に伸ばす。そして同じ要領で力を籠める。すると今度は細かった雷は太く、厚く、轟音とともに前に飛んでいく。ほとんどが床や空中にへと霧散していき壁まであと少し到達する所で細くなり消えていった。
同じ加減で力を込めたはずだがここまで大きく威力がぶれてしまう。そして体力が大きく削られている。まだ二回しか使っていないのに血の気が無くなったのか体が少し冷たく疲労感が重く身体を襲う。床は少しだけ力が残っているのか黒い光がバチバチと音を立てて地面に焦がしていく。
数回深呼吸をし再び手を目に出す。今度は右手を前に出し左手でそれを支える。イメージはいつも使っている木刀を。
前に飛ばすのではなく剣の形を保つように横に光を伸ばす。歪ながらも刀の形が出来上がる。がそこから身体を動かせない。
掌で握る形で出来た稲妻剣は形を保つのに集中するので精一杯で腕を振ることすら難しい。数秒後、力が入らず保っていた形は霧散する。
息は上がり汗も気づけば大量に掻いていた。地面に寝そべり少し休憩する。
横を見るとちょうど機械の調整が終わったのか魔法を行使するシノア姿が見えた。
緑色に光る身体は機械に伝染し周りに教室の時よりも大きな円ができる。
そして数本の木々が集まり強大な樹木へと変え、今度は複数の木の実が大きく育ち身を落とす。
だが硬かったのか運悪く頭上に当たったシノアは床に転がり悲鳴が地面に伝わり聞こえてくる。
「お互いこれは時間がかかるなー。」
小さく呟き体を起こす。汗も呼吸もまだ荒く引いてはいないがそれでも力を使う。
今度こそ守り抜くために。
どれほど時間が経ったのか、俺の周りは薄い銀箔の金属板の表面は黒く焦げ、所々に窪みが出来ている。
地面を蹴るとポロポロと崩れる程に。
最初に比べてどの程度の力でどの威力ができるか調整が出来。放った雷は少しだけなら操作することが出来るようになった。
だけどまだ全力で力が出せない。いや出してはいけない力。自分の意志では無い。薄っすらとある記憶にある斬られた右腕が放った豪放。跡形もなく消し飛ばしてしまった力。今の自分ではこれを制御するだけの力はたぶん無い。
流石に力を使い続けすぎて体力もほとんど無い。シノアのいる方へ向くが彼女はもういなかった。
扉を開け廊下に出ると窓の外は夕日が沈み切ろうとしていた。
「やべ、もうこんな時間か。」
この前と同じならもうすぐ食堂が閉まってしまう。
廊下はそれに反応したように炎をがともされる。
急いで部屋に戻ろうとするが少し道に迷い歩いていると、壁を曲がろうとした瞬間声を荒げて話すのが聞こえる。
「こ、これで私は飛ばされずに済むんですよね。」
「あまり声を上げないでくださいモルスティア先生。」
壁から少し顔を出し覗くと廊下にはモルスティアと重なっていて誰かはわからないがもう一人いる。
後姿ではあるが何かに焦っているのがわかる。
「大丈夫ですよ。これであなたはこのまま学園に残れるのだから。それと…」
風が少し吹き目にゴミが入ったのか目をこすっていると
「盗み聞きはいけませんね。」
後ろからの声が聞こえ振り向こうとするが体が言うことを聞かない。
脚に力が入らず膝から崩れ落ち顔を強く地面に打つ。
うまく身体が働かず立ち上がることも出来ない。何かに酔ったように気分が酷くなり視界が歪み始める。
鼻からは血が勢いよく出て意識が遠のく。
「よもやあちら…ら……れる………は………。」
薄れいく意識の中何処かに引きずられて行くのを感じることしか出来なかった。
「ふぁあああぁぁ。あれ?私いつの間に寝ちゃって…」
窓から差し込む朝日で目が覚める。
「昨日ユウ君に魅せられて部屋に戻ってからも作業しててそれで……。」
半覚醒状態の頭を起こすため腕を上げ背筋を伸ばし息を長く吐く。
ベットから降り辺りを見渡す。時計を見るとまだ午前六時手前。いつもよりも早く起きてしまい普段は滅多にしないゴミの山を出しに行く。今日は私の研究発表の日だからか今からすでに心臓が鼓動を早める。身支度を整え下の階に降りる。迷惑かもしれないがユウ君を起こしにベットに向かうが本人はそこにはいなかった。起きてどこかに出かけたのかと思ったが寝た形跡がない。
もしかして実験場で疲れ果てて寝てしまったのか。心配になり起こしに行こうとすると急ぎ足にドアを開け飛び出すと誰かにぶつかってしまった。
戻ってきたのかと頭を上げると。
「ヤッホー、シノア先生。手伝いに来たよ。」
ユウ君ではなくアレス君だった。
アレスは周りを見渡し目を二、三度瞬きをし部屋を指さす。
「あれ、シノア先生珍しく掃除したの。いつもみたいに散らかってると思ったんだけど。」
「失礼ですね。私だってやるときは……やる……んで………クゥッ。……ユウ君が片づけてくれました。」
「なるほど。でもその本人居なくね。こんな朝早くに来たのに。」
「たぶんだけど実験場λで寝ちゃってるかもしれないから起こしに行くとこなの。」
起こしに行くだけだからと言ったがアレス君は暇だし付いて行くと言い一緒に実験場λに向かい歩く。
速足で歩いていると曲がり角でまた誰かとぶつかってしまった。
「おや、のんきに散歩ですかシノア先生。」
こんども探しているユウ君ではなく、心の中でため息を吐く。
「…モルスティア先生。いえ散歩では。」
「おい、まず謝るのが先じゃないのか、先生。」
私の前に立ちはだかりモルスティア先生と対峙する。
気のせいだろうかいつもと少し声色が違う。
「今日はずいぶん機嫌がいいな。何かいいことでもあったか。昨日は顔に出ているほど余裕がなかったくせによ。」
「何を言いたいのかわかりませんね。私は時間を無駄にしたくないので、それでは。」
服を数回叩き横を通過していく。
足取りも昨日の様に速足ではなく靴の底を鳴らし音楽を奏でている様にゆっくり歩いているように思える。
「大丈夫かよシノア先生。」
「あ、ありがとう。モルスティア先生何かいいことでもあったのか、な?。』
差し伸べられた手を取り体を起こそうとするが地面に左手の掌に何か感触を感じる。
―――これは。
この緑色の石の破片に途切れている黄色の線が刻まれている。
壁に取り付けられている光晶にかざすと綺麗な緑の輝きが覗かせる。
「アレス君これって―――」
「それ?さっきぶつかったときにあいつから落ちたけど何かの宝石?」
―――モルスティア先生から、なんで。
これはユウ君が首から下げていた鉱石の破片。モルスティア先生は植物魔術師で鉱石は使わないはず。
気づけば胸の鼓動が早くなっている。
流れる血液が頭に運ばれ嫌なことばかりを考えさせられる。
走り出そうとするが腕を捕まえられ引き戻される。
「待てよ先生。どこ行こうってんだよ。」
「ユウ君を探さないと。」
「何処に居んのか分かんのか。それに俺も今同じことを考えてた。」
いつもの笑顔で話す顔ではなく真剣な表情をしていた。
「大丈夫、俺が探しに行くから先生は不安かもしれないがこのまま発表に専念してくれ。あいつは俺が見つける。」
そう言い実験場ではなく反対方向に走り出す。
ぬぐい切れない疑惑を抱えながら実験場に足を運ぶ。
重い扉を開け中を覗くがそこに彼の姿は無かった。
――ここは。
目を覚ますと赤みを帯びた黒いレンガの地面が薄暗い光の中ぼんやりと見える。
周りを確かめようと動くとジャラジャラと音が響き渡るだけ。
頭が鈍痛で響く中、唯一開く右目で回りの見渡す。
両足首に厚さ約二センチもあるだろうか分厚い錠に科せられ、すぐそばの地面に鎖でつながれているためほぼ動かせない。
両手は見えはしないが頭上で繋がれているためか腕が下せない。
唯一動くのは首から上だけだった。
狭い廊下を挟み向かいの牢屋にも誰かがいた。いや、何かがいた。
暗くてわからないのではなく、何か薄い光が球になっているものだった。
目を凝らしてよく見ると身体がシルエットとなり薄く映っていた。
あれが何なのか考思考を巡らせていると女性の声が聞こえてくる。
「よう、起きたか。」
顔はよく見えないが声の主はおそらくあの球体からだろう。
声色からして俺と同じくらいか。
「………ここは?」
数秒静寂が続いたが彼はこの状況を楽しんでいるのか明るい声で答えた。
「ここは学園から地下数階にある牢獄兼実験室。一応俺、ぁぁ違う私はここにきてそろそろ一年ぐらいかな、何の意味もないけどおんたの先輩さ。あっちなみに私の名前はアストロよろしくな。」
そう言い球体の中の彼女はゆらゆら揺れながら話しかけてくる。
「ところで、あんたは何でここに来た。結構重いことしないとここには落とされないはずだけど。」
「……わからない、部屋に戻る途中に誰かの話し声が聞こえて……それで―――」
「――モルスティアの奴が誰かと話していたのを聞いたから……かな?」
言おうとしたことを当てられ動揺してしまう。その振るえが繋がれる鎖に伝わり小さく鳴る。
「な、なんで。」
「これが私の魔法……っていうのは冗談でモルスティアがお前をここに連れてきたんだぜ。どうせ自分大切さに慌てて大事な事でも聞かれちゃったために口封じとしてね。あと君の体を使って何か実験でもしようとしてたぜあいつ。私が寝ていると思ってぺちゃくちゃと気絶しているお前に話していったぜ。今度こそシノアを消すってな。」
反射的に前に出る身体を鎖が阻止し後ろに戻される。
腕につながれている鎖が壁にぶつかり狭い牢獄に反響する。
奥に看守がいるのか注意するどなり声が聞こえるがそれでも叫び目の前の球体に訴える。
「まぁまぁ落ち着けってちゃんと話すからさ。昨日言ってたから…今日の午後四時にシノア先生は研究発表っていう名目で会場に招かれ全生徒の前で罠にはめるって話だ。」
「…ッ!!」
「詳しいことはわからないがジジイ、あー学園長の奴が何か企んでると思う。俺がここにいる理由はあいつの研究内容を見てしまったからだからな。何かの実験をしていたのまではわかったがそれが何かってところで捕まってぶち込まれた。そして逃げられないためこの防御魔法を使われた。殆どの魔法を行使したけどヒビも入らねぇ。」
掌を上に向けてやれやれと言う。
「ほんの数ページの書類しか見れなかったがシノア先生の名前がそこに書いてあった。昨日の奴の会話から考えると俺の予想だがその処刑裁判でシノア先生は何かに利用される。モルスティアか学園長のジジイかそれとも……。」
ユウは無理矢理引き抜こうとし手首からは血が出始めていた。
「まぁ待て。話は最後まで聞け。簡単に説明すると実験の内容は数年前から始まっていて、シノアの体内にはある宝石が埋め込まれているらしい。それをこの裁判で覚醒させる。俺が読んだのはここまでだ。全部の資料を読んだわけではないからわからないが……だがあの野郎の事だ、下手をするとここの学生が全員死ぬかもしれない。あくまで俺の予想だけどな。」
話に夢中になり気づくのが遅れたが奥から喉太い声の悲鳴が牢屋に響き渡る。
破壊音が後に続き鳴り、静寂な空間にへと戻る。
奥から布を引きずる音とともに誰かがこちらに歩く音が聞こえてくる。左の壁から現れた黒い影は俺たち二人の間で止まり大きな荷物を手放す。
眼を細めてみると大きな荷物ではなく氷漬けになって気絶している看守だった。そしてそれを引きづってきた影は。
「その話は…ほんとか……クソ姉貴。」
「そのぐらい自分で調べとけ。愚弟。」
暗くわからないがその声は―――
「おま、アレスか!何でここに!」
「よう、ここに…いたのかユウ。部屋に居ねえから……ここまで…探しに来ちまった……じゃぁ……ねえか。それより早く…ここを出るぞ。もう……裁判が始まっちまってる!」
――――――――――――――
午後三時五十九分。発表会数秒前。
手前の門番が時計を見つめ時間だと扉に誘導される。
――教え子に励まされたんだ、頑張らなきゃ。
頬を叩き気合を入れる絶対に発表を成功させるんだ。
扉を押し中に入る。
周りには在籍している多くの生徒や先生、目の前には学園長が二階席から座りこちらを見つめる。
こんな大きな場所での発表は初めてだが異様な空気を放っていた。
そしてこの冷たい視線は…。
目の前には地面からせり上がったであろう自身の席が一台。
「これよりシノア・エリウスノーズの研究発表を始める。」
学園長が木槌を鳴らす。
持ってきた機械をそばに置き、声高らかに叫ぶ
「それでは私。シノア・エリウスノーズの研究を発表させていただきます!」
それが罠だと知らずに…
これからこの装置の説明を使用と手を触れた瞬間一人でに動き出し魔術が発動し始め出す。
いつもなら周りに数メートルの木々を生やし、果実をつけ枯れてしまうか硬く砕けない実が実る。失敗作だった。
だがせいぜい高さが十~十五メートルしか成長しないはずの人工樹木は止まることなく成長し続け巨木と化し無数に伸びる枝が二階にいた生徒たちを取り込む。
とらえられた生徒は栄養を取られるように徐々に細くなり。やがて暴れていた力も無くなり生徒は静かにうな垂れる。
悲鳴が響き渡り会場が混乱と化す。
機械を止めようとするがその周りに分厚く囲う様に育ったため壊すことが出来ない。
「炎系魔術レベルスリー ―ブラストファイア―!」
今私がグリモアを使わず出せる最大火力
魔法を唱え樹木に対し放つが触れる前に魔素に分解され吸収されてしまう。
「見ろ、あいつあの樹木をさらに成長させようとしているぞ!」
「やっぱり敵だったんだ、あいつ!」
「誰か早くあいつ殺してよ!」
「馬鹿野郎押すな。この野郎!」
「ッブ!何すんだこの!」
誰かが叫ぶ声が徐々に広がる。
二階にいた生徒たちは混乱し次々と暴動が起き倒れていく。
入口をはじめに奥へと木々が伸びていく。いろいろな魔術を使っても枝に吸収されるだけで壊すことすら出来ない。
絶望が包むように木々が空を覆いつくす。
「灼熱系高等魔法―プリディモォレ・イ・ソーレ―!」
学園長の掌から焼き尽くすかのような熱を放つ小さな火球が徐々におおきくなり始め次第に巨大になっていく、まるで太陽のような巨大になっていく炎の弾がこちらに向かい放たれた。
私はこのまま何もわからず死ぬのだろうか。
涙は頬に流れるが乾き蒸発する。
徐々に近づき皮膚がし少しずつ焼けていく。
薄っすらとしか眼が開けないが後数十秒でここまで来るだろう。
いやその前に焼け死ぬんだろうな。
またあの日の様に―――
だが目の前の太陽は下からの黒い豪雷にかき消された。
そのまま空を覆いつくしていた木々を貫いた。
そして風を斬る音とともに下から三つの影が目の前に現れた。
「いて、この馬鹿姉貴。ちゃんと下ろせ。」
「ここまで運んだだけ感謝しろこの愚弟。」
「……助けに来たぜ、シノア。」
差し伸べられた手を握りそのまま彼女は彼の元へ身を投げる。
私より身も心もボロボロのはずなのに、それでも力強く抱きしめてくれる。
心が温まっていく。
―――数分前、アレスが地下牢獄に登場し、シノアがすでに裁判の場に出てしまっているのを聞かされた。
アレスは床に倒れている看守の懐から鍵を取り出すが四十個ほどある。そこから一つずつ選び鍵穴に通すが中々会わない。
「おい。アストロ。その光の膜はお前を守る防御壁でお前は傷つかないんだよな。」
「お、おう。でもこれ壊れたら―――」
「アレスそこ離れてろ!」
手と足に向けて能力を集中し威力を上げる。
高密度になる雷光は鎖赤く灯し、融解し拘束を焼き切る。
そのまま目の前の鉄格子に向けて雷光を放つ。
黒い鉄格子は一瞬で赤く光り焼き切れる。アストロの鉄格子を焼き切りそのまま光の膜に激突する。力の半分は縁に沿ってアストロの手首の鎖を焼き切る。もう半分はそのまま光の膜を貫いた。
「わーぉ。すごいね。」
黒い雷光は彼の左頬をかすり、血が流れる。
「イヤー、どんな魔法も無力化して守ってしまう高位防御魔法なんだけどなー。まぁ最近退屈してたからそろそろ出ようと思ってたし。あまり無理せず出れたからこの傷はなんも言わないよ。」
アストロは手錠にかけられた手を前に出す。
「改めて、私はアストロ。特異魔法は自然系統魔法全般。そこにいる愚弟の姉だ。」
そう言い目の前に出てきたのは、文字どうり全裸の女性だった。
「おい愚弟。私の服は。来てたのは出ようと思って魔術使ってたら燃えてなくなってな。」
「そんなもん持ってきてるわけないだろ!状況考えろよ!それならそこの看守の服でも着とけよ。」
「これだから愚弟なんだよ。こんな血まみれなの着れるかよ。まぁいいや。とりあえず握手でもするか?」
差し出された手を交わすため右手を差し出すがアレスが彼の右手をはじく。
焼き切れた鎖が反動で一つ落ち、俺の足元に転がる。
敵意を向ける眼と全てを見下ろす冷たい眼が見つめにらみ合う。
「ユウ、こいつの手を交わすな。こいつはお前と関わっちゃいけない………そういう人間だ。」
「何故かは言わないのか。まぁ今はここで無駄話する時間も無いか。ところでユウ、さっきの雷光はもっと高威力のを出せるかい。」
アストロは右手をアレスが来た階段がある方へ手を向けながらこちらに語る。
「放った先がどうなってもいいのならさっきの数倍は出せると思う。」
両手に力を込めて先ほどのよりも威力を高めた黒い雷を見せる。
二、三回アストラが右手の指を動かし左手の指先に小さな風の塊を作る。
「やばい、今君がいる場所から左に三歩の場所に移動して私が合図したら思いっ切り真上に向かってぶっ放せ‼」
しっかり足に力を込めて両手に溜めた。
「今だ!打て!!」
力を天井に向かい思いっきり開放する。
空間が大きく揺れ放った衝撃が体に戻ってくる。
歯を食いしばり両手を伸ばし溜めた力を全て放つ。
「ォ……ラアっ!」
叫び、最後の一滴まで出し尽くす。だが反動で身体全体に疲労感が襲う。
天井から暗かった牢獄に直径三メートルほどの穴が開き空の明るさが体を照らす。
立つことが困難なほど使ってしまったため膝に手を置き呼吸を整える。
だが整える前に後ろから服をつかまれアストロの肩の上に担がれる。
「ユウ、ちゃんと私につかまってろよ。少しの間呼吸できないかもしれないけどそれは我慢ってことで。」
右手にアレスの胸ぐらをつかみ左手を地面に向ける。人差し指にあった塊が彼の両足に移動し身体が少し浮き始める。
親指以外の残りの指からの一つずつ足の裏に移動し少しづつ風を斬る音が大きくなっていく。
「解放ッ!」
高らかに叫んだ瞬間体に強烈な圧力がかかる。その中で目は細くしか見開けなかったが地面が急激に遠くに移動する。
気づくころには地上に到着していた。
「解放!」
親指にあった塊が頭上で吹かれ地上約三メートルで急激に止まった。
俺とアレスは急に止まったため空中に放り投げられてしまい地面の着地を整える中座り込む彼女を見つける。
「いて、この馬鹿兄貴。ちゃんと下ろせ。」
「ここまで運んだだけ感謝しろこの愚弟。」
「……助けに来たぜ、シノア。」
ユウは手をシノアに差し伸べ握りそのまま彼女は彼の元へ身を投げた。
俺とアレスが先生のもとに駆け寄る中、地面に空いた穴の向こうでアストロはある場所を見つめる。
近くに落ちているボロボロの服を剥ぎ取り身に着ける。
そして彼女の足に風が起き、体が上昇する。
二階の奥にいた学園長は椅子から起き上がらず対峙する。
「……何をしに戻ってきた。」
「勿論一年前の借りを返しに来た。」
「今は貴様の相手をする場合じゃないのだが…な!」
言葉の終りと同時に学園長の指先から細長い赤く伸びる光が下からアストロに向けて伸びる。
続けて左手に握っていたものを投げ付ける。
それはアストロに向かわず頭上高くに向かって飛んで行った。
「なんだ前回とあんま変わってないじゃねーか。」
学園長の指先から向けられる光をかいくぐりアストロは近づいていく。そして後二メートルまで近づく。
右手に溜めた氷素で長さ十センチの短剣を作る。
視線を右手に一瞬向けた視界の端に赤の光をとらえる。
「うぉ!」
瞬時に反応し右頬をかすめる。気が付けば周りに細いがいくつもの光が飛び交っている。
「お前の一番恐ろしいところは他のものと違う桁外れの魔素量ではなくその対応力だ。去年の席次を決めるとき嫌というほどみてきたんだ。もしお前が出てきた時にどうするかこの一年間考えてきた。そしてこれがその答えだ。」
空中には凝視してみないとわからないほど極小のガラスがアストロの周りを囲んでいた。
赤い光が一つのガラス片に当たりそれが複数ののガラス片へと乱反射している。
線が徐々に太く大きく複数になりやがて赤く光る球体へと姿を変えた。
「いかにお主のその対応力でも幾億にも飛び交い全方向から襲う我が魔術『赤蜘蛛―ブラッドアウト―』からは逃げられん。……さて、あとはおぬしら三人だけじゃな。」
高さ約十メートルのところから冷たく発せられたその声には初めて会った時の温かさはなかった。
あるのは明確な殺意。
「なぁ学園長。何でこんなことをしてんだよ。なんでシノア先生を悪者に仕立ててあげ俺たち以外の人を殺した。」
「…希望のためじゃよ。あの時からすべてはそのために生きてきた。」
潤んだ瞳を穴が開いた樹木の奥の曇り空を見つめる。
「ほんの数年前、世界の各都市がアンラ・マユリを倒そうとそれぞれの一級魔導士を集め討伐隊を組み奴に戦いを挑みに出かけた。当初はわしが行く予定だったがこの都市、エヴァリーを護る責任がある為離れるわけにはいかなかった。そして代わりに選ばれたのがわしの孫のハロルドじゃった。そして帰ってくることはなく死んだと報告が返ってきたのじゃ。」
遠くを見つめながら掠れていく声でユウたちに語り掛ける。
「……っ。」
「……えっ。」
「……な。」
三人がそれぞれ驚きが隠せず声が漏れる。
「もう一回言うぞ。あいつは死んだのだ、数年前に。」
「そ、そんなわけないだろ!あいつは俺がここに入ってからずっといるじゃないか。一昨日だってあいつと。」
「たしかにここにはハロルドはいる。だがそれはわしの記憶から中執された、幻覚にちかいものだよ。」
すると学園長に紫色の炎が現れ徐々に姿が代わり、ハロルドの姿になった。
「これは俺が最後に見たハロルドを再現したものだ。俺はあいつが無くなったことが受け止めきれなく。自分がハロルドになることを選んだんだ。だがいくら姿をまねてもこの先の成長はしない。そして今から約二年前あいつが俺の前に現れたんだ。」
「面白い事やってるね。君。」
自身の部屋から出て廊下を歩いていると後ろから突然声をかけられた。それが始まりだった。
振り返ると顔に道化師のような仮面を被った百九十センチはあるであろう男がそこにいた。
「…お前誰だよ。どうやってここに来た。」
争いが起き始めてどこの街も部外者をおいおいと入れるわけがない。
この都市に住んでいる人々の顔は全て覚えている。だからこいつは外から来た敵だ。
だから周りに気づかれないよう迅速に排除する、そのつもりだった。
「だって君は俺が殺したじゃんハロルド君。」
伸ばそうとする手は途中で止まってしまった。
心臓が直に握られているかのような感覚が押し寄せてくる。
「いま……なん…て………。」
「だから俺が殺したんだって。俺の武器を次々と壊していくから勢い余って殺しちゃった。」
「……ッ!ッコッ!」
殴りかかった右拳は空振り、奴はいつの間にか背後に回っていた。
左手を後ろに組まされ地面へと押し付けられる。
「クソォ!このヤロウォ!許さねぇ!!」
「まぁ落ち着けって。だから謝りに来たんだよ。殺すつもりはなかったんだから。それに今日は提案をしに来たんだよ。」
奴は手を放し俺を自由にした。
「そう提案。もし俺の提案に乗ってくれるのなら君を、君の孫のハロルド君を生き返らせてあげるよ。」
「……ッ!冗談もいい加減にしろよな。死人が生き返るわけないだろ!お、俺はお前を―――」
バカにしに来たとしか思えないほど現実味がなかった。きっとからかいに来たのだと。
奴がポケットから球状の機械を一つ取り出し前に出す。
「これを見てからでも遅くないよ。」
仮面越しにでも分かる薄ら笑いを浮かべながら機械が動き空中に映像が映し出される。
薄暗い空間にいくつものカプセルが並んでいる。画面の中でも数えきれないほど。
「あーフィン。聞こえるー。ナンバーゼロゼロサンの前に行って中が見えるように映してー。」
すると画面が動き一つのカプセルの前に着く。
緑色のカプセルの中にいくつものの管が繋がれているがそこには―――
「ハ…ロル……ド……。」
「そう、もし俺のじ…じゃなくて提案に乗ってくれたらこのハロルド君を生き返らしてあげますよ。学園長。」
紫色の炎が消え学園長としての姿に戻っていく。
「…何をすればいい。何をすればハロルドを生き返らせてくれる。」
両手の人差し指を前に出し仮面越しにでもわかるほど不気味な笑顔で話す。
「何簡単だよ。たった二つの事をやってもらうだけさ。一つ目は君の所にいる機械いじりが好きな女の子にこの設計図に描かれている機械を作らせること。強制ではなくに本人の意思で作らせるようにしなきゃだめだよ。二つ目はそれが完成したらここの都市にいる人々すべてを一か所に集めてこの種を入れて機械を動かすこと。たったそれだけ。」
そう言い私に設計図と謎の種を受け取る。
「その二つをやれば約束通りハロルドを生き返らせてくれるのか。本当に。」
「勿論。ただ二つ目を実行するときは僕を呼んでよね。その目的を話すからね。それでは。」
手を振る彼を瞬きした瞬間、既にそこにはもういなかった。
そして一年後、彼に再び出会った。
「成まであと少しだそうだ。そろそろ教えてくれないか。あれが動くとどうなる?」
自身の、ハロルドの部屋に彼を呼び計画を話す。
「今日もハロルド君の姿か…いいねぇ。……そうだね、まぁ結果を言えばその場のほぼ全員が死ぬ。魔素と生命エネルギーを吸い取って成長する悪魔の樹木。それを改造したのが去年君に渡した種の正体。」
「こ、この都市を滅ぼす気か!そんなことをすれば確実に他の都市からの攻撃に耐えれなくなるではないか。」
「別にいいじゃない。君だってもうその気でいるんでしょ。都市の住人ではなく今、自分たちの心配てたじゃないか。」
「いや…それは……。』
「愛する孫の為に全てを投げだしたって。それが愛でしょ。だって守ったって所詮は赤の他人じゃないか命を懸けたってそれを当たり前に見ている連中だぜ。それどころか一度ほんの少し失敗しただけで悪者にされる。なら見捨てればいい、切り捨てればいい。愛する孫の為に。」
「愛する…孫の為……に…。」
「そうだよ。愛してるんだろ、大切なんだろ。なら迷うなよためらうなよ。」
「そうだよな…。大切なものの為に犠牲が生まれるのは仕方がないよな。」
「そうだぜ、俺も愛する者のために頑張った。だから今この世界の頂点にいる。」
「そう…なんだよな。そう…。」
「そんな君にこれをプレゼントだ。」
黒い容器に白くデザインが描かれた注射器のようなものだった。
「さぁ、次のステージに進もうか―――」
術を解いたのか紫色の光が消えて元の老人の姿へと戻っていく。
「これからお前たちを樹木への糧となってもらうがその前に一つ聞かなくてはな。」
ユウを指さし
「お前のその力はなんだ。樹木にはいかなる魔法攻撃も分解されて魔素になり栄養となり吸収されるものらしい。だがお前の雷は木々に触れてもそのまま貫きあそこに一か所穴をあけた。お前のそれは魔法ではない別の力ってことだ。」
「………。」
「もしかしてお前は私と同じ特別な異能を持っているのか。」
すると彼を起点に俺たちを囲うように間隔を開け炎をが発生する。
それは徐々に揺らぎをやめ人の形になり。先ほどとは別に学園長も含めすべてがハロルドの姿になった。
「私の異能、高温の炎を媒介に人を作り出す。今度は幻覚とは違い実際にその通り触れる。活動時間は媒体となった高温の炎のエネルギー分。そして――」
隣にいるハロルドの形をした人形に向けて炎を放つ。
「元が炎だとしても異能を使えばその性質を失ってしまい燃えもする。」
「何を…して…」
異様だった。その眼には先ほどの冷たい眼でもない全く誰か別の目をしていた
「何って、解説しているんだよ。力は明かすさ。ここからは公平にだ。公平だからこそがさらなる高みに連れてくれる。そう言っていた。異能は成長していく。次こそハロルドを守るために。もう失わせないために。お前もやっていたことだ。だから。」
ユウたち周りを囲んでいる十五体のハロルドたちはそれぞれ話しながら両手に炎を灯し近寄っていく。
「君を倒す。」
僕は戦いは好きじゃない。
姉の様に躊躇なく攻めに行けないし目の前のユウみたいに自身の身を護るために人に攻撃することもできればしたくない。
拳で殴ればこっちも痛いし魔術で攻撃しても傷つく姿が眼に焼き付く。
だから僕は戦いをしたくない。たとへ戦いになっても相手を気づ付けず何もさせなければいづれ戦う意思が無くなり、もう争わなくてもいい。
だから何もさせない、たとへ自分が傷ついても。それが僕の選んだ戦闘方法。
十五体のうち五体がこちらに向かっていく。
ユウのあの雷を警戒したのだろう。
でも少しでも負担が減らすことが出来たのならそれで良い。
アレスはズボンのポケットから一枚の紙を取り出す。
「ユウこっちは気にしなくていい!シノア先生は、俺が守る!」
シノアを右腕で抱きかかえる。
そして広げた紙を掌に広げそのまま自身の首に押し当てる。
「だからそっちを頼む!」
持っていた紙が光だしアレスの全身を包み込み始めた。
炎を腕に纏ったハロルドがアレスに向かって殴りかかる。
顔面に拳が当たり鈍い音が響く。
後ろに吹き飛ばされたと思ったが顔をのけぞるだけでその場からは動きはしなかった。
それどころか殴りかかったハロルドの方の腕の方に周りが注目していた。
両腕に灯していたはずの炎は殴りかかった右拳が凍っていたのだから。
「『絶対領域。』
安心しろ死にはしない。ただし…しばらく動けなくなってもらうがな。」
拳から腕へ、腕から肩へと凍っていき全身を凍らせていった。
続けざまに二人アレスを挟むように走り込む。
それぞれがほぼ同時に殴り掛かる。
地面に手を置きシノアを囲うように氷のドームを作る。
殴り掛かる拳を両拳で受け止め先ほどと同じように凍っていく。
人の形が解け氷の中で炎をとなるが氷が解けることはない。
表面を凍らせてるのではなく生命エネルギーを凍らせている。
それに驚いたのか二人のハロルドは攻めてこない。
だけどそれでいい。
後数発分。動きを止めるだけならまだいける。
相手に受けた分だけ相手に返すことができる。もともとがその効果を持つ魔法。
だけどそれだけだと自分以外、他の人を守れない。
だから自分ができる範囲で改造した魔法だ。
そのため自身の魔素と命を削っている。
制限時間五分……それまでに決着をつけないとしばらく疲労感に襲われてまともに動けなくなる。
だけどそれだけあれば良い。きっとそれまでに出てきてくれるはず。
あいつがじっとしているわけはないんだから。
「どうした!こないのか!」
二人が腕にではなく手に平にそれぞれ二つの高温の火の玉を作る。
それをアレスにではなくその後方へと投げられた。
自身に向かってではなくどこか違う場所に投げられた違和感からか右手のみ一つの火球に当たりに行く。
たとへ直接でなくとも魔術的攻撃ならその発動者にも発動する。
放った一人に氷が生まれ氷像になる。
だが残りの三発は地面に触れると人の形を成しハロルドになっていった。
「……!」
声は出なかったがこれがどれだけ恐ろしいか頭をよぎった。
「俺のがたった十四体だけしか出せない異能だと思ったか。それだけしか出せないと。
違うな。生み出すこと事体は無制限だよ。ただどんどん質は下がるがな。」
それにこたえるかのように一人が攻撃し凍らせても次々に生み出されてしまう。
気付けば周りに数えきれないほどの氷像ができ始める。
このままだとあと数十秒かそこらで効果が切れてしまう。徐々に足が凍り始めて来ている。
冷気でまだ見えないがもう少ししたら奴らも気づいてしまう。
「早くその魔術を解け!愚弟!」
突如かけられた声に動かなくなる体で目だけ上に向ける。
赤く光る球体が音を立て四方八方へ赤い光が飛び散る。
地上にいたハロルドたちを次々貫いていく。
「クソ!服がボロボロになったじゃねえか!」
愚痴を言いながら地面にゆっくりと降りていく。
そのままアレスの方へと歩いていった。
「愚弟、私が出るまでの時間稼ぎとしてその力を使ったな。」
「…………ぅ。」
「それだけが傷つけずに戦えるからと。」
「……ぅ…う……る…さ――」
アレスが最後までいう前にアストロは殴った。
だが彼女は凍らず彼はそのまま地面に倒れた。
「それでお前が倒れたらシノア先生がかなしむだろうが。馬鹿野郎」
掠れた声で語るその声は崩れ落ちる氷でかき消された。
「そっちは大丈夫そうだな。ユウ。」
地面にはいくつもの焦げ跡がありその中央に息を少しだけ切らしたユウの姿と両腕がない半分だけ顔がハロルドの学園長の姿があった。
布で口元や両脚を縛り仰向けになっている。
ただ鋭い眼光だけはこちらを見ている。
「そっちこそ大丈夫なのかよ。アレス、殴った後動いてないけど。」
「いや、それはあいつが悪いからそれは良い。それよりそいつ。止めは刺さないのか?」
前にも誰かに言われた言葉だ。あの時と状況も心情も違う。だけど。
「……できれば刺したくない。ここまでしちゃったのは・・・…ホント…悪いと思ってるけど。」
「…甘いね。そいつはここにいた連中をほとんど殺したんだ。殺される覚悟はしていると思うが。」
「………それでも。できればこいつを殺したくない。約束したんだ。たとへ悪い奴でも殺さないって」
「偽善だね。」
「それでもいい。」
アストロは右手で氷の短剣を作り出す。
「…何をするつもりだ。」
「勿論止めを刺しに。それに生きてたらまた俺たちを攻撃するかもしれない。」
「それでも命を奪うことはダメだ。」
「私はあんな弟だが大切なたった一人の家族だ。あいつを守ることに関しては私は必至だ。だから一つでも小っちゃくても脅威は排除しなければならない。」
「たとへ……それでも…だ。」
「ならもう話すことはないな。」
そう言いアストロは構えたが。
ブチッ!
突如その音が頭上より聞こえてきた。
「アブねぇ!」
そう言いアストロがユウの腕を引っ張る。
上を見上げると暗くてよくわからないが何か丸いものが落ちてきていた。
ユウと学園長の間にそれは落ちてきた
赤く薄く光っているそれはピキピキと音を立て一人の男が出てきた。
その顔を見る地面に仰向けになっている学園長は喉を鳴らしながら涙を流していた。
「アオゥォ……。」
「うんー。やっと出れたわー。」
背筋を伸ばし現れたそれは、先ほどまで戦っていたハロルドに似た男だった。
「おーじっちゃん。どったのボロボロになって。」
学園長のそばに歩み寄り借る言葉で話しかける。
学園長はハロルドと涙ながら口ずさむ。
だがその姿は先ほどのよりも少し違っている。
先ほどのより少し若くなっているそれに髪型も違う。
口調も幼い子供を連想させる。
そしてこの不吉な感じが肌をピリつかせる。
「これあんたらがやったの?強いんだ。まぁ途中から上から見てたんだけどな。」
ハハハと豪快に笑う姿を只々見ていた。
「そっちの紺髪の君凄いよね殆ど肉体だけでじっちゃんを制圧してたもんね。」
一歩一歩と近づきお互いが拳が届く距離で止まる。
「そんな緊張すんなって。やるのは少し話をしてからだ。」
だが少し右後ろにいたアストロはそれを無視するように飛び出す。
魔術で足元に風を送っていたのか一瞬でアストロの顔面を捉える。
「ハッ!何か知らんが所詮は敵だろ。ならわざわざ聞くわけ…が…」
「良いから聞けって話を聞かない女は可愛がられないぜ。」
目の前でハロルドの顔に当たったはずの拳はすり抜け炎がその部分を包んでいる。
そしてアストロの腕を引き抜き炎で包まれていた部分は元に戻る。
「良いから聞けって。俺はそこのじっちゃんの孫で数年前にそこに座っている奴に殺された。」
そう言い指をさす方にはいつの間にいたのか怪しげな仮面を被っている薄緑の白衣に似た様なものを着ていた。
「あいつは自分をアンリ・マユリって言ってたが俺が戦ったやつとは姿形はまるで違う。俺が他の奴と戦ったやつは銀髪に禍々しい鎧を着ていた。それにあの時とまるっきり雰囲気が違う。」
「それで俺たちにその話を聞かせてどうする気だ。」
「何もただこれから死ぬ前にその元凶を教えておけって言われたからな。別に俺はあいつの下僕でも手下になったわけではない。むしろ奴の敵だ。」
「なら…」
「でもそれ以上に俺はこの女と同じで戦うことが好きでね。おまえのような奴見たときからうずうずしてたんだ。やろうぜ。」
「なら、まず私とやろうぜ。」
開いている腕でハロルドの右腕を殴るそしてまだ通り抜けるがその瞬間に炎をになった事で左腕を自身に引き戻す。
「それがどんな魔術か知らないが炎なら凍らせて終いだ!」
『氷結魔法レベル三 フローズン・フィスト』
当たった瞬間から徐々に体を氷に襲う弾丸。
それを放つがそれは炎が揺らぐだけで当たらず向こうの遠くの壁に当たる。
「なッ!」
「まぁまて話はまだ終わってない。俺のこの能力についてだ。まだそれについて話していない。」
それでもいろいろな魔術をハロルドの胴体に向けて放つが全てがすり抜け当たらなかった。
「そん…な……。』
「よし、終わったな。じゃあ話すぞ。俺の能力の名前は焔の虚像≪アン・インビジブル≫今のはそこのじっちゃんに似た炎を使った能力だ。炎を媒介に自身の肉体を一時的に炎に変えてこの世から一時的に姿を消す。ただ使うにはほんの少し使うまでのラグがあるし全身を一気に変ええることはできない。ラグと言ってもほんのコンマ五秒だがな。一度に消せるのは三か所。これが俺の能力だ。」
「何故そこまで話す。自分にとって不利にしかならないじゃないか。」
「じっちゃんも言っていただろ公平にだ。それが人として能力を高みへと導いてくれる。精神の話をしているんだぜ。心に決めた意志は清く輝かしいものへとなっていく。そして俺はもう一度あいつと戦う。さぁ話は終わりだ、だからやろうぜ。」
そう言い本当のハロルドは構える。
だが俺は反対に構えるのを止める。
「………いや、俺は戦わない。」
声が少し低くなり笑顔の瞳に光が消えていく。
「………今なんて言った。」
「そんなふざけた理由なら俺は戦わない。」
「ふざけてんのか。この状況でそんなことができるとでも思ってんのか。」
「ふざけていない。お前のその理由ではたとへここで叩きのめされても戦わない。」
「………じゃあこいつはどうなんだ。俺と同じ匂いがするが。」
「…そいつもあんま好きじゃないがそいつはそこにいる弟とシノア先生を守るためヘイトを自分に向けている。誰かを守るために戦っている。」
「ッバァ!ざけんじゃねぇ!私はそんな。」
「うるさいな少し黙れよ。」
イラついているのか低い声で言い、左手で掴んでいたアストロの腕を離し右手の指と掌に赤い光がともる。それがアストロの首や両手首両足首腰にリング状なり壁へと飛ばされていく。
「そうかわかった。お前みたいなのどっかの都市にもいたな。……じゃあ約束はどうだ?」
「………その内容は。」
「簡単だ、ここにいる連中を殺さない代わりに俺と一対一で戦え。別に俺は殺人狂じゃない。強いやつと戦いたいだけだ。」
「納得はしないがわかった。なら俺も条件がある。約束しろ俺が勝ったら誰も殺さずここを守ると。此処の人たちを守るためにだけ戦うと。そのためならお前とも戦ってもいい。」
「いいねぇ。約束は守ろう。」
そう言い最初の位置へと戻っていくそして振り返り。
「さぁ今度こそやろうか!」
始まりの合図の代わりにハロルドの蹴りが地面を抉った。
「オラぁ行くぞ!」
雄叫びを上げ真っすぐ突っ込んでくる。
こちらも地面蹴り低姿勢で間合いを詰める。そして地面に向けて弱い黒紫電を放つ。地面にある砂鉄を集め自身の周りに回るように配置する。
そして小さな弾丸をハロルドの色々な部分に向け発射する。
それでも体をよじり殆どを躱しあたる箇所は透けていく。
そして空中で掌で炎の塊を伸ばし剣のような形を作った。
それに答えるように残りの砂鉄を集め剣を作る。
お互いが接触し火花が飛び交う。
しかしこちらの威力が弱いのか砂鉄がほころび始める。
「どぉした。こんなもんじゃないだろ。」
そのまま炎の剣を振り回され左拳が顔面に叩かれる。数メートル飛ばされたが剣を地面に刺し堪える。
もう片方の手で砂鉄の剣を作り再び地面をける。
まるで巨人の大剣を振り回したように先ほどまで自分のいた場所に炎と一緒に地面がえぐれている。
まだ完璧に操られているわけではないからこれ以上力を出すとどうなるかわからないけど。やるしかない。
さらに力を入れ剣を大きくする。
今度は衝突しても吹き飛ばされないがそれでも受けた腕は一瞬硬直する。
それでも打ち込めるだけ剣をハロルドに向けて振り回した。
数回相手の足や腕に剣は入るがどれも透けてしまう。
対してこっちは思い負傷はないけど少しづつ切られ血が流れる。
剣に集中したせいでハロルドの左足がギリギリまで来るのに気づかず脇腹をモロに食らってしまった。
そのまま吹き飛ばされ二階観客席まで飛ばされてしまった。
「ガハッ!!…ハァ…ハァ…ハァ……クソ、どうすればいい。」
どんなに攻撃をしても透過され当たらない。
かといって残りの力をぶっ放しても確実に勝てるビジョンが見えない。どうする。
周りが土煙で漂いハロルドからは姿が見えない。
たが頭上から一つ影が伸びてきた。
『やぁ、大丈夫かな。一方的にやられたみたいだけど。』
仮面を外し姿を現した。
これがアンリ・マユリ。
奴は違うと言ってたがたぶんそれは違う。こいつがアンリ・マユリだ。あの映像越しでもわかるほどの歪な狂気にあふれた眼がそう言っている。
『助けてあげよっか。』
彼は頭上に立ちそう言い放った。
「………いらねぇよ。」
直ぐに立ち上がろうとしたが思いのほかダメージを食らってしまったのか手が滑りそのまままた倒れ込む。
『まぁまぁ別に一緒に戦おうってことじゃない。君にこれを与えようって思ってさ。』
そう言い彼は俺に目がけて黒い注射器を投げ渡す。
とっさのことでつい反射的に受け取ってしまった。
「それを体に注入すればたちまち元気になり普段の三倍は動くことができる優れモノだよ。ただ弱い人間やら動物に打つと過剰に細胞が暴走し死んじゃうんだけどね。でも君なら大丈夫だと思うよ。あの蹴りを食らってまだ生きてるのだから。」
「…それでもいらねぇよ。こんな怪しいやつ受け取れるかよ。」
容器をアンリ・マユリに突き返すが。
『それで、いまのままで奴に勝てる保証はあるの。はっきり言えば今のあいつは君より強いよ。本当に君を応援しているんだよ。なぜか僕は君に引き付けられるんだ。だから純粋に君が彼に勝てるのか見てみたいんだよ。』
「それでもいらねぇよ。勝手に勝ち目ないって決めつけんな。」
そう言い突き返すが彼は笑みを浮かべたまま何も言わず煙の中に消えていく。
数秒後煙が晴れるともうどこにも姿は見えなかった。
「どうした!!もう終わりかぁ!!」
返しそびれた注射器をコートのポケットにしまいハロルドの元へと降り
ていく。
「なぁ一つ聞いていいか。」
「おまえはなんであいつの言うこと聞いてんだ。おまえはあいつの事を倒しに行ったんだろ。」
「……俺はなどん奴にでも恩を仇で返すことはしない。たとへどんな奴にでもだ。
確かにあいつは俺を殺したけどそれは俺も同じだ。それにあいつは俺を生き返らした上にこの能力まで与えてくれた。だから一つだけ奴の言うことを聞くことにした。他の奴らはバカだって言ってるがな。」
「それが、その行いが悪でもか。」
「たとへ悪でもだ。」
静かにそれでも重い足で距離を詰めてくる。
「もし止めたければ俺を殺してでも止めていけ!!」
両手に能力を発動させまた高速の剣撃が始まる
今度は攻めることではなく守ることに力を注いだ。
手数で何とか致命傷は追わないがそれでも。
「…やり難いなぁ。」
そんな小さなつぶやきはこの連撃の音にかき消されて誰にも届かない。
こいつは戦いが好きだけど根は良い奴なんだ。指揮者がタクトを振るだけで敵にも味方にもなってしまう。
だからできれば止めてあげたい。
そのために思考を巡らすがどうしても答えが見当たらない。
一撃渾身の力を打ち込み、後ろに下がり距離を取る。
「くそ、今思うとその能力、全然公平じゃ無いな。」
「公平だよ。じゃなかったらもっとお前は油断していただろが。」
たしかに今までは奴の異能にどうすれば勝てるかという知っているからこその戦い方だ。
もし知らなかったら重い一撃を何発ももらっていたかもしれない。致命的になるほどの。
かといってこのまま攻めてもこっちが早く異能を消耗する。
あいつはまだまだあるだろうが俺のはもう半分も無い。
決してそれを悟られてはいけない。そうなれば俺は負ける。
俺ができる…奴を上回る方法。
そう思うと体が勝手に動いた、気がした。
両手から剣を作るのをやめ、全身に残りの異能全てを纏い筋肉を過剰に刺激する。
初めて使うが少し自分にも負荷がかかる。
あまり長い間は使えない、それでも。
地面蹴る。自身も気づかないほど速く次の瞬間にはハロルドの目の前まで移動していた。
ハロルドは剣でガードしようとするがそれより速く顔と胴体をそれぞれ殴る。
二つとも炎が包み当たりはしないが顔の中央に当たったため奴の顔はほぼ炎になり見えていない。
その隙にありったけの拳をハロルドの体に叩き込む。
残り一つの透過は右腕だったがそれ以外に数えきれないほど殴り続けた。
「ッァラァアアア!!」
動く右腕で炎の大剣を振り回すが体が勝手に距離を取る。
『なんだよそりゃ。急に強くなるのかよ。いいぜぇ最高だぁ!!もっとこいよ。こっからが最終決戦だ!!』
そう言いハロルドの体から四本の腕が肩から炎により作り出された。
「『炎鬼・阿修羅・大黒天―フルデモ・ディオ・シビァ―』!!こうすると透過が使えなくなるがもういい!!どうせもう使っても意味無いらしいからなぁ!!』
そして上半身が赤く燃え上がり蒸気が現れ始める。
「どうだカッコいいだろ!!…ところでお前のそれは……名前はあるのか?」
「………『黒紫電・一閃』。…とかどうかな。」
「そうか!!カッコいいな、ソレェ!!」
お互いが地面を蹴りだし両拳がまるで金属音のような炸裂音が会場を響き渡す。
連打・連打・連打。
それがだんだんと肉眼では負えないほどに加速していく。
お互いの顔だけが見えていた。奴は笑っているが俺も笑っているのだろうか。
二人の拳はお互いに攻撃を封じ合い、かすり合い、肉体を打ち抜いていく。
その音は地面を伝って壁際にいたアレスたちにまで伝わっていく。
「い…痛ぇ。なんで顔が痛いんだ。」
「あれ、ここは…。」
意識を取り戻したアレスとシノアは辺りを見渡し状況を確認する。
氷が解け、濡れてしまった服は二人の戦いですでに乾いていた。
「やっと起きたか愚弟。それにシノア先生。」
「あ、姉貴。アッツ!!なんだ、あれはいったい…。」
「あそこにユウ君が。もう一人は…。」
「あれがホントのハロルド先生……だったんだと。」
「あれが…って眩しくてほぼ何も見えないんだけど……。」
「だがもうすぐ決着がつく。だから動ける準備をしておけ。ユウが勝てばいいがハロルドが勝ったら次は私たちだ。」
いつもの顔ではなかった。笑みは浮かべず眉の間にしわを寄せ少しでもその戦いを眼に焼き尽くしていた。
お互いの拳が顔面に当たり強烈な破裂音が共鳴し響きあう。二人は吹き飛ばされるがユウは手を剣の形に変え地面に突き刺し体をひねり勢いを殺す。
ハロルドもすべての手で地面を抉り勢いを無理矢理止めていた。
お互い体に数個の打撃紺が体に撃ち込まれ無理な肉体強化で血が口から溢れている。
次の一撃で決まる。
お互いがそう思っていた。
地面をけりお互い駆け寄る。
殴りあう瞬間、足場がもろかったのかハロルドの方の地面が少し崩れ態勢が崩れた。
そのすきに懐までユウは潜り込み殴り掛かる。
だが―――
バシィィィィン!!
ユウの体をまとっていた黒紫電が四方に散らばってしまった。
もう力が入らない。
あと一撃、あと少し。拳一個分。
その少し先がとても遠く長く感じる。
体の中にある能力が全て使い切ってしまった。
そして相手の強烈な拳が鈍い音をたて上空へと身体を打ち上げられた。
「ユウゥゥゥー!」
「さぁ落ちてこい。さっきのは反射的に殴ったから威力が弱いだろ。今度はちゃんと一撃でとどめを刺してやる。」
意識が遠のく中それがこのままだと現実になるほど彼の拳は歪な高音を響かせ、周りを焦がすほどの高温を放っている。
ハロルドは全ての力を使うのか四本の炎の腕も右拳に集まっていき、白く光を放っていた。
…あぁくそ。ここまでかよ。
あと七メートル
視界の端にはアレスたちがこちらに向かって走っている。
あと六メートル――
その少し離れたところでアンリ・マユリがにんまりしながらこちらを見ている
あと五メートル――
だんだん熱が肌を焼き尽くしていくのが感じる
あと四メートル――
何か大きい音が聞こえた。
あと四メートル――
あと三メートル――
あと二メートル――
あと―――――――――
「っラアアアアアァァァァ!!!」
ハロルドは最後の拳を放つ。
……もう…だめだ……身体が………動かねぇや。
ごめん……みんな……
ごめんクレア―――――――――――――
―――――――――――――――――――――
アレスたちは走り出すが間に合わない。
それは本人たちが一番わかっていただろう。
だけど全員、自然と足が動いていた。
そしてハロルドが拳を振りかぶるとき頭上で激しく轟音が鳴り、光り、天井に開いた樹木の穴から黒い雷がユウ目がけて落ちていくのを全員が見ていた。
「ゥアアアアアアァァァ!!!!」
別に狙っていたわけでもない。奇跡を願ったわけでもない。
地下から穴を開けるために放った雷がはるか上空の雲に当たり、増幅し、落ちてきたのだ。
ハロルドの拳がユウの頬をかすり、ユウの拳はハロルドの顔面に当たっていた。
――あぁ…クソ……もう終わりかよ。だけど…まぁ…久しぶりに戦って楽しかっ…た………。
辺りを衝撃と轟音が会場全体をを襲う。
数秒辺りを白く照らしていた視界は晴れていき
その元凶の中央の二人の姿を現れた。
「ッァ!ガァア!ッハァ……ハァ…。」
ユウがハロルドの顔面に拳をたたき込み決着がついた。
「ッハァァ……ハァ……一瞬。ほんの一瞬だけ…雷が俺を押してくれたから……俺の拳のほうがお前に当たった。」
ハロルドは笑顔のまま気絶しているそれでも続けて話す。
「だから…お前は強かったよ。俺の運が……少し良かっただけだ。それだ…け―――」
そして地面が崩れ二人は地下へと落ちていった。
こうして長い激動の一日が終わった。
目を覚ましたのはあの戦いから一週間後だと聞いた。
アンリ・マユラはなぜか涙を流し即さに帰ったらしい。
そしてエヴァリーはこの戦いに敗れたと奴の口から全世界に発表されたそうだ。
あの戦いに生き残ったのはその場にいなかった数人とその場にいた六人。本当に少しだけだけど皆この都市に残るそうだ。
「本当にに出ていくの?ほかの都市に行ってもたぶんよそ者だからって弾き返されるかもしれないんだよ。」
シノアが心配そうに見つめる。それもそうだろう。ここだってシノアが俺を助けてくれたから今日まで入れたんだ。奇跡に近いだろう。
「妹を探しに行かないと。…何となくだけど生きてるってわかるんだ。それと自分の故郷に戻る手掛かりが欲しいから。」
「でも…。」
「それにあのアンリ・マユリってやつを野放しにしておくと他の都市でも同じことが起こるかもしれないだろ。できればそれを止めたい。」
「ほらやっぱもう無理そうだよ。シノア先生。」
アレスが仲介するように入りシノアの肩を支える。
「でも…それでも…。」
「その、ごめんな。」
「……じゃあ!……じゃあ…ほんとは嫌だけどこれ渡しておく。」
そう言って渡されたのは少ししわが寄った縦長な紙だった
強い力で押されたようなそんなしわだった。
「これがあれば…ここから北東に大体二十キロ離れたところの…今はたしか≪水上機械都市リヴィア≫そこの検問を通る券…。」
差し出された手は震えて、受け取らないでくれと願っているように感じた。
「これがあればたぶん中には入れると思う。そこに住んでいる機械修理師のアイリって子に私の名前を言えばとりあえず話は聞いてくれると思う。数年前によくその子のところへ勉強しに行ってたから。」
「……ありがとう、シノア先生。」
「………。」
交通券を受け取りお礼を言うがシノアは唇をかみしめ泣かないように堪えている。
いや、本当はわかっている。唯一俺の村の事を話した人だ。そして彼女も似た境遇にもとここにいるのだから。
心配する気持ちが伝わってくる。
しばらくの間沈黙が続いた。それにしびれを切らしたのか。
「なら、ほら先生も一緒に行けば。保護者として。」
アストロがシノアの背中を押しユウの胸にへと当たる。
「ブッ。えっ?で、でもみんな…。」
「大丈夫だよ先生。ハロルドも学園長も何があっても此処を守って罪も償うって言ってるし。何かあっても姉貴が何とかしてくれるって」
「そうそうこんな愚弟がそばに付いてったって何も役に立たないって。」
アレスの頭をぐしゃぐしゃにしながら離す姿は仲のいい姉弟に見えた。
少し壁が無くなったのかアレスも少し迷惑そうにするがそれでも前よりかは心を許しているように見えた。
「それにユウ。おまえこの世界の事なんも知らないんだろ。ならここにいるやつで一番詳しいシノア先生がいいに決まってるよ。あとそのかわいさがあれば何でも許してくれるって。」
アストロが親指を立てビシッと前に突き出す。
「そうだぜ、ここは俺に任せとけ。」
後ろから急に声を掛けられアストロたちは驚く。
なぜならまだ彼はユウとの戦闘でまだ傷がいえていなく保健室で横になっていたはずだからだ。
「元気そうでよかったよ。まだ俺から受けたダメージが残ってるようだけど。」
「うるせぇ。おまえが治るのが早いんだよ。今日お前がここを旅立つんだって聞いてよ。まぁ…ちゃんと約束通りこの都市は俺が守るよ。おまえには負けたけどこれでも元最強魔術師の孫だぜ。心配すんなって。」
「そうそうこいつが悪さしても今度は私が倒しちゃうから安心しなって。」
「…っフ。」「…あ。やんのか。」
「二人とも止めてよ‥‥ったく。悪いなユウこんな見送りで。」
「フフッ、いいよ。むしろみんな元気で安心するよ。」
ほんの数日だったけど濃い日々を過ごした。色々大変なことがあったがでもなんだか心がスッキリした気がした。
昔の自分が出会えなかった輝かしい光景をその二つの眼で見つめ心に刻む。
シノアのヘアに行き手身近に荷物を整える。最後に食堂のおばちゃんにお礼を言い門のそばに立つ。
「じゃあなみんな。」
「体に気を付けてね。」
元気よく手を振るみんなの姿を最後に二人で硬い荒野を最初の一歩を踏み出しエヴァリーを後にした。
新たな場所へと。
第一巻 完
あとがき