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レイアの表の仕事

「レイアさん、おはよう」


 職場に到着すると、同僚達の挨拶が響いて、レイアも「おはよう!」と、太陽のように明るい笑顔をみせる。海沿いにある小さなオフィスには、レイアと同じように羽がはえた女の子達が集まっていた。

 レイアは、今年で18歳になる。ここに在籍しているメンバーは全員、20歳に満たない同世代の女の子だった。羽がある自分達は普通の人間とは違う、そう自覚している者同士だからか、彼女達の仲間意識は強かった。


「レイアちゃんの羽は、今日も美しいですね」


 いつもの褒め言葉に、レイアは「ありがとう」とお礼を言いながら、心の中で(あの人の羽だもの、当然のことだ)と考えながら、いつもの制服に着替える。

 まるで夏のウエディングドレスのようなその恰好は、レイアが働く「空の掃除屋」の制服。背中の部分が大きく開いているこのユニフォームは、羽の動きを邪魔しない作りになっている。そしてレイアの真っ白なハクチョウの羽が、レースのドレスと調和して、まるで天使のようだった。


「さっすが我が社のエースだね!制服が誰より似合う!」

「いいな~ハクチョウはやっぱり特別ですね」

「レイアは誰よりも美しいんだから、モデルになった方がよっぽど楽に生きられるのに…」


 小鳥の羽を持つ少女達からの羨望せんぼうの眼差しを受け、レイアは「私は人前に出るのが苦手だから、あまり目立ちたくないんだ。それにみんなも、とっても可愛いよ」と微笑んでみせた。

 嬉しそうにキャーキャー騒ぐ少女達に見送られながら、レイアは「じゃあまたね!仕事頑張ろう」と、キラキラとした笑顔でみんなに手を振り、外に出る。そして、真っ白な翼をバサッと豪快に広げると、朝の空に飛び立った。


 初夏の爽やかな空気に包まれながら、今日の仕事が始まる。

まずは、各自に割り当てられた空域を巡回し、異常がないかを確認する作業。ミミズクの能力を持つレイアなら、実際に飛び回らなくても、自分が担当しているエリアを瞬時に把握することができる。だが、本当の能力を知られたくないことと、地道に働いている姿を見せることも仕事の一部なので、柔らかく吹く風に身を任せながら、朝日に照らされて目覚めていく街を見下ろしていた。

 人々が活動を始めると、あちこちから賑やかな音が聞こえてきて、街が色づいていく。レイアはそれを見守りながら、今日という日が当たり前のように繰り返されることに心が安らぎながらも、それ以上に、苦しくて仕方がなかった。


(…どうして私が、こんなこと…)


 レイアがあの人と出会ったのは、つい8年ほど前のことだった。それまでは真っ黒な闇の中で生きてきた自分が、今は全く逆の、光輝く存在として生きていることに、時々ひどい矛盾を感じてしまう。まるで目眩のような強い感情が込み上げる時はいつも、あの人のことを思い出すことにしていた。そうすると、自然と、心が落ち着いた。


(…大丈夫、私は、まだ飛べる)


 この白く美しい翼で力強く羽ばたいた瞬間や、窓ガラスに映った翼を目にするたびに、あの人はもう居ないのに、胸はドキドキと呼吸をし、心が生き返るようだった。


(モノクロな私の世界でも、この翼の白さだけは分かる…それだけで、私は充分だ)


 空を飛んでいると不意に、幼い女の子の泣き声が聞こえてきた。

立ち止まり、見下ろすと、ふわふわと舞い上がってくる風船。レイアはゆっくりとその風船に近づくと、ひょろりと伸びた紐を掴み、街へと降り立つ。まるで天使のようなレイアの一連の動きを見つめていた少女は、既に泣き止んでいた。


「落とし物、どうぞ」


 レイアが風船を差し出すと、少女は照れくさそうに「ありがと…」と、それを受け取った。隣にいた母親が「ありがとう、レイアさん」とお礼を言い、周りの人達からも「さすがレイアちゃんだね!」「今日も世界一美しい!」「我が街の誇りだ!」と、称賛の声が上がった。

 レイアは微笑み、制服であるドレスの裾を可愛らしく持ち上げ、「いえ、みなさんのお力になれて、嬉しいです」と頭を下げた。


 だが、少し離れた場所から、冷たい言葉が発せられた。


人離とりのくせに言葉を喋るな!人の真似するんじゃないよ!」

「なんだあの羽は、いつ見ても気味が悪い」

「人間じゃない…あんな生き物」


 レイアは非難する人達にもぺこりと頭を下げてから、なるべく騒ぎが大きくならないように、急いで遠くの空へと飛び去る。

 風船を持った少女が、「怖い」と怯えたように小さく呟いた声が、レイアの耳に届いた。


(…怖い、か…)


 レイアは大きな時計塔で羽休めをしながら、この「空の掃除屋」の仕事について考える。

羽がはえた人間が生まれるようになってから、もう40年ほどが経つ。羽がはえるのは決まって女だけであり、人離とりと呼ばれ、迫害の対象となっていた。だが、今はこうして政府公認の仕事が与えられて、見世物に近いが、最低限の生活は保障されるようになっていた。もっとも、生きることが上手な者はその容姿を活かし、モデルとして活躍しているケースが多く、能力が高い者は警察の専門部隊に所属することもできる。

 だが、翼がハンディになっている者にとって、普通の生活を送ることは難しかった。自分の姿に負い目がある者、能力が低い者の、社会的な受け皿として用意された場所が、この「空の掃除屋」だった。


(空の掃除屋は、あの人が守りたかった場所だから、私が守る。…あの人の代わりに、私ができることがあるのなら、何だってするわ)


 レイアは小さく微笑み、そっと、時計塔から飛び立った。




 夕暮れ時が近づき、そろそろ仕事が終わる頃、レイアの通信機器に着信が入った。隣街を担当している仲間からの発信だった。


「こちらレイア、どうしたの?」


「レイアさん助けてください!強盗です!あたし見つけたんですけど、なかなか追い付けなくて!」


 発信源を確認し、レイアは「すぐに行く」と言うと、ふわりと高度を上げて、風を断ち切るように大きく羽ばたいた。それはまるで流れ星のように落ちながら、2km先の目的の場所へと飛んでいく。

 大きな羽で、狭い街中を縫うように飛び回り、音や匂いで、獲物との距離を詰めていく。すると、札束と血生臭い匂いをさせて走りまわる男を見つけた。


「あぁ、捕まえた」


 レイアはそう言って、黒く微笑む。

男は、急に自分の体が地面から浮かび上がり、何が起きたか把握できていないようだった。そして体が持ち上げられていることに気づくと、何かを叫びながらがむしゃらに体をジタバタとさせるが、レイアは表情を一つも変えない。


「無駄だよ。それより、誰か殺したの?血の匂いがする」


 男の口からは「俺じゃない!」と何度も繰り返されたが、白と黒の世界で生きるレイアには、赤い血の色よりも、その匂いの方がよほど信用できた。

 ナイフを所持していない時は、指先に力を込めれば、首の骨は簡単に砕けるから楽だった。それよりも、この勢いそのままに、男の体を壁にぶつけて体中の骨をバラバラに砕いてやろうと考えると、後ろで気配がして、レイアはハッと振り返る。現れたのは、息を荒くしながら追いついた仲間の姿だった。


「はあ、はあ、ありがとうございます、レイアさん!」


 その姿を見て、レイアはようやく我に返る。自分は誰も殺さなくていいことを、誰かを殺すことは許されないということを、ようやく思い出す。


(…もう少し遅かったら、うっかり殺してしまう所だった…)


 レイアは背筋に冷たい汗をかきながら、「…間に合ってよかった」と、なんとか笑顔を作った。そして、次々に集まってきた住民や、駆けつけた仲間達と一緒になって男を縛り上げた。


「これで安心ですね、レイアさん」


みんなで安堵していると、突然、頭上に黒い影が落ちる。


「…貴様ら、何をやっている」


 レイアには、夜が降りてきたかのように見えた。どこまでも濃い、黒色の羽。

目の前に現れたのは、警察の制服を着た、カラスの羽を持つ者だった。


 仲間の一人が「強盗を捕まえました!」と誇らしげに答えると、不快感を露わにしながら、その女は舌打ちをした。


「掃除屋風情が…無能は無能らしく、さっさと通報だけすればいいものを…」


 そう言い放ち、警官は男を片手で掴み上げると、威圧するようにぐるりと周りを見渡した。怯える少女達の中で、ぴたりと、少しも揺らがないレイアと視線が合う。そして、レイアを鋭く睨みつけながら「…掃除屋の仕事を続けたいのなら、もう二度とこんな真似をするな」と言葉を残して、その警官は瞬く間に空へと消えていった。

 掃除屋の少女達はその姿が見えなくなってから、「もう最悪!」「なによあの警官!」「せっかく頑張って捕まえたのに!」と不満を言い合う。

 だがぽつりと、少女のうちの一人から、「…まあ、確かに無能だけどね…」と発せられたのを皮切りに、次々と血が溢れるようにして、少女達の声が零れ出す。


「まあね、私達羽がはえた人間は、どうせ30歳まで生きられないし」

「身体から羽を切り落とすと死ぬなんて、神様はひどいよね。こんな姿で、普通になんて生きられないじゃない」

「でも、その代わりなのか、私達って、普通よりも恵まれた容姿で生まれてくるんだよね」

「…でも、絶対に子どもを授かれない身体だし…そんなの意味ないよ…」

「あーあ、人離とりの男なんて存在しないし、私達ってほんと、全然モテないのよね」

「そう!私達、せっかくこんなに可愛いのに!」


 そう言って笑い合うが、すぐにみんな、落ち込んだ表情になって、「うぅ…」と涙を流してしまう。レイアはそんな仲間達の肩を抱き、まるで彼女達を守るように、大きくその羽を広げた。


「みんな、帰ろう。…大丈夫だよ、私が居るから。それに、知ってる?お酒って悲しい時ほど、甘くて優しいんだ。今日は私がごちそうするから、朝までずっと、みんなで一緒に過ごそう」


 泣きながら頷く少女達を、レイアは全てを包み込むような微笑みで受け止める。それは、あの人がまだ生きていた頃に、レイアに向けてくれた、どこまでも穏やかな微笑み。

 たとえ、この笑顔がただの真似だとしても、レイアはこの微笑みで少女達が救われるのであれば、いくらでも与えてあげたいと、心から思った。

書いてて気づいたけど、自分は本当にデストロ246が好きだったんだなあ。

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