レイアの過去
飛行機に乗ってたら思いつきました!
さっくりスピーディに書きます。
夜の夏の匂いを感じながら、レイアは暗い森の中、じっと1km先にある建物を見つめていた。月を雲が隠した瞬間、彼女はふっと小さく息をつくと、背中にはえている、大きなミミズクの翼を広げて木から飛び立つ。
羽ばたきは無音に等しく、どこかでオオカミの遠吠えが響いていた。暗闇の中、レイアは眼下に、建物の出入口を守る4人のガードマンを見据えながら、ふわりとバルコニーに降り立った。レイアは迷うことなく、唯一鍵が開いている窓に近づき、隠していたナイフを取り出しながら侵入した。
心地よかった森の匂いは消えて、建物には醜悪な薬物の匂いが蔓延していた。だが、レイアは表情を変えることなく、一つの部屋を目指す。ドアを開けて目的の部屋に入ると、ベッドの上で男が女に覆いかぶさり夢中になっていて、レイアが入ってきたことに気づいていないようだった。
背後をとったレイアが男の喉に一閃、ナイフを滑らせると、まるで時間が止まったかのように男はピタリと停止した。そして弾けるように血飛沫があがると、声にならない叫びをあげた。
「喉を切ったから、無駄だよ」
レイアの言葉に、男は勢いよく振り返る。その視線の先には、幼い少女。10歳くらいの背格好で、金髪の、ミミズクの羽がはえたそれは…。
「××!!!」
男は形になれない音の残響を放ちながら、ぎょろぎょろとした目玉と、憎悪の感情をレイアに向ける。だが、それを嘲笑うようにして裸の女が立ち上がり、レイアからナイフを受け取ると、冷たい風が吹くかのようにとどめを刺す。そして男の瞳は光を失いながら、ベッドの上に落ちていった。
女とレイアはバルコニーまで戻ると、再び月を雲が隠してくれる時を待ち、レイアが大きな翼を広げた。木々の向こう、ここから1km先にある仲間が待つ場所を見定めると、向こうから「早く来い」と呼ぶ合図が聞こえてくる。レイアはミミズクと同じその翼で、静かに羽ばたいて、手を繋いだ女の体を軽々と持ち上げる。そして瞬きのうちに、暗闇の隙間を縫うようにして、森へと消えていった。
目的地には、仲間の車が待っていた。女を地面に降ろすと「ありがとう」と、頬にキスをされる。レイアは嫌そうな顔をして、さっさと車に乗り込もうとした。
「ミミズクあなた、返り血で真っ赤よ」
呼び止められて、どうりで酷い匂いがしている訳だと、レイアは自分の体を見つめる。だが、その視界には白と黒しか存在しない。
「…私の世界はモノクロだから、分からない」
レイアの返事は、悲しむようでも、悔しく思うようでもなく、他の人間と見える世界が違うことに対して、さほど感情が伴っていなかった。女は愉しそうに笑って、「それじゃあ、帰ったらお風呂ね」と、レイアにナイフは返さないまま、先に車に乗り込んだ。
(…昔の、夢…)
レイアは薄い布団に顔をうずめながら、もうすぐ夜が明けることを、頭の片隅で感じ取る。
(…もう何年も前のことなのに、今も、鮮明に思い出せる。…あの後、私はあの人に会う。あの人に、夢の中だけでも、会いたい、会いたい)
頭まで布団をかぶってみたが、もう仕事に行く準備をしなければと思うと、再び眠りにつくことはできなかった。渋々起き上がり、まだ朝日が昇る前に、レイアは鏡の前に立つ。
背中にはえたミミズクの羽を広げると、伸ばした両腕と同じくらいの大きさがある。艶のある羽はうっすらと茶色を帯びている。それを隠すようにしっかりと白粉を塗り、ミミズクだと分からないようにしてから、レイアは横幅が2mはある大きな箪笥を開ける。
そこには、真っ白なハクチョウの羽が入っていた。大切なものを扱うようにそれを持ち上げると、レイアは自分の羽の上に、その偽りの羽をつける。自分の本来の姿、ミミズクの羽の上から、あの人の真っ白な羽をつける。
「綺麗…」
姿見に映ったその姿に、レイアはぽつりと呟く。朝が来る前に起きて、あの人の羽を身に付けると、鏡を見て「綺麗」と言う、それがレイアの、この生活が始まった1年前からの日課になっていた。
身支度を整えると、レイアは誰も居ない家に「いってきます」と声をかけてから、夜明けと共に仕事場へと向かった。