実践演習
ここから1章も後半に入ります。
――――――その日は、ひどく雨の降る日だった。
「……ここは……我は……敗れたのか」
セルフェイス王国、玉座の間。
激しい戦闘があったのか、煌びやかな空間の面影すら残っていないこの場所で、二人の男が話していた。
「……終わりだよ……オルガニス……いや、セルフェイス王国国王、オルガニス・アルサリア」
白銀の剣を持つ男、幼さの残る顔つきは少年と呼んでも差し支えないだろう、少年は玉座に座るオルガニスの元へ歩いていく。
血濡れた巨大な大剣で、玉座に縫い付けられた王の元へと。
「銀髪の勇者……そうか、貴様が……メルトか……」
数年前から兵士たちの間で広まり始めた噂。
革命の御旗を掲げ、迫る兵士たちを薙ぎ倒す民衆の希望。
「有り得ぬ……それほどの魔導器……どこで手に入れた……?」
「さあな、これから死ぬお前には関係ない」
メルトはオルガニスの身体に深々と刺さる大剣の柄を握ると更に強く押し込む。
ようやく……ようやく終わるのだ。
多くの犠牲をだした、長く、苦しい戦いが。
「……ぐっ……メルト・エイセリス……一つだけ、頼みがある……」
「……何だ?娘は見逃してくれとかは聞かないぞ」
メルトとしては娘まで殺すのは反対だが、これは自分だけの革命ではない。
今まで虐げられていた家族が、市民がようやく自由を手に入れられるかもしれないのだ。
残った標的はあと二人……アルサリア王、そして……王女イスフィエール・アルサリアだ。
「……安心しろ……娘は……もうこの城には居ない」
「あっ?……マジかよ」
革命の日時がバレていたのか。
それとも偶然重なってしまったのか。
いずれにせよ面倒くさいこと極まりないが、せめて場所くらいは掴まなくてはならないだろう。
「……娘も……殺すのか……?」
「……ああ」
「……何の、罪もない……娘だそ……」
「……お前がどれだけ罪のない人たちを殺してきたと思ってんだ……遅いんだよ、今更」
もう募りに募った民衆の怒りは爆発してしまった。
老人を、幼子を、全ての国民を虐げてきた王とその一族。
例え娘には何の罪もなかったとしても、最早世間が彼女の存在を許さないだろう。
「そ、うか……残念だ……貴様なら……交渉できる、かもと、思ったのだが……」
「……そんな訳ないだろ」
害になる可能性のある芽は摘む。
これは革命を成功させるために必要な行為であり、正しい行為。
だから、メルトが反対したら姉妹は賛同してくれるのか、などと考えてしまうのは、きっとただの気の迷いなのだろう。
「……音がしない……ああ……我は、本当に……負けたのか……」
ヴィリアスの呟きに、メルトは背を向ける。
いつの間にか聞こえていた外の喧噪は、ぱったりと鳴りを潜めていた。
「……もう行く……さようなら、アルサリア王」
せめて死後の世界が有るなら安らかに。
メルトは返事が無いのを確認すると、部屋の中央の大門へと歩いていく。
「……すまない」
去り際、誰に向けてかも分からない謝罪を背中に受けて。
「お前は何がしたかったんだ……?」
どこまでも続く静寂の中一人呟くメルト。伸ばした手の隙間からは遮られなかった無数の星々が存在を示すように光る。
寝転んでいるのは何時もの場所。破損した家の屋根上だ。
普段ならばこのまま夜空を見上げている間に悪夢へと落ちていくのだが。
『私の父オルガニス・アルサリアの最後の言葉を教えてくれないか?』
今日は違った。
数刻前、イスフィエールに効かれた問いが頭の中を反芻する。
『最後の言葉?』
『ああ……いや、無いのであれば構わないが』
ベッドに座ったままメルトを見上げるイスフィエール。
細身の手に握られたベッドシーツがくしゃりと歪む。
『お前の望む答えかは分からないが……「すまない」とだけ』
『そうか……』
「結局、あいつは何が知りたかったんだ?」
今日の質問もそうだが、イスフィエールの行動には時折分からないものがある。
任務であれだけ殺意を向けてきたかと思えば、街ではメルトの過去を尋ね、学園ではまるで友人であるかのように話し、数刻前には殺した相手に殺された者の事を尋ねる。
家族を殺した相手を知り弱点を探っているのか。
はたまた本当に昨日の言葉通り、メルトが復讐すべき相手かどうか確かめているのか。
もし、彼女がメルトを殺す判断をしたら……その時は……
(俺はイスフィエールを殺せるのか……?)
メルトとイスフィエールは似ている。
家族の命を味方であったはずの者達に奪われたメルト。
突然起きた革命によって家族を奪われたイスフィエール。
どちらにも正義はなく最後に待つのは悔恨と空虚のみ。
どちらにも止める権利はなく、また止まる権利もない。
なら、二人の目的が相容れなければ……?
色々な可能性が頭を過る。
「はっ、らしくねえな……」
気付けばイスフィエールの事ばかり考えている。
「今更、何を迷う必要がある?」
目的が相容れないのであれば、殺すしかない。
これまでも、そうしてきたはずだ。
メルトは一切の物音がしない静寂の中、静かに目を閉じる。
恐らく今眠りについたところで、また2時間もしない内に起きてしまうだろう。
それでも、一瞬の安寧だけを願い、何時もの様に肌を撫でる穏やかな風へと体を預けた。
どこか遠く、聞こえるかどうかも分からない森の奥で不穏な咆哮が響いた気がした。
「何だ、全滅したのか?」
物静かなレンガ造りの部屋。お世辞にも綺麗とは言い難いその部屋に男の声が響く。
「まあ、あれは使い捨てる予定だったし別にいいか。それよりもローガン、アイツはどうなんだ?」
薄暗い部屋に僅かに灯るランプの光に照らされ映るのは肉付きのいい若年の男。ぶかぶかの服に袖を通し、幅広な椅子に座るその様子は、男が平民階級ではないことを表している。
「はい、ゲイルお坊ちゃま。昨日の交戦以降は殆ど目立った動きは見せておりませんよ」
一方、ゲイルと呼んだ男に答えるのは、白衣を着た老齢の男。
ローガンと呼ばれた男は従者だろうか、ぼさぼさの白髪は顔の半分ほどを覆い隠しており、薄ら笑いを浮かべたまま頭を垂れる姿はどこかおぼつかない。
「それよりも、これから坊ちゃんはどうするおつもりで?」
ローガンからの問いに、ゲイルは僅かに口元を歪めると、木造のテーブルに置かれているグラスを持ちゆっくりと口元まで運ぶ。
「なに、もう直ぐだよ……」
「は、それはどういう……」
ゲイルの言葉にローガンが首を傾げていると。
「全く、入り組み過ぎて道に迷ったぞ」
次の瞬間。扉が勢いよく開け放たれた。
「リファルエットへの侵入?」
「ああ、最近イグノリアスの奴らが何やら騒いでいるらしい」
朝の教室。最早日課の様になってきたイスフィエールとの雑談を交わすメルト。
殺すかどうかを見極めると言われ、部屋に呼ばれた日から数日。
会話をする度に挙がっていたあの日の話題は、ここ数日間、ぱったりと無くなっていた。
互いに触れることを避けているのか、はたまた切り出す機会をうかがっているのか。
二人の間にはつかの間の平穏が訪れていた。
「イグノリアスって、北東にある帝国だよな?」
「そう。ろくなことをしない奴らだよ」
そう言うと、イスフィエールは目の前で画面を開きくるりと反転させる。
メルトは僅かに身を乗り出し画面に触れる。
「うわ、これはまた……」
書かれていたのは酷い内容だった。
崩壊後、救援要請のあった他国を見捨て、滅亡後に自国の領土として吸収。
同盟会議での騙し討ち。弱った世壊獣の横取り。
外界で任務中の魔導器使いを襲撃、略奪、殺害。
牢獄に居た時も噂は聞いてはいたが、実際に見せられると、割とこういった無法行為を見慣れている筈のメルトでも思わず顔が引き攣ってしまう。
「というかこんな国、よく成り立ってるな……」
基本的に、世壊獣という目に見える脅威へ対抗するため同盟という形を取っている五国だが、その実情はほとんど停戦と変わらない。
その為、自国の弱点となりうる事は基本的にどの国も秘匿するのだが、他国にも知られている範囲でこれだけの犯罪行為があるのであれば、恐らく国内は無法地帯と呼んで差し支えないだろう。
それこそ、皇帝の統治がそれら全てを掌握していない限り。
「まあ、あり得ないな……」
「ん、何がだ?」
「いや、こっちの話だ。それよりも……」
今日の任務はどうするのか。メルトはイスフィエールに視線を合わせるが。
「全員揃っているか?」
聞き覚えのある声によって遮られた。
「む、もうそんな時間か」
イスフィエールは画面に表示されている時間を確認すると、体制を戻し教卓へと体を向ける。振り向いた反動で長いポニーテールがふわりと揺れ、メルトの鼻先に触れる。
そんな優美な仕草に、思わずメルトも視線を奪われ、つられるように教卓を見る。
だが、どうやら今日はいつもと少し違うようだった
「さて、今日に限っては挨拶も抜きにして君たちに話さなければならないことが有る」
レメネットはそれだけ言うと、抱えていた大量の書類の束を教卓の上に勢いよく叩きつける。
この学園で紙の書類が使われることは珍しい。というのも各々の机には魔核を用いた魔導投影機がそれぞれ設置されており、任務の依頼書などの重要書類以外はほとんどの場合データとしてやりとりされるため、紙の書類を必要としないのだ。
だからこそ、紙の書類で配られることには一つの意味があった。
「一週間後。学園の一年生全体を対象として世壊獣の討伐演習を行うことが決まった」
「「「――――――!!」」」
(―――お、これはまた……)
教室内に動揺が走る。
ある女子生徒は周辺の女子生徒と情報が聞き間違いではないかを確かめ、また別の女子生徒は驚きの余り蛇に睨まれた蛙の様に硬直する。
だが、その程度は予測済みなのか、レメネットは特に気にすることも咎めることもなく説明を続ける。
「場所はリファルエット北東門の先『翡翠の森』。君たちには当日、監督生二人を含めた七人一組で指定された場所にいる世壊獣を討伐しに行ってもらう」
レメネットは書類の束を前方の席に座っている数名の女子生徒に手渡す。
女子生徒もそれで理解したのか少し駆け足で席を立つと、書類を配り始める。
メルトも書類を受け取り中身を除くと該当地の地形や生息する世壊獣、門の位置や川の位置まで事細かに
書いてあった。
「詳しいことはその書類を見て確認してくれ。それと、この中で世壊獣と戦ったことのある人は?」
レメネットの言葉にメルトを含めた数人が手を挙げる。イスフィエールは当然挙がっているが、どうやらシャルエットは世壊獣と戦ったことはないらしい。
ならば臆病な彼女がどうやって学年次席を取ったのか。
そんな疑問が一瞬脳裏を掠めたが、恐らく魔導器の適合値か何かだろうと直ぐに思考を切る。
「よし、それでは今手を挙げた君らには各班の班長を務めてもらう。監督生もいるが基本的に彼らは緊急時以外戦わないので、君らが実質のリーダーとなる。気を引き締めておいてくれ」
「「「はい!!」」」
だが、メルトがそんなことを考えている間にも話は進み、既に全員が班長をやることを決定していた。
(……と、いうことはイスフィエールとは別の班か。マジか……他に知り合いなんて居ね
ぇぞ……)
考えてみればこれまでの学生生活や任務、何時も近くにはイスフィエールが居た。
しかしそれは同時に、イスフィエール以外の知り合いが居ないことを指していた。
「……これは、結構やばい気がするぞ」
メルトは男だ。それも、この学園で唯一の。おまけに入学初日に騒動を起こしている。
あれはまずかった。
いくら動揺していたとはいえ厳正な式の最中に突然叫びだすなど。
教室ではそれほどでもなかったが、
第一印象は良く見積もっても”触れてはいけない人”だろう。
というか、式の最中に叫びだす奴なんて居たら自分でも引く。
そう考えると全部自分のせいである気がしてきたが、何にせよ今からメルトは同じパーティを組んでくれるクラスメイトを探さなければならない。
だが、今回は必要なさそうだった。
「それと、今回導入される実地訓練では、連携力や適応力の向上のため、クラス毎に均等になるようこちらで班を決めさせてもらった」
その言葉を聞いた直後、メルトの手元にある画面が開き、一つのページが映し出される。
メルトは恐る恐る視線を向けると。
「……!!」
どうやら、天はまだメルトを見放していないようだった。
生徒による実践演習・・・・・・
果たして無事に終わるのか・・・・・・
次話は明日に投稿デス。
まぁ、まず予定を守ったことが有るのかっていう話ですけど・・・・・・