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人類の守護者

「なっ……!」


何が起こったのか。再び襲い来たすさまじい衝撃は先ほどの日ではない程に大きく、メルトですらも気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。


(ちっ、視界が悪い。これじゃあ何が起きてるか分からねえ……)


状況を把握するために一先ず煙を吹き飛ばすべきかと、出現させた闇色の剣を握る。


「切り開け、ニーズヘッ……!」

「その必要はありませんよ」


だが、剣を切り上げる直前。何者かによって剣を持つ腕が掴まれた。


「……お前は」


見るとそこに居たのは眼鏡をかけた若い男。

落ち着いた佇まいとは裏腹に、一度見たら忘れることが出来ない程圧倒的な存在感を纏っている。


「何で止めやがった?」


もっとも、メルトも人間だ。知り合いが危険に晒されているというのに、何の根拠もなしに不安要素を残されては堪ったものではない。

メルトは剣に再度力を込め、返答次第では何時でも剣を振り上げることが出来るように構えていたのだが。


「……少し静かにしていてもらえますか?」


返ってきたのは、男の囁きとさっき撃沈されたはずのバジリスクの鳴き声だった。


(……見えないほうが好都合ってことか)


今メルトが煙を吹き飛ばしてしまえば、動いているバジリスクの姿が周りの者達の目に入り大騒ぎになる。そして、今は目が見えないので魔力の大きいメルト達を狙っているバジリスクも、煙が晴れれば周りにいる人達を襲うかもしれない。


(周りが見えてないのは俺の方か……)


「……分かった」


メルトは仕方なく腕を脱力させ、剣を霧散させる。


「ええ、正しい判断ですよ」


男も小さく首肯すると一瞬だけ視線を合わせ直ぐに逸らす。

そして、その瞬間は直ぐに訪れた。


「……」

「……来ましたね」


親切に教えなかったのは別に悪意があったわけではない。

いや、少しはあったかもしれないが、この国の戦力を見定めるという正当な目的があってこそだ。


(……前か)


刹那、バジリスクの巨体が砂塵を裂いて出現する。方角は予想の通り前方。この出方的に狙われているのは恐らくこの男の方だろう。見た目に反してその速度は素早く、視覚で認識してからでは到底間に合わない速度。

だが、その程度だ。


「押しつぶしなさい、リプリシア」


一瞬だった。


開かれたバジリスクの口が男の背中へ鋭利な歯を突き付けた瞬間、バジリスクの巨体が空中で静止する。

そしてあろうことか、突如静止したバジリスクの全身から大量の血が噴き出したかと思うと、一瞬にしてその巨体が弾け飛んだ。


「……おお、すげえな」


聞いたことが有る。追い詰められていた国々に数年前突如現れ、瞬く間に人類復興の希望となった者達。それぞれが国の守護神となり崩壊した世界で生きる人類の最終防壁(ガーディアン)とまで言われた五人の魔導器使い。


「お前が……軍神か……!」


考えてみれば前提からおかしかった。そもそもCレートの|世界中<ファリス>を倒さずに弱らせて捕獲するなど、その辺の一介の魔導器使いが出来る技ではない。

倒すだけならばそれなりの魔導器使いが四、五人程度いればそこまで難しいことではないが、捕獲は殺さず常に攻撃を受け続けるリスクを負わなければならないため、討伐よりも格段に難易度が上がる。

加えて、捕獲が成功したとしても、万が一街中で講師が壊され捕獲した世壊獣が暴れだしたとき、一瞬で制圧できるものが同行しなくては生徒たちに見学許可など下りるはずもない。


そして、そんな大役を担えるほどの強者など最初バジリスクを見たときは居なかった。


「おや、私を知って頂けているとは光栄ですね。メルト・エイセリス」

「っ、何故知って……!」

「それともこう呼んだ方が?『銀き災厄(しろきさいやく)』」

「……てめぇ」


不味い。一瞬で流れを持っていかれた。

どこで情報を手に入れたのかは知らないが、銀き災厄について相手が知っていると分かった以上、こちらから仕掛けることは出来なくなった。

メルトは呼吸を整えると、抜き身の剣を離す。


すると零れ落ちた闇色の剣は一瞬のうちに空気に溶けるように霧散する。マナの不足により剣の形を維持し続けられなくなったためだ。基本的に魔導器使い同士の間で武器を捨てるという行動が表す意味は一つだ。


「迷いなく剣を放棄しますか……」


相手に対して敵意がないことを証明する。


「ああ。今の俺じゃお前と敵対するにはリスクが高すぎる」

「ええ、殊勝な判断ですよ」


男はそう言うと自身の剣を()に仕舞い、小さく手を振り払う。


「何をしてんだ…・・?」


一見意味のない行動。しかしその意味をメルトは直ぐに知ることになる。


(……っ、砂塵が!)


視界を覆っていた砂煙が急速に晴れていく。

砂煙は世壊獣の攻撃による現象だと思っていたが、どうやら根本から間違っていたらしい。


(ちっ、完敗ってことか……)


認めたくはないが、初対面は完全敗北だ。

メルトは晴れていく砂煙を見ながら悠然と立つ男を睨みつける。


「ああ、それと……」


そんな中、男が突如口を開く。

メルトは未だ感じる敗北感を押し止め「何だ?」と尋ねると。


「自分の名前はリュミノイール・エディーネアと言います。これから色々(・・)と関わる機会も増えると思いますがよろしくお願いします」


手を差し出した。


(ちっ、最後まで食えねえ奴だ……)


リュミノイールはさりげなく色々、と言った。恐らくメルトが何をするのかも多少なりとも推測が出来ているのだろう。鬱陶しい限りだ。

それでも、この場で握手を返さないで不興を買う、なんてことは当然せず、メルトも手を握り返す。


晴れた視界の端には興味がないのか民家の壁に背中を預けているイスフィエール。

見た所、服に埃は付いているが傷はない。どうやら戦闘には巻き込まれなかったらしい。


反対側の道には床にぺたりと座り込むシャルエットと、その肩を支える二人の女子生徒。

最初、シャルエットは悲鳴を上げていたので少し心配していたが、こちらも特に目立った傷はなく、ただシャルエットが腰を抜かしただけ。


「はぁ、これで任務完了か……?」


一応ほとんど面識のない他の生徒も見渡してみるがやはり目立った外傷のある者はいない。今回は完遂と言っても良いだろう。

とはいえ、メルトの心に安堵はなかった。


(これは、取引ミスったかな……)


今回の世壊獣の脱走。かなり危なかった。恐らくリュミノイールが居なければ死者が出ている可能性も十二分にあっただろう。


(はあ、まぁ、今考えてもしょうがねえか……)


メルトは先行きの悪い任務に僅かな頭痛を覚えつつその場を後にした。







「緊急だ、通してくれ!!」


同時刻。まだ昼間にも拘らず薄暗い部屋に一人の男が駆け込んできた。

男の身体は酷い状態だった。肌には無数の切り傷や痣、火傷。とても普通に暮らしていて負うような傷の量ではない。


「おやおや、どうしたんだ?そんなに急いで…・・」


そんな傷だらけの男に声をかけたのは長いぼさぼさの白髪を伸ばした妙齢の男。

研究者だろうか、部屋の壁には様々な本がきれいに収納されており、中央の机には実験道具のようなものが無作為に置かれている。

傷だらけの男は白髪の男の声を聴くと、その場で膝をつく。


「申し訳ありません。昨夜、調査対象(ターゲット)を監視中、調査対象に見つかり、私以外の四名が死亡……」

「ふむ、交戦したか?」

「はい。一度は致命傷も与えました。ですが……」

「もういい。それで、魔導器の回収は?」

「は、はい。命じられた通り幻魔器は回収。汎用魔導器三個は未回収です」


そう言って男は右腕に装着されている闇色の腕輪を外し白髪の男の机に置く。

男の腕は僅かに震えているように見える。

白髪の男は置かれた腕輪を数秒の間まじまじと眺めると。


「理解した。報告ご苦労だった」


と、告げた。


すると、その言葉に男は勢いよく立ち上がる。


「な、なら俺の妻は……!!」


「ああ、解放しよう。看守に話を通しておくから鍵を受け取るといい。それと……」


白髪の男はおもむろに近くにあった机の引き出しを探すと一つの小さな試験管のようなものを手渡した。


「その酷い姿では奥さんに顔向けが出来ないだろう。傷薬でも飲んで傷を治してから行くといい」

「あ、ありがとうございます!!」


白髪の男が見せた初めての笑みに、傷だらけの男はほとんど直角と言ってもいいほど深く頭を下げる。

余程嬉しかったのだろう、顔には笑みがこぼれている。

そして、男はそのまま白髪の男に何度も感謝の言葉を繰り返しながら、部屋を後にしていった。


「ありがとう、か……」


静寂が訪れた部屋で、白髪の男は先ほど言われた言葉を反芻するように呟く。


「ふくっ、くくくっ……」


感謝の言葉など、言われたのは何時振りだっただろうか。

あの男の嬉しそうな顔に言葉。

何度思い出しても思わず笑ってしまう。


やがて、一頻り笑い終えた男は机の上に置かれた腕輪を手に取る。

男が持ち帰ってきた唯一の幻魔器にして、未だ十全に扱える者のいない暴れ馬。


「やはり、あの男程度ではサンプルにすらならんか」


マナの履歴を見ても使用された能力は一つだけ。


「どうせ死ぬのならば、少しくらい研究に役立ってから死んでほしいものだな」


とはいえ、計画に支障はない。

提供者(・・・)は既にターゲット殺害の準備を始めている。

どうころんでも勝ちの目しか見えない。


「くくっ、どう動く……」


机の上に不安定に積まれた紙が一枚、半円を描くように落下する。

その紙の最上部には整えられた字で『人造世壊計画』と記されていた。







「それで、用って何だ?」


「もうすぐ着く。黙って付いて来い」


学園の一角、豪華なカーペットの上を二人の少年少女が歩いていく。

目つきの悪い黒髪の男が話しかけるも、青い長髪を不機嫌そうに揺らす少女は視線すら向けない。

カーペットは基本的に学園の全体に敷かれている。足音を緩和するためだ。

だが、その中でも女子寮のカーペットは別格だ。

この学園の生徒にはお嬢様が多いという理由もあるのだろうが、それにしたって柔らかすぎる。初めて歩いた時は思わず感触を確かめてしまったものだ。

これで、前に居る少女が自分に好意を向けてくれている少女だったらもっと最高だったのだが。


「なあ、どこまで行くんだ?」

「もう直ぐだ」


二人は最低限の会話を終えると階段を上がって右折する。

時折すれ違う女子生徒が二人を見て付き合っているとでも思ったのかきゃあきゃあと騒ぎ立て、自然に道が開いていく。

歩きやすいは歩きやすいが非常に歩きづらい。

メルトがそんなことを考えていると、突然前を歩いていたイスフィエールが停止する。

見ると扉の脇には207と書かれている。


「話をするならここが一番いいだろう。入れ」


イスフィエールは着いてからも吐き捨てるように最低限の事だけを話すと、さっさと扉を開き入っていってしまう。

メルトも急いで後を追うと、数歩歩いたころで視界が突如鮮明になる。


そして、目を疑った。


「ここは……お前の部屋か?」

「そうだよ。何だ、私の部屋は不服か?」

「いや、そんなことはないが……」


視界に飛び込んできた部屋はとても年頃の少女の部屋とは思えなかった。

見る限り置かれている家具は元から備え付けられているらしいベッドとクローゼットのみ。備え付けのキッチンはあるものの使用された形跡はなく、食器の一つでさえもない。

これはまるで……


「いつ居られなくなっても構わない部屋のよう、か?」


「……」


機先を制されメルトは口ごもる。

この世界では、死亡者は後を絶たない。正確な数は誰も分からないが、毎日数千数万もの人々が外界でその命を終える。

登録所には行方不明者捜索の依頼もあるが、ほとんどは途中で遺品捜索(・・・・)へと切り替わる。

それでも、遺品が戻って来るならまだいい方で、中には存在していたという事実すら忘却されてしまう者もいる。

だからこそ、この世界に生きる者たちは皆何かしらこの世界で自分が生きた証を残そうとする。それが、忘れられたくないという人間の本能であり、この世界への唯一の抵抗だからだ。

だが、そうでない者もいる。


「お前、死ぬつもりなのか?」


「……さあな。だが、それも悪くはない」


曖昧な返答は別にどちらでも構わないという事なのか、イスフィエールの言葉には一切の抑揚が無く、嫌悪感もない。

心の底からそう思っているのだろう。

まるで、全てを諦めた奴隷のよう。

哀れで、みっともなくて、気持ちが悪い。


「……それで、俺を呼んだ要件は何だ?」


メルトは頭をひりつく自分でも気づかない程の苛立ちに、思わず話題を変えてしまう。


「……ん、ああ、貴様を呼んだ理由だったか」


これには、イスフィエールも一瞬驚いたような顔をするが、特にあれ以上話すこともなかったのか、特に引っかかることもなく話題転換に乗っかる。


また罵倒の言葉が飛んでくるのではないかとひやひやしたが、どうやら虎の尾を踏まずに済んだらしい。


「何か用が有るから俺を呼んだんだろ?」


「用……うん、そうだな。それなら―――」


イスフィエールが言葉を切る。そして、一瞬の静寂の後。彼女の口から発せられた言葉はメルトの予想を外れるものだった。


「―――父の……私の父、オルガニス・アルサリアの最後の言葉を教えてくれないか?」



――――――イスフィエールの父が残した最後の言葉とは・・・・・・


――――――二人関係は如何に・・・・・・


少々諸事情が重なり相当な期間が空いてしまいました。

まだ、もう一つの方は休載していますが、そちらも順次再開していきたいと思うのでよろしくお願いします。

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