発展した世界
「貴様も聞いたか?昨日近くの森で世壊獣の襲撃があったらしい」
「……ああ」
(それ、やったの俺だしな……)
今朝になって分かったことだが、どうも昨日はやりすぎてしまったらしい。
記憶がおぼろげなのは何時もの事だが、まさかイスフィエールの耳に入る程派手に戦っていたとは。
と、いうかその前に。
「何で俺はお前と普通に話してんだ?」
今は授業前の教室。まだ人の数は少ないとはいえ数人は居る。
遠目に見なくとも今の二人は明らかに友達に見えるだろう。
「何だ、こんな美少女と話せて嬉しくないのか?」
イスフィエールもメルトの言葉の真意を察したのか、ふっと笑いながらポニーテールを揺らす。
「はっ。美少女ね……」
均整に整った顔立ちに切れ長の目。時折揺れる青いポニーテール。
身体は控えめだが、身長の低さもあってかまるでおとぎ話に出てくる妖精の様にさえ見える。
確かに一般的に見れば美少女の部類に入るだろう。
「でも、性格があれじゃあな……」
「ん、何か言ったか?」
「……いや、何も」
危なかった。うっかり聞こえていたらまた面倒くさいことになっていただろう。
ただでさえ絶対に殺すと宣告されているのだ。これ以上イスフィエールの機嫌を損ねるのは不味い。
メルトは取り敢えず話を軌道修正しようと口を開く。
「それで、本当は……?」
「ふん。別に……ただ、全てを決めつけて殺していたんじゃ貴様と同じになる。それが嫌なだけだ」
「……そうか」
どうやら意外とまともな理由らしい。
本当かどうかは分からないが一先ず今突然切りかかられるという事はないとみていいだろう。
メルトが一人でそんなことを考えていると、唐突に重低音のチャイムが鳴り響く。
授業開始の合図だ。気づかないうちに結構な時間が経っていたらしい。
「ん、もう始まるのか」
イスフィエールもその音で気づいたのか、体を反転させ教卓へと視線を向ける。
彼女の席はそこではなかったはずだが、もしかして自由席なのだろうか。
取り敢えず後から聞いてみるかと、メルトも意識を教卓へ向ける。見ると既に教壇には担任の女性教師が立っている。普段ならこれで担任の教師の話へと意識を持っていくのだが。
「そういえば、あの人の名前知らねえな」
何故か今日は妙に変な方へ気が散る。何か忘れているような。
「まあ、良いか」
いや、恐らく気が緩んでいるだけだろう。
メルトは緩んだ意識を締めなおすと、再度担任の教師の方へ意識を向けた。
「この中で、世壊獣の生態を知っている者はいるか?」
唐突に発せられた問いに対し、上がった手は三つ。メルトにイスフィエール、それに。
「おや、意外だな。君も知っているのか」
「は、はい」
メルトのもう一人の知り合い、シャルエットだった。
「それでは、シャルエット。今の世壊獣のレート分けを答えてみろ」
「あっ、は、はい。えと……世壊獣のレートは下からG,F,E,D,C,B,A,S,SS,SSSの10段階に分けられています」
「よろしい。ならば、人類が討伐することが出来た最高レートはいくつだ?」
「え、SSレート……です」
おどおどとした口調。しかし、口調とは裏腹にしっかりと勉強しているらしく、答えに迷いは見られない。
「うむ、予習を怠ってはいないようだな。それでは次、イスフィエール」
「ん、ああ」
次いで呼ばれたイスフィエールが顔を上げる。
どうやらあまり目上に対する礼儀は学んでいないらしい。
もっとも担任の女教師(シャルエット曰くレメネットという名前らしい)も気にしている様子はなかったが。
「現在確認されているSSSレートの数はいくつだ?」
SSSレート。現在全ての国が力を合わせても討伐不可能と言われている世壊獣が分類されるレートであり、10年前に初めて確認されてから急速に増え始めている世壊獣だ。
「10」
「正解だ。それでは、SSSレートの定義は?」
「単体で一つ以上の国家を滅ぼしたこと」
「よろしい。なら最後に、今現在確認されているSSSレート世壊獣の識別名と系統は?」
「……」
一瞬イスフィエールが沈黙する。そして、少し面倒くさいと思ったのか小さくため息をつくと、自分の手元に映っているモニターの画面を拡大し上に送る。
そこに表示されていたのは巨大な地図だった。
「へえ、凄いな」
この世界で地図を作るというのは大変なことだ。
外を出歩けば世壊獣に襲われ、世界の果てさえ分かっていない。
未開拓領域を抜いたとはいえ、国と国との距離や方角が書かれているこの地図が有れば物資輸送の際の効率なども大幅に上がるだろう。
唯一つ、不確定要素のない限りは。
「壊域、ね……」
地図上に十ヶ所、不自然に円形に黒く塗りつぶされた場所がある。
それはSSSレートが行動をする範囲であり、人類が絶対に踏み入ってはいけない禁忌領域。
全ての魔導器使いが生き残るために必ず覚えなければならない場所だ。
「……少し長くなるが、国別に挙げていくぞ」
そう言ってイスフィエールは地図の一点を指さす。確かあの場所は。
「まず私たちの国、リファルエット王国近郊の二体。一体目は悪魔型。確かこいつは比較的新しく奴だ。識別名はリリス……」
教室がざわめく。反応から見てもこの世壊獣は相当有名らしい。
もっとも、SSSレートなど出現しただけで世界中のニュースになるような存在なので皆が騒ぐのも無理ないのかもしれないが。
どうやらイスフィエールもこの反応は薄々分かっていたようで少しだけ騒がしさが収まるのを待ってから次の円を指さす。
「二体目も悪魔型。こいつは確か一番新しい奴だ。識別名はヴァンパイア……」
再び教室がざわめく。だが、今度は気にすることなく次の円を指す。
そこは、リファルエット近郊からは少し離れた森の中。
「次に、エリュシオニア共和国近郊の二体。一体目は天使型。確か二番目に古い奴だ。識別名はシャナ……」
再度教室がざわめく。が、もう慣れたのかイスフィエールは気にせず次を指す。
「二体目は竜型。識別名はリンドヴルム。こいつは……」
「いや、もういい」
だが、イスフィエールが言い終えるよりも早く、レメネットによる静止が入った。
見るとそこにはいつの間に入ってきたのか、もう一人の教職員であろう人物がレメネットへ頭を下げている。
何かあったのかとクラスのざわめきが大きくなるが、レメネットの口から発せられたのは衝撃的な一言だった。
「話の途中で悪いが、たった今連絡が入った。君達は運が良い。今から本物の世壊獣を見れるかもしれないぞ……」
「本当にこんな所に居るのか?」
「ああ」
「でも……」
メルトは一瞬口を噤む。レメネットの確信を得た表情と生徒達の期待の視線に、先を言うのが躊躇われたからだ。
だが、言わない訳にもいくまい。覚悟を決めてゆっくりと口を開く。
「ここ、街中だぞ……?」
見渡す限りの煉瓦造りの建物。賑わっている人々。飛び交う交渉の声音。
そう、ここはリファルエット聖学園から歩いて30分程の商店街だった。
確かに外壁には近いが、幾ら何でもこんな所には。
「いや、ここで合っているはずだ。ほら、そこを……」
そう言ってレメネットが指し示す場所には一つの巨大な門。
この都市に四箇所ある外界への出入口の内の一つだ。
(まさか、捕縛したのか!?いや、でも捕縛は不可能だったはず……)
メルトも囚われる前には、捕縛する事が可能か聞いてみた事があるが、誰に聞いても答えは一緒だった。
(確か、一時的な捕縛は可能だが、世壊獣の抵抗に耐えうる檻を作るための素材が無く、完全に捕縛する事は不可能……だったか)
現在発見されている金属の中で最も硬い金属は武具の素材などで使われるオルニウム鉱石、通称オルニウム。
確かにこれは低級の世壊獣の攻撃程度ならば半永久的に耐えることが可能だ。
だが、この金属は魔核に伴う能力による生成のため、永久的に現界させる事が不可能だという結論に至った。
そうなるとやはり他の物質が手に入ったのか。
メルトが半信半疑の目を向けていると、その直後。数十メートルはある巨大な門が開き、城下町に奇怪な鳴き声が響き渡った
「はっ、まじかよ……!!」
予想外だった。幾ら今の技術が進歩しているとはいえ精々GレートかFレート程度だと思っていた。
だが、この叫び声から感じる威圧感、明らかに最初の任務でメルトが戦った世壊獣よりも格上。それもFレートやEレートではない。
Dレート、下手をすればCレートの可能性すらある。
有り得ない。何をすればつい数年前までGレートの捕縛すら困難だった人類が、たった数年間でCレートを捕縛できるようになるのか。
しかし、どうやらその答えは直ぐに得ることが出来そうだった。
「あ、お、おお大きい、ね……?」
「ふん、これはまた無駄にでかい物を……」
メルトの左右に立っている二人、イスフィエールとシャルエットが思い思いの声を上げる。
とはいえ、今回ばかりは無理もないだろう。何せ、見えた異形の姿は。
「トカゲ……か……?」
巨大な黒色の鱗に少し飛び出した目玉をギョロギョロト動かす、全長十メートル以上はあろうかという大トカゲの様な姿だったのだから。
「ほう、Cレートのバジリスクか。これはまた……」
レメネットが興味深そうに語る。本当はこの人が見に来たかっただけなのではないだろうか。
「「「……」」」
生徒達は未だ気味悪がって近寄ることが出来ない。
それもそうだろう。リファルエットの生徒たちは皆、少し前まで世壊獣のことなど存在しているという情報しか知らなかったのだ。
おまけに檻の中にいる世壊獣、バジリスクは自分を拘束する格子へ何度も激しい音を立てながら体当たりをし続けている。
「ああ、そういう仕組みか……」
Cレートを拘束する檻などどんな仕組みで作られているのかと思ったが、よく見ると檻の八つの角全てに小さな宝石のようなものが付いている。
(魔核か。豪勢なことで……)
あの大きさなら恐らく角に付いている一つだけで汎用魔導器を一つ作ることが出来るだろう。魔核自体は申請すれば討伐任務で討伐した世壊獣の魔核を報奨金と引き換えに入手することは出来るが、魔導器を作るにはそれを複数集めて加工しなければならない。
Aレート以上だとまた話は変わってくるのだが、自分用の汎用魔導器を作るのは生徒たちが卒業するまでの第一目標だったりするらしい。
「貴様はあれと戦うことになったら勝てるのか?」
そんなメルトの思考を遮って発せられたのはいつの間にか横に並び立っていたイスフィエール。純粋な興味からか、それともメルトの力を図る為か、真意は分からなかったが、どちらにせよその程度の問いすら沈黙を貫くほど捻くれてはいない。
「ああ」
僅かな沈黙の後、短く一言だけ答えると小さく首肯する。
「そうか……」
恐らく薄々は気づいていたのだろう。その答えにも別段動揺する様子もなく、イスフィエールは視線を檻の方へ戻す。
メルトも、続くように視線を戻し。
――――――ビシッ!!
八つの内の一つに罅が入り始めていることに、気付いた。
「ッ、避けろっ!!」
それは反射的なものだったのだろう。
次の瞬間。金属が破砕するような不吉な音と共に、生徒達の興味など一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの衝撃波が辺り一帯を駆け抜けた。
「きゃあっ……!」
後方で悲鳴が上がる。
今の声はシャルエットだろう、余裕があれば助けたかったが、今のメルトにそれを気にしている余裕はなかった。
「おいおい、やっぱり強度足りてねぇじゃねぇか……!」
巨大な二対の瞳がメルトを見下ろす。
二者の間隔は数メートル、どちらかが動けば直ぐにでも戦闘が始まるだろう。
(ちっ、流石にここで戦闘は不味いか……)
視界は砂嵐で不良。
おまけに後ろでは恐らくクラスメイト達がまだ状況を把握できずうろたえているだろう。
ニーズヘッグを使えば負けることはないだろうが、ここでやるにはリスクが高すぎる。
「仕方ねえ……」
出来る限り目立つことはしたくなかったのだが、こうなってはそうも言っていられない。
仕方なく、メルトは「目覚めろ……」と呟き、もう一つの魔導器を展開しようと試みるが。
「……その必要はありません」
メルトが展開し終えるよりも早く、突如頭上に現れた何者かの一撃がバジリスクを再度地面に叩き伏せた。
突如現れた乱入者。果たして敵か、味方か・・・・・・
毎回書いている気がしますがかなり久しぶりの投稿となってしまいました。
そして、恐らくもうしばらくこのペースが続くかと思います。
少し先になるとは思いますが、次回の更新もこちらの作品なのでぜひ楽しんでいただければ幸いです。