暴走
かなり久しぶりの更新となってしまいました。
これから、しばらくの間も恐らく同じくらいの頻度になってしまうと思いますが時折見に来て下さるとうれしいです
「……どうしてお前がその名前を?」
メルトの表情が変わる。
イスフィエールにとってそれは、初めて見るメルトの表情。今までとは違う、羨望と恐怖の入り混じった顔。
思わずイスフィエールは「そいつなら……」と口を開きかけるが。
――――――ゴーン……ゴーン
突然鳴り響いた鐘の音に遮られた。
「……ん、もう六時か」
イスフィエールは思いがけず長話をしていたことに気づき、静かに立ち上がり去っていく。
聞こえなかったメルトは去っていくイスフィエールの背中に構わず質問を投げかけるが。
「貴様に話してやるのはここまでだ。後は死に際にでも教えてやる」
返ってきたのは、完全なる拒絶だった。
「……そうか」
メルトはそれ以上追求しなかった。恐らくこれ以上聞いても彼女の性格からして答える事はないだろうし、そこまで答える義務もない。
だが何よりも、フィデスは今のエルネストを知るのが恐ろしかった。
一歩また一歩とイスフィエールは遠ざかっていく。メルトはその背中を少し寂しげな眼で眺めていた。
「お兄ちゃん。こっち!」
「ああ」
場内の一角。夥しい血と無数の死体で埋め尽くされた廊下を二人の少年と少女が走っていた。
「リュフィア、他の三人は?」
「アリアとルノお姉ちゃんは今王族の一人と交戦中。ユディスお姉ちゃんはちょうどいま王族の一人を倒したから次の目標に向かうって」
「そうか」
メルトは一回りほど小さい青髪の少女、リュフィアの報告に小さく首肯する。
苦戦しているのか予想より僅かに遅いが、助けに行く余裕も足を止めて思考する時間もない。
託されたものを無駄にしないために、この国の悪政に終止符を打つために。
「居たぞ、こっちだ!!」
途中。通路や部屋から数人の兵士が出てくるが。
「邪魔だ!」
瞬時に接敵し闇色の剣で、すれ違いざまに心臓を一閃。
二人は確実に目的の場所へと近づいていた。
「そこまでだっ!」
刹那。そんな二人の耳元に聞きなれた声が響いて来る。
「……ちっ、面倒な奴が来やがった」
メルトが小さく舌打ちをする。そこに立っていたのは今回の作戦の要注意人物だった。かなりの人員を割り当てていたはずだが、どうやら足りなかったらしい。
「これより先は王の間だ。戦うのならばこの騎士団長レギン・クロミティアが相手しよう」
レギンはそれだけ言い終えると、人の身長ほどもあろうかという巨大な剣と盾を構える。
重厚な鎧から漏れ出る殺意は空間を満たし、二人の戦意を刺激する。どうやら、避けることは出来なさそうだった。
「行けるか?リュフィア」
「うん、お兄ちゃん」
二人はそれぞれの魔導器である腕輪に手を掛ける。
騎士団長は現在の国を守るトップでありい、ここで自分たちが倒す。
考えは一致していた。
「目覚めろ、ニーズヘッグ!」
「目覚めて、サンダルフォン!」
刹那、この場全てを満たすほどの闇と冷気の奔流が溢れ出した。
「……夢か」
真っ暗な空。既に夜の帳が下りた真っ暗な空へ手を伸ばす。
寝転がっている屋根の板がギシッと軋み、同時にどこかで獣のような何かが鳴く。
だが、珍しく不思議と悪い気分ではなかった。
「死ぬ前の夢か。はっ、あいつに感化されたか……」
思わずふっ、と口元を緩めるメルト。
妹の夢など何年ぶりだろう。眠りが浅いのは変わらないが、不思議と悪い気はしなかった。
――――――五人か
しかし、そんなメルトの思考は既に、侵入者の気配を捉えていた。
基本的にメルトは殺意に敏感だが、どうやら起きてしまったのはこれのせいらしい。
「おい、そこにいる奴ら。出てこい」
「……」
メルトは久方ぶりに感じる突然起こされた不快感を押し止め、暗闇に支配されている森へと視線を向ける。
すると、森の中から数人の男が姿を現した。
数は4。
恐らく何かあった時に一人だけでも報告に帰ることが出来るように隠しているのだろうが、当然見逃すつもりも生かして返すつもりもない。
「良く気づいたな。悪いが……」
「全員出て来いって言ってんのが聞こえなかったのか?」
「……」
男が無言で片手を上げる。同時に、茂みの中から更に一人の男が姿を現した。
「先に聞いておく。お前ら、誰の刺客だ?あのクソ貴族の奴か?」
「答える義務はない」
「はっ、それはそうか」
メルトは未だ眉一つ動かさない男たちに小さく愉快そうな笑い声をあげると、闇色の剣を出現させる。
「なら、同類として幾つかアドバイスをしてやるよ」
「……やれ」
中心にいる男の合図で残りの四人が動き出す。
それぞれが汎用型の魔導器。
武器も様々で1人相手にも油断せず確実に仕留めるため包囲陣。相当に熟練したものたちなのだろう。
だが、彼らは暗殺者として最も大切な能力を持っていなかった。
――――――こいつらは……違うな。
「……何っ?」
先頭の男が振るった剣がメルトに届くかと思われた瞬間。既に男の胸には闇色の剣が突き刺さっていた。
「まず一つ。引き際を誤ると……死ぬぞ」
それは、誰に向けた言葉だったのか。メルトは僅かな停滞もなくその剣を引き抜くと、倒れる男を一瞥すらせず横にいる男に向け走り出す。
「……っ!」
男も一瞬遅れて剣を構えるが、それはあまりに遅い。
男が武器を構えるより早くメルトの剣閃が迸り右腕、胴体と続けて切り飛ばす。
「なっ……」
暗闇であることも重なり視認が困難の程の速さに、男たちの間に動揺が広がる。
そしてそれは、メルトに対してあまりに致命的過ぎた。
「二つ。敵を前に動揺するな……」
再度メルトの姿が瞬き、一瞬後。左方で一歩後ずさりした男の身体が両断される。
同時に、ようやく反応したもう一人が連続して三射、弓矢を放つもメルトは即座に振り返り全てを軽々と切り払う、はずだったのだが。
「……っ、何だ?」
――――――足が……動かない?
まるで、動こうとする足を何者かに掴まれているような感覚。
少し強く引っ張ってみてもピクリともしない。
そしてそれは、迫る弓矢を躱すことが出来なくなったことも示していた。
「ちっ、これはやべっ……!」
メルトは久し振りに感じる危機に、剣を全力で振るう。
だが、撃ち落とせたのは先頭を飛翔する一射のみ。
残る二射は止められることなく飛翔し、一つはメルトの頬を掠め、もう一つはメルトの左胸に深々と突き刺さった。
「ここは……何処だ?」
ふと目を覚ますと、そこには誰も居なかった。
見渡す限り何処までも広がる闇、どれだけ進んでみても、どれだけ跳んでみても変わらない永遠に晴れることのない闇。
平衡感覚は愚か上下感覚さえなくなってしまいそうだ。
「俺は確か……」
――――――矢に貫かれて死んだ
メルトは胸に残る僅かな感触を握り締め、自分の状態を理解する。
――――――またか……また……
「まだ、死ねないのか……」
それは、本心からの言葉だったのか。
死にたいという訳ではない。
目的はあの時からずっと4人の復讐だ。
だが、いつも……ここに来るたび呟いてしまうのだ。どうして、自分もあの時殺してくれなかったのか、と。
――――――バキャッ!
真っ暗な空間に亀裂が入り始める。徐々に広がっていく亀裂は、数秒もしないうちにメルトを呑み込み周りの景色を一変させる。
「くっ……ああ……またか……」
見渡すと、そこは城の中だった。床には夥しい量の血や無数の死体が転がっており、その上で嬉しそうな顔の人々が涙を流しながら喜んでいる。一見すると異常な光景だが、戦争などではよく見る光景だろう。中心では一人の少年と四人の少女が楽しそうに抱き合い談笑している。
「あ……ああ……もういい……もう……止めてくれ……」
しかし、喜ばしい光景だというのにメルトは小さく蹲り見たくないとでも言うように目を背ける。
その間にも時間は進み、男たちと楽しく談笑している妹達の元へ少年が歩いていく。
ありふれている一つの結末。
そして、少女たちが何者かに拘束された。
「ああ……待って……止めろ……止めてくれ……」
メルトの声が大きくなっていく。
まるでこの先に何が起きるのかを分かっているかのように。
「――――――!!」
少年が何かを呟くもメルトの耳には聞こえない。
恐らく映像のようなものなのだろう。
必至に何かに抗っているように見えるが、一撃目で両足を断たれ、拘束された少年は動くことも出来ない。
「待て……分かった……分かったから……もう……!」
メルトは最早祈りにさえ見える言葉になっていない言葉を呟きながら、足取りを早める。
そして、伸ばされた手が少年たちの元へと届く刹那、瞳に映る少年の心臓が背後から迫った刃によって貫かれ。
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
拘束されていた少女たちの身体が一斉に地へと堕とされた。
「……」
終わった。リーダー格の男はそう確信してか剣を虚空に溶かす。同時に、メルトの足から暗闇では殆ど見えないであろう程の影の腕のようなものが引いていく。
恐らく、これがメルトの足を地面に張り付かせていた物の正体なのだろう。
一瞬後、メルトの身体が支えを失ったように崩れ落ちる。
握る力を失った手からは闇色の剣が零れ落ち静かな衝撃音が静寂の大地に響く。
「……確認する」
リーダー格の男はそう呟くと唯一残っている男に視線を送り静かにメルトの方へと歩いていく。そして、倒れているメルトの身体を裏返し小さく穴の開いた左胸に手を伸ばしたところで。
「隊長。連絡です」
もう一人の男の声によって手遮られた。
「内容は?」
「『時間だ。撤退しろ』と」
「……分かった。帰還する」
どうやら、時間らしい。隊長格の男はその言葉を聞くや否や後方の男に視線で合図を送り、伸ばした手を引いて立ち上がると、森の中へ走り出す。
「……避けろっ!!」
自分たちの持つ矮小な力などとは次元が違う、本当の『力』が全てを吹き飛ばすまで。
「……何っ!間に合わな……!!」
余りに突然の衝撃。二人はそれぞれ、射程外へ逃れようとそれぞれ剣と弓を出現させ左右へと飛び退く。
だが一瞬の後、二人の身体は背後に聳える巨木に叩きつけられていた。
「な……にを……っ!!」
男は何が起こったのか分からず、肺に残った空気を少量の血と共に吐き出す。
幸いにも臓器に損傷はない。
隊長格の男は一先ず状況を把握しようと衝撃の発生場所へと視線を向けて、理解した。
国がこんな年端もいかぬ子供を暗殺対象に指定した意味を。
まだ15歳の少年が『銀き災厄』と呼ばれる理由を。
「イカれてる……こんなものが……」
存在していいはずがない。
夜の闇の中でもはっきりと見えるほどの闇。
男は自分の喉元まで迫る死の感覚に身体を僅かに竦ませる。
「ああ……死んだ……あいつはもう……違う……」
――――――何だ?
死を覚悟した男だったがどうも様子がおかしい。
一撃の破壊力は最初とは比べ物にならないほど上がっているが、どういう訳かその場で頭を抱えうわごとを呟いている。まるで何かに抗っているかのように。
「……逃げるなら今か」
唯一生き残れる可能性があるとしたら今だろう。
男は寄りかかっていた木から立ち上がると背後に広がる森へと走り出す。
そこは、未だ人類が掌握出来ておらず世壊獣が出現する未開拓領域だが、目の前にいる化け物と戦うよりはましだろうと男は脇目もふらず走り出す。
だが、直ぐに気づくことになった。初めから生き残ることのできる可能性などなかった、と。
「俺が……俺が……守るんだ……リュフィアを……アリアを、ルノを、ユディスを……邪魔する奴は……全部、全部全部全部全部全部全部……殺すっ!!」
(……不味い!!剣をっ!)
きっと長年の勘のようなものだったのだろう。男が咄嗟に剣を構えることが出来たのは。
間一髪、命を繋ぎとめることが出来たのは。
「切り裂け、憎悪は暗く憎悪は醜く!!」
刹那、メルトの姿が背後に現れ剣を振り下ろす。
男も背後へと振り返り受け止めるも、そもそもの次元が違い過ぎた。
「ぐっ、うっ、がああぁぁぁぁぁ……!」
競り合った剣は拮抗することさえ許さず一瞬で男を吹き飛ばす。
剣が折れなかったのは男の魔導器が汎用型ではなかったからだろう。
「うぐっ、ぐがっ!!」
男の身体が吹き飛ぶ。
凄まじい威力で吹き飛んだ男の身体は一瞬のうちに十数もの木をなぎ倒し森の中を突き進む。
そして、一つの巨大な大木に衝突し止められた。
「まだだ……まだ……」
全身が痛む。横たわった身体を動かそうとしても最早全身の骨が折れているであろう体は言う事を聞かず、僅かに身を捩らせることが出来るのみ。
それでも、這うように地面を進んでいた男だったが。数秒後。頬に冷たい感触が走った。
――――――はっ、初めから勝ち目はなかったって訳か。
男は身体を反転させ、剣を振り上げるメルトの顔を見る。
そして、最後を告げる風切り音を聞きながら、誰に告げるわけでもなく「くそったれ……」と呟いた。
「はは……やった……これで……またあいつ等を……」
守れた。その言葉がメルトの口から洩れることはなかった。
「ああ……そうだ……あいつ等は、死んだんだ……いや……違う……死んでない……!」
痛い。頭が割れてしまいそうだ。
メルトはうわごとのように何事かを呟き続け近くにあった木の幹へと手をつく。
「ちいっ!壊し足りない……がっ……あああっ……!!」
痛い。そこら辺にいるであろう世壊獣を壊して今すぐにでも楽になりたい。
メルトは襲い来る衝動に抗いゆっくりと引きずるように自分の小屋の方へと歩みを進める。
この辺りの木はどういう理由か分からないが十日もしないうちに再生する。
死体も直ぐに世壊獣が掃除をしてくれるだろう。
だが、メルトは失念していた。既にメルトは彼らの領域に入っていたという事を。
――――――カチッ……カチッ……
「……っ、マジかよ」
余りにタイミングが悪すぎる。まるで、意図的に何者かが誘導でもしたかのような。
メルトは酷くなる頭痛を抑えゆっくりと振り返る。
――――――キチッ……キチキチッ……
そこに居たのは、巨大な二本のはさみを携え気持ちの悪い六つの目をギョロギョロとまばらに動かす、メルトの二倍はあろうかという程の異形の存在だった。
「……ははっ」
その空笑いは果たして誰に向けられたものだったのか。呆れるほど運の悪い自分か。それとも、今の自分の前に出てきてしまった無知な世壊獣に対してか。
いずれにせよ、もうメルトに止めるすべはない。
――――――もういいか……
メルトは心の中で小さくそう呟くと、闇色の剣を構え囁きかけてくる衝動に身を預けた。
暴走するメルト。あの日には何があったのか・・・・・・・
前書きでも書きましたがかなり久しぶりの更新となってしまいました。
少々事情が重なっておりこれからしばらくの間も同じ程度の更新頻度になると思いますが、時折見に来て下さるとうれしいです。
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