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世界を壊した獣


「本当にこんなGレートの討伐依頼でよかったのか?」


城下町の門を抜けた先。メルトとイスフィエールの二人は森林の中を駆けていた。

イスフィエールは少し不満そうな顔で依頼内容の確認画面を見ている。金がないと言っていたメルトがもっと上のレートの討伐依頼を受けないのが不思議なのだろう。


「ああ、これをこなせば一週間くらいは食えるだろうからな。それに……」


メルトは右手を強く握りしめる。どうも、さっきから調子が悪い。

目立つ傷はあらかた直したはずだが、痺れる様な感覚からして恐らくイスフィエールの能力がまだ残っているのだろう。


(相変わらず厄介な能力だ……)


「ん、どうした。メルト・エイセリス」

「いや、どういう風の吹き回しかと思ってな」

「どういう意味だ?」

「依頼。まさか無償で手伝うなんて言い出すとはな」

「ふん。別に貴様のためじゃない。お金は別に困っていないし、一刻も早く話を聞くために取るべき手段がお前の依頼を手伝う事だった。それだけだ」

「そうか……」


二人は僅かな会話を交わし、鬱蒼とした森の中を駆けていく。

今のところ世壊獣とは一度も会っていない。普段はどんな任務であれ討伐対象とは別に2、3体は遭遇するのだが、今日は運が良いらしい。

やがて、討伐対象出現予測地点が近づくとイスフィエールは唐突に停止した。


「おい、メルト・エイセリス。あそこだ」


イスフィエールが指さした先にいるのは二人に背を向けて立っている3メートル程の巨大な猿型の世壊獣。名前は確か。


「あれが、フィンエイプか」


メルトは久しぶりに見る世壊獣の姿に改めて自分が牢獄から出てきたことを実感する。


「どうするんだ。私がやってもいいなら、勝手に行くが……」


イスフィエールは既に氷の剣を召喚しており、今にも飛び出していきそうだ。


「いや、俺がやる。お前は周りを見張っていてくれ」


だが、今回のメルトの目的は鈍った身体のリハビリと世壊獣との戦い方の確認だ。

高いレートの世壊獣と戦って貴族の思惑に乗りたくなかったというのも多少はあるが大体は前者だ。


「分かった。でも、あんまり時間をかけるようなら私が倒すからな」

「ああ」


イスフィエールはそう言うと剣を消失させる。恐らく必要がないと判断したのだろう。

見張りが剣を持たないのもどうかと思うが周りに世壊獣の気配はないから大丈夫かとフィデスは視線を未だ背中を向けているフィンエイプへと向ける。


「行くぞ!目覚めろ、ニーズヘッグ」


そして、メルトは今日二度目の闇色の剣を召喚した。

同時に、ようやく二人の気配に気づいたフィンエイプは奇妙な鳴き声を上げ、メルトに一直線に突撃してくる。


「イスフィエール、どいて……っ」


フィンエイプの予想外の速さにメルトは注意を促そうとするが。


(はっ、流石だな)


もうその場に、イスフィエールの姿はなかった。


――――――ギィアアァァァァァ!


フィンエイプはもうすぐそこまで迫っている。

数十メートルあった距離を今の3秒ほどで詰めてきたのだから大したものだろう。Gレートの中では、だが。


「先ずは一つ、だ」


刹那。フィンエイプの左腕が吹き飛んだ。


(ふん、早いな)


その様子を陰から見ていたイスフィエールは小さく嘆息を漏らす。

今の一撃。イスフィエールに放った時よりさらに早く、鋭かった。

やはり、あの試合では手加減をしていたらしい。


(やっぱり、あの程度の奴じゃあいつの力を図ることさえできないか)


イスフィエールは急激に興味を失ったように視線を外した。


「おいおい、どうした。世界を壊した獣が、その程度か!」


同時刻、討伐対象のフィンエイプと対峙しているメルトは一方的な戦闘を繰り広げていた。

幾度も振り下ろされる腕を、最小限の動きで躱し、フィンエイプの部位に深々と剣を突き立てる。


「はっ、意外に体力あるじゃねえか。だが……」


もうそろそろ限界だろう。

さっきから徐々にフィンエイプの動きが鈍り、ふらつくような動作が見て取れる。

とはいえ、メルトはこのフィンエイプに17回も剣を刺したのだ、よく耐えた方だろう。

(もうそろそろ潮時か)

これ以上無意味に戦闘を続けていると血の匂いを嗅ぎつけた他の世壊獣が集まってきてしまう恐れがある。

メルトとしては討伐した数によって追加報酬も出るのでそれでも構わないのだが、今はイスフィエールもいる。撤退するのがベストだろう。


――――――ギィアアァァァァァ!


丁度フィンエイプも最後も抵抗とでも言うようにこちらへ突撃してきた。

既に満身創痍なその体は放っておいても時期に死ぬだろうが、依頼の完了を報告するには討伐証明として世壊獣の心臓であり、天聖器や幻魔器など魔導器を創り出すための原料となる魔核を持っていかなければいけない。

当然メルトもその事を分かっているため、突撃してきたフィンエイプの攻撃を体を捻って躱すと、魔核のある胸部中央に向かって深々と剣を突き刺した。






「貴様、魔核を砕いたことに言い訳はあるか?」


数分後。メルトの合図を受けて戻ってきたイスフィエールは合流早々不満を漏らしていた。


「魔核を砕けば報酬額が下がるんだぞ。あの程度の奴、貴様なら簡単に首を跳ね飛ばせただろう」


「別に、今回の目的は金だけじゃないからな」


メルトは世壊獣の体を剣で雑に解体しながら魔核の欠片を取り出す。

どうせ報酬は全て自分が貰う契約なのだから彼女には関係ないことの筈だが、どうも話し方からして嬲るように無駄に傷をつけたのが気に食わなかったらしい。


「お前、世壊獣も苦しませずに殺すべきだとでもいうのか?」

「はっ、生憎だが無関係な人間を2万7千人も殺せるような狂人とは違うからな」

「そうだな。俺も自分の国が大変な時にのんびり他の国で遊んでいたやつとは一緒にされたくねぇよ」

「……」

「……」


緊張した空気が二人の間を流れる。今にも武装を展開しそうだ。だが、偶然か遠くで聞こえた獣雄叫びのようなものが二人の沈黙を打ち砕いた。


「……取り敢えず、今はさっさと戻るべき、か。おい、お前も手伝えよ。何なら報酬も山分けで構わねえからよ」


恐らく今のは、世壊獣が仲間を呼んでいる合図だろう。もしかしたら、この死体の匂いがもうバレたのかもしれない。だが、返ってきたのは意外な答えだった。


「手伝い?ああ、別に構わないが……」


イスフィエールはゆっくりと立ち上がると。


「貴様を解体するのを手伝えばいいのか?」


メルトの首筋にピタリと剣を突き付けた。


「どういうつもりだ……?」


流石に剣を突き付けられた状態ではメルトも手を止めるしかない。とはいえ、黙って殺されるわけにはいかない。たとえ制約に違反することになってもそれは命あってのものだ。メルトはいざという時のためもうひとつ(・・・・・)の魔導器に手を掛ける。


「別に何らおかしなことはないだろう?私の目的は元々貴様を殺すことだ」


一方のイスフィエールも殺意を滾らせ氷の剣をメルトの首元へじわじわと近づける。


「俺を殺すのは良いが、その間に他の世壊獣が集まってきてお前も終わるぞ?」


そう、今は一刻も早く脱出しなければ世壊獣に囲まれてしまうかもしれない。

しかし、イスフィエールは剣を引くことは愚か、わずかな動揺さえすることはなった。


「はっ、それこそどうでもいい。私は貴様を殺せればそれでな」


「ああ、そうか……」


これはもう殺すしかない。メルトの頭を一瞬そんな言葉がよぎる。既に二人の間の緊張は限界まで高まっている。僅かにでもどちらかが挙動を見せれば即座にもてる全ての力を使って殺し合いを始めるだろう。


「……」


「……ふん、まぁ良い」


だが、その緊張状態はイスフィエールが剣を唐突に手元から消失させたことで解消された。


「どうした、殺し合う(やる)んじゃないのか?」

「私を貴様と一緒にするな。当然殺しはするが、場所くらいは選ぶ。それに……」


イスフィエールが武装を手放す。形を維持できなくなった氷の剣が溶けるように消えていく。


「殺す前に少しだけ貴様から事件の詳細を聞いておきたくなった。それだけだ」

「……」


(嘘はついていない、か)


話し方、呼吸からして今のは本音だろう。どうやら、一先ず最悪の事態は避けられたらしい。

メルトも警戒を解き途中だった魔核を取り出す作業に戻る。


「これで、大体は取れたか」


元々殆ど取り終わっていたのもあって、数秒もしないうちに魔核の殆どを取り出すことが出来た。同時に、今度は邪魔をしなかったイスフィエールが肩を叩く。


「終わったか?それなら、さっさと戻るぞ。もうすぐ近くに数体の世壊獣が近づいて来てる」


「ああ、分かった」


今度は作業をしている間も見張りをしてくれていたらしい。そういう所は義理堅いと言うべきなのか、気分屋と言うべきなのか。

まあどちらにせよ、もうすぐに去った方が良いらしい。

二人は、行きと違い一言も話すことなく全速力でその場を後にした。






「それで……何で食べ歩きなんだ?」


「仕方ないだろう。むぐむぐ……ごくっ。まだ夜ご飯の時間には早いんだから」


それから、しばらく経った後。二人は商店街を歩いていた。

時間は4時。

確かに夕飯の時間にはまだ少し早いが、イスフィエールの両手にはどこで買ったのか分からない焼き鳥のような物と、長太いサンドイッチのようなものが握られており、完全に楽しんでいるようにしか見えなくなっていた。


「今から話をすると思っていたんだが」


「もちろんするさ。だがその前に、腹ごしらえは必要だろう」


呆れるメルトを余所にイスフィエールは左手に持つ串に刺さった肉を頬張る。意外とおいしそうだ。


「いや、それなら後から合流すれば……んぐっ!」


しかし、なおも抵抗し続けるメルトの口に突如、巨大な何かが放り込まれた。


「ん、これは……?」


ふわふわのパンにしっかり味のついた野菜と肉。仄かに香る調味料。そしてこの太さと長さ。間違いない。イスフィエールの持っていたサンドイッチだろう。


「どうだ。屋台も捨てたもんじゃないだろう?」

「ああ……美味いな」


どうやら、メルトが屋台を拒否していると思ったのか、屋台の良さを教えようとしてくれたらしい。


「それは貴様にやる。貴様の話を聞く代金だとでも思ってくれればいい」

「……そうか」


これも、一種の優しさなのか。それとも唯の気まぐれなのか。

前者であることを願いながらメルトは口の中に残るサンドイッチを咀嚼する。


「それで、どんな話が聞きたいんだ?」

「何だ、ここで話しても構わなくなったのか?」

「惚けるな。お前が聞きたいのはその話じゃないだろ?」


メルトの言葉にイスフィエールの喉からゴクッと言う音が聞こえてくる。どうやら図星らしい。


「はあ、それで何が聞きたいんだ?サンドイッチの分もある。少しくらいなら話してやる」


「そうか。それなら……」


イスフィエールが口籠る。余程言いにくい事なのか、思わずメルトも息を呑む。しかし、一瞬の後に紡ぎだされた言葉にメルトは固まることになった。


「貴様の家族の事を教えてほしい」








「……それにしても、まさか殺すと言われている相手から家族の事を聞かれるとはな」


「別に、変な意味はない。ただ、少し気になった。それだけだ」


数分後。二人は近くにあった長細い椅子に座り話していた。

既に時刻は5時を回る。

耳を賑わせていた買い物客たちの話声は既に殆どなく、重く静かな二人の声だけが空間に響いていた。


「はっ、お前が王だったら少しは変わっていたのかもしれねぇな……」

「ん、何か言ったか……?」

「いや、何でもねぇよ。それで、家族の事だったよな」

「……え、ああ」


一瞬メルトが何事かを呟いていた気がしたが、聞き間違いだったのだろうか。

少し不思議な感覚を覚えながらも、メルトが言葉を繋いだことで一先ず意識を離す。


「俺の家族は妹二人に幼馴染の娘二人。それに後から拾ってきた一人を含めた五人。まあ厳密に言うと、後一人いるんだが、途中で居なくなる奴もいるからな」

「両親は……いや、今のは失言だったな。忘れてくれ」

「別に構わねぇよ。お前が悪いわけじゃない」

「そうか……それならもう一つだけ聞いても良いか?」

「ああ」

「貴様の家族はまだ生きているのか?」

「……」


刹那、メルトの表情が変わった。同時にイスフィエールは理解してしまう。

この質問の答えが最悪、もしくは最悪に限りなく近いと。


「別に、そこまで聞きたいわけじゃない。話したくなければ話さなくても……」

「いや、構わねぇよ」

「……そうか」


イスフィエール自身全く同情する気はないが、態々嫌なことを離させる気はないと思って提案したのだが、どうやら要らぬ配慮だったらしい。


「俺の家族は死んだよ。リュフィア、ルノ、アリア、ユディス、四人ともな。唯一隠しておいたエルネストも行方不明――――――」


「――――――エルネスト?貴様、まさか……」


だが、その名前を聞いた瞬間。イスフィエールの顔色が変わる。そして、次に呟かれた言葉に今度はメルトが目を剥くことになる。


「貴様が言っているのはもしかして、『滅姫』のエルネスト・リースレスの事か?」


滅姫のエルネスト・リースレス。それは奇しくも、あの時行方不明になったはずだった最後の家族の名前だった。


滅姫エルネストとは・・・・・・

イスフィエールの真意は・・・・・・

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