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釈放


―――カツン……カツン……


小さな音が木霊する。

硬いもの同士が触れ合った時の様なその音は、凄寥とした空間に響き渡り溶けていく。辺りに見えるのは硬い石の積み重なった壁と消えた松明の残骸、そして登っている階段の先の僅かな星々の明かりのみだった。


―――カツン……カツン……


踏み出したのは吹き抜けた空間。そこは先程までの屋内のような雰囲気はなく、天井はおろか壁すらもない。しかし、辺りに散らばる瓦礫や罅割れた石の地面が、元々の建物の豪華さを物語っている。


「……」


そんな静謐とした空間に一人立つのは青髪の少女。制服のような物に身を包み、氷のように透き通った瞳。武器は持っておらず、護衛すらいない。


―――カツン……コツ……


やがて、足音が止み少女が立ったのはある一人の黒髪の男の前。

その者は少年なのだろう、全身を刃物で貫かれおり、怪我をしていない部位を探す方が難しいが、僅かに隆起する胸部は少年が奇跡的に生きていることを表している。

少年の首には黒い宝石のようなものが一つだけ付いた今にも切れそうな首飾り。

だが、反対に腕にはブレスレットというにはゴツすぎる腕輪の様な物が着けられており、それぞれの中央に嵌め込まれている色の違う4色の宝石が暗い部屋で僅かに煌めいている。


「……貴様は生きているのか?」


「……」


少女の問いかけに答える者はいない。ここには少女を除いて意識のある者は居ないのだから。元々少年の意識が無いことには気づいていたのか、少女は直ぐに視線を外し部屋の奥へと向ける。


そこには無数の兵士達と思われる男達。そして、その奥に玉座に縫い付けられる様に剣で玉座ごと貫かれている妙齢の男の姿があった。

恐らく戦闘があったのだろう。少年の周りにも四人の少女が丁寧に仰向けに目を閉じて横たえられており、こちらも完全に事切れている。


少女は周囲を確認すると再度視線を戻す。


「……何で……何でっ!」


少女は唯一息のある少年に言葉を投げかける。悔しそうに閉じられた瞳からは涙が落ち、少年の頬へと当たる。


『――――――』


刹那、少女の頭に何者かの声が響いた。


「……なんだ?」


『……』


今度は少女側から問いかけてみるも反応はない。


『――――――!!』


「……これ、は」


だが、次の瞬間。少女の腕の周りに吹雪が発生した。

身に覚えのない現象。それでも、不思議と抵抗しようとは思わなかった。やがて、吹雪は数秒の後に収束していくと、少女の腕に綺麗な水色の宝石の嵌った腕輪を創り出した。

その腕輪は氷のように幻想的で美しく、全てを凍結させてしまいそうなほどに冷たかった。


「……そうか……やっぱりお前が!!」


少女はそんな唐突に表れた腕輪を愛おしそうに眺める。初めて手にした筈なのに不思議と使い方は分かる。少女は腕輪の現れた手を少年に向ける。すると、手に吹雪が集まり剣の形を象っていく。


「……氷の剣か。私にピッタリだな」


数秒後。少女の呟きと共鳴するように透き通った氷の剣が姿を現す。周囲の気温は急激に下がり、少女の周辺の床は呼応するように凍結していく。静謐とした空間は、一瞬にして、少女の領域に作り替えられた。


「父様……母様……どうして、どうして……どうしてっ!!」


悲痛な音色が響き渡る。少女の悲痛な叫びは静謐な空間を裂き夜の空へと溶けていく。少女の顔は歪み、頬を水滴が流れ落ちていく。そして、少女は剣を振り上げると。


「殺す……貴様だけは絶対に殺す……可能な限りの苦痛を与えて、必ずっ!!」


凄絶な慟哭と共に倒れて動かない少年の手足をズタズタに引き裂いた。











「さて、メルト・エイセリス君。君の処刑までの3年間、釈放の条件は覚えているかね?」


薄暗い部屋。まるで審問室のようなその部屋は中央に立つ少年を取り囲むように階段式に机が並べられており、出入り口は少年の後方一か所だけだ。席の最前列には尊大に座る男が一人。照明が殆どないため顔は分からないが口元だけはどうにか見ることが出来る。少年の両手両足には拘束用の刺々しい高速具がついており万が一にも逃げることは不可能だろう。


「ああ、あんたの領内にあるリファルエット聖学園に通う。学園の生徒には危害を加えない。Bレート以上の世壊獣(ファリス)が出現したときは必ず討伐に参加する。んで、あんたのことを誰にも口外しない、だろ?」


男の声に少年、メルト・エイセリスは僅かに眉を顰めるも、反抗するつもりはないのか、順に条件を述べていく。

その際、メルトの鎖がジャラジャラと時折擦れ合うも男に気にした様子はない。

逃げだしたり暴れたりすることはないと確信しているのだろう。


「正解だ。条件を破った場合は、分かるね?」

「ちっ……ああ。そん時はこの首でも何でも飛ばせばいいさ」


続く男の言葉にメルトは今度こそ苛立ちを抑えるように大きく舌打ちをすると、メルトは首全体に首輪のように写っている紋様を撫でると、渋々といった感じで頷く。

男はそんなメルトの様子に「ふむ…」と一瞬の思考の後。


「ルーグ、来い」


と、視線をメルトの後方へ向けた。


―――どこ見てんだ?そこには誰も居ないはず。


この部屋は殆ど無音だ。だからこそ、些細な音でさえもメルトが聞き逃すことなどない。

だが、次の瞬間。


「お呼びでしょうか、主よ」


“ソレ”は姿を現した。


「……っ!!」


咄嗟に体を反転させて一歩後退する。

両手両足を拘束されている今そんなことをした所で何も変わらないのだが、咄嗟に体が動いてしまったのだ。


―――こいつは不味いな。今の俺じゃあ到底太刀打ちできない


心の中で沸き上がりそうな恐れを押しとどめたメルトの前に立つのは全身を喪服のようなもので包んだ男。

ルーグと呼ばれたその男は身長も体格も平均的な男性と変わらない。

にも拘らずそこから放たれる威圧は凡そ人とは思えない程に強大。

まるで、人の皮を被った化け物のようだった。


「態々気配を消しておくとは周到だな。俺が脱走を図るとでも?」


メルトは自分を見下ろす男を横目で睨み精一杯の虚勢を張る。

目の下の隈のせいもあって相当な迫力はあるがその実、額に薄らと汗が滲み、体の中を切迫感が駆けあがってくる。

そんなメルト様子に気づいているのかは分からなかったが、男は口元を卑しく歪めると。


「なに、念のためだ」


と、嘲笑うような口調で告げた。


―――取り敢えず、この場で何かされることはない、か……


男の発言に確信を持ったメルトは、この時初めてルーグから目を外す。

しかし、どんな動作を見せようとルーグは視線すらこちらに向けることはない。

それは、果たして男の命令に従順なのか、それともメルトを脅威とすら思っていないのか。

真意は本人しか与り知らぬところだったが、今のメルトには幸運であるとしか言いようがない。何せ今のメルトは非武装。

男が殺せと命令するか、ルーグが唐突に癇癪を起して腕に着けているであろう腕輪を展開すれば一瞬にしてメルトの命など刈り取られてしまうのだから。


「……なんでもいい。取り敢えず何もないなら開放してくれると助かるんだが?」


同時に今すぐに何かが起こることはないと分かっていれば後の事はどうにでもなると、メルトはさっさと開放するよう急かす。


「ふむ……よかろう。ルーグ」

「はっ」


男はメルトの言葉に一瞬の間の後ルーグを呼ぶ。

すると、今まで小さく礼をする体制のまま全く動いていなかった男が初めて動いたかと思うとメルトに近づきどこから取り出したのか小さな鍵を取り出してメルトの手枷と足枷を外してゆく。


「……ようやくか」


金属の枷が低音と共に床に落ちる。メルトは久方ぶりに自由になった手足を前後左右へと動かし動作を確認する。

どちらも、多少のリハビリは必要なものの問題なく動く。

枷を着けられていたことを示す痣は残っているが直ぐに治る(・・)

メルトはそれだけ確認するとほんの一瞬、目線をルーグの動向を確認するように後ろへ送る。


(……あっ!?)


しかしそこに、先ほどまで居たはずのルーグの姿はなかった。


(どこへ行った?役目は終わったから消えたってことか?)


メルトの頭を様々な憶測が駆け巡る。

時間は一瞬にも満たなかったが、メルトが結論を導き出すより早くその思考は遮られることになった。


「彼の事が気になるかね?」

「……」


読まれていた。腐っても貴族という事だろうか。

貴族はその構造上交渉術や読心術を得意とする傾向がある。

メルトは貴族ですらない15歳の若輩だ。

化かし合いなどの点に限って言えばメルトが男に勝るべくもないだろう。


「安心したまえ。彼が君に手出しをすることはない。それに何より、もう彼はここにはいない」

「あんたの言葉を信用できると?」

「私は真実を言ったまでだ。信用するかしないかは君次第だ」


―――癪だが、信用する他ないか


このまま探り合いを続けたところでメルトの勝ち目は万に一つもない。

それならば、さっさと外へ出て目的のために時間を費やした方が正解か。


「……分かった。それで、どこから出ればいいんだ?」

「後ろの扉を出て左に二回曲がれば大広間に着く。そこから出ていくといい」

「ああ。分かった」


取り敢えずここから出てしまえば自分の魔導器が使えるようになり、男やルーグに見張られることはなくなる。

契約上学園に通わなければいけないが自分に欠落している知識を埋めるのには丁度良いだろう。

メルトは再度頭の中で一通りの条件を確認すると、若干の違和感を覚えながらも、後方の扉に向け歩いていく。


「そういえば、言い忘れていたのだが……」


だが、そんなメルトに後ろから声がかけられた。

メルトは一刻も早く出たいと足を走らせたい衝動に駆られながらも無視するわけにもいかず「なんだ?」と振り返る。

その瞬間メルトの足元に一枚の丸められた紙が投げられた。


開いてみると、そこに書いてあったのは。

「なんだ?この都市の地図か?」

歪な円形の線に囲まれた無数の印。簡略化された地図のようなものだった。


「そこに、君の家が書いてある。制服はそこに送っておいたから使うといい。それと、制服の支払いなども含めこれからの生活で必要な金は自分で稼ぐことだ。どうやら幸いにもあの学園には簡単にお金を稼げる場所があるらしいからな」


「……分かった」


どうやら伝え忘れていたことはこのことだったらしい。これは、お金を稼ぐ手段に困っていたメルトには朗報だった。簡単にと言う言葉は胡散臭いことこの上ないが。


「話は以上だ。さっさと行くと良い」

「……ああ」


しかし、目立って問いただすような所はなく、メルトは男の言葉に小さく首肯すると部屋を後にした。











「これは……酷いな……」


その日の夜、屋敷を後にしたメルトは都市部を抜け指定された家へと到着していた。

既に夜の帳は降り、地上を照らす月だけが輝いている。

眼下には街の明かりが見え、少し人恋しくなってしまいそうだ。

どうしてかと言われれば、この家が都市部から離れた崖の上にあるからだろう。


「まさか、こんなところに住むことになるとは……」


そう、男が用意していた家というのは、都市部から歩けば1時間ほどもかかるうえに周りを森で囲まれた断崖にあったのだ。

崖を降りれば30分程度には短縮できそうだがそれでも立地が悪いことこの上ない。メルトは最早怒る気も失せ、小さくため息をつく。


(まあ、俺を隔離したいのは分からなくもないが……)


心の中でそんなことを思いながらメルトは自分の右腕に嵌っている腕輪を撫でる。

そして、小さくため息をつくとまだ開けていなかった家の扉に手を掛ける。


「……はぁ。まあ、立地がこんな場所の時点で想像はしていたが」


思わず再度溜息をつく、それ程までに酷い内装だった。

家の中は荒れ果て、家具類は用意されてはいるものの、全て埃を被っており使えるような物は一つも無い。

そして、そんな中に明らかに不自然に置かれた一つの箱。


「あれが、俺の制服って事か……もうちょっと丁寧に扱えよ。あのクソ貴族……」


文句を言いながらメルトは埃っぽい部屋の中を歩いていくと、部屋の中ほどで制服が入っているであろう箱を持ち上げる。

これで、制服にも埃が被っていたら流石に文句の一つでも言いに行ってやろうと思ったが、そんなメルトの思考など読んでいると言わんばかりに制服だけは畳まれてはいなかったものの、恐らく新品であろうものが入っていた。


「……はっ、悪くないな。でも、この素材……高そうだな……」


箱の中を見るに、入っているのは白を基調として緑や赤が入った制服に黒を基調としたズボンのセットが数個。洋服に関して素人な自分でも、着合わせが良いのが分かる。

使われている素材も自分が今着ている囚人服とは比べ物にならないだろう。その分値段も高そうだが。


「取り敢えず、今日は寝るか」


その後、家の中を一通り物色し終えたメルトだったが、異様に眠気が強くなっていることに気づく。

見ると、時刻は既に夜中の二時過ぎ。

既に遠くに見える城下町は完全に寝静まっており、僅かな街灯だけが人気のない道を照らす。

城下町を取り囲むようにそびえたつ城壁の外からは微かに獣の咆哮のようなものが漏れ聞こえ、メルトの警戒心を刺激する。


「今日は……屋根の上で良いか……」


どうせ熟睡など出来やしない。

寝ても一時間もすればすぐに起きてしまう。

寝なくても良い体ならばどれだけよかっただろうか、そう思いながら、毎夜同じ事を繰り返す。いつからか、目の下には隈があるのは当たり前。時間はずっとあの日(・・・)から止まったまま。

今夜は何回あの悪夢を見させられるのだろうか。そんなことを思いながら、屋根の上で横になった少年、メルト・エイセリスは眠りについたのだった。











『ねぇ、何あれ?』

『うわ、また覗き?』

『通報した方が良いのかな?』


賑わっている学園内の一角。空は晴れ渡り雲一つない晴天だ。これほど入学式にふさわしい日もないだろう。

新入生は皆、新しい友人を作ろうと、はたまた憧れの先輩に少しでもお近づきになろうと学園中を歩き回る。

リファルエット聖学園は今、入学式という一大イベントの真っ只中だった。


そんな女生徒たちの視線の先、メルトは頭上に広がる蒼穹を仰ぎ見て。


「……ったく、何でこんなことに」


今朝の出来事を思い出した。











時は少し遡る。


「……行くか」


屋根の上で目を覚ましたメルトはリファルエット聖学園の入学式へ向かうため身支度を整えていた。

用意された制服に着替え、腕に嵌っている腕輪を確認する。

そして、すべて身に着けていることを確認すると眼下の城下町を見下ろす。


「崖を飛び降りて走れば何分かかるか……」


城下町まで歩けばおおよそ1時間。

だが毎日そんなゆっくりと登校するわけにはいかない。

どうしてかと言えば、明るくなってから見た限り、城下町の中でもかなり中心の方にあるリファルエット聖学園は城下町に着いてから更に1時間は歩かなければならないだろう場所にあったからだ。

とはいえ、憶測で距離を測ってばかりいても体感でなければ実際にかかる時間は分からない。


「近くまで行ってみるかっ……と!」


メルトは小さく呼吸を整え崖から飛び降りた。体が空を切りすさまじい圧を伝えてくる。だが、腕についている腕輪が人間の身体能力を超越させ物理法則を捻じ曲げる。


「よっ……と!」


――――――バギャッ!!


但し、この時メルトは気づかなかった。

メルトの身体能力は上がれど、周辺の環境まで強くなるわけではない。

着地すると同時に、すさまじい破砕音と暴風が発生し、周囲の木々を揺らす。


「……これは、ダメだな」


メルトもこの時になって気づいたのか、自分の足元に広がる大きく抉れた地面を見て、もう二度と飛び降りはすまいと誓ったのだった。






「はぁ……はぁ……こ……ここが、リファルエットの城下町か……」


それから、約十分後。

かなりの速度で森の中を駆け抜けたメルトはリファルエット聖学園がある城下町へと到着していた。

時刻は7時半、8時半までに入学手続きをしなければいけないことを鑑みてもちょうどいい時間だろう。

しかし、今のメルトの目的はあくまで登校まで何分かかるかを調べること、だ。

手続きが間に合うように来るのは大前提だが、間に合ったからといってペースを緩める理由はない。


「はぁ……はぁ……ちいっ……体が……鈍ってるな」


昔の自分ならこの程度で息が切れることはなかったが、これも牢屋に入っていた弊害かとメルトは切れる息を強引に整える。


(少し、鍛えなおさないとな)


これからの家を建て直すためにも、生活資金を稼ぐためにも、そして、何より目的(・・)を果たすためにも。


(っと……それよりもまだ着いていないんだったな……)


メルトは思考に陥る直前で自分が未だ、登校途中であることを思い出す。

止まってしまったとはいえ、その時間は5分ほど、メルトは呼吸が完全に整ったことを確認すると走り出そうとする。


「あ……あ……あの……すみ、ません」


だが、走るのはまだ先になりそうだった。


「ん、何だ?」


唐突に話しかけてきた気弱そうな少女にメルトは走り出そうとしていた足を止める。

睨むような形になってしまったのは走り出そうとしていたのを邪魔されたからではなく、とっさに話しかけられ振り向く暇がなかったからだ。

それでも、メルトは気づくべきだった。

メルトの目の下には隈があり普通の人よりも目つきが悪いことを。


「ひっ……う……あ……ご……ごめんなさいっ……!」


やはり脅えさせてしまった。少女は蛇に睨まれた蛙のように震えて固まってしまう。余程怖かったのだろう。目には薄らと涙が浮かんでいる。


「えっ……あ、いや、悪い。睨んでいるつもりはなかった」


これは傍から見れば完全に小さな少女を虐めている怪しい男だ。

瞳をフルフルと震わせているまるで小動物のようなその姿に、流石のメルトもどうしていいか分からず、咄嗟に謝罪を口にする。


「うっ……あ……いえっ……こちらこそ……ごめんなさい」


少女も、少し和らいだメルトの雰囲気に大丈夫だと悟ったのか未だ恐る恐るといった感じながらも、少し目線を合わせてくれるようになる。

しかし、メルトは今登校している途中でありあまりのんびりと話している時間はない。

メルトは本題に入ろうと口を開きかけて少女の服装が目に留まる。


「……お前……新入生か?」


「えっ……う、うん。シャルエット・エストリカ。新入生、です」


偶然にも同じ新入生だったらしい。

これからの三年間、この街で生活する以上学園で友人を作った方が都合がよいと思っていたメルトは、丁度いいと少女、シャルエットと言葉を交わす。


「そうか。俺はメルト・エイセリス。お前と同じ新入生だ」


「え……あっ……うん。よろしく、お願いします。でも……新入……生……?」


だが、何故か少女の表情からは未だ困惑の色が消えない。どうも、新入生という言葉に引っかかっているらしい。


「えーっと、シャルエットって呼ぶぞ?」

「う、うん。良い、よ?」

「悪いな。それで、シャルエット。俺、新入生に見えないか?」


理由が分からない以上、メルトにはシャルエットから聞くという選択肢しかない。

しかし、返ってきたのは。


「え……い……いや……そんなこと……ないけど……」


という歯切れの悪いものだった。これでは何故シャルエットが困惑しているのか分からない。


(……もしかして、入学する前に事前に集まりでもあったのか?)


色々と思考を巡らせるが一向に理由が思いつかない。

メルトは何かを知っているのであろうシャルエットにもう一度尋ねようとするが、この少女の性格ではこれ以上詰め寄ればまた脅えてしまうだろうと思い直す。


(まぁ、行ってから考えればいいか)


八方塞がりだ。

別にどうでもいいことの可能性もあるのだが、恐らくあの内気な性格であるシャルエットがわざわざ自分を呼び止めたということからしてそれなりに重要なことなのだろう。

だが同時に、たとえどんな条件があろうとあの貴族が出した条件にリファルエット聖学園への入学というものがある以上入れないという事はないだろう。

メルトは微かに厄介ごとの気配を感じながら、シャルエットへと向き直る。


「そうか。それなら良い。それじゃあ、俺はもう行く。また入学式で」


少し強引な気がしないでもなかったが、手続きなどを考えるとすこし早いくらいの時間だ。

メルトは、それだけ言うとシャルエットの返事を待たず学園の方へ走り出そうとする。

少し話しただけだが、シャルエットの性格からして急激に物事を進めればついて行けずそのまま流すことが出来る。

そんな失礼な事を考えたメルトだったが、予想は大きく外れることになる。


「あ……あの……メルト君……」


「……悪い。少し急いでるんだ。後で良いか?」


まさか、呼び止められるとは思わなかった。

メルトは驚くと共に今の状態ならスムーズに困惑していた理由を聞き出せるんじゃないかという考えが頭をよぎったが、それよりも手続きを早く終わらせた方がいいかと思い直し、今度ははっきりと断ると、メルトは一瞥すらすることなく少女の前を後にする。

後ろでシャルエットが「ここ…」と呟いていたがメルトが耳を傾けることはなかった。











「話、聞いとくんだった……」


(シャルエットが言いよどんでいたのはそういう事か)


メルトは浴びせられる無数の冷たい視線の中頭を抱えていた。なぜ何もしてないメルトにここまで視線が集まっているのか。それは。


「ここ、女子校じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」


リファルエット聖学園が女子校だったからである。


『うわっ、なんか叫んでるわ。あの人』

『誰か注意してきなよ』

『嫌よ。絶対に殴られるわ』


(くそ、嵌めやがったな……)


痛々しいものを見るような視線にメルトが舌打ちをする。

それでも、ここでまた叫ぼうものならいよいよ、通報ものだろう。メルトは仕方ないとため息をつくと覚悟を決め入学者受付へと足を進める。

その後、手続きが終わるまでにもうひと悶着あったのは言うまでもないことだろう。











「―――――であるからして、諸君は―――――」


(話長ぇな……)


入学式の中盤、後方左の席に座っているメルトは長々と展開されるお偉方の話に辟易していた。端的に言えば飽きていた。

入学式というものも初めてだったからか少し楽しみにしていたのだが、まさかここまで話が長いとは思わなかった。

だが、生徒たちは流石というほかないだろう。

つい先ほどまで自分に向けられていた奇異なものを見る視線も入学式の開始と同時に鳴りを潜め、今は一人として視線を感じない。

恐らく皆真剣にお偉方の長い話を聞いているのだろう。

と、メルトがそんなことを考えている間にも式は進みいつの間にか先ほどの人は舞台上から捌けていた。

今のところこれで三人が終わった、あと数人くらいいるだろう。

だがメルトがそんな要らぬ予測を立てている中、壇上に立ったのはメルトに興味を持たせるに足る人物だった。


「入学おめでとう。リファルエット聖学園は貴女たちを歓迎します。私はリファルエット聖学園生徒代表フィリア・クロスヴェイル……」


――――――強いな……


引き締まった身体に濃紺の髪、目線は新入生たちの方を向きながらも常に周辺を警戒し、脚運びも一見隙だらけに見えてその実隙が無い。

生徒代表であるのも納得であるというものだった。


「近頃、世壊獣は増加傾向にあり軍の死者数も増加し続けています。皆には……」


フィリアの口から紡がれる言葉の殆どはどうでもいい定型文。

だが、メルトは先ほどまでが嘘のようにフィリアから視線を外さなかった。

ずっと牢屋に囚われていたメルトは俗世には疎い。

それでも、人の強さを測る眼だけは正確だという自負がある。

だからこそ、もし戦うことになったとき少しでも有利になるように話し方、語調などからフィリア・クロスヴェイルという人物の性格を推定する。

この少女にはメルトの目的を阻むことが出来る可能性があるほどの力を持っているのだから。

とはいえ、メルトが耳を傾けていた理由は聞かなければいけない話が来るのもそろそろだと踏んでいたからでもあるのだが。


「――――――次に、新入生の中にいる男子生徒についてですが……」


(来たか……)


フィリアの口から発せられた言葉にメルトはようやくかと眉を上げる。

ここで何を告げられるかによってメルトのこれからの学園生活は大きく変わる。

当然好感を持たせるようなことを言う事がないのは分かっているが生徒たちが不干渉か敵対かによって行動は大きく変わってくる。

そして、メルトが一人険しい面持ちで見つめる中、フィリアは口を開いた。


「彼の入学は二頭貴族リグヴェルト家の意向であり、覆ることはありません。当然仲良くしろなどと言うつもりはありませんが、要らぬ騒ぎは起こさないように。最も……」


そこで、フィリアは一度言葉を切り、メルトに視線を向けると。


「最も、それは彼にも言えることですが」


殺気にすら思えるほどのすさまじい威圧を放った


(……あいつは敵か。だが……)


限りなく最良に近い結果だった。

二頭貴族の名を出すことで覆らないことを印象付け、フィリア自身がメルトに対して敵対の立場をとることで他の反対派の生徒たちを牽制する。

メルトは誰にも分からない程僅かに口角を持ち上げるとフィリアの威圧に小さく肩を竦めて見せる。

フィリアは数秒の間メルトを睨み続けていたが、効果がないことが分かると直ぐに視線を戻して話し始める。この、切り替えの早さは余裕の表れか、それとも……


「……これで、私からの話は以上です。次は――――――」


まだ続くかと思っていたが、今ので終わりらしい。

しかし、何秒たってもフィリアは壇上から去ろうとしない。

恐らく、次も彼女が関わるのだろう。

それでも、メルトとしてはもうフィリアの性格なども大体わかったうえに、聞きたい話も聞けたのだから聞く理由はない。

メルトは今まで固定していた視線を外そうとするが。


「次は、新入生代表の挨拶ですね。新入生主席イスフィエール・アルサリア、新入生次席シャルエット・エストリカ。前へ……」


どうやら、まだ視線を外すことは出来なさそうだった。


メルト・エイセリスの学生生活や如何に!!


初めまして。この度銀き災厄の再世歌を書かせて頂きましたガイハと申します。

拙い文章力で誤字や脱字も多々あるかと思いますがぜひ指摘して頂けると嬉しいです。

この物語は壊刻の五芒星と関係する物語になっていますのでぜひそちらも読んで頂けると幸いです。


二話もできる限り早く更新する予定ですのでぜひよろしくお願いします!

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