閑話 侍女と侍従の作戦会議
しずしずと、ユイリアは王宮の廊下の端を歩き、レーヴェン王国からやって来た護衛が泊まっている部屋へと向かう。その手には茶色の封筒。ちょうど、『サツマイモ』の件について書かれた書類をレーヴェン王国に届けるよう頼むところだったのだ。
その途中、最近よく見かける顔を見つけ、ユイリアは無表情にお辞儀をした。
「こんにちは、レオン様」
「こんにちは、ユイリア殿。……少しお時間よろしいでしょうか?」
「はい、もちろん」
レオンの質問にユイリアは頷き、辺りを見回す。幸いにも人通りはなく、ここで話していても良さそうだ。レオンも同じように判断をしたようで、しきりに頷いている。そして表情を引き締めると、ユイリアに顔を近づけた。
「実は、陛下のことなんですが……どうやらアルテシア姫に惚れてしまったようです」
「まぁ」
驚くと同時に、ユイリアは納得する。オズワルドの周りには驚くほど女性の影がなく、おそらく女嫌いなのだろうとユイリアは判断していた。そんな彼の前に現れた、贔屓目で見てもそこらの令嬢とは違うアルテシア。絆されてしまっても仕方がない。
……ただ、あんな下手なクッキーや刺繍で本当に絆されるとはユイリアも思っていなかったが。
アルテシアの作ったクッキーを思い出してしまい、ユイリアは思わずくす、と笑う。あれは本当にひどかった。味見でいくつか食べたのだが、もう本当、パサパサしてたり半生だったりと、すごく不味かった。ユイリアなんかよりももっといい物を常に食べている王族からしたら食えたものではないだろうに……。
そんなふうにユイリアが考えていると、レオンが「問題はここからなのですが」と言う。
「私としては、アルテシア姫に陛下の妃となっていただきたいのですが……アルテシア姫は陛下のことをどう思っていらっしゃるのでしょう?」
その言葉に、ユイリアはつい昨日のことを思い出す。
アルテシアはオズワルドに一時間の仮眠を取らせたあと、足早にオズワルドの執務室から飛び出した。そして無言のまま客間に戻ると、顔を覆いながらしゃがみこみ、ユイリアに打ち明けた。
――私、あの人のことが好きみたい……、と。
その顔は真っ赤に染まっていて、目は僅かに潤んでいた。
ふふ、とユイリアは思わず笑みを零す。流浪の歌うたいだったアルテシアの母は、レーヴェン国王の前で歌を披露する機会があり、その際に見初められて愛妾となった。国王は妃の元には通わなくなるほど、アルテシアの母を溺愛していて、そのため、アルテシアたちは妃から疎まれ、ユイリアとその母以外からは遠巻きにされていた。だからアルテシアは、母の死後、妃に睨まれないようひっそりと、結婚もすることなく一生を終えようとしていたのだが……そうはならなさそうだ。
「ユイリア殿?」
レオンが笑っているユイリアを訝しんでか、声をかける。ユイリアは慌てて表情を引き締めると、「アルテシア様も、陛下のことをお慕いなさっているようですよ」と言った。
すると、レオンがあからさまにほっと安堵の息をつく。
「それなら良かったです……。陛下は色々なことがあり、女嫌いでしたから……何とかお世継ぎの心配がなくなりそうです」
「あら? やはりそうで? ……私としても、アルテシア様は色々とおありでしたので……幸せになれそうで、一安心です」
ユイリアは思わず口元を緩めた。……本当に良かったと思う。たとえひっそりと暮らしていて、妃から目をつけられない生活でも、レーヴェン王国では彼女は常に周りの者が妃の不興をかって害されるのでは、と心配していて、真に心が休まるときがなかったからだ。それでは真の意味で幸せではない。だから幸せになれそうで、本当に嬉しい。
そうユイリアが思っていると、レオンが声を発した。
「では、早急に想いを通わせれるようにしましょう。とりあえずは告白からの両思い、そして恋人関係ですね」
確かに、とユイリアは頷く。どちらかが意地を張って告白を断らない限り間違いなく成功するから、さっさと告白するよう言わなければ。そしてさっさと幸せになってもらいたい。
「では、アルテシア様にデートに誘っては、と提案しますね。そこで告白するよう説得してみせます」
「分かりました。ではアルテシア姫がデートに誘ったら、告白のチャンスだと陛下に言いますね」
「ええ、お願いします」
ユイリアとレオンは互いに頷きあう。アルテシアは行動力がある方だし、オズワルドはそれほどひねくれてはいないから、これできっと大丈夫なはず。たとえアルテシアが告白できなくても、オズワルドが告白をするだろうし。きっと大丈夫だ。
「ああ、そうですわ」
ぽつりと呟くようにユイリアが言う。
「告白するにはどこがよろしいでしょう? そこで互いに告白させるようにするのがきっといいと思うのですが……」
ああ、とレオンは頷く。そしてしばし考えたあと、「ハウザー公園ですかね」と言った。
「ハウザー公園……ですか?」
「はい。確か見事な花畑があり、カップルには人気の場所だとか。人が多いですが、……まぁ、その日だけ一部を立ち入り禁止にすれば良いかと」
「それは良いですね。分かりました、そこで告白をするよう伝えます。規制の手配はお願いしても?」
「はい、もちろん」
そう言ってレオンは微笑む。ユイリアもくいっと口端を上げて微笑み返した。――本当に良かった。そう思いながら、ユイリアはこの場から立ち去ろうとする。
だけど、その前に「あと……」とレオンが言った。
「初日にレーヴェン王国に手紙を出したそうですが、その返事は?」
ユイリアは僅かに目を見開き、そしてそっと伏せた。客室で話していた内容が筒抜けなのは、まぁ、しょうがない。ユイリアやアルテシアは他国の人間なのだから。悪意を持つ人物だったら監視をしないと大変だし、重要な客人だとしても趣味嗜好を把握するのは大事だ。だけど……。
「――まだ、来ておりません。きっと何やら揉めているのでしょう」
「そう、ですか……」
指を顎にあてて、レオンは考えにふける。ユイリアはため息をつきたくてたまらなかった。シュミル王国にどう出るのかは早く決めなければならないのに。いったい、何をもたついているのだろう。
そう思いながら心の中でため息をつくと、レオンが再び口を開いた。
「では、王太子殿下の人柄は?」
「王太子殿下、ですか……?」
「はい」
なんで国王ではなく王太子を。ユイリアは訝しみながらも素直に質問に答える。
「有能な人だと思いますよ。政治に対して熱意をお持ちになっており、使えるものはすべて使う、というお方で……ここだけの話、国王陛下よりも王太子殿下が治められた方が国が豊かになると思います」
「そうですか……」
再びレオンは考えこむ。どういうことだろう? と思いながらも、そろそろ行かなければならなかったので、ユイリアは「では、失礼します」と言ってその場を離れた。
△▼△
ユイリアの背を見送りながら、レオンはどっぷりと思考の海に浸かる。
レオンもオズワルドもレーヴェン王国の王太子とは会ったことないものの、彼とは浅からぬ関係があった。関係ができたのは半年ほど前、オズワルドを中心にレオンを含めた腹心何人かが、このままでは民が死んでしまう、ということでクーデターを起こそうと思っていた頃、レーヴェン王国の王太子の使いだと名乗る人物が現れ、武器を提供すると言ったのだ。その代わりにクーデターを起こしてくれ、とも。
彼の真意は分からなかったが、季節は秋の終わりで、間もなく多くの者が死に絶える冬が来ようとしていた。無意識のうちに誰も彼もが早くクーデターを起こさなければ、と焦っており、その場で武器を受け取ることに決めたのだ。
そして武器が届いて以来、レーヴェン王国の王太子から連絡はない。
はぁ、とレオンはため息をつき、前髪をがしがしとかき乱した。彼らしくない仕草だったが、そんなこと気にしてられない。
何しろ、つい先刻入った情報だったが、その王太子がレーヴェン王国の王都を出て、北に向かっているらしいのだ。
――つまり、ここシュミル王国に。
(いったい、何が起こるのでしょうね……)
王太子は有能な人物らしい。もし、ここまでの流れすべてを見通していたら……。そう思うと、背筋を冷たいものが滑り落ちた。




