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2話 デートをしましょう!(1)

 一週間後、アルテシアはシュミル王国から貸し出された侍女たちに頼み、レーヴェン王国から持ってきた中で一番お気に入りのドレスを着るのを手伝ってもらっていた。明るい紫色の、真珠があちこちにつけられたドレスだ。胸元にはリボンがつけられており、そこには多くの真珠が惜しみなく縫いつけられている。

 ユイリアの指示の元、侍女たちの手によってアルテシアの見た目は変貌していく。その様は相変わらず自分でも信じられないほどで、思わず「いつ見てもすごいわよねぇ」と呟いた。

 その言葉に、ユイリアはあからさまにため息をついた。


「ご自分のことでしょう? そもそも、アルテシア様は普段から着飾れば――」

「あー、はいはい。いつもの説教ね。もう聞き飽きたわよ」

「それならば着飾ることを嫌がらないでくださいな」


 その言葉に、アルテシアは返事をしなかった。ただじっと鏡に映る自らを見つめる。にんじん色の髪は耳よりも高い位置でひとつに結ばれ、緩やかなウェーブを描いて背中に垂れている。そして元来つり目がちだった瞳はどういうわけかいつもよりまろやかになり、肌はより白くなり、唇は色鮮やかに輝いていた。

 すごいわね、とアルテシアはもう一度心の中で呟いた。お化粧も、侍女たちの技術も、アルテシアが一番輝く化粧の仕方や衣装を心得ているユイリアも、全てが素晴らしくかった。きっと、これほどまでに周りに恵まれている人はなかなかいないんじゃ、と思うほど。


 だけど――普段から着飾るのはダメだ。だってそれじゃあ疲れてしまうし、それに何より、ここぞというときにこそ着飾るのがいいのだとアルテシアは思っている。

 ――そう、例えば今日のような日に。

 アルテシアは口元を緩めながら視線を滑らせ、窓の外を見た。清々しい青空が広がっており、まさに絶好のデート日和だ。


 初めてオズワルドをクッキーを届けた日以来、アルテシアは毎日クッキーを届けていた。料理長にアドバイスをもらってそれなりにマシになったものの、オズワルド曰く、まだひと目でアルテシアが作ったものだと分かってしまうよう。そのことに少し残念だと思いながらも、本来の目的はオズワルドと親しくなること。そちらの方は順調で、次第に気安い雰囲気が流れるようにはなってきていた。

 だから昨日、もっと仲を深めようと、アルテシアはオズワルドをデートに誘ったのだ。


(と言っても、王宮の庭を歩くだけだけれど)


 ユイリアの集めてきた情報によると、オズワルドは庭を散策するのが趣味らしい。それにお邪魔させてもらうような形だ。何しろ、いきなり街へ繰り出してオズワルドの好きではない店に入ってしまい、機嫌を損ねてしまうと全てが水の泡となる。街へのデートはさらに仲良くなったときにでも取っておこう、というのがアルテシアの意見だった。

 そんなことを考えていると、支度が終わり、侍女たちがすっとアルテシアの傍から離れる。アルテシアは鏡を見て出来上がりに満足すると、部屋の扉へ向かった。そしてドアノブへ手をかけると、後ろを振り返り、ニッコリと笑って言った。


「じゃあ、行ってくるわ。ちゃーんとユイリアの言う通り、あれもするから」

「はい。ちゃんとしてくださいね。――行ってらっしゃいませ」

「ええ」


 そう言うと、アルテシアは扉を開けて外へ出た。


 まず向かうのは、オズワルドの執務室だ。王になったばかりの彼には多くの仕事が舞いこんでいるらしく、なかなか気軽に執務室を離れられないとのこと。だからアルテシアが迎えに行き、それから散策をすることになったのだ。

 ここ一週間で慣れた道を歩いて部屋の前へ着くと、そのままノックすることなく扉を開けた。


「失礼するわ!」


 そして一瞬後、アルテシアは目に入った光景に思わず固まった。

 扉の正面にある執務のための机。そこに突っ伏しながら、オズワルドは微動だにしていなかったのだ。……いや、僅かに背中が上下している。しかし、アルテシアが入って来たのにも関わらず顔を上げることはない。いつも、アルテシアがやって来ると顔を顰めるのに、だ。


(これは、もしかして……)


 アルテシアはニマニマと笑いながらそっと扉を閉め、そろりそろりと足音を立てないようにしてオズワルドに近づいた。そして机の傍まで来ると、ゆっくりと横を向いているオズワルドの顔を覗きこむ。

 やはりと言うべきか、オズワルドは目を閉じて眠っていた。すぅすぅと寝息を立てており、思わず口元を綻ばせる。こうして見るとオズワルドはかなりの美形だ。ほどよく焼けた肌に、意外と繊細な青みがかった黒髪。そして女性顔負けの長いまつげ。


 だけど……。アルテシアは彼の目元をじっと見つめた。そこにはうっすらと隈が浮かんでおり、よくよく観察すれば肌色も僅かに青白いような気がする。おそらく彼は国王になったばかり。一変した日々に、疲れが溜まっているのだろう。


(あんまりお邪魔するのはよくなかったかしら?)


 そう思い、アルテシアは眉を下げた。アルテシアだって、自身がこの王宮に滞在していることでオズワルドに気を遣わせている自覚はある。例えば侍女もかなりの腕利きを揃えてくれたし、厨房に出入りしていても何も言わない。それは全て、アルテシアがリーヴェン王国の王族であり、腕の良くない侍女をあてがったり行動を規制したりすると、外交問題に発展してしまう恐れがあるからだ。


 アルテシアはきゅ、と胸元で手を握りしめた。……どうしてかしら? 胸が痛くて、苦しくて、泣きたくて……。

 そう思ったとき、オズワルドが僅かに身じろぎをした。――ああ、そうだわ、起こさないと。これから……デートなんだから。

 何故だか急に暑くなって、アルテシアは手でパタパタと扇ぎながら、もう片方の手でオズワルドの背中に触れ、ゆっくりと揺らす。


「起きて」


 すぐには起きなくて何度か声をかけると、オズワルドはゆるりと瞼を押し上げた。髪と同じ黒々とした瞳には無表情なアルテシアが写りこんでいて、どきりと胸が跳ねる。それを隠すためにアルテシアは慌てて彼の傍から離れると、ふん、と鼻を鳴らした。


「私が来たのに寝てるなんて損ね。ほら、シャキッとしなさい。デートに行くわよ」

「…………ああ」


 アルテシアの言葉に、オズワルドは体を起こすと、ぼんやりと宙を見つめながら頷いた。嬉しくなってふふ、とアルテシアは自然と笑顔を浮かべたが、オズワルドが再度「……ああ」と言うとすっと表情が抜け落ちる。

 ……しばらく待つと三度オズワルドが「……ああ」と言った。つまり、これは――。

 アルテシアは引きつった笑顔を浮かべながら、拳を震わせる。我慢我慢……と自らに言い聞かせていたが、四度オズワルドが「……ああ」と頷くと、こらえきれずに手を振り上げた。


「ちゃんと起きなさいよ、このバカァ!」


 スパーン、と甲高い音が部屋に響き渡った。

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