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番外編 ある日のひととき

一週間後と言っておきながら遅くなってしまいすみません!

「失礼するわ!」


 そう言って入ってきた人物を見て、オズワルドはゆるりと笑みを浮かべるとペンを置き、彼女の方に視線をやった。今日は珍しくウェーブを描く長いにんじん色の髪をハーフアップにしており、大粒の耳飾りをつけた耳が僅かに現れている。思わずドキリとして、オズワルドは笑みを深めた。――やはり彼女は可愛らしい。

 オズワルドがそう思っている間に、アルテシアは颯爽とドレスの裾を靡かせながらこちらへ近づいてくる。そして机を迂回して傍までやって来ると、オズワルドの手を取って立ち上がらせた。


「ほら、行くわよ」

「ああ」


 彼女の言葉に素直に従い、オズワルドは歩き始める。そして仮眠室の扉をくぐると、二人してベッドの端に並んで座り、オズワルドはアルテシアの太ももに頭を預けた。そっと目を閉じる。すると、アルテシアが小さく、だけどたっぷりと子守唄を歌い始めた。

 これが、いつもの日常だった。オズワルドの正式な妻になって以来、アルテシアはいつも同じような時間に執務室に現れると、なかなか忙しくて眠らないオズワルドを仮眠室へ連れていき、こうして一時間ほど寝かせる。オズワルドももうこれが当たり前となっていて、アルテシアがやって来ないとそわそわとし始めるのが常だった。


 愛しい人の子守唄を聞きながら、オズワルドはとろとろと微睡みに沈む。ふと、彼女が客人としてここにいたときのことを思い出した。




 ――できることなら、これからもずっと共にいてほしい。


 街でデートをしようとしたとき、オズワルドはそうアルテシアに告げた。彼にとってはまさに一世一代の告白のつもりだったのだが、アルテシアはその言葉をさらりと聞き流してデートを始めた。どうやら通じていないようだと分かって、何がいけなかったのかを考える。――言葉? 確かに名言はしていないが、さすがに通じるだろう。場所? 確かにそうかもしれない。だけどそのどれもが決定打に欠けているように思え、オズワルドは静かに考えをめぐらせる。そしてやっと見つけられた答えが――そもそも異性として見られていない。


 アルテシアがオズワルドを恋に落とそうとした理由は、国を守るためだ。その後なんやかんやあって国のために協力することを決めたが、それも仕事上のパートナーのような関係だ。性別なんて二の次……いや、もしかしたら圏外かもしれない。

 だからアルテシアに異性として意識してもらうよう、雑貨屋では甘い言葉を囁いてみた。すると思った以上に可愛らしい反応をされて、口元が緩まる。その後ことあるごとにその顔を思い出し、引き締めるのが大変だった。


 お金がなかったため結局雑貨屋では何も買えず、しかも気に入ったと思われる髪飾りを目の前で平民の少女らが買っていき、落ちこんだアルテシアとともに、本来ならばデートの最終目的地であるハウザー公園へと向かった。そこでは色とりどりの花が咲いていたけれども、彼女の顔が浮かばれることはなく。オズワルドはアルテシアをベンチに座らせると、一人、元気づけるために公園の管理人室へと向かった。


 そこで管理人に「落ちこんだ友人を元気づけるために花が欲しいのだが」と伝えると、彼は喜んで一つの花をくれた。ここの管理人はこういうことを伝えると、無料で花をくれるらしいというのはレオンが教えてくれた。「なるべくそうならないようにしてくださいね」と言われたが、……まぁ、この場合は仕方がないだろう。

 そして軽く管理人から説明を受けると、オズワルドはその花――メロー・シャワーというものらしい――を持ってアルテシアの元へ戻った。


 花をアルテシアの耳にかけると、彼女は淡く微笑む。それで、しばらく思案した様子だったものの、決意ができたのか口を開いて――。


 そこに、レーヴェン王国が攻めてきたという一報が入った。




 オズワルドはゆっくりと瞼を押し上げる。ぼうっと夢現をさまよっているけれども、いつものように明るい声が聞こえない。そのことに不安を覚え、力を振り絞って夢の世界から完全に脱却する。眠る前となんら変わりない光景が目の前にはあった。頭の下の温もりも変わらない。だけど頭上からすぅすぅと微かな寝息が聞こえてきて――。

 オズワルドはゆっくりと、慎重に体を仰向けにする。視線の先では、目を閉じたアルテシアが僅かに口を開けた間抜け顔でこっくりこっくりと船を漕いでいた。疲れているようだ、と考えて、ふと気づく。


 あのレーヴェン王国との戦争で、アルテシアは歌い、戦争を収めた。まるで伝説のようなできごとで、その場にいたはずのオズワルドですら今思い返すと、あれは現実だったのか、と訝しんでしまうほど。まして、その場にいなかった者は作り話だろうと馬鹿にする。


 そのためアルテシアは、一部の者からは「嘘つき王妃」と蔑まれていた。信じてくれている者もいるとはいえ、それでは疲れも溜まってしまうものだろう。


(こんなことに気づかないなんて、俺もまだまだだな)


 そう小さく自嘲しながら、オズワルドはそっと起き上がる。そして今度はアルテシアに膝枕をすると、その背をポンポン、と優しく叩き始めた。



△▼△



 アルテシアはゆるりと瞼を押し上げる。ぼんやりと先ほどまで何をやっていたのかを考え、……慌てて体を起こした。するとゴン、と頭になにか固いものが当たって、思わずうずくまる。何故か頭上からもうめき声が聞こえて――。

 そろそろと顔を上げれば、愛しい夫が顎を押さえていて、……さっと顔が青ざめる。どうやら勢いよく体を起こしてしまったことで、彼の顎に思いっきりぶつかってしまったよう。急いで今度はぶつからないように体を起こすと、「大丈夫?」と尋ねた。


「――ああ、大丈夫だ」


 そう、オズワルドは落ち着いた声色で言うけれど、顎は赤くなっていて痛そうだ。「ごめんなさい」とアルテシアが謝ると、オズワルドが口を開く。


「いや、俺こそ避けられなくて……いや、やっぱり痛いな」


 途中で口を止めると、オズワルドは意見を翻した。申し訳なくて、ズキリと胸が痛む。――妻は夫を支えなければならないはずなのに、何をやっているのかしら、私は。それに疲れて眠ってしまうなんて……こんなのじゃ、彼の隣に立つ資格なんてないわ。そう考えながら項垂れていると、オズワルドが「だから――」と言う。


「だから、お詫びに名前を呼んでくれないか?」

「なっ――!」


 そのお願いに、アルテシアは思わず固まる。まるで火がついたかのように頬が熱を持って、微笑む彼をただ見つめることしかできなかった。

 ――オズワルドは、アルテシアのことを名前で呼ぶ。だけどアルテシアはどこか気恥ずかしくて、なかなかオズワルドの名前を呼ぶことができていなかった。今まで彼の名を口にしたのはほんの数回きりで、そのどれもがアルテシアが一人きりのときに練習したときのものだ。つまり――一度も面と向かって彼の名前を呼んだことはない。


 その初めてを、オズワルドは今、望んでいる。申し訳ないことをしたんだし、それにたぶんここで言えば、今後もちゃんと呼べるようになる……。そう思い、アルテシアは勇気を振り絞ってオズワルドの名前を呼ぼうとした。

 だけど――。


「オズ………ド」


 そんな掠れた声しか出なくて、アルテシアはしゅん、と顔をうつむけた。名前となっていない音。恥ずかしくて呼べないのが、とても申し訳ない。

 すると、ぐつぐつとした笑い声が耳朶を打つ。顔を上げれば、オズワルドは落ちこんだような顔もせず、愛おしそうな瞳でこちらを見つめていた。


「やはり、おまえは可愛いな」


 そう言われ、アルテシアの顔は再度真っ赤に染まる。うう、と呻きながらうつむいた。

 ――いつか絶対に名前を呼んで、同じように真っ赤にしてやるんだから!

 アルテシアはそう決めて、ぐっと拳を握りこんだ。

次話はコンテスト用のあらすじです。

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