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5話 理想の結末を迎えたい(2)

 本来ならば四日ほどかかる道程を、アルテシアの負担など気にせず全力で行けと言ったためか、なんとか三日でアルテシア一行は戦場へとついた。

 戦場はシュミル王国の国境の十キロ内側だ。近くから一望できる丘に登り、戦場となっている平原を眺める。今のところ大きな戦闘は一回きりで、あとは小競り合いや互いに様子見らしい。けれど、シュミル王国の方はどこか活気に満ちているように見え、レーヴェン王国の方は弱々しいように思える。


(と、言うより……)


 全体的に、シュミル王国の方が見窄らしいのだ。馬と兵の数も少ないし、武具も全体に行き渡っていないよう。負け戦だ、とでもいうような雰囲気が軍全体を包み込んでいるような気がする。

 ふむ、とアルテシアは頷き、ここまで連れてきてくれたシュミル王国の騎士たちに向かって告げた。


「シュミル王国軍の方へ行くわ」


 すると騎士たちはあからさまにほっと息をつくと、移動の用意を始めた。




「失礼するわ!」


 そう言いながら、アルテシアは王がいると思われる一番大きな天幕の中に押し入る。その中にはやはり重臣たちと何やら話していたと思われるオズワルドがいて、アルテシアを見て珍しくぽかん、と間抜けな顔を晒していた。そんな彼とは対照的に、重臣たちは顔を顰めている。おそらく、アルテシアが誰なのか分かったのだろう。一人が他の者に「捕らえよ」と命じようとするのを、オズワルドが慌てて止めた。

 その行動に、重臣たちは一様に不満な表情を浮かべる。オズワルドはめんどくさそうにため息をつきながら、アルテシアに尋ねた。


「どうしてここに来た?」

「何もしないのは嫌だからよ。それに、私はこれ以上誰にも傷ついてほしくない」


 すると、オズワルドは無言でじっとアルテシアを見つめた。アルテシアも彼を見返す。どことなく居心地の悪い沈黙が天幕を支配した。

 ……やがて、オズワルドはため息をつく。


「つまり、なんだ、……戦争を止めろって言うのか?」

「ええ、そう。ただもちろん、降伏しろっていうわけじゃないわ。そんなことしたら色んな人が傷つく」


「じゃあどうしろと?」とオズワルドは尋ねた。その顔は為政者の顔で、思わず唾を飲み込む。……正直、少しだけ怖い。オズワルドはいつもと雰囲気が違っているから、もし考えを馬鹿にされたら……。そう考えてしまう。

 ――だけど、私はより多くの人を救いたい。

 ――それを、彼も認めてくれたわ。

 深呼吸をして激しく脈打つ心臓を宥めると、アルテシアはゆっくりと告げた。


「話し合いをするの。私はレーヴェン王国の王女よ。お兄様も少しくらい考えを話してくれるはずだわ。それから、二国が納得する解決策を見つける」

「……見つけられるとでも?」

「ええ、きっと。お兄様は聡明な方だし、あなたもそうでしょ?」


 そう言ってアルテシアが挑発的に笑うと、オズワルドもふっと笑った。これならきっと大丈夫。そう思って、アルテシアが気を抜いたときだった。

 どこかそれほど離れていない場所から雄叫びが聞こえてきて、「敵襲ー!」という悲鳴じみた叫びも聞こえてきた。周囲が一斉にざわつきだし、混乱に陥る。


「ありえない」とオズワルドが言った。「昼間の奇襲だぞ。見張りは何をしてたんだ」

 その言葉にアルテシアは心の中で頷きながら天幕の外へ飛び出した。叫び声のした方を見ると、確かにレーヴェン王国の騎馬が数騎、こちらに向かってきている。しかも天幕に火をつけながら。


 チッと舌打ちが聞こえて、アルテシアはそちらを見る。オズワルドが天幕から出てきていた。重臣たちがオズワルドを天幕の中へ戻そうと「陛下!」と天幕の入り口で叫んでいる。

 だけどそれを無視して、オズワルドは呟くように言った。


「これでは……」


 オズワルドの言葉をかき消すように、徐々にひづめの音が大きくなってくる。ずっとアルテシアの後ろで無言で付き従っていたユイリアがすっと体を前に出し、アルテシアを庇うように立った。オズワルドは腰の鞘から剣を抜いて構える。

 そして、目の前にレーヴェン王国の騎兵が現れた。彼はオズワルドを場上から見下ろすと、「覚悟――!」と叫び、剣を振り下ろそうとする。


「待ちなさい!」


 アルテシアが叫んだ。それでも刃が止まることはない。思わず悲鳴をあげかけたそのとき、オズワルドがすっと流れるような動作で剣を上げた。キン、と甲高い音が響き渡る。騎兵はそれでも諦めることなく再度剣を振り上げ、下ろそうとして――。


「だから待ちなさいって言ってるでしょ! 王族の命令が聞けないわけ!?」


 そこでようやっと、騎兵はアルテシアの方を見た。驚きに目が見開かれる。嫁いだとはいえ、まさかこんな戦場に自国の元王女(正式に結婚は結んでいないが)がいるとは思ってもみなかったのだろう。混乱しているのか、目を白黒させている。

 そんなとき、騎兵が何人も後からやって来た。最初にやって来た騎兵の部下だろう。彼らもアルテシアを見て訝しんだり、驚いたりしている。

 にっとアルテシアは笑った。


「ごきげんよう、兵士たち。とりあえず私を保護しなさい」


「おい!」とオズワルドが叫ぶ。それを無視して、アルテシアは混乱する兵士たちに畳みかけた。


「私がこの場にいると人質に取られるわ。それがまず一つの理由。二つ目はもし私が運良くこの場を生き残ってあなたたちの知らないところで子供でも産んだら、その子を担ぎ出してクーデターを起こす人が出てくるかもしれないこと。三つ目は――これでも半分はちゃんと国王の血を引いているのよ? ――命令に従いなさいっ!」

「は、はい!」


 アルテシアが兵の一人に近づいて怒鳴ると、兵はビクリと体を震わせ、慌てて彼女の手を取って馬の上に乗せた。アルテシアはほっと息をつく。何とかなりそうね。

 そう思いながらアルテシアはオズワルドを見た。戸惑いながらも、その瞳には心配の色が窺える。アルテシアは笑った。


「ちょっと予想外な展開になっちゃったけど、手はず通りによろしくね。――ほら、行きなさい!」


 馬が駆け出す。「アルテシア!」という声が聞こえて、思わず口元が緩んだ。



△▼△



「大丈夫です」


 なんとなく流れで残されることとなったユイリアは、オズワルドにそう声をかけた。オズワルドはユイリアの方を見る。その瞳には不安や恐れなどの感情が渦巻いていた。

 ――シュミル王国の王宮でオズワルドの帰りを待っていたアルテシアと同じように。

 ユイリアはふっと笑った。


「アルテシア様ですから、きっと大丈夫です。それよりも、アルテシア様の要望を必ず叶えてください」


 ユイリアにだって不安はある。ここは戦場。流れ矢が当たってしまう可能性だってなくはない。だけどそれを一切見せることなく、そう告げた。

 そんなユイリアを見て、オズワルドも笑う。


「そうだな」


 そうして、オズワルドは指揮を執るために歩き始めた。

 ユイリアはレーヴェン王国軍のいる方角を見つめる。


(アルテシア様……どうかご無事で)


 一度目を瞑り、そして目を開くと、ユイリアはオズワルドの元へ向かった。何か手伝いをしなければ気が済まなかった。



△▼△



 レーヴェン王国軍の陣につくと、アルテシアは一人で歩き始めた。多くの兵が止めようとするが、ここにいるのは雑兵ばかり。王族に触れることさえ許されないし、アルテシアが王妃から虐げられていることなど知らなかった。

 優雅にドレスを翻しながら進み、本陣と思わしき場所に足を踏み入れた。天幕をくぐる。そこには実に久しぶりに見る異母兄と、軍部の人間がいた。アルテシアは嘴を上げる。


「お久しぶりです、お兄様」

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