4話 街中デートで落としたい!(3)
とぼとぼとアルテシアは大通りを歩く。その姿はとても悲しそうで、道行く人々はアルテシアを見て首を傾げ、オズワルドはいたたまれない表情でアルテシアを見つめていた。
結局お金がないためあの髪飾りを買うことはできなかった。しかもそれを棚に戻した途端、きゃっきゃと可愛らしい声を上げながらやって来た平民の女の子たちに買われて……。
はぁ、と思わずため息が落ちる。街中デートだって張り切っていたのに、まさかお金を忘れてこんなことになるなんて想像だにしてなかった。すごく胸が重い。……胸はあんまりないけど。
そんなことを考えながら歩いていると、デートの最終目的地だったハウザー公園についた。本来ならいろいろな店を回ってから来る予定だったけど、お金がないから店にも入れない。だからデートを早めに切り上げるためにやって来たのだ。……それにここは公園だからお金を払わなくて済む。
(だけど……)
ユイリアがコネを使って一部区画を貸し切りにしてくれるって言っていたけれど、この時間からもうしてくれているのかが分からない。予定ではティータイムくらいに着く予定だったから、これはたぶん……。
不安を覚えながら公園の中に足を踏み入れ、辺りを見回す。色とりどりの花が咲いていて、多くのカップルと思わしき人々がいた。予定通りなら、ここで貸し切りのところに案内されるのだが……誰も近寄って来る様子はない。
(と、いうことは……)
告白をするのなら、必然的に公開告白となる。アルテシアの表情が青ざめた。
(無理無理無理無理! ぜーったいにそれは無理!)
――こ、公開告白なんて! たとえ知り合いに見られていないとしても、それだけは無理!
ひぃ、と心の中で悲鳴をあげながらアルテシアが震えていると、不思議に思ったのか、オズワルドが覗きこんできた。告白のことを考えていただけに、心臓が以前よりも強く脈打つ。
「どうかしたのか? 顔色が悪いようだが……」
「な、なんでもないわよ!」
血の気の引いた顔から一転、頬を朱に染めながらアルテシアは返事をする。――もう、なんなのよ、なんなのよ! そ、そんなふうに顔を近づけられたら照れるじゃない! そう心の中でアルテシアが抗議をすると、「そうか……」と言ってオズワルドは考えこんだ。その行動をアルテシアが不思議に思っていると、突然辺りを見回し、そしてアルテシアの手首をとると勢いよく歩き始めた。
アルテシアが目を白黒させているうちにオズワルドはすたすたと進み、ひとつのベンチの前で立ち止まる。そしてアルテシアを優しく座らせると、「ここで待っておけ」と言って立ち去った。
ぽかん、とアルテシアは呆けたままその背を見送る。いったいどうして彼がアルテシアを座らせたのか、分からない。首を傾げながらも、アルテシアは彼を待つ間、辺りを見回すことにした。
色とりどりの花々は種類ごとに分けられ、半径一メートルはある円形の花壇をびっしりと埋めている。その周りでは平民からお忍びの貴族と思われる者たちが大抵男女二人組で立ちながら話していた。ちらほらとアルテシアのようにベンチに一人で座っている女性がおり、おそらく同じく待っているようにとでも相方に言われたのだと察せられる。
アルテシアは視線を上げた。春らしい青空が広がっていて、甘い花の香りが鼻腔をくすぐり、幸せそうな談笑が耳朶を打つ。ここにいると、なんとなく胸が躍った。
思わずゆるりと笑みを浮かべていると、オズワルドが戻って来た。その手には何故かたくさんの小さな白い花があり、彼はアルテシアに近づくと、それを優しく耳にかけた。ふんわりと強い香りが漂ってくる。首をひねっているアルテシアを見て、オズワルドは笑った。
「髪飾り、気にしていたんだろ? なんとか交渉して、もらってきた」
そう言われて、心臓がどきりと跳ねた。嬉しくて、幸せで、へにゃりと顔がだらしなく崩れるのが分かる。だけどそれを直そうにも直せなくて、そのままアルテシアは「ありがとう」と告げた。
するとオズワルドも顔を緩める。
(この人は……本当に素敵な方だわ)
そう、自然とアルテシアは思った。時々抜けているけど、優しくて、かっこよくて、誰よりも民を案じる人。きっとこんな素敵な人、他にはいない。
そう思うと、おのずと好きだという気持ちが湧き上がってくる。胸が温かくなって、好きだなって思って、アルテシアはゆっくりと口を動かした。
「あのね……私、あなたのことが――」
――好き。そう言おうとしたときだった。
「見つけました、陛下!」
公園の中に大きく響いた声に、ざわりと空気が揺れた。オズワルドとアルテシアが同時に声をした方を見ると、侍従のレオンが二人の元に駆け寄ってきている。その顔はひどく青ざめていて、急を要する事態が発生したことが窺えた。
アルテシアがどうしたのだろうと戸惑っている間に、レオンはオズワルドの前に跪くと、緊迫感を孕んだ声で告げる。
「レーヴェン王国が攻めてきました! 率いるのは王太子、フェルディナンドです!」
△▼△
金色の髪を揺らしながら、フェルディナンドは逃げ出していく農民たちを見つめた。追いかけるのか、と部下に目線で尋ねられたので、首を振る。今はそんなことをしている余裕はない。一刻も早く王都へ行き、シュミル王国を乗っ取る。それが目的なのだから。
部下が前進を大声で告げる。しばらくしてドラの音が辺りに響き渡ると、ゆっくりと隊列が進み始めた。
レーヴェン王国は危うい均衡の上にある。王族や貴族はなんとかして体裁を保とうと少ない資金で豪勢な暮らしを維持しているし、そのせいで平民たちは酷使され、食物も行き渡らず、苦しみ喘いでいた。何度もフェルディナンドが国王や王妃に生活を改めようと言えども、彼らは聞く耳を持たず、挙句の果てに「我らが立派な暮らしをしているからこそ、平民たちに職が行き渡っておるのだ」と言い出す始末。
確かに平常時ならばそうだろう。だが、今は異常な事態が立て続けに起こり、かつてないほど国は弱っている。こんなことをしては民の生活に追い打ちをかけ、国力をさらに弱らせるだけで、何にもならない。
だからフェルディナンドは、シュミル王国に侵攻することにしたのだ。クーデターが起こるようにし、異母妹のアルテシアを嫁がせて油断させ、そして国の体制が混乱しているところを襲う。それがフェルディナンドの計画だった。
(あの国王が渋ったから出陣が遅れたが……きっと大丈夫だろう)
そう思いながらフェルディナンドは馬をゆっくりと歩かせる。レーヴェン王国とは違い、シュミル王国の山々はまだまだ白かった。
ラストスパートです。
花はプリムラ・マラコイデスのメロー・シャワー。




