それ行けKボーイ
「ーー旦那~何でペタン子とチビッ子が馬でアッチ達が歩きなんですか~?」
街の中の家々は、殆ど扉や窓を閉めて閑散としていた。神流達は、レッドが道化の怪物と戦闘した広場に取り敢えず向かっている。皮の防具とダマスカス鋼の武器の装備も済ませていた。
━━オルフェの上には、ティヒゥルビヤンコ村で騎乗の経験がある聖桜そしてイーナが乗っている。
「お前は騎乗出来ないだろ、あとアダ名で言うな、ややこしい」
「普通なら、アッチと旦那が馬で奴隷が歩きですよ。常識を落としたんすか?」
レッドがしつこく頬を膨らまして、クレームを入れてくる。
「オルフェを馬と呼ぶ奴の常識など知れている、2人は実戦経験が無いから危なくなったらオルフェに乗って逃げて貰う」
「新しい御主人様のお面~」
「レッドはカリカリし過ぎね、なんなら騎乗を教えてあげるわよ」
「要・ら・ね・え・す」
4人と1匹は身バレを少しでも防ぐ為に念の為に発注していた色違いのヴェネチアンマスクを装着している。
━━コードネームも付けた。
神流が「Kボーイ」イーナは『Eガール』レッドは『Rレディ』聖桜は『Sウーマン』となった。
━━チームの名前は『KERS』「カーズ」と発音する。中二病の謗りは甘んじて受けよう。ーー早速、道の先に、かなり変化の進んだ上半身裸の平民の怪物男が現れた、映画のウォーキングゾンビのようだ。
「ボォォォォオ!」
「レッドはフォーメーションPM、聖桜は後ろで待機して周囲の警戒、イーナは後方確認してくれ」
「「「了解Kボーイ」」」
怪物男は、4人を視認すると、声を上げて突進する。
「魔物め! この怒りをぶつけてやるっす!」
「Rレッド頑張れ~」
「お手並み拝見ね」
「来るぞ!」
元平民の怪物男は、神流達を見つけると近くにある荷車を持ち上げ投げつけてきた。
イーナと聖桜は、馬で後ろに下がり神流とレッドは両サイドに避けた。
レッドは飛苦無を、4連続で投擲すると、怪物男の胸に斜めのラインで突き刺さった。
「ボォァァァァグッ…………」
神流はべリアルサービルを覚醒させていた。
レッドと同時に簡易詠唱する。
「【麻痺】【睡眠】【伏】」
心臓に撃ち込むと怪物男は痙攣して、目を閉じ前のめりに倒れる。 近付くと背中の脊髄の辺りに、紫の【カプセル】が深々と根を張り寄生し蠢いている。
「レディ、周囲を警戒してくれ、ウーマンとガールは降りて此処に来て欲しい」
周囲を警戒させ2人を馬から呼び寄せると、神流は怪物男の背中を指差した。
「これが、人を狂わせ怪物に変える寄生虫みたいな魔物だ」
「何で動かないの?」
「一応……魔法だ」
「御主人様は凄いです!」
べリアルサービルを、紫の【黒い小箱】に向ける。
「【麻痺】」
紫の表面に撃ち込む。
「ギ……ギ……」
『結構、グロいわね、生理的に嫌な感じがするわ』
『頑張って戦います』
「イーナ、そのダマスカス鋼のアウルで少しだけコイツを刺してみて。その後で聖桜も少し斬ってくれ」
「えいっ!」
「んっ」
イーナがブスッと刺した後に聖桜が軽く斬る。
「理科の実験みたいね、殺虫剤で死なないのかしら?」
「頑張って、やっつけました」
━━その通り実験だ。レベルが存在するという事は、敵に攻撃でダメージを与える事が、肉体レベルを上げる早道になるかも知れない。街中に魔物や悪魔が居るこの世界は危険だ。今の内に試しておいて損は無い。
最後に神流は、べリアルサービルで魔物を真っ二つにする。すると、端から砂になり崩れ靄を浮かばせるとべリアルリングに吸い込まれていった。
「こんなの……初めて見たわ」
「やっとアッチの番すね」
レッドが、怪物男にトドメを刺すべく膝を着きながら首の脛椎に短刀を突き下ろす。
「待て、レッド」
レッドの手が停止し怪物男に切っ先が少し刺さってる状態で止まる。
「何すか? こんなの生かす価値ないですよ」
神流は指輪に喋りかける。
「聞こえてるか? この男の魔力を総て吸い取れ」
「?」
神流が指輪に話し掛けると怪物男から大量の魔力と靄が、うっすら浮き上がりべリアルリングに残らず吸収されていく。男の体に残った魔物の根っこが干からびていく。
「「「!?」」」
━━男が気持ち人間に戻った気がする。
「レッド、怪物でも元は人間だ。もう動く事は無いから放置する」
『危険ですよ。トドメは刺さなくていいんですか?」
━━レッドは、かなり不服があるようだ。
「俺達は、刺さなくて良い。憎いのは解るが、魔力を全て抜いたからトドメを刺す必要は無い。敵は他に沢山居るから放置する」
レッドは神流を真剣に見詰めている。
「……お前の敵は取り憑いた魔物だ。その人にも家族が居る。お前には解る筈だろ」
「………」
レッドは、黙って短刀を鞘に戻し怪物男から【飛苦無】を回収する。神流は、複雑な気持ちであろうレッドの肩を軽く叩いて息を大きく吸い込んだ。
「レッドもう行くぞ! イーナと聖桜は広場に向かうからオルフェに乗ってくれ」
「旦那~設定はどうしたんすか~?」
「悪い、忘れてた。とにかく行くぞ」
神流達は、広場に向けて進んで行く。見える所々に無惨な遺体が転がってるのが見える。
━━
神流が何かを感じとった。
「多分前から2人来る」
直ぐに広場方面から2人の怪物男がこちらに来るのが見えてきた。神流は遠目からベリアルサービルを構える。
「【麻痺】【睡眠】【伏 】」
3連コンボで動きを止める。
「流石ですKボーイの旦那」
「本当に簡単に倒すわねKボーイ」
「御主人様の勝ちですKボーイ」
「…………ああ」
━━これじゃない的な違和感が……。
怪物男達の近くに寄り服の上から膨らみを見せる【黒い小箱】に【麻痺】を撃ち込み、イーナに攻撃させてから聖桜に斬らせトドメを刺させる。
「ギギー!!」「ギ…ギィ」
2体の紫の【黒い小箱】は、砂になり浮き出た靄は、体から出る濁った霞と共にべリアルリングに吸い込まれていった。
進んで行くと街の被害が大きくなってきたのが分かる。家屋の破壊や倒壊が多く見られる。
━━そのせいか、この区画には無残な遺体が多い。破壊尽くしたのか、この区画にはオレ達以外誰もいない。
「魔法を使える貴方が居るから危機感をあまり感じないわね」
「旦那に生意気言ってんじゃねえすよ、まな板女」
「誰がまな板なのよ!」
「まいなた~」
「いい加減にしろ、油断してると大怪我するぞ」
神流は注意を促す。
「奴隷に危機感が足りてねぇっす」
「緊張はしてるわよ。ただ、野外授業みたいね」
━━敵が麻痺して動かないから、実戦や訓練よりも体験に近い。激しい戦闘も無いがイーナと聖桜に少し疲れが見える。
脱水症状にならないようオルフェから皮の水筒を取り皆に廻す。皆で水分補給をしていると家屋の路地から、フードを被った人物が助けを求めてきた。
「たっ助けて下さい!」
「魔物は近くには、もういないので安心して良いですよ」
━━
神流の指輪が締まり出した。
「助けて下さい……邪神様の復活を」
灰色のフードの男の裾から、異形の腕が伸び神流を吹き飛ばした。
「うおおおっ!」
「!!」
「旦那っ!」
「御主人様~!」
神流は、瓦礫の山に埃を巻き上げて落ちる。フードの男は、神流に歪んだ触手を伸ばし追撃しようとする。
「旦那っ! このっ」
神流に追撃しようとする触手にレッドが2連続で投擲する。ダマスカス鋼製の棒手裏剣が異形の触手を貫通し民家の壁に綺麗に突き立った。フードの男の頭部には追加で投げた【クナイ】が突き刺さっていた。
「この程度で、邪神様への限り無い信仰を邪魔はさせない」
男がフードを捲ると顔の半分が、魔の根に浸食されていて、そこにクナイが刺さり脈打っていた。
「!?」
男の足首から触手が這いずりレッドの足首に絡み付いて締め付ける。
「足元が疎かだ。邪神の使徒に逆らう不届き者に天罰を与える。神の力をその身に受けよ」
「何をっ」
レッドが短刀を抜こうと手を腰に当てようとすると一気に持ち上げられて逆さ吊りになる。
「くっ!」
「お前の苦しむ魂は、邪神様の供物として役に立つ。安心して潰れるがいい」
レッドをアッという間に5メートル程垂直に上げると、勢いをつけて一気に地面に叩きつける。
ーースザッ
降ろす途中で触手が斬られ滑らかな断面を見せた。レッドは回転して何とか着地すると足に絡まる触手を短刀で切り離す。
「あれだけベラベラ喋ってれば嫌でも助けられるわよ」
神宮寺聖桜が、太陽の日差しを受け木目調に煌めくダマスカスロングソードを上段に構えていた。




