蔓延る脅威
残酷な描写があります。
ーー墓地の入り口に人影が見えた。
男は不自然な姿勢で立っている、普通なら墓参りなんだろうが手に持ってるの線香では無く人間だった。
片手で、人間の後首を掴んで彷徨つく異様な男は、神流達に気づくと力任せに人間をぶん投げた。
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手前の墓石や墓標を破壊して、千切れながら飛んでくる人間と砕けた瓦礫が2人を襲う。
間一髪で跳びずさり瓦礫を回避した2人。
「あっぶねぇ!」
「大丈夫っすか?」
「ああ平気だ、降ろしてくれ」
レッドが俺を抱き抱え跳んでくれたお陰で、飛来する瓦礫を回避出来た。
━━俺、格好悪いな。
「えっ何すか?」
「何も言ってないだろ」
「グルルゥゥゥゥアアーーーー!」
呻き声を上げ、暴れて墓地の中を破壊しながら、男がこちらに向かって来た。
「アイツ、あれだよな?」
「旦那、知ってるんですか?」
「ああ、お前に教えて貰ったようなもんだけどな。やることは決まってる。フォーメーションPMやろう」
「了解っす」
男が肩から伸びた腕で、墓石を持ち上げようとするとレッドと神流は、左右に分かれて走りだした。
怪物と化した男が、神流に向けて墓石を投げようと構えた瞬間、顔の側面に細身の棒手裏剣が深々と突き刺さった。
腕の付け根には、ダマスカス鋼の手裏剣2枚が深く刺さっている。墓石は見当違いの方へ飛んで行き落下して砕けた。
「ナイスだ、レッド」
神流は、即座にべリアルサービルを覚醒すると怪物男に構える。
「【麻痺】【思考停止】【伏】」
刻印を連続で撃ち込んでいく。
「グゥ、ゥ、ゥ」
━━効きが多少弱いがする。
怪物男は痙攣しながら前のめりに倒れていく。レッドは、飛び込むように接近し怪物男の首に根付く紫の【黒い小箱】に短剣で切りつけた。
一筋に開かれた紫の【黒い小箱】は麻痺の効果でビクビクンとしてから砂のように崩れ黒い靄を浮かし消えていく。
レッドは間髪入れずに、怪物男の後ろの首筋へ短剣を突き刺し介錯する。男は眠るように目を閉じた。男の身体から浮き出る少し濁った霞と魔物の黒い靄は、残らずべリアルリングが平らげていく。
「……躊躇いが無いんだな」
「じいちゃんに命を奪う時は「そこに刃物が元から存在したかのように正確に一瞬で躊躇なく頚椎に差し込み痛覚すら覚えさせるな」と言われてるっす。それにもう人間じゃないっすよ」
「そうか、それよりレッド……よく乗り越えたな」
「旦那のお陰です」
━━怯えの硬直さえしなければ、レッドの実力なら怪物男は眼中に無いようだ。速いし動きに迷いが無いしトドメを差すのに躊躇いすら無い…………。
「そうか、ナイスレッドの赤茄子賞を授与してやる」
「今日は、格段とトチ狂ってますね。アッチは茄子好きですけど」
呆れながらレッドは怪物男から、武器を拭いて回収している。
「殺さなくても、その寄生虫【黒い小箱】を取れば元に戻るんじゃ無いのか?」
レッドが、神流に寂しさを含んだ顔を向ける。
「変身してる時点で、身体中に魔物の根っこが張り巡らされてるんですよ。意識も無いですし魔の根は宿主が生きてる限り生気を使って再生を繰り返します」
「……そうなのか」
神流は片手で祈り2体の亡骸を、道の端に寄せて寝かした。レッドに振り返り頭を掻いて困った顔を見せた。
「レッド、かなり悪い知らせがある」
「何すか? 予想はつきますけど」
レッドは、神流の話しに集中する。
「街中で次々と人が死んでるようだ。さっきの紫の魔物が大量発生してる可能性がある」
「うぇぇ? 本当っぽいですね」
「ぽいって何だよ。まぁいいや、見られたく無いからチョッと墓地の周りを見張ってくれ」
「解ったっす」
神流は、刻印を撃った対象の状態が大まかにだが解る。弱ったり死亡していく数がドンドン増えていく。徐にポケットからヴェネチアンマスクを取り出して装着した。
「出番だべリアル!」
神流は、覚醒してるべリアルサービルを握り締める。
「【並行起動】」
簡易詠唱して発動経路を2つに分岐させる。
「【堕天使融合】!」
神流の身体から、靄のようなエーテル体が、隆起して頭上でベリアルの形を造形し終えるとエーテル体が神流とリンクした。
完成すると目が赤く光りターゲットを確定し終える。黄金の指輪と指先のシジルマークは、頭上のべリアルに膨大な魔力を送り輝きを増した。指輪の光りが収束されて光度を上げると指先のシジルマークが、輝きながら浮かび上がり点滅を開始した。
ベリアル形態になったエーテル体が、身体を奮わせ激しく咆哮を上げる。神流は、それに共鳴させながらべリアルサービルを空に向ける。
「【身体強化】【快活】【自然治癒】【精神冷静】」
次々と撃ち出した魔力の軌跡が枝分かれしていき空中に華を咲かせると全対象に目掛けて飛んでいく。
━━今回は散弾式だ。
着弾を確認すると【堕天使融合】を解除した。
異常者を除いて刻印していた街の住人に強化を施した。弱ってる対象は回復させている。
━━あの怪物だと気休め程度にしかならないだろうが、しないより増しだ。偽善者と言われても構わない。
「旦那~凄過ぎです。頭に裸女が立って喚いていたっす。変態です。トチ狂ってましたよ」
「止めろ、その言い回し……と言うかお前見えたのか?」
「バッチリ見えましたよ」
神流は、【霊視】を解除するのを忘れていた。
「人としての義務は果たした、早く屋敷に戻ろう。イーナと聖桜が心配だ」
共同墓地を離れ神流とレッドは急いで屋敷に戻るべく走りだした。
━━━━***
「んーーっとろけるようだよ、全く絶品だね。このパンケーキは!」
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「食事の邪魔をするなら、僕の為にも君の為にもならないよ。アーサー、殺さないように店から出しといて」
ヤハルア・グランソードの後ろに居た男は、浮き上がり飛来したアーサーの柄頭で胸を小突かれ店の外に出された。
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ヤハルアは、身体をずらして後ろから伸びてきた触手を避けると、手に持ってるパンケーキ用のナイフで、3ヶ所を一瞬で切断して落とした。
ヤハルアは魔力の類いなど微塵も使っていない。技前があれば出来るのだ。
「ギガァァァ!」
「化物だあ!」
「きゃーー!」
「うわぁーー!」
店の店員や客は叫びながら店の奥に避難するが、それ以上逃げる事は無かった。店に居るこの男に絶大な信頼を寄せているからだ。
「良くない気が溢れてると思ったら、デザートタイムまで邪魔するなんて、全くついてないなぁ……お前達は」
振り向くと聖者の剣アーサーは、鞘を着けたまま形相を変えた怪物女の相手をしていた。その傍では触手を切られた怪物男が、涎を垂らし威嚇しながら唸り声を上げていた。
ヤハルア・グランソードはゆっくりと席を立った。怪物男が矢継ぎ早に触手を伸ばしても、全てパンケーキナイフで切り落とされて床に散らばっていく。
「ギグァォァーー!」
ヤハルアが触手の怪物男に興味無さげに歩いて近付いていく。怪物男が手当たり次第に店のテーブルや椅子やカウンターを投げるが、ヤハルアには1つも掠りはしない。
狂ったように腕を振り回す怪物男の目の前にヤハルア・グランソードは優々と立った。
怪物男が首筋を喰い切ろうと牙を剥いて襲いかかる。ヤハルアが横に腕を軽く振ると怪物男の首に真一文字に筋が入った。スライドしていき頭と胴が決別をして、ぐらつくと大きな音をたて倒れた。
怪物男の背中から這い出した紫の【黒い小箱】がヤハルアに飛び付こうと跳ねたが、パンケーキナイフで縦横無尽に切り刻まれバラバラになり崩れて砂と消えた。
横でアーサーと打ち合いしている怪物女の後頭部には、紫の【黒い小箱】がビッシリと張り付いている。
ヤハルアが一閃を入れると紫の【黒い小箱】は真っ二つになり砂と消えていく。怪物女の首の付け根にも最低限の傷で介錯がしてあり息を引き取っていた。店内では客から称賛の声と拍手が飛び交っていた。
「アハッ、お店の中が結構壊れたみたいだけど平気?」
ヤハルアは気軽に店主に声をかける。
「有難う御座います。ヤハルア隊長様、魔物なのでしょうか?」
「モドキだねぇ。でも命を失う位に危険だから今は出歩かない方がいいね。それに僕はもう軍属じゃないからただの客だよ。料金は、ここに置いとくね」
倒れた椅子を戻しその上に銀貨を置いて外に向かって行った。
「アーサー行くよ、食後の散歩に」
入り口に横たわる聖者の剣アーサーは、浮き上がりヤハルア・グランソードの背中に装着された。
━━━━━**
衛兵が吹き飛ばされ足元に転がって来た。
「すいません!セーリューさん」
「だらしないのう、死ぬよりは転がる方がいいだろ! 盾はしっかり持て、なぁ」
「はいっ、行きます」
衛兵は素早く立ち上がり盾を持つと異形となった住民達の攻撃を防ぎに走って行く。
「お前の相手はワシだ。もう言葉も解らんか、なぁ?」
立ったまま何か呟いてる衛兵は、白目を剥いて口に泡を溜めていた。
「ゴボボッ!」
だらんと垂れていた、ガントレットのついた両腕が、一気に伸びてセーリューを押し潰すように掴み掛かった。




