笑顔の先へ
神流は、占い師シグナスの店に訪れる事が出来た。
「ようこそ占いの店ノーザンクロスへ」
温もりのある焦げ茶色の机に座るシグナスの周囲には、平民街とは違う荘厳で神秘的な雰囲気で満ちていた、まるで創られたような。
シグナスから次の言葉が無く、緊張し躊躇していた神流に清流のような声が掛かる。
「どうぞ、席は空いています」
シグナスに促された神流は、チョッと安堵して腰を掛けた。レッドは、声が聞こえるギリギリに立って待っている。
相も変わらず、肌は透き通るように白く、露出していても気品に満ち溢れている。華麗で細やかな装飾が施されている衣装は、白の布に繊細な銀の刺繍がしてある。 全てを見透す宝石のような一双の明眸が、神流を見据える。
何も悪い事をしていないが、神流の中にある怒られたくない気持ちが言葉を詰まらせる、白の景色の中にある艶やかな唇が微かに動いた。
「私の店に女性は連れて来ないで」
━━うわぁ、最初から怒られてしまった。
「あの、えーと、あそこにいるのは、生き別れた弟なんです」
神流は、咄嗟に嘘をついたが、ジーッと見詰められて心臓の鼓動が早くなり萎縮し動揺し始める。
「いや、違うんです。その用事があったり、この店を探したり、それで……」
「今日は、どういった御用件です?」
しどろもどろの神流を離れて見ているレッドは、死んだ目をしている。何故か頭の上がらない神流は、なんとか調子を戻し机の上に白い箱を差し出す。
「この間貰ったストールの御礼です」
シグナスが、箱を開けると刺繍のされた高級感溢れるシルクのストールとハンカチが収まっていた。
「これを私に?」
「頂いたストールの御礼です。貴女のお陰で、ここまで命が繋がりました。そして此れを受け取って下さい」
神流は、高級な革の財布と革の袋を机に置いた。
「すいません、前の占い料金の支払いを忘れていました。今回の分を含めて金貨が200枚入っています。これで御願い出来ますか?」
シグナスの深く蒼く澄みきった明眸が神流の薄く怯える黒い瞳を見つめる。
「あの、お金でどうこうとか、そんなんじゃ無いんです。ちゃんと対価を支払いたかったんです。本当に」
自分でも、何を言っているのか解らなくなってきた。悪い事をしている訳でも無いのに緊張が中々解けない。レッドが呆れている事など見なくても解る。
「恒星デネブは、1万年という時を経て北極星となるのよ。焦らず瞬く星々のように落ち着いて下さい」
見るとシグナスの机の上にある翡翠の水晶が、スーッと小さくなっていき形を変えた。
「貴方はこの街で沢山の闇に触れ傷つき葛藤し苦しみ悩むでしょう。私に見えるのは火の扉と十字架」
「えっ?」
「自分の心に何度も聞くのです。何をすべきかを」
神流の手に自分の手を添えるとスマホのように四角く変形した平たい水晶を手渡した。
「これは、あのっ貴女はっ」
「シグナスと呼んで」
「シッシグナス、貴女は俺が何者か解っているんですよね?」
「ええ、全てではありませんが視えています。残念ですが貴方が此処にいる時間は……もう有りません。その水晶はどんな邪悪でも封せる封印具です。手離さないで下さい」
シグナスの存在が急に薄まった気がした。
「さっ最後に俺は、俺は、」
意識が少しずつ薄れてきた。
『さようなら旅人さん、貴方は【堕天使の奏者】』
意識が白濁し光に溶けるように遠くなっていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~** *
「ーー旦那~何をボケッとしてんすか? チューしますよ」
レッドが、目の前で腕を組んでいる。
「えっチューはしないでいいよ。ここはシグナスは? 占いの店は?」
「何すか? また訳の解らない事を言ってるんすか? 衛兵詰所から、ここまで店なんか何もねぇっすよ。何処に行くんですか? 迷子ですか? また記憶を落っことしたんすか?」
━━またか。
神流の手の中には、四角い水晶が握らされていた。それをポケットにソッとしまう。
━━【堕天使の奏者】それが俺なのか、肩書きなのか解らないが堕天使とはベリアルの事だろう。……やはりシグナスは、俺が悪魔と繋がっている事を知っていた。
「……考えても仕方がない。気を取り直して行くか、レッド俺の要件はもう済んだ。今度はお前の用件だ」
「はぁ? 何で此処まで来たんすか? アッチの用件?」
レッドは、占い師の店の事もシグナスの事も全く覚えていないようだ。
「突然だが、チョコチョコ出掛けてたけどギルドじゃなくて墓参りに行ってたんじゃ無いのか?」
「何で解ったんすか? 愛の力すか?」
「違う、普通に勘だ。俺も手を合わせに行ってもいいか?」
「モチロンいいですよ」
2人で、レッドの親の墓に向かう事になった、平民街からかなり離れた教会の近くにあるらしい。
「街の中に墓を建てちゃ駄目なんで、こんなに離れているんですよ」
「それが当たり前じゃ無いのかよ」
城下町アグアの共同墓地に辿り着いた。
「なぁレッド、此処に訪れる度に悲しくなったりしないのか?」
「小さい時に大樽一杯は泣いたんで、泣きかたを忘れちゃいましたよ。アッチが泣いていたら、父ちゃんや母ちゃんやジイちゃんが心配して天国に行けなくなったら大損ですからね
笑顔のレッドから、気丈と言うより心から家族を想う本心が伝わって来た。レッドに付いて行くと生い茂る雑草の奥に十字架の墓が見えてきた。
━━あれがウィンド家の墓らしい。
墓には短剣の形と解らない文字やマークが彫ってあった。
神流には、もう視えている。
━━赤茶色の髪の男が墓の前に立ち此方の方を見ている。
神流は、既に、ベリアルサービルを覚醒させ柄を身体に当て【霊視】を発動させている。
「旦那、ここですよ。アッチの父ちゃんや母ちゃん達に手を合わせて下さいよ」
「そこに来てるぞ、お前の家族が」
「えっ!?」
神流はレッドにべリアルサービルの鋒をソッと向ける。
「【霊視】」
軽く撃ち込んだ刻印が力を発揮する。
レッドの目には、薄い微光を放つ若かりし父親の姿が急に浮かんできた。
「嘘だ!? 父ちゃん?」
レッドの目に涙が浮かび溢れ出す。
「…………何で今更……父ちゃんも母ちゃんも居なくなってから、アッチは怖くて寂しくて悲しくて……」
レッドの父親ヴァーミリオンは微笑んでいる。横にはいつの間にか表れた母親ハーティの霊が視える。
神流は、余計な御世話だと思いつつレッドに会話が出来るように【万霊的意思疏通】を追加で撃ち込む。
━━霊魂に撃ち込むのは、リスクを考え止めておいた。
(誇らしい俺の娘よ。何を泣く?)
「だって、ボルドー爺ちゃんも死んで誰も居なくてアッチは、ずっと独りで…………」
(娘よ笑え)
(そうよ女の子は笑顔じゃないとお嫁にいけないわ)
レッドは涙と鼻水を拭いて優しく微笑んでいる父と母に幼さを含んだ顔を向ける。
「アッチは、アタシは父ちゃんと母ちゃんに、ずっと言いたかった事があったの」
2人は慈しむようにレッドを見ている。
「父ちゃん母ちゃん、ありがとう! 父ちゃんと母ちゃんの娘で本当に良かった」
レッドの心の奥底に引っ掛かっていた強固な負の澱みに深く亀裂が入り崩れ剥がれていく。
「ソッチの世界の居心地はどう?」
レッドの両親と祖父母は微笑んでいる。
(レッド、強く在るのじゃ)
(何処までも愛しい俺の娘よ、笑うんだ)
(私達はずっーとレッドの傍にいるわ愛してる)
「父ちゃん母ちゃん、ずっと愛してる」
父と母の微光は、煌めいて空気に消えていった。
振り向くと神流が墓に手を合わせていた。
「……旦那……有難う御座います」
「何の事だ?」
「グスッもう、アッチも怒りますよ」
涙を流し笑顔で怒るレッドの心は、澄みきった空のように晴れやかだった。深く根付き心を蝕んでいた【心的外傷・大】は溶けたように消え去っていた。
その最中、街には不穏な空気が生まれつつあった。墓地に忍び寄る魔の脅威が笑顔の2人に襲い掛かる。




