心の廻廊
太陽が天頂を通過した後の風のない昼下がりだった。街路樹の大通りに面した家々が、そこに午後の日蔭を 創り出していた。
「旦那~何処行くんですか?」
「アルマンド達の衛兵詰所だよ」
神流はレッドを引っ張って貴族街で世話になった衛兵の所に行こうとしていた。
「レッド、規格外のヤハルハ氏のせいで気になったんだが、お前の肉体レベルってどれくらいなんだ?」
「旦那ぁガッカリしないで下さいよ、15ですよ」
神流が予想していたよりずっと上だった。
「レベル差は有ると思ってたけど、そんなにかぁ、因みに肉体のレベル3てどれ位の強さなんだ?」
「10歳の立派な青年位ですよ」
「そこは気を遣わなくていいよ、子供並みか……」
よく迷宮攻略とか言えたな俺……。
「ホー婆がボケてる可能性がありますし、鍛えれば旦那なら直ぐですよ」
珍しくレッドが気を遣っている。試しに神流は聞いてみる。
「直ぐに? どうやって鍛えるんだ?」
「屋敷の2階から飛び降りて受け身を取ったり木の枝から枝まで片足だけで跳び移ったり……」
「何で俺が忍者の修行みたいな事するんだよ? パワーアップの前に大怪我するだろ」
「冗談ですよ。肉体レベルと関係無しに旦那の強さは証明されてますよ」
冗談の割りには随分と内容がリアルなんだよな。
「慰めてくれてるのか? レッドのくせに」
「何を言ってんすか!慰めじゃねぇですよ。旦那の使ってる魔法って上位の魔術師や魔導師が使う魔法の性能や規模を無視してる位特別なんですよ。あんだけバカスカ使ってたり訳の解らない規模の魔方陣を構築したり何処が魔力1なのかサッパリですよ。その100倍は凄い事してるんですよ!」
レッドは話を続けるが、声は小さくし周囲に聞こえないようヒソヒソ喋りだした。
「それにあの軍団長の貴族様だって、腕力とスピードだけじゃ上位の悪魔を一刀両断には出来ねぇです」
━━興味深い話だ。あの男が倒せない魔獣や悪魔など想像する方が難しい。
神流は何故か尋ねる。
「知性を持った殆どの上位悪魔は、体の表面に物理と魔法の無効や耐性や反射とかを施してるんですよ。半減したり弾かれたり呪われたりで、こっちが直接攻撃するのが損な訳ですよ。
致命傷を与えられず反撃を受ける事は死に繋がりますからね、逃げるか集団で対峙するのが当たり前です。その上位悪魔を旦那は1人でぶった斬って消滅させたっす」
━━そう言えば、あの時の俺が持っていたのは普通の山刀だ。指輪が光ってた気もするから、全部べリアルの力と言うことだな。アイツにもつ鍋でも食わしてやるかな。
「ありがとな良く解ったよ。レッド、俺がお前のレベルを見てみても良いか?」
「ええっ?なんて、今更驚かないですよアッチのフルーツボディの隅々まで見てみてもいいっすよ。どうぞ」
「レベルだけでいいから、覚醒」
神流はべリアルサービルの柄を持つと、レッドの手の甲に初使用の【情報】の刻印を付けた。すると神流の目の前にレッドの情報が流れ出た。
神流の目に必要以上の詳細が見えてくる。人族、レベル16、内蔵魔力値29【心的外傷・大】【先祖の加護】【盗術、体術、忍術、精霊術を体得し者】【闇の精霊の加護】等々。
神流は、その内の1つ【心的外傷・大】が気になり意識を集中した瞬間、凄惨な場面が次々と現れてくる。
━━ん……扉の前で蹲る赤茶色の髪の男が居た。目も当てられないような酷い有り様だ。切り傷、刺し傷、火傷、片目も潰されてる、痛々しいリンチ、いや拷問をされたのだろう。この男が、レッドの父親らしい。それが化物と変わり果て紅い髪の母親を押し潰すように壁に叩き付けたのが解る。子供のレッドは不安で泣きながら裸足で走り続け着いた衛兵詰所でセーリューさんを必死に大声で呼んでいる。
「くっ」
セーリューを連れて戻ると家の壁が殆ど崩壊していてレッドの祖父が血だらけで倒れている。レッドが縋りついた母親は、物言わぬ遺体となり虚空を見つめていた。更に半怪物と化した父親の胸には巨大な空洞が出来ていて無惨な死体となって仰向けに倒れている場面が神流に見える。
━━俺は正気を保っていられない。気を抜いたら狂って仕舞いそうだ。死亡した父親に寄生し取り憑いていた。紫の【黒い小箱】の魔物が襲って来たのを顔前で、初老のセーリューが串刺しにしたようだ。
父親に残虐な拷問をしたのが、莫大な権力を持つ貴族だと知らされ絶対に反目してはいけないと繰り返し教育される。貴族に逆らえば父親と同じ目に遭わされ殺されるかもしれないと恐怖。
祖父から、貴族と関わる仕事を再三禁止されて胸に穴の空いた父親の直接的な死因を探る事も出来ない。復讐する為の情報も術も両親の存在も無く心に闇が積み重なる少女時代。
寄生した紫の【黒い小箱】が、父親を化物と変身させ結果殺した恐怖。
どす黒い想いでの総てが、心の底にヘドロのように張り付き貴族を見れば自然と脚が震え恐怖に竦み上がる。顔の前に脚を広げた紫の【黒い小箱】を思い出すだけで、父親と母親の死体を思い出してしまい心が錯乱し自分を保てない。
レッドは長年、恐ろしいフラッシュバックに苦しんでいたのだ。
「ううっかはぁっ!」
想像を遥かに越える残虐で残酷な光景に目眩がして膝を着いた。横隔膜が不自然に蠕動し咽が荒く押し通る呼気に悲鳴をあげた。
「うぇほ!げほっえほっ!」
神流の心には重過ぎた。心臓を握られたように苦しくなり、息が切れ切れで上手く吐けず過呼吸の状態になった。
「ーー旦那!! どうしたんすか!」
心配したレッドが背中を擦る。
「だっ大丈夫だ。はぁはぁはぁはぁっ」
神流は、何とか立ち上がり、近くの気に手をついて肩で息をする。
「大丈夫には見えないですけど、アッチのレベルにビックリ仰天ですか?」
「レッド、こっちに来てくれ頼む」
「何すか?」
神流は、哀しみに抉られたように胸が苦しくなりグーっと締め付けられていた。崩れそうな心を踏みとどめ、レッドを抱き寄せて頭を強く抱きしめた。
「嬉しいです。やっとアッチの魅力に気付いてくれたんすね。……チョッチョッと強すぎですよ。聞いてますか聞こえてますか?旦那?」
道行く通行人が一目見ては通り過ぎて行く。
「旦那、流石に此処で迫られても…………って泣いてるんですか?」
レッドの顔に、神流の止めどなく流れる涙の粒が、落ちていた。
「お前には敵わないな」
神流は小さく呟いた。
この世界は1人の人間が、こんなに悲しい人生を背負わなければ、いけないのだろうか? レッドは何故こんなに明るくいられるのだろう。
「……人のレベルは見るものじゃ無いな」
悲しげに微笑みレッドを放す。ゴシゴシと顔を拭った神流の目頭と鼻は赤みがかっていた。
「何の話しですか? 旦那の言うことは相変わらず解らないっすよ」
「早くアルマンド達の所に行こう、行く所が増えた」
「何処でも行きますよ」
神流達は衛兵詰め所のアルマンドに御菓子のお見舞い品を届けた。傷は完治していたので、べリアルの刻印は解除しておく。2人は挨拶をして衛兵詰め所を後にする。
「そう言えばお前のレベルは、16だったな」
「中々上がらないアッチのレベルが、やっと上がりましたよって、ハイドに行くならソッチじゃねぇですよ」
「そうか良かったな、別の場所だよ」
神流は優しく反応する、平民街を雑用屋ハイド方面に歩いているから、レッドは勘違いしていた。
「ここら辺だと思ったんだけどなぁ」
「迷子になったんすか?」
神流が、見覚えのある路地を何度も曲がっていくと……
「ああ、やっと見つけたよ」
「占いの店、ノーザンクロスへようこそ」
神流は、占い師シグナスの元に訪れる事が出来た。




