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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
四章
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地下's BARの女性

 

 ヤハルア・グランソードが気を発しスプーンが、神流(かんな)の眉間に狙いを済ませて闘気を纏わせた手首ごと固定された。


 それだけで普通の人間なら命の危機を感じざるを得ない。神流(かんな)も例外では無かった。


 ━━


 弾が射出されるように一瞬で、神流(かんな)の目の前に踏み込むと眉間にスプーンを突きつけて停止していた。遅れて疾風が起こり二人を揺らすとスプーンの先がペキンと折れて落下した。


 神流(かんな)は瞬きする事無く自分に向けられたスプーンを睨みつけていた。


 ━━殺気のような物は感じ無かったけど、間違えたら死ぬかも知れないと始まる前からヒヤヒヤしてたよ。


「とても良い目だよ。練習すればとても強くなれる」


「…………私を殺す気ですか?」


「アハッそんな事しないよ。君さえ良ければ、僕は君と友達になりたい位だよ」


「私は平民ですので、御断りします」


「アハッ本当に残念だよ、友達は1日にしてならずだね。まだ街に滞在してるから、また来るよ。程好く練習してねぇ、アーサー帰るよ」


 床で寝ていた聖者の剣が、ゆっくり浮き上がるとヤハルアの背中に来てくっ付いた。嵐のように鮮烈な剣術指南役は手を振り鼻歌を歌い帰って行った。


「…………」


 とんでもない朝練だった、強制朝練とか誰得なんだ?


「頭の先から足下まで、汗でベタベタだよ。風呂に入って汗を流したい湯を沸かそう」


「昔の特訓を思い出したっす」

「あの男、ただ者ではないわね。注意した方がいいわ」

「御主人様、命を懸けて頑張りました」


 全員で浴場に向かい汗を流して掛け湯をしてから全員で湯船に入る。神流(かんな)は1人でゆっくり入浴したかったが汗だくの皆に「先に入浴するから待ってて」とは言えなかった。神流(かんな)は浴槽の枠に寄っ掛かり深くため息を吐いた。

 

「ああ~朝からマジで疲れた」


「極楽っす」

「いい湯ね」

「温か~い」


 それぞれ、湯船に浸かり楽にしている。


 ━━イーナは、泳ぎたそうだが、俺の前では大人しい。勿論、俺が皆の裸体をガン見することは無い。社会人としての理性は、俺の最後の鋼鉄の砦。……実際は簡単に陥落するハリボテ砦なので、事前にべリアルサービルを使って【冷静(メンタルカーム)】を自らに撃ち込んでいる。


「レッドは解るが、聖桜(せお)は何で混浴に抵抗無いんだ?」


「村の水浴び場は男女共同しか無かったから、もう慣れたわよ。白虎族の男は、獣人だから好みの問題で私達に全く興味を示さなかったし」


 ━━逞しい。 俺なら、いつ食い付かれて丸かじりされるか、ビクビクしていただろう。1年別世界に居れば慣れるよな。んっ私達?


「だからってコッチを見ないでね」


「一度も見てないだろ! バスタオル持ってこい」


「旦那は、そんな水平線に興味ねぇす。むしろアッチのこのボディをしっかり見て欲しいす」


 神流(かんな)は湯船で顔を洗ってレッドをスルーする。レッドは抗議の視線を向けるが神流(かんな)が振り向くことはなかった。


「……やっぱ、評判通り桁違いっすねぇ」


 レッドが、あの規格外貴族の事を知っているらしいので少し聞いてみると。


「元王都の魔鋼騎士、『黒薔薇』の軍団長ですよ」


「何その乙女チックな騎士は、何なんだ? 女ばかりの騎士とか?」


「浴びた返り血が酸化して黒くなって、鎧が黒い薔薇に見えたからだそうですよ」


 ━━何だ、その食欲無くなりそうな理由。


「さっきの見たら疑う方がムズいな」


「噂だけで、アッチも本人を見たのは初めてですよ。貴族に逆らうと元軍団長を送り込まれて刻まれますよ。旦那、アッチを守って下さい」


 神流(かんな)は、背中に寄り掛かってくるレッドを肘で押し返す。


「お前が、子供扱いにされてるんだぞ。どう考えても俺が守ってもらう(がわ)だろ?」


「本気は出してねぇすけど。多分、闇討ちは全く無理っすねぇ」


「そんな事、誰も頼んでない。イーナは逆上せない内に上がるんだよ」


「はい、頑張ります」


 イーナの首筋に赤みがかった可愛いホクロがあった。大人になったら色気に添えられるのだろうと神流(かんな)は思った。


 風呂を出ると先に出ていた聖桜(せお)が、ダマスカスロングソードを素振りしていた。


「練習の相手をして欲しいの」


「嫌だ」


 神流(かんな)は頭を横に振る。


「別にレッドでも良いわよ」


「でも!?……上等っす。喉をかっ切ってやるっすよペタン子」


「誰がペタン子なのよ!」


「いい加減にしろ、聖桜(せお)は危ないから鞘を付けるか、端っこで練習してくれよ、終わったらイーナを手伝ってくれ、レッド、出掛けるから付いてこい」


「解ったわ」

「了解っす」


 神流(かんな)は、溜め息をつきながら、聖桜(せお)とレッドを上手く引き離す。


 ***


 街中を気儘に歩を進めるヤハルア・グランソードの足が誰も居ない路地の手前で止まった。


「アハッわざわざ待っていたの? 老人は暇だねぇ」


「馬鹿言うでない。相変わらず失礼な奴じゃ。結果を言わんか」


 街角からホワン・ウネが姿を現して杖を床について鳴らした。


「別にお婆さんに言われたから訪問したんじゃ無くて、子爵様の顔を立てただけだよ。教え子のお礼も有ったしね」


「で、どうなんじゃ?」


「彼に悪い気なんて見えなかったよ。寧ろ赤い髪の子の方が気になるよ、ただね……」


 興味深くホワンは聞き入る。


「同じ目を見たこと有るかなぁって、思った位かな」


「……何処でじゃ?」


「王都の地下牢獄で、拷問を受けた囚人達の目さ」


「!」


「カンナ君は相当苦労してると思うよ。良くあんなに明るく出来るよね。料理も御馳走してくれたしね。老い先短いお婆さんは、国や街の心配して若者の芽を摘むより、家族とお茶を飲む時間を大事にしたら?」


「余計な御世話じゃ。街に入れた責任感で気になっただけじゃ。なんて口のききかたじゃ、ワシは帰る」


 必要な情報を聞くと怒りながらホワン・ウネは帰って行った。ヤハルア・グランソードは語りかける。


「悪そうな者が悪事を働く訳じゃない。悪事を働いた者が悪人や罪人と呼ばれるだけなんだ。そうだろう? アーサー」


 ヤハルアの背中に在る聖者の剣は、相槌を打つかのように柄についた魔石を光らせていた。


 *** *** *** *** *** ***



 ◇平民街の地下の暗がりに造られ入り口を閉ざされたバー


 照明はキャンドルのみで店の中は適度に薄暗い。妖しく揺らめくキャンドルの炎がよりいっそうムードを引き立てている。

 どういう訳かバーテンダーはおらず、バックバーに並ぶウィスキーやボトルは緊密に張り巡らした雰囲気を静かに保つだけであった。


「相変わらず、最低の場所ね」


 その女は誰が見ても美人である。しっとりとした金髪に対比されて明るく輝くエメラルド色の瞳で入り口をつまらなそうに眺めていた。

 バーカウンターに座る女は、不機嫌そうな表情を浮かべている。その言い分は概ね当たっている。


 棚に並ぶカクテルグラスは埃にまみれ、壁紙は剥がれ非常に薄暗い。そして、店内の床には何かしらの骨が無惨に転がっている。


 暫く眺めていると狭い入り口から不自然な人影が現れた。


「汚い場所で申し訳御座いません。これをドウゾ、御賞味下さい」


 眼鏡を掛けた紳士の男が彫金の施された杯を手渡した。座ったままで金杯の中に指を差し入れて漆黒の蜜を掬うと口に持っていきねぶるように舐めた。


「薄いわね。悲哀も怨恨も恐怖も」


 舐めた指を見て溜め息を溢す。


「街の中ですが、規模が小さかったので妥当かと」


 紳士の男は頭を下げる。


魂液(スピリットオブハート)は?」


 金杯をクイと飲み干してスッと男に滑らして返す。


「……全てマルファス様の元に」


 一瞬で女の表情は怒気の炎で侵食された。


「全て? お前なんて大嫌い。灰にして殺そうかしら」


 女は男を睨むと手の平に怪しく煌めく瘴気の渦を創り出した。


「御許し下さい! 私奴わたくしめがマルファス様に逆らうなど、とても無理です。あの方達のお陰で莫大な瘴気がこの地に生じ、闇の恩恵事を受けている事実は疑いの無い事実で御座います」


 男は両の手を握り祈るように必死に許しを乞う。


「フン、思い通り行かないわね。嫌いよマルファス、ううん━━この世界そのものが嫌い。みんな死ねばいいのに……もう街を滅ぼそうかしら。ーー立ってないで、こっちに来るのよ」


「お分かり頂けましたか」


 呟いたあとに、男を呼び寄せると、男の額に指を当てて瘴気を波紋状に注入し始める。


「なっ! グヌッヌッグッグッ」


 男は狂いそうな、嗚咽を上げる。


「すぐに次の採取を始めるのよ、終わったらマルファスに連絡を入れず私の所に来るのよ必ず」


 苦々しくそう言い放ち背を向ける、腰まで伸びた長い髪の毛が、ワンテンポ遅れてその背中にバラッと舞った。


「御意に……ヌブゥ」


 出ていく男の姿が変わり変身していく。白い4本の腕と立派な牛の角そして、筋肉隆々の邪悪な背中が見えていた。


「まったく……使えないわ」


 男が出ていった入り口を見つめ溜め息をついた女の瞳は、爬虫類のように瞳孔を狭め楠んだ凶兆の輝きを発し続けていた。


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