ヤハルア・グランソード 2
自分の講義に満足したヤハルア・グランソードは、食事を終えて立ち上がる。
「そろそろ頼まれた義務を果たそうか。君達、全員剣を持ちなさい」
宮廷指南役ヤハルア・グランソードの授業が始まる。
「どうしたの? 君達、練習しないの?」
食卓の横で、剣術指南をいきなり始めようとする、ぶっ飛んだヤハルア・グランソードに一同が唖然とする中で、神流は言い難そうに伝える。
「申し上げ難いのですが、剣術指南の話しもヤハルア様の御話しも、子爵様から全く連絡が無くて何も聞いて無いんですよ。練習用の剣など持ってないですし何も用意してないんですよ」
「あそこに立派な剣があるじゃないか、あれでもいいよ」
ヤハルアは、壁に立て掛けられた神流のダマスカスソードと聖桜のロングソードを見付けて指差した。
神流は苦手なタイプだと感覚で理解していた。
「イヤイヤ、あれは飾る為に購入したんです。怖くて持てないですよ」
「そお? じゃあ僕が出そう」
長細い袋から1メートル位の棒とその半分位の棒を出して長い方を神流に手渡す。
「僕が遊んだり練習する樫の木の棒だよ。皆に教えるのにも使ってるから使って使って。よし、カンナ君持った? 構えて思い切り打ち込んで来て」
「恥ずかしいのですが、私は正式な剣の持ち方も構え方も知らないのです」
嘘偽りのない本当の話だ。武器の持ち方など普通の人生を歩んでいて、知ってる人は少ないに決まってる。其にしても、この人はグイグイ来るなぁ。
「それにヤハルア様は素手ですよね。何も持ってない人に打ち込め無いですよ。気持ち的に」
「アハッそうなんだ。構えは何でも良いよ? 気になるなら僕は、これを持とう」
食卓にあった、銀のスプーンを持つと神流にスプーンの先を向けてヒラヒラする。
「さあさあ、魔物討伐のつもりで打って来て良いよ~」
ふざけてるみたいだし軽く付き合って、とっととお帰り願おう。練習した事実が残れば文句無いんだろ。
神流は、食卓から少し距離を取り棒でスプーンを叩き落とそうと振り込む。
コァーン!
棒の根元までスライドしたスプーンに掬われると、棒が舞い上がりヤハルアの手にキャッチされる。
「ハイ、もう一回だよ」
神流の背に戦慄が走る。
しっかり握っていた筈の棒が上に跳ねた。何故だ? 手品か?
次は上から押すように力を入れて、スプーン目掛けて振り降ろす。しかし結果は一緒だった。
「繰り返し繰り返し、体に振り方と間合いを覚え込ませるんだよ」
振り込む舞い上がる。振り下ろす舞い上がる。
振り込む舞い上がる。振り下ろす舞い上がる。
振り込む舞い上がる。振り下ろす舞い上がる。
振り込む舞い上がる。振り下ろす舞い上がる。
振り込む舞い上がる。振り下ろす舞い上がる。
振り込む舞い上がる。振り下ろす舞い上がる。
「……はぁはぁ、ヤハルア様この辺で御容赦を体が持ちません」
「まだ20回もやってないのに大丈夫? 若さ?」
体力だけでは無い。物理的に異質なやり取りに頭が混乱し始めて冷や汗が止まらなくなったからだ。害意が無いからか、指輪は全く反応していない。魔力遮断の手袋をしているからか眠っているようにさえ感じる。
「じゃあ次は黒髪の奴隷の子に棒を渡して」
今更だが何故、俺以外の人間が剣術指南の対象に入っているのだろう。
「せっ聖桜と言います。遠慮は致しません」
神宮寺聖桜が、御辞儀をしてから樫の棒を中段に静止し水面のように静かに構えた。
「アハッ、セオ君ね、奴隷なのに姿勢と気迫はヨシだ。遠慮せず倒す気持ちで来なさい」
変わらずスプーンを持って、ヤハルア・グランソードは自然体で構えている。遠慮など微塵も感じさせない。聖桜が踏み込んだ。
「さあーーっ!」
スプーンではなく、小手を狙った一撃を高速で打ち込んだ。
━━ハカッ不意打ちかよ。当たれば骨折コースだ。なんて事を……。
コワァーン!
「!」
神流と同じように棒はクルクルと舞い上がりヤハルア・グランソードの手にしっかりとキャッチされる。驚愕した聖桜を気にせず、ヤハルアは続ける。
「かなり良いよ。サァ、もう一度行こう」
聖桜は、目を瞑り正座して座ると左の腰に棒を差して口を開いた。
「参ります」
ーーキィーン!
一瞬で棒が横凪ぎに走ると初めてヤハルアが、スプーンで棒を受けた。……が、やはり下から捲り上げられる。
「とても良い。素敵な一撃だねぇ、2回とも珍しい振り方だよ。斬新だねぇ。スプーンがもたないから、最初ので練習しよう」
段持ちの聖桜の棒が50回は跳ねて舞い上がった。御辞儀をした聖桜は深い呼吸をゆっくりと繰り返して息を整えている。
「すぅーーっ……ふぅーーっ……」
「じゃあ君いこうか? 僕の小さい教え子達が使うのと同じのだよ」
イーナに短い棒を渡す。
「御主人様のイーナです。上手く刺せるように命を懸けて頑張ります」
「刺す? 命? ヨシ要望に応えよう、半身になって棒は下から握り親指を添える。それで僕の心臓を狙って突くんだよ」
「はい解りました。えいっ!」
いきなり突いたイーナの突きも簡単にスプーンで受け流していた。20回突いてオーケーが出る。
「じゃあ最後は君かな?」
「いや、アッチは……」
下を向いてるレッドを呼ぶが、反応が悪い。
「ん~~場所を移ろう」
全員でロビーに移動して、棒を持たされたレッド・ウィンドとスプーンを摘まんだヤハルア・グランソードは練習を再開する。
「チョッと待ってね」
ヤハルア・グランソードがスプーンを持った右手を上げて左手と交差した。見えない速度で斜めに振り下ろしたスプーンと手刀が空間を切り裂く。風圧でレッドの手から棒が落ちる。
「良くない気が、溜まってたから切っておいたよ。さぁ、練習練習」
━━気を切る。なんだそれ?
周囲に拡がった風を無視してヤハルアは続ける。驚き過ぎて神流は心の顎が外れていた。
レッドは、イーナが持ってる短い棒と取り替えて貰い練習を開始する。
レッドは武器を支点に残し身体を移動させる戦い方だ、ヤハルアの棒に当てようとしても当たる前に棒が舞い上がり、回転も体移動も出来ない。
「動きは良いけど勘頼りだから当たるまでは、確認しないと落とされちゃうね」
棒に当てさせて貰う形を数十回繰り返して終了する。レッドは額も背中も汗でビッショリだった。闇雲に当てるとバランスを崩すようにヤハルア・グランソードが力を調整していたようだ。レッドは頭を深く下げて後ろに下がる。
「もう誰も居ないでしょ? カンナ君、最後もう一度だけ練習しよう」
「……本当に最後で御願いします」
食傷気味の神流は棒を持って構える。
━━!
するとヤハルア・グランソードは、半身になり身体から凄まじい威圧感を強烈に発し出した。鬼気迫る闘気を纏わせた右手に添えられたスプーンの鋒が神流の眉間に狙いを済ませたまま射出された。




