殺鬼の岩妖精
ローク・ロードスが、100キロ以上ある鉄の椅子を退けると、地下への階段が現れた。
「親父……何を……」
「なんて真似を!」
「うるせぇ!小僧良い物を見せてやる、付いてこい」
全く酔っていないローク・ロードスは、神流に付いてくるように、大きい革のグローブを付けた手で手招きをする。
其を見ているドワーフ達が、何故か緊張しているのが解る、かいた冷や汗が、顔を伝い床に垂れていた。
━━嫌なアレがする。
嫌な予感を覚えた神流だが、ロークに言われた通り地下へ付いて降りて行くと、其処には、店より広い地下空間が掘られていた。
地下には、鉄や錆の匂い、そして土や火薬や油の混じった独特の匂いが漂う。
見渡すと、広い洞窟の中には、鉄の塊や鋼材等の原材料が並び、工具や鍛冶道具そして修理中の武器が、所畝ましと立て掛けて置いてあった。柱ごとに、光る鉱石が埋め込んであり、ランプだけで充分見渡せる。
「コッチだ、小僧」
岩石を削って造ったテーブルの上には、革のシートが敷いてあり20~30本の刃物や刀剣が並んでいた。神流は薄暗がりで目を凝らして刃物を見つめる。
それは、刃体から口金まで、びっしりと木目状の模様が流れるように描かれた美しい刃物だった。
微妙な陰影が薄暗がりの中でも、ハッキリ解る。余りの美しさに神流は見入ってしまう。
そんな神流に声が掛かる。
「その中から1本選べ!」
いつの間にか、後ろに回っていたローク・ロードスの両手には、異形の手斧と両刃の斧がしっかりと握られていた。
~~~*
「武器を磨いてるだけなんて、楽な仕事っすねぇ」
レッドが若いドワーフをからかう、若くてもレッドの死んだ祖父より年上だ。
「何を言ってんだよ、オヤジが武器にしか興味無いから、店の清掃、接客、販売、修理、在庫管理、顧客管理、ベルトラムへの発注と納品まで2人でこなしてるんだから、すげぇ忙しいよ! やらないとオヤジのメガトンハンマーの拳が、飛んで来るから堪んないよ。人族なら、老人として労られる年齢なのによう、まったく」
「異世界ブラック企業ね」
「ぶらっくきぎょー?」
カウンターに居る別のドワーフが、聞いてくる。
「其より、何でお前達が店内購入を許されたのか謎だ? 教えてくれ」
「うちの旦那が酒をたらふく御馳走すると言ったら、ロロ爺がオーケーしたっす」
「アル中ね」
「あるちゅーのね」
「オヤジは酒は大好きだがそんな事で、100年以上の決め事を破るとは思えないんだけどなぁ」
「この店の地下には、ドワーフ以外入れた事が無い。お前達は降りて行くなよ。俺達が怒られたら、たまらん」
若いドワーフは首を竦めた。
***
━━━店の地下では異形の手斧と両刃の斧を握るローク・ロードスから、うっすら鬼気が立ちのぼる。ロークは髭に覆われた口を開く。
「それはダマスカスソードと呼ばれる代物じゃ。その殆どが異種の金属を積層鍛造し模様を浮かび上がらせ、弟子が仕上げた物じゃ。その中の1本だけが、純ウーツ鋼から精製し、本来のダマスカス鋼の模様を内部結晶作用で出して、ワシが精魂込めて仕上げまでした業物じゃ』」
神流は、全身に這い回る嫌な緊張を抑え、ローク・ロードスに質問する。
「全部、見たこともない素晴らしい刃物だと思います。……あのぅその手に持ってる斧は、どうするんですか?」
「世辞はいい、その中からワシが仕上げた最上級のダマスカスソードを選べ。間違えたら酒は残念だが小僧、お前を細切れの肉片にして此処に埋める」
「ハァ!?」
━━全く理解不能だ! 青山羊悪魔を思い出す。何でそんなイカれたマンガの主人公みたいなことをしなければならない? 刻印の副作用や反作用なのか?
神流は、背中に冷や汗をかき、嫌な予感が的中したことに嫌気がさした。
「すっすみませんロークさん、御断りしたいんですが。断る方法と理由をお聴きしてもいいですか? 私が何かしましたか?」
「此処はドワーフの秘密が眠る場所じゃ。表沙汰になれば此処に憲兵が来るじゃろう。150年守り抜いた秘密を…………気付いたら、お前に破らされた」
「なっ何を仰有います? 私は、全てロークさんから許可を頂いています」
「そうじゃワシが許可した。だが何かがおかしい、其がワシにも何故なのか判らん。お前が何かしたのか自分の意思じゃない気がする。しかし、確信がない。だから問答無用で殺さずチャンスを与えお前を試す。この中からワシが仕上げた剣を選んだら運命だと諦めるわい。失敗したらお前は勿論だが、望めば上に居る奴隷も一緒に眠らせてやる」
━━!
神流から、怒気が静かに巻き起こりローク・ロードスを睨み付け告げる。
「信じられない程、勝手で滅茶苦茶な理由だが、やりましょう! 失敗しても抵抗はしますし、上の家族にも手は出させない」
ローク・ロードスの口角が、持ち上がる。
「お前の強者を恐れない、その眼じゃ。得体の知れない魔素を感じるのに殺気も邪気もない。それがワシを惑わせる。ワシもお前を刻んで肉片にしたくない気持ちはある。ワシも命と拳を賭ける。お前も命を賭けて選べ」
神流は、呆れと憤りを含んだため息を何度も吐いてから、岩のテーブルの前に行き刃物を1本づつ手に取り比べる。……………………が全く違いが解らない。後ろでは、鬼気を滾らせるドワーフが、両手に斧を持ち出口を塞ぐように仁王立ちしている。
並べてある剣は全て名剣なのだろうが、模様も長さも厚みも大体似たような物だ。無為で無意味に感じる時間だけが過ぎていく。暗いせいだと言いたいが、明るくても同じだろう。
神流が、悩み時間を浪費している最中にローク・ロードスから死刑宣告に似た声が掛かる。
「…………もう決めて貰うぞ」
神流は、もう勘に頼るしかない。間違えたら命を賭けた闘いが此処で始まる。一番強そうなのを手に取ろうと手を伸ばした刹那、頭の中に街で出会った、白い衣装の占い師シグナスの言葉がよぎる。
「迷ったら私を選ぶのよ」
神流は、白い柄の剣を手に持った。
「それで良いのか小僧……」
ローク・ロードスが、手斧のグリップを強く握りしめ終了を告げようとすると、神流の視界に変化が訪れる。
神流の目に並べてある剣の中の1本が、うっすら白金色に見えてくる。シグナスに貰ったストールと同じ色だ。神流は即座にベリアルサービルを覚醒させ自分に【霊視】を撃ち込む。
すると、1本だけ神秘的白金の光を放ち輝いていた。神流は、白金に輝くダマスカスソードを握りロークロードスに見せつけて掲げる。
「これだ、間違いない!」
提示された、ダマスカスソードを視認したローク・ロードスの瞳孔は極限まで開き驚愕の表情を見せた後、諦めるように体の力を抜いた。
「お前の勝ちじゃ……ワシが教えたとはいえ、この場所を知られたら終わりなのじゃ。お前を殺そうとしたワシを、その剣で刺して殺すとよい! 此処の土と還ろう。うちの若い衆には死んだ時の事は伝えてあるから、遠慮するな」
ローク・ロードスは、手斧を床に深く突き刺し清々しい位に潔く頭を傾け、首を差し出した。
「嫌です。言ってる意味が最初から最後まで理解不能ですよ。それに私は賭けを受けてないし、ロークさんが死ぬことも許す事が出来ない。人殺しなんてまっぴらごめんですね。自殺しようとしても死にもの狂いで邪魔します」
ローク・ロードスが下から神流を睨み付ける。
「……此処の事は誰にも喋りません。自分の魂に誓って」
神流は自分のの胸に手を当て、真剣に岩精霊を見据える。
「お前を殺そうとしたんじゃぞワシは…………」
呆気に取られた、ロークは神流を暫く睨んだ後に笑う。
「ゴハハッ!嘘を言っていないのが解るぞ! 信じるぞ! そうか、では御主にそのダマスカスソードを進呈しよう」
意気揚々と立ち上がるロークは嬉しそうに話した。
「自慢じゃないが、ワシの造った剣は鉄の鎧を切っても刃毀れせず、柳の枝のようにしなやかで曲げても折れず、手を離せば軽い音とともにまっすぐに戻る! 是非貰ってくれ。ダマスカス製の武器は貴族どものステータスになっとる。嫌じゃが貴族に売れば金貨1000枚にはなるだろう。自慢じゃないが、その剣はワシが土の精霊力を練り込み造り上げた極上の業物じゃ。出来れば売らずに使ってくれると有り難いがの」
無理矢理始められた命のやり取りのゲームは、ローク・ロードスの自慢話で終わりを迎える。神流にはローク・ロードスの申し出を断る理由が無かった。
「有り難く頂戴致します。私からもお願いが有るのですが」
「大抵の事は聞いてやろう。この拳に賭けて」
ロークは岩のような拳を頭上に掲げた。




