酒豪の岩戸
煉瓦造りの建物の前で、人目も憚らず男と女が言い争っている。
「金は払うって言ってるでしょ!」
「金の問題じゃねえんだ! 小便臭い小娘にはワシの武器は売らねえ! とっとと帰れ」
1人は、知ってる顔だった、霊宮ラァストゥで何回か助けた女性冒険者のレイゾだ。前も思ったが女性なのに立派な鉄の鎧を装着している立派な戦士だ。言い争っているのは異様に背の低い髭のオジサンだ、……いやお爺さんだ、なんか縮尺がおかしい。4頭身あるか?
見知った顔なので、神流は近付いて事情を聞く。
「どうされたんですか? レイゾさんでしたよね?」
「あっあん時のお兄さん、気を失ったまま倒れてて心配したのよ」
「はは、何とか大丈夫でした」
レイゾが兜を外して、濃い茶色の髪をバサッと振る。レイゾはまだ22歳の現役の戦士だ。
「兄さん聞いておくれよ、品代を払うと言ってるのに、女には売らねえ、ガキには売る武器はねえって言われて、店から出されたんだよ。とても腹が立ってね、この店のクソジジイに文句を言ってるところさ」
日本なら女性差別が成立する物言いだな。クソジジイと言ってる時点でお相子な気がする、片方の話だけでなく店の人にも聞こう。
「お店の方ですよね、話を聴いても良いですか?」
髭の年寄りは、神流を一瞥して喋らない。
【友好】の刻印が、間違い無く撃ち込まれいるのが確認出来るのに、効きが悪いのかあまり表立った変化が見えない?
「旦那~ここの頑固ジジイは石より堅ぇですよ。話すだけ無駄です。女と子供に武器は絶対に売らねぇんですよ。死んだ家の爺ちゃんより爺ちゃんで、そこの大きい木より長生きしてる生きた化石のドワーフです」
「誰が化石じゃ! ボルドーの小僧とヴァーミリオンのガキに対魔獣の戦闘を教えてやったのは、ワシじゃぞ」
「アッチは、ロロ爺に一ミリも教えて貰ってねぇですぅ」
レッドは口をイーとして歯を見せる。
「オシメしてるジャリん子に教えるなんて50年早いわ!」
ドワーフだったのか。初めて見た獣人が居るんだから、居ても不思議無いか。対魔性があるとしたらべリアルの刻印を多少レジストされてるかもしれない。
其れにしても背が低い。跳ねた口髭と長い顎髭が無かったら、老けた小学生にしか見えない。腕は、俺の太股より太く筋肉がパンパンに張っている。プロテインとステロイドを過剰摂取してもこうはならない気がする。
このままレイゾと喧嘩させてても、仕方無いからもう少し話してみるか。
神流は、レイゾに目で合図して会釈してからドワーフに声を掛ける。
「何故、女性や年少者は、ロロさんのお店で購入出来ないか少しだけ教えて貰えないですか?」
顎髭を撫で擦りながら錆色の目をした白髭のドワーフは答えた。
「ワシの名前はロロじゃねぇわ! ローク・ロードスだ! 覚えておけ」
「それは失礼しました。ロークさん、購入するのが私なら、問題ないのですか?」
「バカ言うな、お前のようなガキに…………ん~見込みは無さそうだが、今日は特別だ! いいだろう」
刻印が効き始めたのか。もう少し押してみよう、映画ではドワーフは大酒飲みだったはずだ。
「本当ですか、有り難う御座います。ロークさん、御礼に呑みきれないお酒を御馳走しますよ」
ローク・ロードスの目が、明らかに開き血走ったように変わった。
「何? 呑みきれない酒だと? ゴハハ破産しても知らんぞ? 店の中に入れ」
店に戻ろうとするローク・ロードスを、神流が、呼び止める。
「ロークさん、特別ついでに今日だけ、本当に今日だけ彼女達の購入を許して貰えませんか? 迷宮で一緒に戦った仲間なんです」
「迷宮だと!?」
ローク・ロードスは顔をクシャッと顰める。
相当考えて葛藤しているようだ。酒飲み放題の相乗効果だろう。
暫くしてから、ローク・ロードスは自分の胸に拳を叩きつけ、大きな音を鳴らした。
「今日だけは特別だ! とっとと入れお前達! 今日は店仕舞いにするぞ!」
武骨な口調でロークは告げると、先に店の中に入って行ってしまった。
あんぐりと口を開けた、レッドを引っ張って全員で、煉瓦造りの武器屋に入っていった。
斜陽が、武器屋の煉瓦壁に当たり、照り返した夕の陽が通りをオレンジに色付けていた。
「初めてロロ爺の店に入った、ちゃんとした武器屋だったんだ」
レッドが、キョロキョロ興味津々に店内を見渡す。
「女だ……子供だ……奴隷まで居るぞ」
「親方!」
「オヤジどうしたんすか?」
武器を磨いてる若いドワーフ達から、低く大きな声があがる。
「うるせぇ! 今日は特別だ! 店を閉めやがれ!」
ローク・ロードスが、岩のような拳をカウンターに叩きつけ、2人より一回り大きい声で怒鳴ると、2人は縮こまって黙った。
店の入口には、閉店の標識がいそいそと飾られる。
「こんなに手入れが行き届いてる、なんて良い剣なんだよ……」
1本のバスタードソードを手に取り、レイゾは感嘆の息をゆっくり吐く。其を見ているイーナは、目をパチパチさせて神流の側から離れず立っている。
店の中には、様々な武器がギッシリと立てかけられ、飾られている。しっかりと整備され磨かれた、武器達は室内の明かりのみで刃先が光を反射し煌めく。
棚には、両刃の長剣はもちろん、筋力が無いと振れない鋼鉄の大剣、合金の大ハンマー、繊細に彫金された銀色のレイピア、定番の青銅の剣、二股の短刀も並べられてる上に、2メートルの長槍、シューター用の長弓、それ以外にも解らない武器がこれでもかと犇めいていた。
取り敢えず、皆の武器を選ばないといけない、神流は見渡しながら考える。
ロークは無言でカウンターの奥の部屋に向かった後、何かを持ってすぐ神流の居る所へ戻って来た。
「ひとまず此れを呑め小僧、男は呑んでから語れ、呑んでから選べ」
理解し難い話をするローク・ロードスが、手渡してきた陶器のジョッキを受け取る、中には当然のように酒が波々と入っていた、一息に飲んでみると地酒の香りが口と喉と顔にブワッと拡がる、アルコール度数が高過ぎる、神流の顔は徐徐に紅潮していく。
「ゴハハ、良い呑みっぷりだ」
ローク・ロードスも自分のジョッキを飲み干し機嫌が良いようだ。
レイゾは、手に取った十字のバスタードソードをカウンターに置き、さっさと中銀貨1枚と小銀貨2枚の支払いを済ませた。ローク・ロードスの気が変わらない内に購入をしたかったのだろう。
「毎度ありぃ、初めての女の御客さん」
レイゾは、目的を果たしホクホク顔で、神流に礼を言うと神流は社交辞令で返す。
「いえいえ、購入出来て良かったですね」
「お兄さんにまた世話になっちゃったわね、呼んでくれたら何時でもベッドにお邪魔するわ、後、リスト達に元気だったと伝えておくわね」
爆弾を残して、レイゾは上機嫌に帰って行った。
「あら、貴族の御主人様は、若い癖に年増が好みなのね、センスがどうかしてるわ」
「なんで、敵チームの女に優しくしてるんすか? 女なら誰でもいいんすか?」
嫌味を言いながら、レッドと聖桜は、軽蔑の眼差しを神流に刺すように向ける。
俺が何をした?
イーナだけは俺の事を信じた瞳でじっと見ている、今度内緒でイーナにだけジャムを作ってあげよう。2人には市場で唐辛子を探して今度、食事に入れて食わしてやろう。
色んな武器を眺めてはいるが、ほろ酔いの神流は選ぶのに時間がかかる。
徐にローク・ロードスが、神流の前を通り過ぎて、店の一番奥にある100キロ以上ある鉄の椅子を握ると片手で持ち上げて退けた。
すると、暗闇に誘う異質な階段が姿を現わした。




