巫女である奴隷・神宮寺 聖桜
艶を少し取り戻したストレートな黒髪の腰まで伸びている。所見に比べれば多少柔和に見えるが、黒曜石のような瞳は無機質で表情を読み取ることさえ困難だった、その奴隷少女の顔があからさまに驚愕の表情に変わっていく。
「…………貴方は日本人」
「俺の名前は、天原神流だ。君と同じ所から来てると思う。いつからこの世界に居るんだい?」
「…………私達は、1年程前に実家の神社から、守護竜の砂漠と呼ばれる場所に転位しました。そして、右も左も解らない内にラクダの盗賊団に襲われて拐われる処をティヒゥルビヤンコ村の戦士達に助けられました」
少女は、食卓の上の銀色の燭台の蝋燭の火を少し見つめてから、下を向いて話を続ける。
「そして、私達は族長の家に引き取られました。家族のように優しくしてもらい、私達は恩返しのつもりで家事手伝いをして暮らしていました。…………それを貴方達が、村を襲い殺戮の限りを尽くして私達を捕まえて連れて来たのよ」
少女は瞳に明確な怒りを灯し神流を見つめて非難の意志を示した。
━━━━重いな、多少の想定をしていたが重過ぎる内容に言葉が詰まってしまう。
神流は言葉を選んで話をする。
「それは残念だし、本当に気の毒だと思う。先に言っておくけど俺は関わっていないよ」
「私を買って、此所に連れて来ているのに、この街の人間が関わって無いなんて言わないで!」
━━会話になってないな。気持ちは解るが、一方的に非難される謂れや筋合いが、俺にはない。
「………俺はこの世界に飛ばされてから、まだ半月程度しか経っていない。この世界の経験で言えば、お前が大先輩になる」
神流の告白に少女は言葉が詰まる。神流は続けて話をする。
「この街に来たのも1週間位前だし、奴隷狩りの話だって、お前達が、連行されてるのを見て初めて知ったんだ。怒りの捌け口にされる身にもなってみろ。これでも俺に言いたい文句があるのか?」
「……無いわよ」
拗ねた素振りの少女を、少し冷めた目で見据えて神流は改めて話を続ける。
「同郷だから助けようとは思ったけど、関わろうとは思って無かった。ちゃんと暮らして行けるように仲間の奴隷商人か知り合いの店に使用人として預けようと思っていた」
「……じゃあどうして?」
「忘れてた、お前の名前は?」
「歳上にお前って言わないでくれる」
神流は同じ口調で、同じトーンでもう一度言う。
「お前の名前は何?」
「…………失礼ね。神宮寺聖桜よ」
神流は、戸惑いを見せる神宮寺聖桜を指を指す。
「神宮神聖桜、その耳のピアスは何時から着けてるんだ?」
「なっ何で、そんな事を聞くの?」
神宮寺聖桜が明らかに動揺し始めると神流は自分の両手をを見せる。
「これを見ろ。同郷だからお前には話すが、この世界に飛ばされた時に装着されてた指輪だ。何しても外す事が出来ない。お前のピアスも外せない仕様じゃないのか? 何か知っている事は無いか?」
神宮寺聖桜は、少しの沈黙をおいて話し始めた。
「……たまに夢を見るの、私が光の道を歩いてると、目の前に火が見えたと思ったら炎の壁になって、声が聞こえてきて「先に行く為に契約しろ」って、私が「嫌よ!」って言うと目が覚めてピアスが熱くなっているの」
そのまま神宮寺聖桜は、黙ってしまった。
「……大体解った。話したくないなら無理して話す必要はない。イーナ、居るかい?」
トテトテ走って来たイーナが身嗜みを整えて返事をする。
「あっ新しい御主人様、ワタシいます」
「台所で仕込みが終わった鍋に、火を入れておいて欲しいんだけど」
「はい、火を入れます」
イーナは手をギュッと握ると、またトテトテとダイニングルームから出て行った。
神流は、最初に持ってきた軽食とスープを黙って神宮寺聖桜に差し出す。
「聖桜、取り敢えず、これを食べろ」
「いいの? 交換条件とかは無いわよね?」
「そんなものは無いが、どうしても払いたいなら五百円でいいよ」
「お金なんか無いわよ。 意地悪!」
聖桜はキッと神流を睨んで食事を始めた。
牢屋では、陸なもの食べてなかったのだろう。食事が凄い勢いで減っていく。
「これトマトのスープね、とても美味しいわ。調味料が無くて、いつも薄い味つけの木の実や野草のスープだったの。これは村でも食べたことない白いパン、やっぱり貴族は違うのね」
━━怒ったり喜んだり忙しいな。しかし、何か壁がある。
神流は質問を続ける。
「お前は戦えるタイプか? 何かしら武器が使えるのか?」
食事で蟠りが少し溶けたのか、表情が和らいだ神宮寺聖桜が、ドヤ顔で答える。
「私は、剣道と居合い道の段持ちよ。余りなめない事ね。私を奴隷にしてどうする気?」
神流は、さあ? のポーズをして答える。
「なーんも無い。さっきも言ったが他で住んだり帰りたいなら、お金は融通する。勿論、俺の屋敷に居てもいい。だけと、住むならイーナの手伝い位は、ちゃんとして欲しい」
「貴方は何なの? 私より年下の癖に喋り方は偉そうだし、たった2週間でこんな大きな家に住んでるなんて」
神流は少しの沈黙の後に口を開いた。
「……元の世界の日本では、29歳の真面目なサラリーマンという企業戦士だったよ。お前はどうなんだ? 俺と同じ日本から来たんだよな?」
「何言ってんの?……私はそのままよ」
「じゃあ、大人が子供を助けようとする行為。それが当たり前なのは解るか?」
「……解るわよ。馬鹿にしないで」
神宮寺聖桜は、色んな事情を踏まえ神流の屋敷に住む事を決めた。
神流が、出掛けてる間にベッドが2つ届いていた。ドーマの奴隷が3人来て、神流の部屋とレッドの部屋に運び入れてくれたとイーナから報告された。
━━勿論、ドーマに頼んでおいた奴隷だ。手間賃も色を付けてドーマに渡してある。
イーナにとっては、旧知の仲だから終わったら人数分の大銅貨を別で渡すように言って預けておいた。
奴隷の男達は飛び跳ねて喜んだらしい。暫くしてから、いつもの元気な声が、屋敷に飛び込み広いエントランスホールに響く。
「ただいまっす~。良い匂いがするっすねぇ。アッチの腹が待ちきれないって言ってるんですよ旦那ぁ」
帰宅したレッドが、お腹ペコペコのポーズをしてアピールする。
「おかえり、昼食の仕込みは台所にしてある。イーナが温めてるから食事の準備をしてくれ」
広間のダイニングテーブルに、4人揃った処で食事の前に紹介する。
「家事手伝い見習いで、家に住み込みになった聖桜だ」
「私は見習いじゃないわ。立派に家事をこなせるわよ」
「昨日、同じような事を聞いたばっかりですよ! 何でまた女奴隷が増えてるんすか? 奴隷商人でもやるんですか? アッチに不服なんすか? アッチの服を、またあげてアッチに裸で生活しろと言ってるんすかぁ?」
「ワタシに始めての後輩が出来て嬉しい」
━━早速うるさい、誰が何を言っているかよく解らない。
一瞬で呆れた神流は注意をする。
「誰もそんな事はいっていない。食事中に大声を出すなよレッド。聖桜は、ちゃんと自己紹介しろ」
「ティヒゥルビヤンコ村の 聖桜よ。宜しくね」
「アッチはレッド・ウィンド。尊敬の念を込めて夫人様と呼べば良いっす」
「ワタシは、イーナ、新しい御主人様の召し使いで新しい御主人様の物です」
「夫人でも物でも無い……頂きます」
「「「いただきます」」」
食卓には、先程のトマトのスープに、蒸した鶏のモモ肉と白パンとサラダが沿えてある。神流は牛の干し肉をツマミに、ワインを飲んでいる。
「この肉ウメェですねぇ」
━━レッドは、いつも通りワイルドにかぶり付いている。聖桜は、さっき軽食を胃に入れたから落ち着いて口に入れている。イーナは、身体自体が小さいから、口をモクモクして頑張って食べていて可愛いらしい。
━━やはり食事は大勢の方が美味しく感じる。今思い出したが、俺の食べてるツマミはドッグフードで販売されてた気がする、なんて贅沢なんだ日本のワンちゃんは……。
***
アグアの城下街は人通りも多く活気溢れる中世の西欧の風情を醸している。
4人と1匹は、煉瓦造りの家が並ぶ平民街の比較的裕福な通りを歩いていた。
━━絡まれないように男性の俺を、先頭にして進んでいる。食事を終えたレッドから抗議の猛攻を受けて、皆で服飾屋クラヴァッテに買い物に向かう事となった。




