貴族だとしても
屋敷の室内のエントランスは広いが、飾り付けも少なく何処かの企業のようにも見える。用心棒のような傭兵や私兵が、何人も行き交うが執事やメイドは見える所に居ない。
「坊っちゃんどうしたんで? ギルティを中に入れると俺達が怒られまさぁ、それに咬まれたら、たまらねぇですわ」
体つきがプロレスラーのような、スキンヘッドのチンピラが近寄って来た。
「この衛兵が、ギルティに噛まれた、直ぐに治療してやってくれギルティは、大人しくさせる」
男は此方を一瞥したが、黙ってアルマンドを担いで奥に連れていく。
「神流、俺様はどうする」
「シード・ジャーミィー男爵様にお会いしたいのですよ。それとあの灰色のフードの方は誰ですか?」
「あれは、親父が出資してる宗教団体の貧乏教徒だか、物乞い魔術士だかで、話したこともない、金を貰うのに機嫌を取りに来ているんだろう」
「何で、私兵が多いんですか?」
「衛兵や騎士には制約があるから、親父のやらせてる仕事に引っ掛かって呼べないらしい。前は居たけど殆ど辞めていった」
「仕事は何ですか?」
「裏カジノや売春や……」
「おいそこのお前、ルード坊っちゃんにそんな事を喋らせるのわイカンよ、かなりイカン、止めとけって」
さっきから此方を見張っていたポッチャリ男が、伸びきった顎髭を撫でて、威嚇しながら嗜めてくる。
━━汚いアゴヒゲだ。全く。
「ルード様、この人と仲良く肩を組んで下さい」
ルードの行動に驚くが、やられるまま男は肩を組んだ。神流は周囲から見られないように【隷属】を顎に撃ち、此方に構うなと言いつけ戻らせる。
━━周囲に人が多いと面倒なので、早くシード・ジャーミィーの部屋に連れて行って貰おう。
部屋に向かいながらルードが話す。
「親父は仕事中に部屋に来るなと言ってるから、本当は辞めた方がいい」
「何故?」
「部屋には、武器をもった護衛の家来が何人も居る。打ち合わせを止めるとかなり機嫌が悪くなる」
「そうか、今から作戦を立てる」
神流は少しの間、瞑目してから2人に簡単に説明をする
シード・ジャーミィー男爵の部屋の扉の両脇には、見張りが立って居た、ルードが無造作に近寄り2人に話し掛ける。
「オイ、親父は居るか?」
*****
部屋の中では、4人の私兵の男が立っている。デスクの横に立つシード・ジャーミィーが、煙を上げる葉巻を縛られて目隠しされて座ってる男の額に押し付けている。
「ぐぁ"ぁ"ーー!」
「ワシに逆らうとどうなるか解ったんか? 早く市場の権利を譲れアビリオ」
隣には、同じように縛られ目隠しされてる少女が、床に座らされて猿轡をされ泣いている。
「イエスと言わないと、今度は、娘の顔に一生消えない傷痕が残るぞ」
「やっ止めてくれ解った、市場の……」
ガチャリ
扉が開きシード・ジャーミィーが、目をやるとルードと外の見張り2人が入ってきた、その後ろには知らない少年と少女が居る。
「誰も入れるなと言ったやろ。ルードとお前達、何しとる?」
ルードと見張りの2人は、中に居た私兵の4人に近寄り肩を組もうとする。部屋が混乱する空気の中で、神流は、べリアルサービルをスーッと上げる。
「……【隷属】」
シード・ジャーミィーから、順番に撃ち込んでいく。 制圧は、1分かからず終了した。神流は、質問を始める。
「この縛られてる2人は?」
「市場を仕切っとるアビリオ親子ですわ。全く言うことを聞かないんで拐って来させたんですわ」
━━━━殴ってやりたいが、息子の前ではやりたくはないジレンマ。縛られてる2人には、幸い顔を見られていなくて良かった。
ズレた目隠しの隙間から、微かに見える神流の顔を少女は視認していた。
「馬車位は、有るだろ? 手当てして、このままの状態で家に送ってやれ。向こうで目隠しを外して治療費を渡してやれ」
外には、迎えに来た衛兵のジリアンが待って居た、少し回復したアルマンドを事情を話して引き取って貰った。
━━━━━***
「ーー!」
ギード・ジャーミィーが帰宅すると、ダイニングテーブルで神流とレッドが、紅茶を飲みお菓子を食べている。
神流は、ギードの【友好】を解除する。
「何でお前らが居るんだ? クソ平民の分際で!」
「ギード様から、殺人未遂と暴行傷害と未成年者略取未遂の罪の落とし前を頂きにきました」
「何で、こんな奴等に飲み食いさせるんだ! 痛め付けて放り出せ! 殺しても構わないぞ!」
誰もギードに反応しない。シード・ジャーミィーが口を開く。
「神流様に、なんて事を言うんや謝りや」
「!?、お前が何かしたのか? 刻んで殺してやる!」
ギードが、剣をスラリと抜いて襲い掛かろうとする。
ギィンッ!
ルード・ジャーミィーが剣で受け止めた。下を見ると足にはギルティが噛みついて止めている。
「何で兄貴?……ギルティも」
コーン!
神流は、ギードの額にティースプーンで一撃入れる。
「峰打ちだ、【隷属】」
べリアルの刻印をギードの心臓に撃ち込み終わらせた。紅茶のカップを持ちながらレッドに振り返る。
「レッド、魔物より怖くないだろ」
「旦那のやる事と言う事は、凄すぎで良くわからねぇです。けど何処までもアッチはついて行きやす。この焼き菓子ウメェですね」
神流は、シード・ジャーミィーに菓子を包ませ金貨2枚を貰う、2人は、ジャーミィー邸を後にして衛兵詰所に寄った。
「おお、お前達も無事戻って来れたか。アルマンドも回復して寝てるよ」
神流は包みと金貨をジリアンに渡す。ジリアンの顔に衝撃が走る。
「これは?」
「シード・ジャーミィー男爵様から、詫び料として渡してくれと頼まれました」
「アルマンドも喜ぶよ。お前らも有り難うな、困ったら相談に来いよ」
神流はジリアンと怪我させてしまった寝ているアルマンドに向けて深く頭を下げる。
「有り難う御座います。御大事にと伝えて下さい。では失礼します」
「言っておくからな絶対に」
神流達は、夕暮れの残照を浴びて光るゲートから出ていった。
「アイツ等、なんかスゲエな」
ジリアンは、茜色した細長い雲を見上げて笑顔で呟くとアルマンドに朗報を告げに詰所に走って行く。
夕焼けが微笑むように駆ける影を照らしていた。




