貴族から貴族へ
神流達は、ファルナス・レティオス別邸を後にして貴族街を歩いていた。
極度の緊張から解かれたレッドが、背伸びして軽快に話し出す。
「緊張したけど、何とかなったっす」
「なってねえよ。着替えてる自分が見えないのか? スプーンにあんなデカい肉乗せたら、普通だったら怒られるよ。まぁお前の貴族嫌いも少しは減ったみたいで良かったな」
「嫌いじゃねえです。苦手なんですよ、旦那惜しかったっすね残念賞はアッチのチゥです」
解放感に浸るレッドは口調が軽やかだ。
「要らない、全然残念じゃ無いから」
「たかが紙2枚にお宝渡すなんて、アッチはビックリですよ。でっ? もう帰るんすか?」
「帰らないけど1度入り口の衛兵詰所に戻ろう」
「だったら帰るのとあまり変わんないっすね?」
「いいんだよ。今からキッチリと落とし前を着けさせに行く」
神流が、悪戯を仄めかすような顔つきをして、笑顔を向ける。衛兵の詰所に戻ると、勤務中のジリアンが声を直ぐに掛けて来た。
「おい平気だったか? 心配してたんだぞ」
「旦那の心配は、するだけ無駄ですよ」
「ジリアンさんのお陰で、問題なく招き入れて貰えました。有り難う御座いました」
ジリアンに他の貴族の邸宅に行きたい旨を伝えると、交代で休んでいた細身で背の高いアルマンドが、案内を買って出てくれた、ジリアンに書類をつくって貰い早々に出発する。
「行き先は、ほんとうに間違いないのかい?」
「はい間違いないです」
「衛兵の自分が言うのも何だけど、此処だけの話かなり評判悪いんだよ、衛兵仲間が灰皿や火のついた葉巻を顔に投げられたりしてるんだぞ、平民が知り合いだなんて正直なところ信じられないよ」
━━アルマンド心が配してくれてるのが解る。
神流はアルマンドが安心する話をする。
「仲の良い知り合いなんで心配しないで下さい。先程などファルナス・レティオス子爵から昼食をご馳走になり、また来るように言われてます」
「ホエ~そりゃ凄いな、僕とも仲良くしてよ」
喋りながら貴族街を15分程歩いていくと、3人は目的地に辿りついた。
殺風景な豪邸が外から見える。
「着いたよ。此処がシード・ジャーミィー男爵邸だよ」
目の前に、中が見えにくい高い鉄格子の重厚な扉が聳える。その横にある小さな通用門に、無愛想な門衛が立っている。アルマンドが説明に行くと、訝しげな顔で門衛が神流達を品定めする。
許可が降りた。
ジャーミィー男爵本邸は、ファルナス子爵の別邸位の大きさに近い、通用門から中に入り、本邸の扉までの砂利道をアルマンドを先頭にして歩いて行く。刹那
「ガアゥ!」
「ぎゃああーー!!」
扉まであと少しの所で、アルマンドに横からドーベルマンが襲い掛かり、アルマンドは、絶叫して勢い良くぶっ倒れた。
アルマンドは苦痛の悲鳴を上げる、尚も襲う狂犬を退かそうと、レッドが短刀を手に取り、神流がベリアルサービルを抜いた瞬間に、横から甲高い大声で怒鳴られた。
『俺様のギルティに何をする気だ!』
若い貴族が、目を血走らせ怒鳴りながら此方に歩いてきた。剥いた目を血走らせ怒鳴りながら歩いてくるのは、ラフな宮廷服のジャケットを着用した目付きの悪い若い貴族だった。ギード・ジャーミィーに似ているが本人ではない。
獰猛に噛みついている、ドーベルマンの大きさも神流の知ってる大きさより一回りは大きかった。
「早く早く犬を退けてくれ。どうにかしてほしい」
若い貴族に神流は、大声で返す。 若い貴族に殺気が生まれ腰の剣に手を掛けたが、神流を見ると【友好】の効果で矛を収めた。
どうしたのか、犬に声を掛ける素振りは全くないぞ。
業を煮やした神流は、悠長に眺めてる貴族を睨んで一瞥すると、襲われているアルマンドの方を向いて駆け寄った。
「誰だか、知らないけど、貴族にそんな言い方したら、普通は無礼打ちにされて人生終わりだよ。オーイ、ギルティそんなの噛んだら汚いだろ、コッチに来い、オイ……何で言うことを聞かない? えっ?」
神流は、行動を起こしていた。アルマンドの横では噛むのを止めたドーベルマンが、静かに伏せている。 倒れているアルマンドの腕の袖は咬み裂かれ無惨に千切れ破れている。
「レッド、介抱してくれ」
━━
「……レッド」
レッドは聞こえてないのか返事をしない。アルマンドの上腕部には、牙の跡の穴がくっきり空き骨の一部が微かに見えた。伝うように血が垂れ流れ地面が紅く染まっていく。尋常じゃない出血量だ一刻を争う。後方で貴族を見たレッドが、トラウマで硬直し出した。上半身を震わせ神流は叫んだ。
「レッドォッ!!」
「!?」
神流の咆哮が、響き渡り空気を弾くようにレッドを貫く。怒鳴られ我を取り戻したレッドは、耳鳴りに揺れる鼓膜に構わず、神流の元に直ぐに駆け寄る。 すぐに持っていた着替えを裂いて、アルマンドの止血を始めた。
「【快活】【自然治癒】」
━━狂犬病も心配だ。
【免疫力】
刻印をアルマンドに撃ち込んで、後ろの貴族を気にして怯えるレッドに落ち着いて伝える。
「既に終わってる」
若い貴族は、その場から動かない。神流の振り向き様に放った【隷属】【麻痺】の刻印が、効力を発揮していた。
神流は、魔法を見られまいと隠した自分を許せなくなり、拳を握り締めて自分の頬を殴りつけた。
「旦那……」
神流は、そのまま門衛の所に行き、無愛想な門衛を見付ける。
「【隷属】」
速射した。
「見られようが構うものか! 貴族だとしても、もう野放し状態にはしない」
吐き捨てるように呟き命令する。
「門衛さん貴族街の入り口まで走って行って、衛兵詰所に居るジリアンと言う衛兵に「アルマンドがケガしたから迎えに来て欲しい」と伝えて下さい」
「はい言って参ります!」
門衛は走って行った。神流は中に戻り若い貴族の側に寄る。
「【苦痛】」
両腕両足に撃ち込む。
「うぐあぉぁーー!」
「黙れ、そのまま立っていろ」
「ふーーっふーーっふーーっ」
男の目は血走り吐息は荒いが沈黙を続けている。
神流は小さな声で質問をする。
「クソ貴族、お前は誰だ? 何故犬をけしかけた?」
「ワタシはシード・ジャーミィーの長男ルード・ジャーミィーです。いつも家に来る、下民や平民の兵隊を襲わせて狩りするのが日課です。小さな楽しみなのです。2人は変な着こなしだけど一応貴族の服を着ていたから、念のため狩りの対象から除外して、逆らえない平民の衛兵をチョイ狩りさせました。2人も平民と解ったらギルティに狩らせようと思っていました」
━━やはり兄弟だったか? あれが狩りだと? なんて事を考えるんだ。教員と躾が如何に大切か解る。
「ふーーっふーーっふーーっ」
ゴンッ
拳骨を頭に一撃いれる。
「おい超馬鹿、2度と狩りなんかするな。平民と衛兵に危害を加えるな! 俺の名前は、神流だ、今から邸内に入るから親友のフリをしろ、敬語も無しでいい、中ではいつも通りに振る舞え」
【苦痛】を解いた。
「くはっはぁはぁ、解った」
「ケガをさせた衛兵に謝罪して、肩を貸して屋敷の中に連れていって治療させろ」
「解った」
ルード・ジャーミィーは、アルマンドとレッドの所に行くと膝をついて声をかける。
「スマン衛兵、肩を貸そう」
「ううっすみません」
棒読みのルード・ジャーミィーは、アルマンドに肩を貸して立たせ、扉の前に行き扉を叩く。
━━加害者に被害者が、すみませんとか酷い世界だ。いや、俺の責任は、デカい。後でちゃんと謝罪しよう。
「おい開けろ俺様だ」
扉がギィと開くとルード・ジャーミィーが、アルマンドを肩を貸し中に連れていく、その後を犬を引き連れて神流達は入っていった。




