貴族の豪邸に行こう
窓から差す朝日に染まった白壁が、邸内へ白っぽい光を反射していく。
「うぅ、おはうございます旦那。甘い匂いがする。何作ってるんですか?」
頭を押さえて、2階から降りて来たレッドが、厨房を覗きにくる。
━━二日酔いだろうな、自業自得です。
「おはよう、持っていく手土産を作ってるんだ、お前はコレを飲め」
白湯を渡して飲ませる、神流は出来上がった物を、鍋から瓶に移して蓋をする。
「そろそろ朝食にしようか、広間に用意がしてある」
「こりゃあ綺麗ですねぇ」
広間の中心に、クロスが掛けられたテーブルがあり、真ん中に果物の入ったカゴが置いてある、カトラリーも横の入れ物に入れてあった。
テーブルに盛りつけた皿を並べていき、鍋敷きにフライパンを置いた。
因みに、昨夜神流は、1人でテーブルと椅子をエントランスから広間に運び、食器を棚に仕舞いテーブルを拭き、白いテーブルクロスを掛けて、籠に果物を入れてキッチンで仕込みをしてから就寝している。
「……何すか? この白いドロドロは、ゲ○ですか?」
「食事中だぞ! お粥だ、二日酔いのお前の朝食だよ」
「どうせ食欲無かったし……ン? 魚の匂いがする」
「魚の出汁を少し入れてある、不味かったら残せ」
神流は白パンを食わえて、肉野菜炒めを皿に取る。
レッドはお粥を御代わりして、綺麗に平らげていた。
朝食を終え、休憩を挟んでから、出掛ける支度をレッドと始める。
レッドを連れて大量に買い物したことで、馴染みになった服飾屋クラヴァッテに行く。
貴族街に行ける衣装をお願いする為だ。
平民街でこの店だけが、貴族街の服装規定を完璧に把握しているらしい。
レッドだけ採寸してもらい、吊しというパターンオーダー的な衣装の中から、サイズが合いそうな貴族服を出してもらう。
神流は、黒いジュストコールとボッジュの衣装で、更にベリアルサービルの鞘を、木目調の新品に交換して帯剣する。
レッドは、ヘリオトロープのビゴラスリーブとコルセットの衣装となった。1着で金貨1枚だが、此処で出し惜しみは出来ない。
レッドが、ハイヒールを嫌がってパンプスに交換して貰うのに、サイズが合わず、時間をかなり消費してしまう。
着替えた服は新居に届けるよう、店主のクラヴァッテに頼む。持ってきた瓶を、シルクの布で包んだ後に、リボンで装飾して貰い店を後にする。
「旦那、股下がスースーしますよぉ、慣れねえです」
「気付いてると思うが貴族街に入る。だからちゃんとしろよ。拾い食いとかするなよ」
『そんな事した事ねえですよ……最近は』
━━日に焼けた肌の色さえ考慮しなければ、何処にでもいるチョットした良家の娘に見える……撤回、ガニ股は止めろ。
2人は貴族街の入り口の1つに向かう、新居の近くにある、衛兵詰め所が併設されている、入り口が見えて来た。 ゲート脇に立つ、スラリとした細身で長身の衛兵が、此方を睨み威圧をしつつ見張っている。
気にせず神流は、スタスタ近付いて行き、衛兵に声を掛けた。
「こんにちは、ファルナス・レティオス子爵様の邸宅に伺いたいのですが」
神流だと認識すると、兵士の表情は穏やかになる。
勿論、街に放ったベリアルサービルの刻印が、兵士にも撃たれている。
「どうしたんだい? 用件は聞かないとイケナイ決まりなんだよ」
「先日助けて頂いた、お礼に行きたいのです」
「そうか結構距離あるぞ、1人案内をつけてやるよ。オーイ、ジリアン」
「……何だよアルマンド」
白シャツにトランクスの男が、気だるそうに詰め所から顔を出す。
「彼等をレティオス子爵様の邸宅まで、連れて行ってくれ」
「ハァ?……そうかそうか、直ぐ用意するから待っててくれよー」
アルマンドが、通行許可書類の作成を済ませている、小肥りのジリアンが制服を取りに戻って行く。
「旦那~貴族の家に行くなんて、聞いてねぇですよ」
「いいんだよ、お前の貴族嫌いも克服させてやる」
「うわぁ……旦那のその発想はマジで面倒くさいっす」
「待たせたなぁ、襟章が中々見つからなくって、スマンスマン」
ギリギリ制服が着れる体型のジリアンが、制服を羽織り走ってきた。
ジリアンに先導され、神流達は貴族街を歩いて行く。
貴族街の町並みは、道幅は無駄に広くゴミも落ちてない。かといって無機質かと言うとそうではなく、縁石や壁にも華やかな彫刻が見られ裕福である証明が繊細に成されていた。
噴水には、石像が立ち並び上空の魔石に水が吸い上げられると水平に輪を描いて下に落ちるという魔力の無駄遣いまで貴族らしい。
花壇に目をやると何かの絵のように立体に咲かせてある。平民街とはまるで違い生活感を感じる事のない美術街さながらの優雅な街並みだ。
衛兵のジリアンに付いて行く事30分で、一般的貴族階級の街並みの中に、風格のある大きな屋敷がドンと構えて建っていた。簡単に言えば小学校が置いてある。門には門衛が居らずジリアンが2人に安心させようと振り向いた。
「お前達じゃアレだから、聞いてきてやるよ。待っててな」
ジリアンは通用門の隙間を抜けて走っていき10メートル先にある彫金と木目が際立つ豪華な扉の前で止まった。
手に唾を付け髪型を直し大きく深呼吸してから、屋敷のドアノックハンドルに手を掛けてノックした。
「御用でしょうか?」
中から出てきたのは、平民街でサテュラ嬢の横に立ち触れたら切り刻まれるような鬼気を大気に放っていた老執事ヴィンセントだった。
━━あの老人から今は何も感じないが、用心するに越した事はない。警戒する1番大きな理由はベリアルサービルのターゲットから、サテュラとマロンは外して有ったが、執事ヴィンセントはターゲットに入っていた筈だ。レジストしたか、俺の知らない未知の力で防いだり避けたりしたのだろう。どちらにしても只者ではないのは確かだ。
━━街に撃ち放った【友好】は悪意の無い刻印だから、危機感知が働きにくく追跡もされず放置される。更に言えば、使用者と対象者以外は効力を殆ど特定出来ない。しかし、慢心せず不審な行為はしないようするつもりだ。
執事の後ろの隙間から、メイド達が様子を伺っている中、衛兵ジリアンが事情の説明を始める。
「きっ貴族門衛兵のジリアンと申します。屋敷の門に居る平民の彼等が、レティオス子爵様に御目通り願いたいそうです。という次第になります。ハイハイ」
ジリアンは、冷や汗をかき緊張しながらも自分の役目を果たし神流達にアイコンタクトして招き寄せると、衛兵詰め所に戻って行った。
神流は彼に好感を持った。
「ようこそいらっしゃいました」
執事のヴィンセントに促され、神流達は邸宅の中に通される。
2人は圧倒される。……吹き抜けのエントランスには、1面に金色の糸が刺繍してある赤い高級絨毯が敷いてあり、内装の至るところに彫金細工が施してある。
ロビーの壁際には威圧するように、西洋風の鎧が荘厳に数体飾られ、重厚な雰囲気を醸し出していた。見上げる壁には風景画や肖像画が掛けられ、天窓にはステンドグラスがはめられている。
通路脇の小さな柱の上には、曲線を描く小豆色をした陶器の馬と、丸ごと一本の象牙細工の置物が飾られ、美術館さながらの佇まいを見せる。
メイドは見えるだけで10人、武装した兵隊も6人居て此方を注視している。声にならず内装を見渡していると、後ろから聞き覚えのある声が掛かった。
「貴方、剣術の練習はちゃんとしているのかしら?」
「━!」
神流の危機を救った碧眼の令嬢サテュラ・レティオスが、凛とした佇まいで好意とは程遠い視線を神流に向けていた。
「聞こえなかったのかしら? 貴方、剣術の練習はちゃんとしているのかしら?」
子爵の御令嬢サテュラ・レティオスが、舞台へ登場するかのように、可憐に現れた。
━━相変わらず、宝石のような碧眼の美しい瞳と、金髪の縦ロールが映える貴族の御令嬢様だ。
毎日エステに通っているかのように、澄んだくすみのない透き通る肌は、綺麗以外の形容詞が見当たらない。
「これはサテュラ様、おはよう御座います。紹介が遅れましたが、雑用屋ハイドの神流と申します」
神流は、大袈裟に頭を下げる。
「私は剣術の練習の事を聞いているのです。その雑用屋の貴方とギルドの職員の方が、どうして御父様の別荘に入らしたのかしら?」
━━レッドの様子はいつもより幾分かマシだ。下を向き周囲をチラチラ見ているようだ。それより此処が別荘な事に拍子抜けする。お金は有る所には有るんだなって、どんだけ金持ちなんだよ。
「サテュラ様、私は剣士では無いので日々の生活で一杯一杯で、剣技を磨く暇など御座いません。今日はファルナス・レティオス様へ、サテュラ様に救って頂いた御礼をしに参りました。」
「御礼など不要です。殿方が剣術も出来ないなんて、情けないですわ」
サテュラは、神流に呆れている。
「ああーっ、助けてくれたお兄ちゃんとお姉ちゃんだ!」
奥からメイドを引き連れた、ぽっちゃりの御令息マロンが歩いて来た。
「あらマロン、お庭でオスカーと遊んでるんじゃ無かったの? えっ、この方に助けられた?」
「うん、そうだよ。お姉ちゃんが魔物の繭から出してくれて、お兄ちゃんは、デカい魔物をやっつけたんだよ」
サテュラの顔が驚きの表情へ変化する。
神流は違う意味でヒヤリとする。動揺が近くに居る執事のヴィンセントに伝わらぬよう、目線を動かさず意識しないようにしている。
「貴方が魔物を?」
「いえいえ、魔物は殆ど仲間が倒しました。たまたま私が必死に、1匹倒せたのを見たのでしょう」
「そろそろ、ファルナス・レティオス子爵に御目通しをお願いしたいのですが……」
「貴方にも、マロンを救って頂いた御礼をしないといけないですわね……バクスター」
話を聴いていたメイドの横から、チョコレート色の髪を肩まで伸ばし綺麗に切り揃えられた、紅茶が似合いそうな若く精悍な青年執事が現れた。




