死を呼ぶ道化師
残酷な描写があります。
強い陽射しに負けない威勢の良い声が辺りに反響する。
「此方の物件で、御座いますよーー」
どや顔で不動産屋のドットが紹介してくれたのは、貴族街と平民街を隔てる、広い大通りの境目からすぐ近くの豪邸だった。
通りの向こうに見える貴族街には高い柵があり街路樹も植えてある。点在する入場ゲートしか入る事ができない許可制だという。
紹介された建物は3階建てのマンション位の大きさだった。厩舎も裏にちゃんと存在する。所持してる身分証メダルの種類で住めるエリアが決まっていて此処が限界らしい。
「デッケェ家ですねぇ旦那」
「お客さんのご要望に合うと思います。言われてた施設も完備してあり、掃除もしっかりと、させましたから心配御無用です」
中を内覧すると西洋映画によくある真ん中に階段がある造りだった。
━━住めれば何でも良い、別に文句はないがチョッと広すぎる。
「良い物件ですね此処に決めます。今、現金でお支払いしますよ」
「本当ですか? 有り難い。早速、改築増築工事の手配をしてきます。後でにウチの使用人と馬車を行かせますんで引っ越しの手伝いに使って下さい」
神流の想像以上に気の効く男だった。ドットは屋敷の代金の金貨40枚を現金で受けとりホクホク顔で帰って行った。
━━あの男の商才は侮れないな。
神流達がハイドの店舗に戻り引っ越しの準備に取り掛かるとドットの使用人が馬車に乗って手伝いに来た。
馬車道はしっかり舗装してあり、所々の交叉点では石畳になっていて街の流通を優先している事が伺える。
神流達の荷物は対して多くないが馬車は一杯になった、細かい物はオルフェに積んでおく。
新居まで家財を、運搬し荷を降ろし終わる、新しく買ったタンスとベッドだけは2階に上げるのに使用人の手を借りた。
引っ越しは滞りなく終了した、手伝ってくれたドットの使用人達が帰る際にチップで大銅貨を渡すと、飛び上がって喜んでくれた。
「オルフェ、荷運びお疲れ様やっと屋根のある所に入れられて俺も嬉しいよ」
厩舎に入れたオルフェを労い、濃い茶色の鬣を撫でると大きい目で応えてくる、なんて利口なんだ。
神流は、引っ越し祝いの人参を大量にプレゼントしてから新居のエントランスに戻る。
「旦那、服屋さんから色々届いてますよ」
「ああ、手袋以外で欲しいもの有ったら勝手に持っていっていいよ」
「じゃあ、この赤いマフラー貰いますね。んで、アッチは店に戻って工事の間は休業の看板を出して来ますよ」
「解った、俺はもう少ししたらドーマの倉庫に顔出してくる、引っ越し祝いを夕方にやるから帰りに食材を買って来てくれ」
レッドは雑用屋ハイドに戻って行った。
神流は指を縛ってる布キレを外して、魔力封じの手袋から左の小指の部分だけを取り外して小指に装着した。、
後からオーダーメイドし直して各指を取り外せるようにしてある。
神流もドーマの倉庫に出掛ける。
平民街の中心辺りの広場で、催し物がやっていた。
屋台や大道芸を目当てに通行人が吸い寄せられていく。
神流は、屋台でイカ焼きみたいのを買い手土産に持っていく。
「順調順調♪ やっと、俺の平和な生活が約束された」
鼻歌混じりにドーマの倉庫についた、声をかけ小休止を促しイカ焼きを皆に配るとドーマが声を掛けてくる。
「旦那様、今日はどういった御用で?」
「特に用は無い、差し入れを持ってきただけだ。奴隷達を虐めるなよ」
「滅相もない、旦那様の不興を買うことはこのドーマの命に関わります」
するとトテトテと奴隷の幼女が近寄ってくる。
「この間はどうもありがとうです」
「イーナ、勝手に旦那様と話すな」
「いやいいよ、イーナと言うのかい?」
「はい」
「無理はしないでいいからね。 解ったかドーマ?」
「勿論です。旦那様」
ドーマと倉庫の外に出て、山のような荷物を眺めながら引っ越した場所をドーマに教える。
すると目の前の通りを、縄で繋がれた獣奴隷の列が通って行く。
小さな獸の子も普通にいたのでドーマに聞くと。
「あれは、国が進めてる奴隷狩りの凱旋です。僻地や統治されていない山岳や森に遠征して、人的資源を補給してくるんです。最近かなりの数の子供奴隷が港で売られたので、その補充ではないかと」
━━奴隷狩りか、嫌な言葉だな進めてる国自体を嫌いになれる。
目の前で振るわれる暴力や殺戮以外には、文句をつける事は難しい。
━━━━
ドクン!
「!?」
心臓へ送り出される血流が急激に増えると同時に神流は目を見開く。列の中程に獣人では無い人間が居る事に気付いた。その瞳は黒く、汚れてる黒髪に色褪せ変色したセーラー服を着た日本人だ。
神流は、先導している護衛と奴隷商人らしき男達を追い駆け出していく。
べリアルリングが、何かに反応し明滅している事に神流が気付く事は無かった。
~**
土間のまま舗装され所々草の生えた平民街の大通り。そこを麻のような縄で両手をくくられた長い影が、大明行列の様に進んで行く。
列の向こうの通りに居る同族の獣人奴隷や獣人騎士達は一瞥もせず興味も示さずに自分の仕事を続ける。
━━此れが彼等の日常なのだろう。
神流は、奴隷達の横を駆け抜け、背中を向けて歩く1番偉そうな兵隊らしき男の背中を呼び止めた。
「スイマセン、その奴隷達はどうなるんですか?」
神流の少し荒くなった吐息混じりの声を聞くと、兵士は冷徹な顔をおもむろに振り向かせる、兜の奥の高圧的な双眸に鋭い光がよぎった後、静かに言った。
「いつも通りオークション開催日迄、預けておく牢屋に連れていく」
衛兵はもう神流に目をくれることなく、再び歩き出した。奴隷達を力無く見送った神流は、背筋に残る冷ややかな嫌悪感を自覚せずには、いられなかった。
「ブハアッブハアッ、だっ旦那様どうされたんです?」
走り慣れていないドーマが、追いかけて来て居た。汗が吹き出した顔で、心配そうに聞いてくる。
「連行された奴隷の処遇を聞いただけだ」
落ち着き呼吸が楽になったドーマは察して喋りだした。
「ハァハァ、旦那様、お分かりかと思いますが、新しく登録された奴隷は、平等にオークションにかける事が国法で決まっており、基本的には奴隷商人達が競りをして、奴隷商館に連れて帰り調教してから品物として売りに出されます」
「………………」
ドーマは、神流の不快感や嫌悪感に気付いている、その上で続ける。
「旦那様、私ドーマは奴隷商の資格を保持しております。もし御用の際は、何時でもお声掛け下さい。必ず御所望の奴隷を競り落として見せます」
神流は勘違いしていた。ドーマは非道極まりない暴力を振るった故に奴隷の刻印を撃ち込んだが、無能では無かった。認識を改めてドーマに質問を投げ掛ける。
「何で、奴隷達は逃げ出さ無いんだ? 反乱とか暴動は起きないのか?」
神流は、疑問をドーマにぶつけてみる。
「旦那様、周りにいる奴隷を目を凝らして御覧下さい、殆んどの奴隷が首輪を着けているのが普通です」
「ああ知ってるよ、趣味悪いな」
「あの首輪全てに登録時点で主人への敵意、命令に逆らう、首輪を外そうとする行為に対して絞まる術式が組まれています」
「━ー!」
『国の認めてる公立の商品です。奴隷と囚人以外への使用は禁じられています。先程の奴隷達が、縄でくくられていたのは、寧ろ奴隷達の為です。調教と躾が終わる前に錯乱して首輪を外そうとして死ぬ事故を防ぐ為です。』
ドーマは、全身から吹き出す汗を、拭きながら流暢に喋り続ける。
「奴隷は大事な商品です。傷ついたり死亡して減る事を商人は嫌います。仮に何らかの方法で首輪を外した奴隷は、また収監されてオークションにかけられるか、持ち主が治安を乱した罰金と新しい首輪の料金を支払い連れて帰ります。それと……」
「説明はその辺でいい……ドーマ、俺に知恵と力を貸して欲しい」
「何なりと、このドーマに申し付けて下さい」
ドーマは満足そうに汗で濡れる頭を下げる。
ドーマが想定していた神流の言葉を、ドーマの配慮された説明によって、自ら口にさせられた形だ。ゲームなら完敗だろう。
神流は相談がてら、ドーマに食事を御馳走することにした。
***
「……かなり買いすぎちゃった。アッチも裕福の仲間になったっす。まぁ余ったら旦那に食わせれば問題無し、余り物よりアッチを頂いて貰わねえと、盗賊の名折れっす」
自分で盗賊と吹くレッドは、食材を購入し終わり、背中まである紅い編み込みポニーテールを、ブラブラさせながら陽気に新居へ歩いていた。
その首には、神流に貰った赤いマフラーが、揺ったりと巻かれている、レッドは、道行く通行人に絶えず振り向かれてる事を気にも掛けない。敵意以外には、興味も反応しないのだろう。
『ホッヨッハッ!』
「どうです皆様! 見事、倒立出来ましたら後喝采」
赤鼻のピエロが、水玉模様の大玉の上で逆さになりポーズをとる。横で司会の男が、シルクハットを外して大袈裟に見物人に拍手を求めていた。レッドが、広場方向を見ると屋台の向こうで大道芸をしているのが、遠目に見えてくる。
この広場で生前の父親と仕事が薄い時に大道芸をして糊口を凌いでいた温かい記憶が瞼に浮かんだ。大道芸者の足下にはザルが置いてあり、かなりの鉄貨と銅貨が入っていて盛況のようだ。レッドも小銭を入れて売上に貢献しようと笑顔で近付いていく。
━━彼女の善意を塗り潰す悪夢が襲い掛かる。
━━━━━突然、ピエロの首だけが、背中を向いてレッドと目が合うと嗤った。大玉に乗るピエロの腕が、不自然に伸びると大道芸の司会者の首を無造作に掴んだ。
「おい、アルサ何すんだ? 予定に無いぞ! えっ?」
「…………」
慌てる司会者の首を絞めながら異常な力とバランスで持ち上げていく。観衆も芸なのか仲違いなのか半信半疑になっていく。
「くっ苦しいアルサ止めてくれえ! ━━!なっ何で牙が生えてるんだよ? その肌は!? ひっ化物っ止めてくれぇー!」
高々と持ち上げられ仲間の変化に気付いた司会の男は懇願するように必死に喚いた。
「グルッ……」
次の瞬間、一瞬で頸椎を砕き首をくびり折った。
肉をくびる不快な音と合わせるかのように司会者は、人形のようにビクンと跳ね血の泡を吹いて物言わぬ屍と化した。口から唾液と血の混ざる液体を流し続ける司会者の血液で、衣装を血染めするピエロはゆがんだ笑顔を観衆に見せる。
そのまま血肉を引き千切る異様なショーを続ける。血が吹き出す死体を振り回し内臓までも、ぶちまけられ広場は通常の人間には目も当てられない惨状へと様変わりしていた。
観衆達は狂気の悲鳴を上げ我先へと蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
握り潰し血塗れの肉塊と変わり果てた司会者の残骸を投げ捨てると強烈な血の臭気が周囲に漂い始める。
「ーー!!」
大玉を降りたピエロの腕は、異形に伸び袖から飛び出していた。身体は紫の斑になり異様に膨れ始める。司会者の首が、へし折られるのをコマ送りのように見せ付けられたレッドは、絶句し買い物した袋を下に落としていた。
「ハァ……ハァッ……」
軽い過呼吸になりスーッと身体が冷たくなっていく。逆に心臓の鼓動は早まり胸を締め付け、肺が酸素の供給を制限し更に息苦しくなっていく。レッドの心が記憶を呼び起こす事を拒み現実を拒絶していた。
━━━もう曲芸を披露することの無いピエロの唇は紅黒く濡れ、血に染まった大玉は道化の元から転がり去っていく。
「…………………………」
心の奥底に深く沈めて埋めた筈の絶望が、時を越えてレッドの心臓を鷲掴みにし恐怖に揺れ動く拍動を掌に収めていた。
それを忘れようと心掛けた陰鬱な日々、そんな努力さえ軽々と踏みにじり這いずるように心の表面を無造作に撫でる悪夢。
レッドの胸の奥底に楔を打ち込み朽ちる事なく蠢いていた悲しみの記憶が抉じ開けられていく。




