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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
四章
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気高し碧眼の令嬢

 

 明らむ空が要塞城下町に1日の始まりを告げていた。ちらほらすれ違う商人達に関心しながらハイドにたどり着いた。


「旦那は今まで、何処をほっつき歩いてたんすか?」


 ━━言ってくるとは思っていたが。出掛けた位で怒るとかオカンか?


「あー何かお酒の匂いがするし着てるのアッチの父ちゃんの外套じゃないですか! お酒臭くなるぅ」


 神流(かんな)は、イタズラした子供のように外套を脱がされる。


「何で、こんなに早起きしてんだよ? 逆に俺は今から眠りたいの。2階に行って寝るからな、おやすみ」


 神流(かんな)は膨れてるレッドを放置して2階に上がりベッドに倒れるように寝転んだ。


「やっぱ、アイツを抜きにして解決は無理だな」


 色んな事が、有りすぎて考えが全く纏まらないまま眠りについた。



 ━━━━━━***



 日は高く上がり暖かい日差しが、永久要塞と街を優しく覆い照らしている。


 レッドと神流(かんな)は、街の不動産屋に来ていた。カウンターで待っていると店の奥から強面の男が出てくる。


「改築と増築だっけ? 簡単に言うが金貨8枚は、払えないと無理だぞ、ちゃんと払えるのか?」


「それでお願いします。それと住居も購入したいんですよ、厩舎付きで金貨40枚程度の物件も探して貰えますか? 工事の前に引っ越したいんで」


 神流(かんな)に対して疑う素振りだった店主の態度が、明らかに変わる。


「本当にウチの店で家の改築増築をして、更に物件を買われるんですか?」


「はい、お願い出来ますか?」


パンッ!


 強面の店主が、柏手を叩くと更に姿勢を正して目を輝かせる。


「御客さん任せて下さい。このドット、誠心誠意込めて誇りを賭けて仕事を受けさせて貰います」


 ━━手の平返しも、ここまでくれば職人芸だ。この男に任せよう。


  不動産屋の強面の店主は、よく解らない評価で神流(かんな)の信用を得た。


「アッチは、店が大きくなるなんて考えた事も無かったです。食べてくだけで精一杯でしたよ、旦那と会うまでは……」


「そうか、まだ発注しただけだからな。工事が終わったらお祝いでもするか」


 目が潤んだレッドは、笑ってとびきり大きな返事を返した。


「……はいっす」


 神流(かんな)達は不動産屋を後にする。


 港のから少し離れた所にある市場に立ち寄る。流石街の台所、埋めるように商店や屋台が立ち並び新鮮な果物、野菜、魚、肉そして、雑貨やキッチン用品まで、様々な物が売られ市場を活気付けていた。


 混乱しないように道は広く、警備員のような人もいる。とても気分良く食材の購入を済ませて帰途についた。


 帰り道の途中で、まるでお約束かのように非道な貴族の息子達と再び遭遇する事は、まだ誰も知る由は無かった。


 中世の面影がある商業地区を抜けると、地面が碁盤目状のバイロ通りという大きい道に出る。


 神流(かんな)とレッドは、買い物を済ませ和やかな帰り道を2人で、ゆっくりと歩いていた。


「夕飯楽しみっすね」


「そうか、まだ何作るか決めてない」


 帰る最中、望まない遭遇をしてしまう。視界に入り見付けてしまった。


 隊商(キャラバン)で店主や娘に横暴の限りを重ねた貴族のバカ息子トリオだ。


 ━━コイツ達のせいで、貴族のイメージが鬼賊になりそうだった。


  貧民街と平民街の境近くを威嚇しながら歩いてる。神流(かんな)の目には高い服を着たチンピラにしか見えない。


 街中だから目立つ横暴は多少控えているようだが、貧民街で誰かしら酷い被害を受けているのだろう。


 レッドがまた萎縮し始めた。


 ━━奴等には【忘却(オブリヴィアン)】を撃ち込んでるから、俺の事を覚えてはいない。 穏便に住まそうと俺達は道の端に寄り道を空けた、それでもバカ息子の貴族達にからまれる。


「ここに居るジャーミィ家のギード様と俺に挨拶は、どうした?」


「おはよう御座います。貴族様」


 神流(かんな)は頭を下げて丁寧にお辞儀する。


「ヨーシ、ん、なんかお前見たことあるな。何かムカつく顔つきだなぁ」


 貴族の息子が、お辞儀した神流(かんな)の顔を覗きこむ。


 ━━心当たりは十二分にあったが、神流(かんな)は穏やかに話す。


「貴族様、私は旅人です。この街は初めて訪れました。顔は生まれつきなので両親に罪はありません。どうか穏便にお願いします」


「チッ」と舌打ちしてから震えてるレッドに興味を移した。


「オイ女、ギード様と仲良くしてる、このダイマス様の言うことを聞けば、よい思いをさせてやるぞ」


 レッドの腕を取り上げる。震えてるレッドは抵抗出来ないでいた。神流(かんな)は、すぐに貴族のバカ息子に訴える。


「貴族様この娘は私の従姉です。何卒、御容赦を街の住人の目も有ります」


「うるせえんだよ! このダイマス様が優しく喋ってるのに口を挟むな!」


 ーードグッ!


「うっ!」


 神流(かんな)は蹴飛ばされて尻餅を着く、買い物袋を落とし反射的に念のため握っていたベリアルサービルを抜いてしまった。


「オイ、このダイマス様に剣を抜く事が、どういう意味なのか解ってるんだろうな!」


 ダイマスが、腰の剣を抜いて狂ったように神流(かんな)に斬りかかってきた。


 ━━やはり狂ってる!?剣を抜いただけなのに信じられない。


 神流(かんな)は抜いてしまったベリアルサービルで何とか襲い来る剣を受けたが、ダイマスにまた腹を蹴られ転がる。尚も斬りかかってくるダイマスの凶行を街の平民達は怯えて見て見ぬフリをしている。他の貴族の息子達は笑って見物している。


「ハッハー何だよ何だよ? その下手くそな剣捌きは? お前が先に剣を抜いたんだぞ。目と耳と鼻どれを切って欲しいんだ? ホラホラァホラァ!」


 神流(かんな)は剣を避けるだけで精一杯だった。


 ━━斬られたら死ぬ。見られて仕舞うがベリアルサービルの刻印を使うしか無い。


 神流(かんな)はブーツで前蹴りされて転がり、距離が空いた隙にベリアルサービルを起動(ファイアアップ)させようとするが、笑いながら走って来たダイマスが神流(かんな)の目に向かって剣を突き入れた。


覚醒(エアヴァッヘン)


「お止めなさい!」


 ダイマスの剣が、神流(かんな)の左眼球の直前で止まった。神流(かんな)への制裁に水を差されたダイマスが口を歪め醜悪な怒りで振り返る。


「ああん? 誰だ!?」


 そこには平民街に合わない高貴な刺繍とコルセットの白いドレスを纏い長い金髪の縦ロールを揺らす碧眼の美少女が涼やかに凛と立っていた。強固な意思を秘めた宝石のような瞳が輝き、知性を感じさせる口元の薄い唇は気品があり艶めいている。


 間一髪だった。


 ━━清楚な御令嬢様がダイマスを制してくれたようだ。煌びやかなドレスの上からでも解る起伏に富む上半身に事態を忘れて目が釘付けになりそうになる。


 横には付き従うように、背筋のしっかりした鋭い気迫を放つ老執事が護衛のように立っていた。


 違う意味での危険を察知した神流(かんな)は、バレないように上半身からサッと目を反らす。それよりべリアルの魔法防御みたいのが、無かった事にゾッとしていた。


 ━━二個しかない目の一つがあっさり無くなるとこだった。


 ドレスが冷たい風で靡くと碧眼の御令嬢が固まる空気を払うように時を動かす。


「ワタクシは、お止めなさいと言っているのです」


 澄みきった上品な音声が、もう一度周囲に音色のように響く。


 力関係は明らかだった。その少女の顔を視認したダイマスと高見の見物を決めていたギード達は、苦虫を噛み潰した顔になり俯いた。


 ダイマスは黙って剣を収める。


 ━━それよりも横に居る老執事が放つ鬼気が半端ない。あのフランス人形みたいな御嬢様に「手を出したら、どうなるか解ってるな」といった所だろう。気迫は凄いが素手だ。三馬鹿貴族が狂って剣で斬りつけてきたら、どうする気だったんだろう?


「ーーチッ、行くぞ」


 ギード達は言い返す事も出来ず去っていった。


 唖然と座り込んでいた神流(かんな)は、身体の砂を払って深く頭を下げて御礼を言う。


「貴族様、危ないところを助けて頂き有難う御座います」


「私はファルナス・レティオス子爵の娘サテュラ・レティオスです。貴方、女性を護れないなんて男の癖に情け無いわね。剣術の練習に励みなさい」


 ━━レッドと同じ位の年齢だろうか、喋りに清楚さと教養を感じる。これは上層教育の賜物だろう。貴族が平民を助ける事は殆どないと聞かされていたのにな。気になるし一応尋ねるか。


「サテュラ様、何故私を助けて頂けたのですか?」


「執事のヴィンセントから、そこの紅い髪の女性が迷宮から弟を助けたギルドの職員だと聞きました。別に貴方を助けた訳ではないわ。男なら誇りを持ちなさい」


 ━━職員ではないんだけどな。おまけでも助けて貰えて良かった。


 神流(かんな)は自分も助けたとは言わなかった。


 ━━最終的には、螺旋階段でぶっ倒れて運ばれただけだし、格好悪い。


 サテュラが、まだ震えてるレッドの近くに寄り手を握り声をかける。


「弟マロンが世話になりました。あのような者達が貴族の威勢を借りて威張る事に心を傷めています。どうか許して下さい」


 レッドは頷いて小さく返事をしている。細かい震えは、まだ止まっていないようだ。


「これで失礼します。ではヴィンセント、屋敷に戻りましょう」


「はい御嬢様、御心のままに」


 ヴィンセントは、馬車の扉を空けて手を添えてサテュラを乗せる。そのまま映画のように馬車は貴族の住む街の方向へ風と共に走り去って行った。


 周囲にいた見物人で太った髭の男と連れの筋肉質なノッポが神流(かんな)に寄って来て迷惑そうに口を開いた。


「おい坊主! いきなり貴族に剣を抜いて怒らすなんて勘弁してくれ。とばっちりで俺達や家族が殺されたら責任取れんのかよ?」

「そうだよ。逆らわず言いなりになってれば命までは、取られ無いから、次からはそうすんだぞ」


「…………すっすみませんでした」


 頭を深く下げた神流(かんな)は、そそくさと下に落とした買い物袋を拾い上げ申し訳なさそうにレッドに声をかける。


「レッド……弱くてスマン。危機感が足りてなかった。何も護れなくなるところだった」


「旦那は悪く無いですよ。本当にアッチが駄目なんです……」


 2人は静寂を取り戻した平民街の夕暮れに背中を押されながら帰路についた。


 神流(かんな)は貴族を侮っていた事を自省していた。ベリアルサービルを使えなければ自分が無力だと改めて思い知った。


 黄金の指輪は妖艶に鈍く微光を布の隙間から漏らし続けていた。


 ***


 レッドが寝たのを見計らって神流(かんな)は物置のタンスを開けた。


「此処にも出せるんだろ」


 タンスの中に異質な発光をするシジルゲートが、揺らめきながら顕現し浮かび上がる。


 神流(かんな)は無気力にシジルゲートを潜った。


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