占いの店 ノーザンクロス
「ようこそ、占いの店ノーザンクロスへ」
声を掛けてきたのは、傾城の使徒と呼ばれてもおかしくない、神秘性に優れた美しい女性だった。
20代であろう雰囲気のある女性は、彫りが深く美人以外形容詞が見当たらない。肌は蒼白で艶があり、装飾品が映える。肌を露出する衣服も白が基調で気品に満ち溢れている。高貴なベリーダンスの衣装に見える。色香というより清廉性に美を委ねた化身のようだ。
神流は、女性から受ける未知の存在感に見ることも出来ず、雰囲気に飲まれて萎縮していた。
自分の全てを見透してるような瞳が、此方を見据えると、美術品のように触れがたい魅力を感じてしまう。
彼女が机の上に置く水晶が、更に不思議な荘厳さを増していた。何も悪い事をしていないのに、不思議な戸惑いが生まれていた。神流は、言われるがままに席についた。
白磁の陶器のような口から、声が聞こえる。左手を見せるよう促してくる。神流が、そっと差し出すと、白金色のハンカチのような布地を手にフワッとかけられた。そのままそっと手を包まれ、小鳥の雛を隠すように握られる。
神流は、頭が真っ白になり、遠く忘れられていた純情が湧水のように溢れ、心を支配されていく。心臓の早くなる鼓動が耳にうるさい程に聴こえてくる。
「これで、魔力の流入と放出を一時的に遮断致しました。いまは、魔眼も感知も通りません」
「ど、どういう話ですか?」
「左手の指輪から、不安定な魔力や生気の出入りが見えました。良くない予兆を感知したので、お声かけした次第です」
彼女の口から流れていく言葉が、清流のように鼓膜を通り抜けていき、歓喜に震えるような痺れが脊髄を通り抜ける。
「それと、貴方の御身体にバランスの良くない、過度の最高位術式が、施されている様に見受けられます。解除して術式を組み直されるが、よろしいかと思います」
見たことが無いしなやかな仕草をし、水晶に手を翳す。まるで美術品の陶器が動くように神秘的で美しい。
神流は、生まれて初めて女性からの浸透するような存在感で動けないでいた。
━━社長の前でもないのに、緊張が半端無い。
「何故……見ず知らずの俺に、親切に教えてくれるんですか?」
「さあ? 恒星デネブのような貴方の瞳のせいでしょうか? それで貴方の御名前は?」
「俺は、天原神流。この世界では旅人だ……です」
「フフッそのストールは差しあげるわ旅人さん。星が示すわ。私は占い師シグナス。迷ったら私を選ぶのよ。忘れないで。さようなら」
気が付くと、元の大通りに戻っていた。夢じゃ無いのかと手をみると、被せられた白金色のストールをしっかり握りしめていた。
「一人っ子の俺に姉が居たら、ああいう感じなのだろうか? 今の出来事は、秘密という事だろうな」
神流は、勝手に解釈してストールをポケットに仕舞った。惚けていた神流は目的を思い出す。
「えっと……」
━━道具屋か質屋を探しに来たんだっけ? 雑貨屋でもいいんだけどなぁ。
神流が、勘を頼りにうろついていると町並みが綺麗になってくる。ようやく宝石や宝飾品を扱う店を見つける事が出来た。迷わずガラスの入った店の扉を開けて入る。
「平民の……いえ当店に何用でしょうか?」
「買い取り希望ですけど、やってます?」
「予め言っておきますが、盗品ならすぐバレてしまいますよ」
「大丈夫だと思います。見て貰っても良いですか?」
神流は、宝石付きのネックレス、ルビーの指輪、サファイアの指輪、金のアンクレットと腕輪を拭いてから置いた。
「なんて汚い……いや、これは!」
店主は専用の布で丁寧に拭き、スコープで鑑定し始めた。
~*** *** ***
お客様、鑑定が終了致しました。此方の品々は、是非とも当店に御売り下さい。この街で1番高値で、お買い取り致します』
━━さっきと態度がまるで違う。いくらか尋ねると、サービスして大盤振る舞いでまとめて金貨100枚で、買い取ってくれるらしい。これは嬉しい。ん? 顔色がなんか変だ。何か顔色が怪しいので、もう一度鑑定を頼んでから、見えないようにべリアルサービルを覚醒させる。
「【正直】【誠実】」
撃ち込まれた店主は、嘘を謝り正直に話しだした。
━━相場は、全部で金貨1200枚位で、宝石が散りばめられたエジプトのファラオが、つけてるようなネックレスだけで、金貨700枚はするらしい。……悪魔宝石は破格過ぎる。
何故嘘をついたか問い詰めると全部買い取れる持ち合わせが金庫に無く、汚い平民が盗んだかも知れず、平民如きに相場も解らないだろうから騙そうと思ったと裏事情を吐き出した。
神流は宝石のネックレスだけを、金貨700枚で売る事にした。店主がどうしても王都に持って行って、王族に顔を知ってもらう為に販売したいと言ってきたからだ。この街でこの値段のネックレスを買える店は存在しないと忠告も受けた。
頷いた神流は頑丈な袋をもらい書類に名前を書くと売買契約を成立させ店を出た。戻る途中に見付けた服飾店に入ると、笑顔で店主が対応してくれた。
━━普通の事だが、とても買い物をしたくなる。
採寸してもらい、「学生服と平民服」「肌着」「下着」「帽子」「マフラー」「ベルト」「靴下」「皮のカバン」「皮の袋」「布の袋」「普通の靴」「布の靴」「アイマスク」を各3セットづつ購入する。更に追加で「ベッドシーツ」「タオル」「バスタオル」「ハンカチ」「雑巾」を注文しハサミを1本付けて貰う。
そして、シグナスから貰ったストールを裁断してもらい、一部残して店主に渡し、指だけの特殊な手袋を発注した。
総て、雑用屋ハイドに届けるように頼んだ、これだけ買っても金貨2枚もしなかった、チップを中から渡しても、中銀貨1枚、お釣りがきた。神流は、金銭感覚が麻痺していく感覚を受けながら、店を出て帰途についた。その途中……
「ーー!?」
商人が多く居る通りに目をやると、倒れてる奴隷が折檻を受けていた。道行く人達は当たり前のように興味なく通り過ぎていく。
━━暗黙で手も口も出してはいけないのだろうか。
テレビで見た交通事故に遭った人を無視して通り過ぎる映像が頭を過った。
「赦して下さい御主人様! 次は頑張りますのでお水……お水を少しだけ飲まして下さい」
「要求ばっかりしやがって、やる気だよ! 死ぬ気でやってねえから力が出ねえんだよ! ごちゃごちゃ言わずにさっさと中に運べ! 終わらなかったら今日も飯抜きだ! 代わりは沢山居るんだよ!」
━━メタボなアラビアンデブが威張る威張る。
横暴な主人に怒られているのは、麻のボロ服の少女奴隷だった。その横には、10㎏位の麻袋が30袋も置いてあった。
「今日も……食べれ無かったら……死んでしまう。……運ばないと……運ばないと……お父さん………お母さん……」
奴隷少女の身体は見るからに力無く、やがて意識が徐々に遠退いていくように頽れた。奴隷の主人が出て来て、奴隷が瀕死な様子にようやく気付いた。
「早くしろって言ってんだよ! 無駄飯食い! 演技ばっかり上手くなりやがって!」
踏みつけて持ってる短い棒で小突いて叩く叩く……
「こんにちはー」
神流は、笑顔で奴隷と主人の目の前に立っていた。
目の奥には、猛々しく荒ぶる激しい怒炎が逆巻いている。
「あっ? 何だてめえ……えっ?」
笑顔で声をかける神流の片手には。金貨が山になっていた。
「御近づきの印に」
体を近付けて金貨に目がいった瞬間に周りから見えないようこっそりと男にべリアルサービルの柄を当てる。
「【友好】【隷属】」
男に撃ち込み自然の流れで、倒れてる奴隷の子を起こす。
「やあやあ、久しぶり~。みんなで中で話しましょう」
━━俺の演技も中々の大根だ。大体、この世界はこんなどうしようもない奴が多過ぎじゃないのか?
中に入った瞬間に、渾身のお仕置き拳骨を1発入れる。フラフラの奴隷の子に柄を当てて【快活】と【治癒】の刻印を付与する。
~*
━━この男はドーマといい倉庫業で港からの流通物資を預る場所代で儲けてるらしい。
ドーマは、犯罪奴隷の子供なら叩いたり蹴ったりしても、この国では普通の事で問題にならず自分は悪くないと主張する。
━━そんな事はどうでもよい。あんまり聞いてるともう一回拳骨してやりたい気持ちが膨らんでくるから黙らせよう。
幼女は神流にお礼を言いたそうに、瞬きせずに大人しくじっと見ていた。
神流は気難しい顔をして目を反らし、少女に気を使わせないようにした。
━━見つめられたのが気恥ずかしくて逃げた形だ。大人として情けない。純真な瞳の力に負けたということにしておこう。
奥には、梯子で荷物を上に上に積んでいく筋肉質な男性の奴隷が4人程いた。命令させて、1人は買い物に残った3人とドーマと神流で、外の荷物を中に入れる。
荷物を入れ終わる頃に、男性奴隷が抱えきれない位の食材と飲み物を買って戻ってきた。代金は神流は手渡して払っていた。
全員で食事をした後、奴隷に少し優しくする事と子供の奴隷を今日は休ませるように指示して帰ることにした。
━━成り行きだが、しばらくドーマに、この街での情報役になってもらおう。
**
「……旦那、嘘はいけねぇですよ。店で休んでる話ですよね? 夕食の焼き魚冷めちまいましたよ」
━━戻るとレッドが頬を膨らませていた。良いことをしてきたつもりなのになんか悪いことした気分になる。不思議だ。
「悪かったな。旨そうだし、食べるよ」
━━腹は一杯だったが無理矢理、口に放り込む。もう腹がパンパンだ。何か生まれてきそうだ。
神流は、間食は少し控えようと反省し膨れた腹を擦る。
━━この体は成長期だから、食事の栄養が直ぐに血となり肉となり、太る事は無さそうだ。
「レッド、借りてた金を返すよ。ありがとう」
礼を言って掌に大銅貨を置いた。レッドはいきなり置かれた大銅貨を見て返事をしようとすると
「後、これを受け取ってくれ」
間を置かず神流が袋を手渡した。
「なんすかコレ?…………何すか? この金貨……まさか」
「馬鹿、犯罪なわけないだろ。持ってきた宝石が、良い値で売れたんだよ。半分を受け取ってくれ」
「あっそっか。でも無理ですよ! こんなに貰えねっすよ!」
「レッド! つまらない事言うなよ! 俺に恥をかかせるなよ!」
「旦那ァそれって、アッチの真似じゃねぇですか」
レッドは呆れている。神流は、してやったりとニヤリとレッドをからかう。
「要らないなら、ヌイグルミを装着して貧しい子供に配って回れ。それにお前に遠慮は似合わない」
レッドは更に口を開き呆れている。
「もういいですよ。旦那はいつも訳の解らない事ばかり言ってますけど、今回はとびきりですよ。では、有り難く頂戴致しますマル」
レッドは金貨の入った袋にキスをして喜んだ。
━━腹がパンパンで笑うと苦しい。だが、喜ぶレッドの様子を眺めていると笑いが漏れて、なんだか心地好かった。
「なるべく早く職場と住居を別にしたいんだよ。安全の為にもな。それと、お前の用事は済んだのか?」
「アッチは、街の統括ギルドに行って来て、仕事の再開の届け出をしてバッチシ依頼を持ってたんですよ。こんなに金貨が有ったんなら、仕事なんてしなくても良さそうですね」
「そこは、別に否定しないが、駄目人間になるだけだ」
「言ってみただけですよ。旦那は、いつもふざけてばかりいるのに、言う事がカチカチ黒パンみたいに固いですね」
明日の為に今日は就寝する事になった。ベッドは1つしか無いから野宿の時と同じように一緒に寝る。いつものように、レッドが背中にくっついてくる。
━━父親にでもなった気分だ。
旅の途中で聞いたレッドの身の上話では、レッドの母親は事故で亡くなっており、先代の父親も仕事中に不慮の事故で死んだらしい。
━━孤児だったということか? 意外と苦労してるんだな。
神流は、寝息をたてるレッドの頭をそっと撫でてから眠りについた。
━━* * *
「だんな、旦那起きて下さい。時間っす」
薄明かりに瞼を半分開ける神流の眼に顔を近付けるレッドが映る。
「ううん……何?まだ暗いぞ、どうした?」
「仕事です」
「えっ仕事? いつ?」
「今からっす」
◇神流達は島に向かっている。
島には小船の乗り合いで、1時間程で到着するらしい。
「いやぁ歳は取りたくねぇなぁ、なぁ?」
日焼けした胸元をシャツから覗かせて、葉巻をくわえる髭の老人がボヤく。
「そうですね」
━━この鷹揚な老人は、今回の依頼で欠かせない先行き案内人のセーリュー爺さんだ。レッドの古くからの知り合いでもある。
━━来る途中に海からの襲撃を受けた。ピラニアンシャークという6メートルもあるデカい魔魚を銛一本で貫いて撃退していた。腕利きの老武芸者でもある。
━━しかも物知りだ。何で街道に魔物が少ないか理解出来た。街道沿いに魔獣が居るのは間違いないが、街道を挟むように定間隔に破邪の魔石が地中に埋められているという。更に定期的に獣人兵部隊を王都と往復させ間引いてるらしい。
若い衛兵の時は、率先して同行していたとセーリュー爺さんは笑った。
出発前に魔物をポップアップさせる迷宮が近くの島にあり、結界とギルドで島の外に行かないように管理してると言っていた。
━━今回来た依頼人の仕事が、この島の迷宮攻略だ。違う迷宮探索だった。親に内緒で冒険感覚で迷宮に向かった貴族のバカ息子達を迷宮から救出し奪還するのが依頼の内容だ。
一番船で来たが、既に他の探索チームや島の討伐ギルドも派遣されてるらしいから、肩透かしを食らう可能性もある。
ブライア島
霊宮ラァストゥ救助奪還作戦が始まる




