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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
四章
68/140

貴族という名の

 

 貴族の1人が、商隊(キャラバン)の店主の胸ぐらを掴みを脅して威圧している。


「ジャーミィ家の領地で無許可で商売してるのか? 挨拶はどうした?」


「貴族様、許可証は持参しております。どうぞ穏便に。これをドウゾ」


 店主はザル一杯の果物を差し出す。貴族の男は引ったくって食べると吐き出した。


「オイッこんな不味い果物食わせやがって、後ろにいるのはジャーミィ家のギード様だぞっ」


 ガッガツッ!


 男は、ブーツで店を激しく蹴飛ばしだした。


「お止めください!」


 店主が泣きそうな表情で止めようとするが、貴族の男に睨まれると、竦んで動けなくなる。


 ━━この世界の貴族ってヤクザの事なのか? まだ10代に見えるがチンピラ過ぎるだろ、頭の痛々しい奴等が貴族とか異世界世紀末だ。其よりもレッドの怯え方が、異常過ぎる。まぁヤクザとかマフィアは怖いが、所詮は人間、狼と熊の方が何倍も恐いだろ普通。


 神流(かんな)が、気を利かせ警察か衛兵が近くに居ないか周囲を見渡すと。


「居た!」


 街道の先に、馬に乗った見回りの兵士らしき2人が見えた。こちらを伺っている。神流(かんな)が手を上げて声を上げようとすると、踵を返すように後ろへ向き直して、兵士は去って行った。


 ━━嘘だろ? どういう事なんだ?


「オイッ後ろの娘、出てこいよっ」


 貴族がもう1人馬から降りて来た、店の後ろから無理矢理娘さんを引っ張り出そうとする、もう店は半壊している。


「イヤァ!止めて下さい」

「お待ち下さい! 私共が何をしたと言うのですか?」


「ジャーミー家の領地で商売をしたら貢ぎ物を出すのが当たり前だ」


  ━━この国では許可を取っていても、こんな仕打ちをされるのか?こんな明るくて人目も有るのに本気で拉致する気か? イカれている。困ったな、レッドが俺を行かさないように強く袖を握っている。何なんだ全く。


「早く出てこい!」


 店の売り物を散らばらせながら、店主の娘の髪と服を引っ張り引きずり出した。


「馬に乗せろ」


「待って下さい娘は婚約しております。どうか御容赦を! 何卒ご容赦を!」


 店主が涙ながらに訴えるが3人の中で1番豪華な白いジュストコールを着用しているリーダー格の男は冷淡に繰り返した。


「乗せろ」


 2人は店主を手荒く蹴り退かして娘さんを積もうとする。レッドは震えてるのか動けない。隣の店の人達も膝をついて御願いはしているが、怯えて足が竦み動けずにいる。


 諦めず店主は歯を食い縛り、蹴られた痛みも口から流れる血にも構わず身を挺して馬との間に割って入る。


「しつこいんだよ! 貴族に逆らうのか?」


 店主が、手荒く倒され肩を軽く剣でズブッと刺される。


「アアッうぐぅ……お止め下さ……い」


 店主は、剣を顔に突き付けられた。それを見て貴族のリーダー格の男が口を開く。


「何で止めたの? 邪魔だから殺していいよ。ていうか、もう殺さないと気が済まない。しつこい奴は無礼討ちだ! ヤッチャエ!」


「イヤァー止めて━━!」 


 店主の娘が大声を上げると、リーダー格の男に髪を無造作に捕まれる。


「少し黙ってろよぅ」


 イベントかのように狂気の笑顔になる。下っ端貴族は、突き付けていた剣を振り上げ、躊躇いもせずに店主の胸に突き下ろす。


「ギャア!!」「グアアッ!」


 剣を刺そうとした2人が倒れて転げる。その2人を見たリーダー格の男は驚きつつも不機嫌になり、髪を掴んでいた娘を乱暴に離した。殺気を放つリーダー格の男は、高価そうな剣をゆっくり抜いて馬から降りた。


 そして、転がる2人にべリアルサービルを向けている、神流(かんな)の前まで来る。


「お前、何かしたのか? 俺はジャーミィ男爵の息子ギード・ジャーミーだ! 逆らうと、ちっぽけなその命だけで無く、家族も皆殺しにするぞ!」


 ━━何処の悪代官だよ。


 神流は無言で2人に向けてた剣先を主犯のギード・ジャーミーに向け直して、静かに言い放つ。


「試しに俺を殺してみろ」


「フハハ望みを叶えてやろう。直ぐに死ぬがいい。ハァァ!!」


 ギード・ジャーミーが神流かんなに向けて、剣を振りかざし渾身の力を籠めて斬り下ろした。


  「【苦痛(シュメルツ)】」


「ウガゥッ!!」


 胸に撃たれた、ギード・ジャーミーが倒れ(うずくま)り苦痛に悶える。神流には一切、躊躇いがない。更に【苦痛(シュメルツ)】を手と脚に撃ち込んでいた。


「イギャァァ!」


「人間の尊厳を踏みにじるな、そして死ね」


 ギードを冷たく見下ろして言い放つ。



 神流(かんな)の居た世界の「死ね」は殺す事じゃない事が多い。少し苦しませてから、全員を解除する。


「殺すわけないだろ普通。君達はアホですか?」


「このヤロウ!」「殺してやる」「殺す!」


 血眼で向かってくる3人に神流かんなが、べリアルサービルをそっと向ける。


  「【思考停止(ノットスィンク)】」


 撃ち込まれた3人は、棒立ちになった。


「平気ですか? 酷い目に合いましたね。手当を早く」


 店主が気付かないように柄を当てて、【自然治癒ナテューアリヒハイルング】の刻印を付ける。そして、布を巻いて止血を施した。


「ううっ有難うございます」


 店主の介抱を商売仲間に頼んだ。


「さてと」


 周囲を見渡してから、神流(かんな)は、踏まれて潰れてるオレンジを拾い上げてギード・ジャーミーの顔に投げつけた。


「「「!!」」」


 神流が驚愕し呆然と見ていた店主達にもドウゾと薦めると涙に濡れた店主の娘が割れたリンゴを投げつけたのを皮切りに、周囲を2度以上確認してから皆が潰れた果物の欠片を投げつけ始める。


 口と肩から血を流した店主が果物ナイフで襲い掛かるのを諌めて止めると、店主は渾身の力で、潰れたバナナを貴族の顔面にビタンと当てた。


「こんな所だろう」


 ━━チートだが魔法はこういう使い方が正しいと思う。女が魔女なら男は魔男なのか? 


  「【忘却(オブリィヴィアン)】【帰巣(ハイムケーレン)】」


 再度撃ち込むと色鮮やかにコーディネートされた3人は、何事もなく馬に乗って帰って行った。


 ━━最初から遠慮しないで、しこたまべリアルの刻印を撃ち込んで置けば良かった気がする。


「魔導師様、有難う御座います。有難う御座います」


 涙を浮かべながらお礼を言われた。更に売り物の商品の幾つかを無理やり渡される。神流かんなは、商隊(キャラバン)の人達に魔法の事だけを口止めしてから貴族の素性を聞いた。


 この辺の全ての土地がシード・ジャーミィ男爵家の領地らしい。さっきのギードは、その貴族の次男で残りの2人は普通の貴族の息子だと言う。


「レッド、折角の忠告だったが、悪いな。俺の行動は、たまに心が勝手に判断するんだ」


「旦那、さっきは何も出来ずスイマセンでした。アッチは……」


 下を向くレッドの肩に手をやり慰める。


「熊を恐れないお前が貴族を苦手だなんて意外だったな。まぁ街の住人のレッドが交ざるとややこしくなるから、勝手に俺が1人で追っ払ったんだよ。お前は果物を投げなかったし、無罪だ」


 何か言いたそうなレッドの顔は曇っている。


 いじけていると可愛い顔が台無しだ。人間は笑うべきだと思うんだ。女性は特に。


「気にするな! 俺が狙われる方が解りやすい。何かあったら強いんだから、影からバレないように守ってくれよ。ホラ、貰った瓜を食え」


 神流かんなは、レッドに西瓜みたいな果物を渡して商隊(キャラバン)の人達に別れを告げる。


「本当に有難うございました。導師様」


「さっきの件で、もし困ったら名前だけなら出していいですよ。俺の名は神流(かんな)です。あと1つ質問が有るんですが、何故貴族達を必要以上に恐れるのですか?」


『それは……国や自治伯などに莫大な納金をする貴族には貴族特権で無礼討ちが許され、平民以下の者が不敬を働けば、牢獄に入れられても文句は言えないのです』


「そうなんですか……」


 ━━随分と腐りきった政治機構だな。


 神流(かんな)は空を見上げる。こんな事件があっても異世界の空は、抜けるように青く雲一つなく冴え渡っていた。街道の岐路で、まだ頭を下げて見送る商隊(キャラバン)に手を振り後にする。


 ━━貴族か……ワインを飲んで優雅に社交ダンスしてるイメージだったのに……ある意味、魔物よりも厄介な存在なんだな。


 神流は顔にこそ出さなかったが、人生で初めて出会った貴族にかなり辟易した。テレビで見てた貴族と違い、酷過ぎて軽いカルチャーショックを受けていた。神流は喉から溢れ出ようとしたNGワードを強く戻した。


 自分が厄介の巣窟に向かっていることに嫌悪感と猜疑心を覚え、足取りを重く感じていた。神流(かんな)が力を振るう度に、悦ぶようにべリアルリングが輝いていた事を知る者は居ない。


 *


 貴族にお帰り頂き商隊(キャラバン)と別れた神流かんな達は、滞り無く要塞街への道程を進んでいた。


 商隊キャラバンのオジサンが、要塞街まで距離があると言ってたし野菜や果物なんか頂いたから、食事休憩しようとレッドに提案する。


 ━━この世界の空気は、特別澄んでいるせいか景色を遠くまで見渡せる。空を見上げれば空の蒼を手を伸ばして掴みたくなる。ピクニックや散歩だけなら最高の観光条件は揃っている。


 神流は、オルフェに水と人参をあげて夜狼には水をやり待機させると、料理に取り掛かった。


 米を水にしばらく浸した後に、鍋で茹でる水分が減ったらトマトと塩と胡椒を加えて煮詰め、仕上げに香草をいれる。

 次は、油をひいたフライパンで焼いた夜狼の肉に葉野菜の千切りと、刻んだパイナップルと香辛料を加え炒める。

 トマトのリゾットと野菜と肉炒めものだ。レッドを呼び2人揃った処で、食事を出す。


「旦那の飯は、見た目が凄いですねぇ」


「まぁ食ってみろ。不味いなら残せ」


「この血みたいなお粥は何て言うか、旨いですねぇ。この油の野菜と肉も、えーと旨いですねぇ」


 ━━汁が飛び散ってる事に、本当に気が付いてないのだろうか? 油汚れは洗っても落ちないと言い忘れてた……トボケよう。16歳らしいがアイツは腕白(わんぱく)過ぎる。神流(かんな)は、リゾットだけ食べて食事を終えた。


「シーシー、満腹で満足ですよ」


 ━━木の棒を爪楊枝みたいに使って、お腹を(さす)るアイツは、関取さながらだ。


 落ち着いた所で、神流(かんな)は、座ってるレッドに気になっていた事を聞いてみる。


「なぁ、街にはアイツ達みたいな貴族が多いのか? ある意味、獣人より狂暴なんじゃないのか」


「街にはもっと偉い貴族達が居るけど、住人には基本的に無関心ですよ。領主達にとって領民は奴隷同然なんすよ」


「そういえば旦那は、なんで乙女絶好調のアッチを抱いてくれないんですか? シーシーウフン♪」


「変な声出すな。何で話題がいきなり変わるんだよ。自分を大事にしろ。大体お前は俺より強いし俺より筋肉ムキメキで身体が石みたいに堅そうだしな、アハハハッ」


 ガツッ!


 木のスプーンが神流(かんな)の額に正面からヒットする。


「イデッ!」


 ━━火花が見えた。ノーモーションかよ全く見えなかった。ジンジンしてすげぇ痛い、血が出てないか? たんこぶ確定だな。


「旦那なんて嫌いですよ!」


「……何だよやり過ぎDVだろ。自分で聞いてきたクセに痛テテ」


 神流(かんな)は頭に出来たタンコブを擦る。


 *


「おい機嫌直せよ」


 ━━アイツが怒ってるのは間違いない。何か地雷を踏んだか? 暴力を受けたが、少女を怒らしとくのは年長者としても面倒だ。


「なぁレッド、向こうの奥の茂みに居る奴等は牛の魔獣か? 5メートルはあるぞ」


「なんですかぁ? アレはギャングキャトルという種類で魔獣位強くて物凄く気性が荒い牛っす。此方から何もしなければ襲っても来ないですよ」


 ━━牛の大きさは象を越える巨大さで、闘牛のように鋭い角を生やしている。興奮すると人里の建物を破壊して回るらしい。大きな鋭い角に貫かれて死んだ者も多数居るという。狩るリスクが高過ぎて絶対刺激してはイケナイと、一般人から危険視されている野獣だそうだ。


「じゃあ実戦練習も兼ねて狩るか? メタボ鼠の時は、すぐ倒したから実感があまり無かったろ?」


「……怒ったギャングキャトルを逃がすと他の場所に大きな被害が行きますよ」


「まぁ心配するな、始めようか」


 神流かんなは、ベリアルサービル(ベリアルの軍刀)覚醒(エアヴァッヘン)させ100メートル程離れてる一頭に集中して狙いを定める。


  「【招集(カァンヴァケィシャン)】」


 撃ち込まれたギャングキャトルが、群れから離れ此方(こちら)に向けて走り出した。上手く隔離出来たのを確認する。


  「【敵意(ハスティラァティ)】」


 撃ち込まれたギャングキャトルの目は、血走り鼻息が一気に荒くなった。


「ム"オ"オ"オ"━━!」


 吼えながら敵意剥き出しで一直線に神流かんなを突き上げようと猛進してくる。喰らったら確実に死亡するダンプカーの速度で蹄を鳴らしていた。怒りに撹乱し、手前に配置してあるレッドなど目に入らず一瞬で横を通り過ぎる。


 すると、ギャングキャトルは首から血を噴き出してコマ送りのように巨軀を横に倒した。


 短剣に付与(エンチャント)した【麻痺(レームング)】がピンポイントで首の神経伝達を麻痺させたのだろう。


「狩りにも使えそうか?」


「やっぱり楽っすねぇ旦那」


 機嫌が直って良かった。倒れて痙攣する山のような牛に近寄るとベリアルサービルの鋒を向ける。


  「【睡眠(シュラーフ)】」


 ギャングキャトルは目を閉じ、眠りについた。格好悪いが、レッドにとどめを刺してもらい切り分けて貰う。


 流石に牛肉はかなり嬉しい。俺は「サーロイン」「ヒレ」「内モモ、外モモ」を切り分けて皮の風呂敷みたいのに巻いてオルフェに載せる。


 レッドも必要な分は取ったらしいので、涎を垂らして待ち兼ねている夜狼達に「GO」を出すと、瞬く間に大きな牛は骨へとなっていった。凄まじい牙の威力を間近で見せつけられる。


 ━━熊の時より食い付きが激しい。昨夜、俺がガブリンチョされなくて心底良かった。


 神流かんなは、なるべくなら「べリアルサービル」の刻印を使わないで街に入りたい。人目のつく所で使わないように一応は気を付けていた。


 ━━何か事件や騒動が起こった時に「アイツが魔法を使ったんだ!」と魔女狩りのターゲットにされたくない。夜狼は、あくまでも長期間の「調教」の形にする。何なら俺が狼に育てられたでも良い。


 **


 ━━残念ながら今日も野宿だ。夜営する場所を確保し焚き火をし、食事を済ませてから警護する場所に夜狼を配置した。


 満腹になったレッドが寝たのを確認した後に、神流かんなは、夜狼を1匹連れて平原から離れた茂みに入っていく。


「ベリアル、話がある開けてくれ」


 目の前にある木の幹に、半透明のシジルゲートが浮き出てきた。神流(かんな)は、慣れた風に手を触れると一瞬で引き込まれて行った。 シジルゲートは音も無く暗闇に溶けて消える。夜狼は、主人が消えた扉を見つめ、やがて伏せると待機を始めた。


 

  『ようこそ僕の宮殿へ』



 妖しいトルコ石の瞳を持つ宮殿の主は、客が来るのを待ちわびていたかのように牙を見せ嗤った。



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