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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
四章
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焚き火

 

 峠の夜風が木々を揺らし静寂を拐って行く。獣道を少し外れた倒木の脇には、焚き火の灯りが周囲を照らし細い煙が夜空へ繋がっていた。


 朽ちかけた倒木に腰を降ろしているのは、夜狼から逃れた神流だ。パチパチと鳴る炎にリラックスした表情を浮かべながら握るべリアルサービル(べリアルの軍刀)のスムーズな覚醒(エアヴァッヘン)とターゲット取りの練習をしていた。試す相手は闇夜を照らす焚き火に導かれた虫達だ。


「……うーーん」


 ━━小さい虫には、直接効果のある刻印じゃないと効いてるのかイマイチ解らない所が有る。蜂の集団にも効くのか? 有るか知らないが、虫言葉やテレパシーを修得したら変わってくるのだろう。こんな事でベリアルのあの空間には行って気苦労する必要は無い。


「……【(ケンネンゲレルント)】」


 目印用である効果の無い魔刻印を地面へ軽く撃つ。微光を放つ魔刻印の中心に居たてんとう虫のような昆虫は気絶して動きを停止する。


 ━━悪魔の毒魔力に負けたか? それとも体の大きさによって受け入れ可能な魔力のキャパが違うのかも知れない。魔力って物の正体がイマイチ解らないが殆どベリアルのエネルギーって事だよな。そういう魔力って使い過ぎると俺の身体に…………まっ今更か既に汚されに汚されてる我が操。ベリアルサービルを覚醒させ続けた後はどっと首とか疲れるのも解ったし。


 他にも実験をしてみたが効果の程は解らない。


「旦那、焼きパンと焼き魚ですよ。コイツらはどうします?」


 木製の皿を持つレッド・ウィンドが、焼いた夜狼の骨付き肉をフライドチキンのように豪快に齧りながら神流に声を掛けた。少女のあどけなさと無頓着な振る舞いは夜の危険や不安感を一切感じさせない。 


「逞しいな」


「はぁっ?」


 ━━そう言えば、大型の夜狼や灰色狼は魔獣ではないとレッドが言ってたな。魔物は一定以上の瘴気が漂うとこに多く出現するらしい。瘴気の無いところにはあまり見掛けないが見つけたら逃げろが合言葉だと、レッドが言っていたのが頭を過る。


「いやっ何でもない」


 ━━青山羊悪魔メンが一目散に逃げろに該当するのは俺でも十分に解る。ていうか俺は十目算に逃げたし、なんだかんだで常に逃げてる。そして、イエス、ノーを使い分ける俺はしっかりとレッドには夜狼は食べたくないと強く伝えておいたのだ。


 神流達の周囲には5匹の夜狼達が吠えもせず静かに伏せ、護衛もするかのように待機している。頷きつつレッドから木製の皿を受け取る。


「ありがと、獣達は放置でオーケー大丈夫だよ。山小屋の虎モンと同じだから」


「さっきまで襲って来たのが周囲を代わりに警戒してくれるなんて、本当に便利な魔法ですね。街に居る魔術師のお婆が見たら驚きますよ。絶対」


「そうか、俺が魔法を使えるのは企業秘密な。それと疲れてるとこ悪いが寝る前にオルフェに水を飲ませてやって欲しい」


「何言ってんすか? 水は後でやっとくっす」


 ━━レッドが全てにおいて頼もしい。同志でもある馬の名前は「オルフェ」にした。大人の事情は関係ない。


 神流が【隷属(スレイブリイ)】の魔刻印を施した夜狼達には、周囲の護衛をさせていた。戦闘で殺した夜狼達は、レッド・ウィンドが加工して食事と保存食となり毛皮となった。


 ━━レッドは器用過ぎる。


 レッド・ウィンドは焦げた骨付き肉を持ち黙々と咀嚼しながら鳶色の瞳に焚き火の炎を映す。


「水はいいんすけど。ところで旦那は、この年頃の淑女をいつ抱いてくれんすか?」


「えっ唐突過ぎるだろ! そういう事はオブラートに包んで言えよ。そもそも、そんな予定は入って無いよ。俺の知ってる淑女とも違うしな」


「何か冷たくねっすか? ちゃんとついてんすか? こんなに乙女なのに色気はムチムタなのに手を出さないなんておかしいですよ。またとない男女二人きりの祝福されるべき絶好の一刻」


 ━━何語だ? 何を言いたいかよく解らない。いや解るところもあるが解りたくない。


「仲間だけど、そこまで親密になって無いだろ。じゃあガチムタだから遠慮しておく」


「ガーンですよぅっ!?」


 ━━からかってんのか?何処まで本気なのか?


 レッドはぶつぶつ言いながら、オルフェに水をやりに歩いて行った。


「はあっ」


 神流は自分が本当に人間なのか心の隅に小さな疑いを持っている。体の関係を持つことに無意識の恐れを感じていた。それとは逆にレッドに対して兄貴分の自覚と小さい親心が芽生え始めてあた。


 ━━要塞街まで行こうと決めた理由はミホマさん達の安全の他にも色々だ。


(「ビール造りも盛んで酒造組合もあるんですよ」)


 ━━そんなレッドの一言が決定打となり是非とも行ってみたいと思ってしまった。人流の多い要塞街でなら、この世界や指輪の情報収集も出来そうだ。というかアイツは酒を飲むのか? 異世界には年齢制限は無いのだろうか?


 更に「2人でなら単価のかなり良い仕事が出来る」と言うレッドの誘いに背中を押された神流が自ら乗った形だ。


 ━━お金を稼いで物を買える状況に早く持っていきたい。それと先刻の夜狼の襲撃だが、殆んど倒して始末したのはレッドなんだよな。俺が居なくても全滅出来る位に強いと思う。


「それにしても魔法忍者みたいだったな。女性だと、くの一だっけ?」


 神流はレッドに返り討ちに合った夜狼達が攻撃の手を止めた隙を見てべリアルサービルを覚醒(エアヴァッヘン)させ、【隷属(スレイブリイ)】の魔刻印を何とか撃ち込んでいただけであった。神流は首を傾げながら思い起こす。


 *~*


 自称トレジャーハンターのレッド・ウィンドは、月夜の戦いの最中に指を噛むと呪文を唱えて精霊魔法を発動した。


 ━━


「ウィンド一族に繋がりし闇の精霊様、支配する暗影を霧散させ、この我が身に纏わせよ」


  「【黒霧(ブラックフォッグ)】」


 レッド・ウィンドの身体の周囲に黒い霧が顕現し吹き出るように容量を増やす。膨らんだ黒い霧は漂う事なく空中に静止した。

 それが唐突に拡がりレッド・ウィンドを全方位から、呑み込むように覆い隠し瞬く間に夜の闇へと存在を同化させ消えていく。


 ━━やはり魔法とは凄い代物だった。


 夜狼達は背後に移動する闇から現れるレッドの短刀に頸椎を突き抜かれ、次々と死骸へ変わっていった。音も無く死角からくる見えない攻撃は夜狼の嗅覚や反射神経を凌駕していた。殆んどの夜狼を殲滅した後のレッドはかなり消耗したらしく、暫く座り込んでいた。


 ━━何をやってるのか最初は全く解んなかった。どう考えても俺より強い。レッドと揉めたら勝てない自信がある位だ。自分の命が心配になってくる。このレッドでも青山羊悪魔メンは全く無理なんだから、この世界はバランスがおかしい。おっと!?


 慌ててレッドに寄り添い声を掛けた。


「大丈夫かレッド……回復の魔刻印を付けるか?」


「いやっいいっす。こんなの全然、平気っす」


 ━━無事で良かった。というか奥義みたいの出したよ。ベリアルに山刀を魔改造して付けて貰った魔刻印の力は便利だが、魔法が実在するこの世界において特別凄い訳でもなさそうだ。調子に乗って戦っていたら、異世界童貞のまま儚く命を散らしかねない。憂慮して慎重に行動しよう。


 *~*


 神流が思い返しながら焚き火の近くで横になっているとレッドが戻って来る。


「旦那、終わりましたよ」


「御苦労様な。お前って蟹とかザリガニとか赤い物をよく食べるのか?」


「よく食べてないですけど、何となく言いたい事が解りますよ。この洗練された髪の色の事を誉めてるんすね」


 背中に垂れる紅い編み込みポニーテールを神流の顔の前でブラブラさせる。


「それチョッとウザいな、くしゃみ出そう。珍しい髪の色だからなんとなく食生活を聞いただけだよ。話は変わるが、ちょっとお前の短剣を出して見せて貰えないか?」


「へっ、短剣ですか?」


「それ短剣って言うんじゃないのか?」


 首をかしげながら差し出して見せたのは、柄に装飾が施されしっかりと研がれ血糊がほんのうっすら残る短い曲刀だ。興味の表情を神流が見せ眠ったように大人しいべリアルサービルの柄を握り覚醒(エアヴァッヘン)させた。手の魔力の感触を感じると刃体の先を短い曲刀に定め簡易詠唱する。


  「【麻痺 (レームング)】」


 刃先に撃ち込むとべリアルのシジルマークが薄く浮き出る。


「旦那、何なんすか? この気味悪いマークは?」


 顔を自分の短い曲刀に寄せ怪訝な表情を見せる。


「当ててみないと解らないが、刃先が(かす)れば麻痺の効果が現れると思う。試すだけなら無料(ただ)だろ、なんなら先の尖ったダーツみたいのも出してみろよ。今以上にお前が強くなる必要は無さそうだけど念の為な。嫌ならならやらないし解除するけど」


効果付与(エンチャント)ですか? 一撃で仕留められない大きい獣や魔獣に効いたらアッチの討伐スキルが、だだ上がりっす。それに魔力温存も出来て嬉しいですよ」


 好奇に瞳孔を開くレッドは鉄製の苦無(クナイ)を数本出して並べる。神流は簡易詠唱し刃の先に小さな魔刻印を刻んでいく。


「自分でマークに触っても麻痺するからな。解除出来るけど」


「御礼にチューしましょうか?」


「いい、それは遠慮する。まだ試してみないとどれぐらいの効果が出るか解らないだろ? 明日に響かないように俺は寝るから、おやすみ」


 ━━


 神流が毛布をかぶり眠りにつこうとすると、レッドも毛皮を持って来て敷き神流の背中にくっついて横になる。


「クンカクンカ、これが旦那の汗の臭いっすね」


「……それって狼の臭いじゃないのか。なんか恥ずかしいだろ。俺の故郷では臭いフェチの変態さんと呼ばれる行為だぞ」


「アッチは平気っす。他人はとうでもいいんすよ」


 ━━返す言葉もない。出来れば街に行ったら温かい風呂に浸かりたいな。いや、そもそも風呂や浴場とか存在するのか? ドラム缶風呂とかになるのかな。街まで行って水浴びだけだったら淋しいよな。あと石鹸とかって存在するのか? レッドに聞いた方が早いか。


「…………なぁオイ、チョッといいか?」


 返事がないので体を起こして振り向くと眠りに身を委ね寝息を立てるレッドの様子が見える。肩甲骨から柔らかい温もりと静かな心臓の鼓動が伝わってくる。


「……」


 呆れるように愁眉を開く神流は何とも言えない面持ちになる。


 ━━瞬時に寝るとは○○太くんか? 戦闘時とのギャップが凄いわ。レッドは元から異世界に居る住人で、かなり頼りになる存在だ。本当は御荷物の俺が偉そうに出来る立場ではないんだよな。沢山の借りがある。何かしらの頼み事や打算が有っても犯罪以外は引き受けるつもりだ。たとえ俺を騙して欺いていたとしても……。


「父……ちゃん」


 微かに聞こえた寝言に気付いた神流(かんな)は、レッドのずれ落ちた毛布をかけ直して座り直す。


 ━━まだ子供のクセに…………色々と気を使ってくれて、本当に助かってますよ。このまま無事に街に着ければ…………。


 神流は夜空を見上げる。くっきりと輪郭を現す夜空の星々を瞳に映して、まだ見ぬ街を軽く想像する。


 ━━まずは酒かな。


 そっと横になり毛布にくるまる。焚き火から立ち上る陽炎を眺めると、積もった精神や肉体の疲労を肉体が思い出し神流の意識を睡眠の教室へと引きずり込んでいく。数秒たたずに野外での初睡眠に着く事に成功していた。





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