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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
三章
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竜姫の吐息

 

 ひっそりとした静寂が流れる荘厳な大広間。殿様等が家臣に対面する上座、「一の間」の御簾が物音ひとつさせず上がる。


『グオルロロロ、我の温情を足蹴にするとは、やはり無知な羽虫よ。瞬時に塵と化して亜空間に棄て去るも一興』


 音も無く上がる巨大な御簾(みす)から竜姫リンの姿が少しづつ(あらわ)となっていく。


 その姿は人型で白と銀が混ざり光沢のある長い髪を床まで伸ばした十代後半の女性であった。身に付けているのは、胸が大きく開いた藤色の裾に幾多の椿の模様がされた日本の浴衣を五衣重ね比翼仕立にしたような羽織りだった。


 着付けを崩し緩んだ帯をだらしなく垂らし華やかな浴衣の肩や(たもと)に柔らかい反射をみせる。黒曜のサングラス、そして白に銀を織りまぜる長く艶のある髪も光を散らす。



 ━━本物の竜では無い。人型ロボじゃなくて人型竜か、とりあえず何故下着を来ていない? 竜乳が溢れて零れそうだぞ。それにしても何で和服にサングラスなんだ、異世界で日本かぶれか? 見た目的にはヤンキー崩れの……うっ……。


 神流の視線が竜姫の胸元に流れるように惹き付けられ、風貌をヤンキーのようだと感想を浮かべる刹那、姿を現した竜姫リンの身体から竜羅気と呼ばれる魔力を濃厚に含む波動が溢れ放出されていた。


 真空の津波を思わせるその波動は瞬く間に真正面から神流の全身を呑み込んだ。


 神流は竜姫リンの全身をはっきりと見た直後、ぐにゃっと空間が捩れた感覚に陥り、靴を脱いだ縁側の下まで吹き飛ばされていた。


「おぶっ!」


「バカな人族め、リン姫様の素の竜羅気を遮る物も無く浴びれば、人間如きの命など蝋燭の火のように消し飛ぶに決まっておろう。ひれ伏しておれば生き延びれたものを……馬鹿は恐ろしや」


『浅薄な命を棄てて自ら死ぬ道を選ぶとはな……ドリュアス、憐れで不様な死骸を亜空間に棄てて参れ』


「ははっ!」


「……まだ死んで……ねえよ。リン太郎……何しやがった……」


 ーー竜羅気が触れる刹那、親指に嵌まる黄金の指環から光が網のように走り神流を覆い竜羅気と相反し弾けた。


 その衝撃の余波で神流は縁側まで跳ばされ転げ落ている状態であった。


 縁側の縁に手を掛けた神流は震えながら、ベリアルサービル(ベリアルの軍刀)の鋒を竜姫リンへ向けようとする。


『生きておるとはのう』


 竜姫リンの口角は僅かに上がり、邪気と蔑みを含む冷笑の色が浮かんでいた。


 何をされたかまでは分からないが攻撃の類いだと決めつけた神流(かんな)は、縁側の縁に手を掛け抗う本能のままにベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を持つ手に集中する。


 ━━この熱い感覚、喉の奥に確かな力が在るのが解る。


 喉に刻まれたシジルマーク(紋章)に闇を彷彿させる漆黒の煌めきが浮かび上がる。リインとした鳴動と共に魔力の莫大な魔力の流れを造り出し送り込み始めた。


 神流はベリアルサービル(ベリアルの軍刀)の刀身が(いなな)くように共鳴震動を起こすのを感じ取る。


 ━━きたな、俺の望みの綱。


覚醒(エアヴァッヘン)


 刀身の紋様に妖しい微光が疾走し剣に淡い輝きを纏わせる。震える手を制しながら、その妖しく輝く鋒を竜姫リンの心臓へ向け照準を合わせた。


 ーー


 その異常な魔力共鳴の動きを瞬時に察知したのは、生き物のように動く植物の剣を懐から取り出したドリュアスであった。殺意の孕む高速の摺り足で詰め寄りながら、複数の蔦人形を畳から立ち上げて造り出した。


 ━━


 ーー神流を粛清しようとするドリュアスをリン姫は指を立てて袖を振って制して止めていた。


「姫っ……!?」


 その緩慢で優雅な動きに釣られ神流も攻撃を躊躇う。


『ほう、しっかり生きておる……面白い。生命力の溢れた羽虫が妾の竜羅気を相殺する魔力までも使役するとはな、やはり特別な魔族の類いであったか。ならば…………特別に教えてやろうぞ』


「教える……だと?」


 悪魔を思わせる嘲笑顔の輪郭に浮かべた竜姫リンが、揺ったりと息を吸うと、空気が自ら口に向かうように気流が生まれた。頬も張らず瞬く間に周囲の空気を吸い上げると口元に集まる大気が透明な竜の顎を形成していく。


『とくと学ぶが良いーー身の程をのう。ーーーーグオロロロ、此方より彼方の深淵に通ずる常闇の扉よ妾の前に疾く開け』


 大気で形成された竜の顎が唸りを上げると、神流の背後に見える空中にカッと黒い亀裂が入りガラスのように砕けた。空間に地割れに近い菱形の孔が開いたままとなり、果てしない闇の領域を覗かせた。


 それを一瞥することもなく竜姫リンは静かにまるで死の宣告でもするかのように瞼を瞑ると唇が音を紡いだ。



『ーーブレス(翼竜の吐息)



 竜姫リンの口元に粉を巻き上げたような強烈な点光群が生まれると鋭い大気の濁流と変わり螺旋を描いて神流にぶち当たる。


「めかぶぁっ!!」


 神流が全身の肌の神経に幾千もの刃物のような感触を感じた瞬間、再び黄金の指環から光の大網が神流の体表を走った。刹那、空間が捻れ脱いだ靴と共に糸の切れたあやつり人形のように吹き飛ぶ。神流の身体は、きりもみ回転しながら亀裂の穴から闇の亜空間に吹き飛ばされ消えていった。


 ーー


 竜姫リンかドリュアスに振り返る。その顔には嘲笑や冷笑の色は無く、悪戯をした少女のようなあどけない笑顔が見えた。


『フッ、妾の生の息を嗅げるとは身に余る慶福であろう。あの不様な……クックックッ……クハハハ……ハァーハッハッハッハ !! 何百年ぶりにスッキリしたわ。心地好いぞ、とても健やかな気持ちじゃ』


「それは宜しいかと……姫様なら指先1つ動かすこと無く屠って塵にするのかと予見致しましたが」


『ふん、彼奴(あやつ)が腰に着けていた鞘に収まる竜石。そこから妾を崇める念の残滓を感じ、気を揺め所払いで済ませたまでのこと。元々あれを持つものには多かれ少なかれ加護をくれてやる習わしじゃしな。ふぅぅ……ドリュアス、呑みたくなったぞ。酒を用意いたせ。しぶとい彼奴(あやつ)ならば、妾の元に戻って来る気がするのう。訪ねてきたらもう一度、盛大に吹き飛ばしてやりたいのう。楽しみじゃて』


「すぐに星氷陶磁の金盃を支度して竜源桃酒をお持ち致します。……あんな礼儀知らずな狼藉者は御免被こうむりたいもので御座います」


 ドリュアスは膝に手を置いて立ち上がりながら瞼を瞑り小さくかぶりを振った。


「それと姫様の力の放出により、久しく亜空間の隔壁に巨大な歪みと甚大な亀裂が生じております。もう少し力を抑えて頂かないと神域が堪えられませぬ」


『知らぬ間に興奮していたようじゃのう赦せ。酒と馳走を誂えたら取り急ぎ修復に取り掛かるのじゃ』


「承知致しました!」


 返事と共にドリュアスは主君の前から蔦人形と共に颯爽と消えた。竜の姫リンは自分で空けた空間から覗く闇を瞳に映し、物憂げな表情を一瞬見せた後に気息を空に吐いた。



 *** *** *** *** ***


 **


「カンナさーん!」


「旦那~っ聞こえますか~!!」


 ミコマとレッドが 神流が吸い込まれて消えた祠内部の地面に向かい呼び掛けていた。


 ーー


「ーー!?」


 唐突に外で変化が起きた。大きな地鳴りが始まり祠の内部を紆濤を作り揺らした。異変に気付いたレッドがミホマを連れて祠の中から避難し顔を出した。


 出ると同時に小高い山の頂上辺りが竜の頭のように変化していき顎を開けた。口内の空間にビシリと亀裂が走る。そこから藍色の何かが打ち上げられるようにぺッと射出され飛び出した。


 その物体は放物線を描けず落下し、斜面の途中に生える樹木に盛大に当たり枝をバキバキに折って撒き散らし斜面を転がりながら竜の祠の入り口辺り、2人の目の前で動きを止めた。少し遅れて一足の靴が落下して来るとボコッボコッとそれに当たった。


 暫く動かなかったそれが、草や落ち葉そして土埃を払い退けムクリと動いた。


「くぅぅっ、ゴエホッ! ゴエエホッ!」


 ━━帰って来たのか? くそぅ! 偉そうな穴掘りトカゲめ。落としたり飛ばしたり、やりたい放題やりやがって、なんて性格が悪い野郎だ! 


「何だよ、この枯葉はぺっぺっぺぇ」


「カンナさん!」

「旦那ぁ~何処に隠れてたんすか!? 本当にイカれてるっすね」


 ーー!


 神流はオデコの枝を払って顔を2人に向ける。


「ううっスイマセン、ミホマさん待っててくれたんですか?何とか戻って来ましたよ。 ゲホッゲホッ、レッド……俺が隠れてるように見えたなら、眼科に行って花粉症を徹底的に調べてもらえ、というか何でお前が居るんだ? ……ゴリラだか猿って……お前の事だったのか」


「相変わらずトチ狂ってますね。え? 何でアッチが居るんだ? ゴリラか猿? えっと……は???」


「私が連れてきたせいで神流(かんな)さんを危険な目に……」


「オホッオホッ全然違いますよ。足元を見てなかった俺がボケッとし過ぎてたんですよハハハ……エホッ!」


 神流は、ずっと気を失っていて自分に何が起きたのか詳細は解らないと2人に伝えた。ミホマを気遣う故に竜の聖域やリン姫の説明をしなかった。


 ━━説明してしまったら、守護竜に対して嫌悪感を抱き祠で危険な目に合うかもしれない。知らなければ今まで通り安全に御供えに通えるだろう。知らぬが仏的な……俺に直接セコ竜をどうこうする力が有れば巣に戻って徹底的にお仕置きして退治してやりたい位だ。


「ーーイテテッもう事故だよこれ」


「旦那っもうちょっと、しっかり歩いて下さいよ」


 疲労と身体の至るところの打撲傷の痛みで動きの鈍い神流はレッドに肩を貸してもらい山小屋への帰途に着いた。



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