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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
三章
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祠の災難

 


 突発地震のように揺れ動く守護竜の祠の中で必死に声を上げる神流。


「ミホマさん! ヤバイです。手抜き工事かも知れないから崩れる可能性が! 一時避難しましょう!」


 神流がミホマの手を引き走り出した瞬間。


 ━━!


 地面に竜の紋様が浮かび足下の黒い点が瞬時に拡がり追尾する落とし穴のように神流を吸い込んだ。


「!?」


「カンナさん! しっかり!」


 縁に残るミホマが必死に神流の体重を片手で支えている。


 神流は必死な形相で苦痛に耐えるミホマを見た刹那、容易く手の力を抜いて解き離した。


「全然、平気ですからね」


 つくり笑顔を向けたまま穴の闇に消えていく。


「なんで!? カンナさん! 行かないでーー! …………」


 ……


 …………


 深海のように一筋の光すら無い底知れぬ漆黒の縦穴を滑るように落ちていく神流。


 落ちる一瞬の刹那に闇の中から見上げた地上のミホマは、悲痛に澄んだ栗色の瞳を淡く揺らしていた。


 ━━少し前も落っこちたのにまたかよ。落下恐怖症になったらどうすんだ? 落ちたのが俺だけで良かった。あの顔を見たら握っているのは無理だった。ミホマさんまで俺の失言というか失心で巻き込んで落としてたら、一生、後悔するよ。ハァ、また心配な顔をさせてしまった。……というか、人の心を読んで揚げ足とったり、地面に古臭い魔法の落とし穴掘ってるとか何処が守護竜だよ。どんだけセコい竜だ。「セコセコ穴掘りトカゲ」と命名しよう。


 落ちながら親指の指環に目を向ける。


「おいベリアル何とかしろ!」


 特に変化の兆しは現れない。


 ━━駄目か使えん…………俺、こんな事でバッドエンドを迎えるのか。何個も死の罠を用意すんなよ。クソ異世界。


 神流は死の予感が色濃く漂う自分の状況に怯えとも覚悟とも割り切りともとれる表情で身を任せていた。水中を沈んで行くように闇を落ちていく神流の身体は既に上下を見失っていた。


 ━━━━……あぉ? 何だか頭がボーッとするな。モグラより深く潜ってるのに、海底、いや地の底に着いて無いのか。結局抜け出せなくてジ.エンド……死ぬ結末も有りそうだな。ゲームオーバーかも知れないのに危機感ねえな……俺。短期間で異世界に慣れ過ぎだろ、順応性万才かよ。うーん、それにしても妙だ。ベリアルの空間は完璧な闇だった。ここは外より全然寒くないし仄暗い感じだ。闇の違いなどスマホが無いと調べようがねえし。となりのTTRの腹の上にでも落ちてメイ達と……木の実でも……貰えねぇか……な…………。


 神流の意識は次第に遠退いていく。


 ━━


 ━━


 ━━━━


 ~~***


 ━━


「…………おいコラ、人間起きろ! 起きぬか!」


「うっツナマヨ食べたい……」


「何を言っておる。早う起きて来ぬか!」


「はっ? ほっ?」


 地面に横たわる神流を見下ろして急かすその少女は、緑葉のイヤリングを着け、薄い緑の袴を羽織り、肌の色に近い翡翠の色をした背中に垂れる髪を束ねていた。


 神流が落ちて意識を失って居た場所は、巨大な日本庭園の造りを模した平地のような空間だった。外のような造りで空も在りとても明るいが太陽は無く風も無い。遠くでは人形のような物が働いているのが目に映った。


「早よせいと言うておる!」


「はっ?」


 淡い緑の肌を見せる少女は、腰に手を当て寝そべったままの神流を再度嗜める。


「空が無えよな」


 ━━ベリアルといいラスボス気取りの奴は普通に異次元空間を持ってるのかよ。


「ふんっ、小魔族と聞いたが、ただの人族モドキでは無いか。……おい人間、いつまで呆けておる。早く起きて付いて参れ!」


「色々と葛藤があるんだよ。寝起きの人間に向かって、いきなり命令すんな! お前は誰なんだ? 自己紹介して名刺出せ。まず事情と犯罪の動機を説明しろ。というかそれファンデーションじゃねぇだろうし高確率で人間じゃ無くて人外だよな? お前が守護竜の声真似していたというオチじゃ無いだろうな?」


「っ騒がしいわっ! 舐めるで無い人間! 軽々しい口を叩くでない! 妾はリン姫様の側仕え兼お庭番ドライアドのドリュアスなるぞ。本来なら人族如きが直接に口を聞ける存在では無いのだ!」


「ドライアド? アイス?」


 ━━ドライアイスの妖怪か? 妖しい見た目通り人間じゃないんだな。相手が知ってる(てい)で自慢気な自己紹介を聞いた所で全く何か分からない。セコ竜はリン姫というのだからメスか、あの声重低音で……ゴリブスな気がして笑える。要するに緑のコイツはセコ竜の手伝いや家来みたいなもんだろ。


 腕を組む袴の少女が神流を見下ろし厳しい目を向ける。


「人間、早くせい!」


「うるせぇドラ緑、声でけえよ。甲高過ぎて寝起きの耳がキンキンするわ。意識を失ったのだってお前らのせいだろ。此処はどこ何だよ?何処に行くか位は言えよ」


「ドラ緑だと、口を慎め! 身のほどを弁えぬと有機分解して植物の養分にしてくれるぞ。分からぬか、此処は竜の神域という。リン姫様の屋敷以外に異物のお前が行ける場所など無かろう。頭を下げて畏まり付いて参れ」


 ━━セコ竜の手下の癖にとんでもなく偉そうなドラ緑だ。何となく嫌な予感はするが、セコ竜に会いに行くしか地上に戻る道は無さそうなのは確かだ。大体、ここはベリアルの空間のように人工的な空間なのか? それとも更なる別世界なのか? 不完全だが景色的には源氏物語とかに出てきそうだ。京都で和菓子食べたいな。


 神流は重そうに腰を上げ憤る袴の少女ドリュアスに付いて行く事に決めた。小径(こみち)に沿って早足で歩くドリュアスの後ろを、周囲を眺めながら、のんびり歩を進める。


 僅かに滞在し感じた異世界の自然やベリアルの異質な亜空間とは別物の人の手が入ったような日本に近しい景色に不思議な親近感を覚えていた。


「綺麗で長閑に見えるが……」


 神流は綺麗な風景に違和感を覚えていた。雪の積もった日本庭園のように静まり返っている。風の囁きや樹木のざわめき、鳥や虫の生命の息づきが全く聞こえない。まるで息をひそめたように音が景色に隠れている。


 ━━気味が悪いくらい静かだな、桁違いの箱庭というか造形的というか、明るいのに景色が眠っているようだ。人間が死に果てた村というか……。


「人間、早う歩け!」


「お前、それしか言わねえな。ペッパー君かよ」


 進行方向に延びるなだらかな白砂敷に沿って気紛れな足取りでドリュアスに付いて行く。

 暫くすると、空中に浮遊する和風で巨大な屋敷が見えてきた。その屋敷の周囲には川のような水流が勢いよく飛沫を立てて流れ、ぐるぐると巡っている。


 ━━フッ、テーマパークだな。何ランドだよ。ベリアルの宮殿が規格外過ぎたせいで大した驚きがないんだよな。慣れって怖い。まぁベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を持ってるから気が大きくなってる事実は否めない。


 空中の正門に架かる橋は、屋敷から見て手前で美しい木造の二連アーチ橋となっている。木橋を渡って巨大な門を潜ると並び立つ樹木は整えられ自然石の敷石が玄関まで続いていた。


「なぁドラミドル、あそこにセコ竜がいるのか?」


「ドラミドル!? まだ言うか己れ! して、セっセコ竜!? まさかリン姫様の事ではあるまいな?」


「ああ、姫って言う位だから偉いのか。俺を落っことした性格の悪いドラゴンプリンセス殿がおられるのであろうか?」


「たわけ者めが! 語尾以外全て間違っとるわ! 矮小な人間めが慎めと言っておろう!

 塵になりたいのか!」


 ドリュアスの怒りと共に身体から緑色のオーラが仄かに浮かび上がる。


「カッカするなよ。健康診断で血圧の項目で引っ掛かるぞ。人間でも無い癖に無理して礼儀作法を覚えたのか? ネットでか?」


「身の程知らずめが、この場で四肢を微細な塵にしてくれようか」


 ドリュアスが怒りに硬直し緑に揺れる魔力を手に込め始めると周囲の草木が不自然に揺れていく。


『━━グオルロロロロ!』


 刹那、大気に激震が走り空に抜けるように響いた。


『ドリュアスよ、其奴を連れて庭園の縁側から上がって来るのだ』


「リン姫様!?」


 我に返ったドリュアスは怒りを圧し殺してベリアルサービル(ベリアルの軍刀)の柄を握る神流に向き直る。


「命拾いしたな人間、リン姫様に感謝してひれ伏して付いて参るのだ」


「ひれ伏して行く訳無いだろ。自衛隊か? それに命拾い? 何を言ってんだ。初めから俺は被害者だ。まず謝れ」


 ━━話しが決まるまで短慮な事はしたくないが、いざとなったらドラだろうが竜だろうが、刻印を連打で撃ち込んで地上に戻れるようにさせるつもりだ。…………これって悪者がやられる前の台詞っぼいな……。


 玄関を避け脇道から庭園に歩いていくと鹿威しのようなギミックや石灯籠が見えてくる。たまに屋敷の周囲を回る水流からの水弾が鹿威しの先に当たって音を鳴らすと空中の川の流れに帰っていく。


 ━━日本被れの外国人みたいだな。不思議な力の無駄使いに見える。


「早く上がれ人間!」


「いちいち急かすなよドラミ。妖怪ウォッチに予定なんて無いだろ暇妖怪」


「ムカッククッ」


 オーラを纏い苛立つドリュアスを気にせず、溜息をつきながら靴を脱いで縁側から座敷に上がる。神流はあまり見たことの無い日本家屋の造りに目がいき気が散ってしまう。


 ━━何となく和式なのは解るが、ちゃんと見たこと無いから建築の仕様が合ってるか分からん。


 神流が通されたのは畳が敷かれた大広間だ。座敷に腰を下ろして適当に見渡すと、大きな御簾(みす)の向こうで積まれた座布団の上で立て膝をついて座る人影が見えた。


 漂うその香りは清涼で高貴であり、どこか妖艶に思えた。


 ━━例えるなら高価なお線香や焼香などに用いられている香木白檀系統だな。お寺で嗅いだ匂いに似ている。あの影がセコ…………待て、心を読めるんだったな。心を読まれたら何されるか分からん。気を付けないと、まさかブラインドが開いたら竜の口が飛び出て来てパクリとかしないよな?


「人族よ、そこに平伏せ」


「ハイ? するかよアホか、俺はな勝手にどっかの世界に放り込む奴が一番嫌いなんだよドラミン………………」


 ━━しまった、条件反射で返してしまった。


「何をっ!」


『ドリュアスよ……』


 胡座をかいて座る神流とドリュアスが一触即発の張りつめた空気になると御簾(みす)の向こうから低く静かな声が響めく。


『もうよい、其奴の処遇は我に任せよ』


「ははっ!」


 ドリュアスは正座のまま後方へ退いた。


『荷物持ちを称する羽虫の如く小さき魔族よ。不遜な態度の罰として闇の亜空間に放り棄ててやったのに、よくぞ生きて我が聖域に辿り着いた。その悪運、誉めて遣わす』


「魔族じゃねぇよ。やはり殺すつもりじゃねえかよ。罰で殺そうとするな! 殺人未遂のセコ竜様は、また俺を殺そうとするのか? 守護竜って名前だけ正義っぽいけど結局、悪者竜なのか?」


『此処は聖域だと言うた。終わりは近いが、お前のような穢れた異物は眠りの妨げとなる故に置きとう無いのだ。しかし、その悪運に免じて特別に生き延びる機会を授けてやろう。此処で人族を捨てて生まれ変わり、ドリュアスの配下見習いとして生涯を捧げよ。それとも塵にされ闇に放り棄てられて冥界の住者となるのも一興……好きな方を選べ』


 神流はベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を抜いて切っ先を 御簾(みす)の影に向ける。


「はぁぁっ? どの部分が免じてるんだよ? よくその究極の二択で選べと偉そうに言えたな。竜ってのはアホの同義語なのか? 俺は第三の選択、セコ竜を倒して地上に帰るを選ばせてもらう。隠れて無いで出て来いリン太郎、銃口が向いてるから降参してくれると話が早い」


 ━━ドラミの手下なんてやってられるか。あんなダサい色の服着れるかよ。まぁセコ竜を倒すと言っても額に刻印を撃ち込んで地上に戻させて、さよならしてやるだけだ。しかし、姿が見えないと撃ち込みようが無い。


「何をしておるのだ狼藉者め!!」


 驚いたドリュアスが手にスルスルと蔓の絡まる剣を造り出しながら立ち上がろうとすると


『グオルロロロ、我の温情を足蹴にするとは、やはり無知な羽虫の類いよ。瞬時に塵と化して亜空間に棄て去るも一興』


 巨大な御簾(みす)がスーッと音も無く上がり始めた。



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