解放と祭壇
神流に呼び寄せられた2人が揃った所で無言のまま奴隷の刻印を解除した。
「【解放】」
━━俺がするであろう誤射、誤印等々の為に消せる刻印と手段は覚えて来ている。俺の脳裏には間違って当ててしまい、狼狽える姿が既にに浮かんでいた。シャーペンと消しゴムはセット。
「!」「!」
驚きを見せるが事情と状況の飲み込めない2人に説明を始める。
「お務めを果たしたと見なし、お前達を魔法の拘束から外した。要するに自由だ。後遺症はあるかも知れないがな。2人とも備蓄倉庫から必要な水や食料を持って帰っていい。道具や武器も必要なら持っていけ。忠告だが俺や皆に逆恨み攻撃するなよ」
「有り難う御座います。……でいいんでしょうか? 僕は、まだ頭がボンヤリしますね。恐れ多くて攻撃などしませんが、返り討ちにされるのが解っているのに攻撃する人は居ないと思います。カンナ様、差し出がましいようですが1つ宜しいですか?貴方の人となりを間近で拝見させてもらいました。貴方は優し過ぎます。山賊に対してさえも……その優しさに付け込んだり、仇で返そうとする人間が星の数程居る事実をお忘れなく。そして、迷宮等で御入り用でしたら、そこのレッドに言えば私に連絡が来ます。勿論、御安くさせて頂きますので有料で仕事を依頼して下さい」
「ロスはうるさいんすよ。山賊の一味のくせに」
「そうか覚えておくよ」
出番を待っていたグラネリエが身を乗り出すように喋りだす。
「私はぁ御主人様さえ「残れ」って言ってくれれば何時まででも居ますのにぃ。もし私がぁ居なくなると寂しくて堪らないと言って頂けたならぁ御側に残りますぅ。この何処までも純粋な気持ちをお分かりになりますよねぇ」
「………………大丈夫だ。俺のことは心配せずに好きな所に帰っていいから」
グラネリエは残念そうに、ロスロットは喜びを顔に宿していた。ロスロットはレッドと少し話し込んでから、グラネリエは着替え用の服をミホマに頼み譲って貰う等して此処を発つ準備を始めた。
2人は半日掛からず準備が整い神流に発つと挨拶をする。
「色々、分けて頂いて有り難う御座います。この場所を出たら、グラネリエさんの知り合いがいるベルトラムの先に在るロザリティアを目指します」
「そうか……レッドいいのか?安全とか」
「もう必要な事も言いたい事も言ったっす。アッチの忠告なんか聞かないのがロスロットっす」
「変な悪さしないでくれよ。2人とも気を付けてな」
神流とレッドはあっさりと山小屋から去っていく2人の影が見えなくなるまで見送った。
━━行ったな。次は俺の番なんだよな。
レッドと共に山小屋に戻って行き一休みした神流は外の見回りをしようと玄関から再度外に向かう。
━━?
柔らかな気配に振り向くと、大と小の皮の袋を持つミホマが揺ったりとした服装で近付いてくる。
「とても元気になりましたね。建物があっと言う間に…………カンナさんは本当に不思議な力をお持ちなのですね」
「いやっ色々と許可も得ず勝手に造ってしまいました。目障りな物は壊すんで言って下さい」
「そんな事は言いませんから、フフフ」
笑顔のミホマが少し真剣な表情になり神流に伺いを立てる。
「カンナさん、お怪我が治ったばかりで申し訳無いのですが、一緒に出掛けて頂けないでしょうか?」
「えっ? あっはい勿論。どっかに行くんですね。あっそれ持ちますよ」
「有り難う御座います。良かった、カンナさんが一緒なら心強い」
受け取った皮袋を担ぎ、言われるがまま鬱蒼とした林の中の広い獣道を進み北方面に上がって行く。
神流の少し前を歩くミホマのスカートに包まれた腰が気持ちよく揺れる。目の保養になり目を剃らすのを、たまに忘れてしまっていた。
「……カンナさん」
「えっ!? あっ見てませんよ」
「何もお聞きにならないで来てくれるのですね」
「ああっそっちですかハハ。ミホマさん達も、俺の素性を聞かないのに自分があれこれ聞いたら変ですよね? 聞いた方が良かったパターンですか? 俺が担いでる袋には魚入ってますよね」
「カンナさんに獲って頂いた魚が入っていますけど、そう言う事では……カンナさんはやはり不思議な方ですねフフフ」
2人がこんなやりとりをしながら、一時間程歩いて行くと林が開ける。辿り着いた場所は……小高い山の麓だった。途中、牛位の灰色狼の群れを見かけるが向かって来る事は無かった。
━━念の為にベリアルサービルの柄を握っていたのにこういう時は無視か。良い所を見せたかったな。
複雑な緊張感と肩透かしに弄ばれアンニュイな気持ちとなる。首を後ろにして見上げると20メートル程上部の斜面に洞窟のようなものが見える。
ミホマは迷わず中腹に存在する洞穴に向かいゆっくり上がって行く。神流は無言で随伴する。
上がって近付いて行くと遺跡のような石組みの入り口が、祠であるのを教えてくれる。
苔むした祠の暫く誰も訪れて居なかったであろう入り口は草に覆われ、存在を隠そうとしていた。
「チョッと見覚えがあるな」
手造りだろうと思わしき時間の経過した祠を見ると……何とも複雑な気持ちが神流に湧く。
━━遥か昔に造られ自然の一部となり打ち捨てられた、といったところだろう。俺が食べた供え物の有った祠と似てる。
祠を前にしてミホマは無言で入り口の様子を見ている。
━━もしかしたらミホマさんに思い入れのある場所なのか? 身内のお墓参りだったりするのだろうか?
「ここは竜を奉る祠なのです。カンナさんと出会わなければ、此処に来る事が出来なかったでしょう……一緒に中に入って頂けますか?」
「竜ですか!? それはいいんですけど草が凄いですね」
━━奉る?竜の縄張りみたいなものか?狼が寄り付かなかったのは竜のせいか。無いとは思うが「竜の餌になって下さい」と言われたらどうしよう。喰われて恩返し完了…………それは無理。
祠の前の草を掻き分けて暗がりに身を入れていく。ミホマは徐に袋からランプを取りだし灯りを灯す。
暗闇の中、小さい炎がその周囲だけほの暗い光を照らし、手に下げられたランプ明かりが揺れると炎を含んだ光が、壁面に当たり細かい結晶石に反射する。
祠の中の空気は停止しているように冷たく澄んでいる。鍾乳洞を思わせる冷んやりとした清涼で厳かな雰囲気を伴って神流を奥へと向かえ入れた。
━━寒っ。外が寒かったら中は暖かいんじゃないのかよ!? ワインセラーとして底値で分譲した方が良いよ。
「カンナさん寒いの平気ですか?」
「全然ですよ。寧ろ暖かい位ですよハハ……」
歩を進めるごとに靴音が反響し自分の存在を主張させる。
「カンナさん足下にお気をつけて下さい」
「はい、バッチリ確認して気を付けます」
━━敵が居たら、あっという間に向かってくるだろうな。
山の断層を横に突き抜けるような洞窟、肌に冷たい湿り気を感じながら、灯りを持つミホマの至近距離にある腰に離れず付いて行く。
神流はソッと鞘に収まるベリアルサービルの柄に手を添えている。
ほんの数メートル先の闇を照らす心許ないランプの灯り。ゴールが確かでない闇の中、それに安堵を覚えた自分を直ぐに否定して諌める。
━━悪魔の影響か知らないが、闇に癒されるようになったらお仕舞いな気がする。壁を触らないように、躓かないように、敵に遭遇したら直ぐに刻印を撃てるようにベリアルサービルの覚醒は今済ましてやった。
神流の不安と緊張感を余所に50メートル程で石で造られたテーブルや壁が見えてきた。
「行き止まりかな」
━━何だろアレ、石器時代?
「あれは供物台と言われる此処に眠る守護竜様の祭壇です。夫は墓守り人の家系で此処で祠の管理をしていました。段々生活が苦しくなっていき祠に行かなくなり仕舞いには出て行きました。……祠に行けなくなってから、守護竜様の恩恵が受けられず、林や山が荒れだし見かける事の無かった凶暴な肉食獣の声も沢山聞こえるように……カンナさんは少しの間待っていて下さい」
「分かりました」
━━喰われる心配は無さそうだ。いまいち竜が何してるのか目的がわからん。地面を割って出て来て食べられるのがオチな気もするが、考えるのを止めておこう。
ミホマは祭壇を布で拭いて掃除し、供物台の皿の上に乗っている『石の勾玉』『石の剣』『石の鏡』を、自分が持ってきた物と取り替える。そして、手前の大きい供物台の上に神流から魚を受け取り添えると両膝をついて祈りを捧げ始めた。
「地に豊穣を与え、自然の安寧を司り魔を払う守護竜様、収穫した食物をお供え致します…………」
(……)
後方の奥の影から鳶色の双光が、その2人の様子を伺っていた。
(……旦那と2人だけで出掛けたと思ったら何をやってんすか? 良いムードになって何か始めたら石とか投げて邪魔してやるっす)
━━
ミホマが手を合わせる祠の中に微震動が走る。
「んっ、今、若干揺れなかったか?」
━━違法採掘や手抜き掘削じゃ無いだろうな。ミホマさんは地震に気付かなかったのかな?
ミホマは集中し小さく祝詞を唱えている。
━━
「━━!?」
〔━━グオルロロロ、不遜なる魔族か? 神聖なる我が祠を汚すなら一息で滅するぞ〕
「はぁ誰だよ? 失礼な奴だな」
「えっ?カンナさん?」
「いやっ違います違います! スミマセン!」
━━いきなり過ぎて営業トークを出来なかった。なんかこの感じ覚えがあるような無いような。鳴き声というか吼え方が魔物だろ? この場合、多分、墓に眠る竜なんだろうけど邪悪と言うか威嚇されてるみたいだ。 サイキック少女みたいにテレパシーを送信してきてるのか? 勝手にアクセスしてくるプライベート侵害はベリアルの野郎と変わらん。…………えーと頭の中で取り敢えずハイハイ、拝啓竜様、聞こえますか? 俺は御宅の信者の御共ですよ。真面目に魚をひいこら運んで来たんですよ。失礼は多目に見てくれると助かるんですけど。
〔フン、不遜な荷物持ちの魔族よ。我が牙に貫かれ消滅したく無ければ、後ろの猿と共に早々に立ち去れ〕
━━魔族? 猿? ハイハイ、了解した。俺は魔族じゃ無いけど出て行くから拝んでる人に何もせず大人しく成仏してて下さい。
〔グオルロロ! 我は死んでおらぬ!〕
祭壇と共に祠に地震が起きる。
━━なんて短気だ。薬でもやってるのか?
「カンナさん!」
「ミホマさん! 用事が済んだのなら、もう出ましょう」
〔グオロロロ、その娘の信心に免じて眠りについてやろう。次は無いと思え! 努々忘れるな〕
「はいはい分かりました大王様」
━━うるせぇな、脅しといてそれかよ。因縁ばかりつけてくるなんて竜ってヤクザの同義語かよ。空気位読め、ドッグフードやらないぞ!
〔なにっ!?〕
地響きが大きく増す。
━━うっかりしてた。大物の癖に思考を読むなよ。それより
「ミホマさん! ヤバイです。手抜き工事かも知れないから崩れる可能性が! 一時避難しましょう!」
神流がミホマの手を引き走り出した瞬間。
━━!
地面に竜の紋様が浮かび上がり波飛沫の渦が生まれ、吸引されるように神流だけ足元から転落して行った。




