重傷の主
レッド・ウィンド、背は今の神流より少し高く。トマトみたいに赤い髪、背中に編み込んだポニーテールが尻尾のようにブランと垂れる印象的な髪形をしてる。人間離れした体術や投擲術を持ち合わせ洞察力も鋭い。トレジャーハンターと言い続けているが見た目は盗賊や斥候の雰囲気の少女である。あどけない顔をしているが、遠慮なく神流にグイグイとツッコミを入れる。神流としては非常に協力的なので邪険にできず扱いに困る事もある。
━━ずっと看病してくれてたんだな。
少し躊躇った後に声を掛けようと手を伸ばすのと同時に部屋の扉が開いた。
「カンナさん起きたの!? ママ~カンナさん起きたよ~!」
幼い張りのある響きが通る。マホがトレイに載せていた水のコップがカチャリと鳴る。
その音が心地好く響くと、ようやくレッドがパチッと目を覚ました。マホからコップを受け取り、顔に腕の跡が付いてる状態で神流に愚痴る。
「んかっ、起きるの遅いですよ~。丸々2日間も寝てるから、おっ死んだかと思いましたよゴクゴク」
「そうよ~カンナさん、レッドさんとママが殆ど寝ないでずっと付き添ってくれたのよ。私とマウもすご~く心配していたんだから。はいお水よ」
━━2日間も熟睡。眠り姫の100年に比べたら入門生なんだろうけど、失血死をしなかったのは呪いのロザリオと指輪のお陰か。
神流はコップをグーッとあおり喉に流し込んだ。
「ああ生き返る。心配かけたね。美味しい水をありがとう。そうだレッド、俺のベリアルサービルとパンツは?」
「あの不気味な模様の短剣はミホマさんが持っていきましたよ。あの刺激的に臭いパンツも血で汚れてたんで捨てたかも知れねえです。あ、噂をすれば……」
「カンナ起きたっ!」
ミホマとマウが一緒に扉から入ってくる。ミホマの大きめのトレイには湯気の立つスープ皿と皮革の鞘に納められたベリアルサービルが置かれている。スープを神流へ差し出して声を掛ける。
「良かった、目覚められたんですね。調度スープを温め直していた所です。どうぞ、お口に入れて下さい」
「スイマセン看病して頂いたみたいで。御心配おかけしました。美味しそうなスープですね。いただきます……メッサうまい!鹿肉も柔らかいしネギが入ってて絶妙です」
細かく切られて煮込まれた鹿の脂身が、程好く旨味を醸してほどけ浅葱の香りと甘味を引き立てる。
神流の持つ木のスプーンが軽快に湯気の上がるとろける鹿肉スープを口に運んでいく。
その様子を見守るミホマから笑顔が漏れる。
「フフ、お口に合ったようで嬉しくなります。食材のおかげで料理の作り甲斐がありました」
「レッドがいっぱい食べる~だからママ大変。アタシの指輪返して~」
「ハイ。返したっすから、おチビはチョッと口を閉じるっす。旦那はまだアッチに御礼を一言も言ってねえすよ」
「催促して言わせるのかよ。ハイハイありがとな、ありがとな」
神流はレッドの髪をワシャワシャする。
「何すかこの仕打ち!」
ミホマは神流がスープを綺麗に飲み干して皿を空にするのを見計らってから、鞘に納められたベリアルサービルを手渡した。
「これは?」
皮革の鞘には竜の刺繍と綺麗な石が埋め込まれていた。
「その魔法の短剣に鞘が無かったので、徹夜で作らせて貰いました。気に入って頂けたら良いのですが」
「あのですね。これは納屋から無断で拝借していた山刀なんです。そろそろ御返ししなければと思っていたのに鞘まで……」
「いえ、山刀ごとお持ち下さい。カンナさんには沢山沢山、助けて頂きました。私達に対して、ずっと一生懸命にしてくれてるカンナさんに貸してる物は何一つありませんよ」
「あの、何というか有り難い御言葉に恐縮します」
━━自分を心配してくれる人がこんなにも居る。
優しさに包まれ照れる神流の瞳は潤み眦は濡れていた。誤魔化そうと背伸びをして大きな欠伸を何度も繰り返すと新しい鞘の感触を撫でて確かめ小さく頷くと柄を肩に押し当てた。
「……【治癒】」
ベリアルのシジルマークが押印されたかのように柄を中心に浮き出る。傷口に淡い泡と細胞液がみるみる溢れ再生が活発化したのが見て取れた。
「かなり深い所が痛むが……うん、いけるな」
━━痛いものは痛い何がいけるのか定かじゃないけどな。俺は武闘派でも戦闘狂でもない普通の元サラリーマン。強いて言うなら元企業戦士だ。いや、まだ退職していないから有給休暇(仮)の会社員。
「カンナさんの衣服を持って来たわよーー。はい、ママが洗って破れてた所をちゃんと直してくれたのよ」
「ありがとう、マホは御偉いさん。あのっ有り難う御座いますミホマさん、もう治ったんで御返しします」
ロザリオと指輪を外しミホマに手渡すと肩口が縫われ洗濯された学生服とワイシャツと下着を両手で受取る。
━━俺が着替えるのに誰も部屋を出ないんだな。いやっ何か恥ずかしい。アサルトマグナムが見えちゃわないようにしないと……もう色々と手遅れな気もするが。
「んしょんしょ」
モソモソとシーツの中で着替えた神流はベッドから起き上がり肩の傷と筋を気にしながら、牝山羊のようにゆっくりと立ち上がった。
死んだように眠った感覚が身体のアチコチに残る神流。体全体が血行不良で痺れている感は否めなかった。首や腰をグニグニ動かして血の巡りを促す。
それを見て真似をしているマウの頭をポンポンしてから皆に向き直る。そして、左手を前にして腹部に当て、右手は後ろに回し華麗に深くお辞儀をした。
「御心配をお掛けして申し訳ありませんでした。皆様のお陰で無事快復する事が出来ました」
「わーい回復~」「カンナさん治って良かったね」
━━マホマウシスターズが跳ねている。なんか嬉しい。
ミホマが作成したベリアルサービルの鞘は腰のベルトに装着出来る代物だった。
「少し外を散歩してきます」
神流はズボンのベルトに鞘を装着して山小屋の外に向かう。
「んん、あ~いい天気だ」
外に出て涼しい陽光を全身に浴び深呼吸をしながら、ビタミンDと新鮮な酸素を体内に取り込む。
「あぁん私の御主人様ぁ。心からぁ心配していたのですぅ。察して頂けますよねぇ」
長閑な林の空気に、高音に響く艶かしい声が神流の斜め後ろから届いた。首だけ振り向き、自分に寄って来る人影を見やる。
━━薄い紫の髪をウェーブをかけて伸ばす女山賊グラネリエ。年齢は24、5、6、7、8といった辺りに見える。
神流の訝しげな視線に悦楽の表情を見せて笑う女山賊。
「…………」
━━あの時、居なかったよな。熟睡していたんじゃないのか。とにかく、あのハロウィン野郎の対策はしておく必要がある。
「ああん、ご無事でなによりです。納屋の掃除は終わっていますわ。誉めて下さらなくても気には致しませんわ」
「……ハイハイ、ご苦労さんな」
頷きながら喜ぶグラネリエをスッと躱して裏手に歩いていく。
「━━!」
見渡すまでもなく山小屋の周囲の景色が様変わりしているのに気付く。
菜園には1面に野菜が実り畑と見間違う程、青々としている。奥には梨の苗木が綺麗に並び新緑を添えていた。
建造するように指示しておいた高床式の食料備蓄用の巨大倉庫が完成し。納屋も倍の大きさに増築が終わっていた。
そして、敷地の隅には山賊達用のエル形宿舎の骨組みも壁が張られている最中で完成に近付いている。
━━突貫工事でもしたのか?
「御主人様ぁ出血は止まっただか?」
白髭の山賊が声を掛けてくる。神流は一瞥する。
「指示した通りやってるか」
「これしかやる事が無いだらですから、しっかりやってるだらです」
━━重犯罪者など邪険に扱えばよい。でないと被害者に申し訳無い。
しかし、強制だが一生懸命働いてるんだから……という複雑な気持ちが神流の心境を縒り糸のように絡ませていた。
「……倉庫に食材は運び込んであるのか?」
「干し肉と干した魚は、全部中に入れて棚に積んだり吊るしてあるだらです。加工してた奴等の手が空いて手伝いに来ただらで、仕事はどっちも進んでるだらです」
「そのまま継続作業な」
「へいだらです!」
その場を離れ親指の指輪を軽く睨んでから、警戒して周囲を見回すが骸骨の残骸は残って居なかった。
少し思案を始め黙っていた神流は徐に遠目に見えたロスロットとグラネリエを呼び寄せた。




