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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
三章
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闇の刃

 

 …………ぽたっ……。



  ……ぽたっ……ぽたっ……ぽたっ……ぽたっ……ぽたっ……ぽたっ……。


 夢では無い闇の中で神流の双眸が開く。


 ━━意識と身体がズレている。


 眼球の先には上から下に下から上に影のように黒い水が滴となって落ち漆黒の水溜まりを上下に成していた。その水溜まりが形を為そうと、


「断る。俺はまだ寝る」


 闇に浮かぶ対の瞳を力強く閉じた。


 ~*


 闇の水滴の音に神流は嫌々目を覚ました。


「……しつこい、何故拒否しても起きなきゃいけないんだ」


 怒りと共に不愉快になる。ぼんやりと視点が定まって無いが既に異変に感付いてはいた。


「悪夢だけじゃないのかよ。そういうのは、お腹一杯なんだよ」


 軽い口調とは相対的に自分の存在が薄まり消えていくような、まるで異空間に切り替わったような嫌な戦慄を覚えている。


 ━━何だキモいぞ。この感覚、ものすげえ不快。ベリアルが何かしたのか? マジ睡眠妨害。


 神流が抗議するように黄金の指環に目を下ろすと


「━━!うっ」


 親指に嵌まっていた黄金の指輪が実体を失い真っ黒な影の指輪と化していた。いつの間にか闇の水滴も消えている。急激な危機感と違和感、そして、異質な気配を感じた神流は山小屋の外に飛び出していた。


 ━━嫌な予感がビシバシする。是非とも外れてくれ。


 裏手の菜園に神流は小走りで回り込む。


「……」


 そこにはイビキをかく山賊達が寝転んでいる。奥では火の番をするロスロットが、うつらうつらと眠りそうになっていた。


「……なんだよ。早とちりの肩透かしか」


 立って居る者は自分以外は誰もいない。


 気のせいか予感が外れたな……と菜園に視線を戻すと、そこには横を向く頭蓋骨が置いてあった。


 ━━!


 それは拳と同じ大きさの小さな髑髏だった。それが黒い水溜まりに浮かんでいる。


 黒い滴が空中に現れ髑髏の頭上へ、落ちる、落ちる……。


 その影溜まりが異様に震えた。


 拳と同じ大きさの小さな髑髏が、ゆっくりゆっくりとネジを回すように神流の方へ向き直り眼窩に収まる眼球がギョロリと神流を凝視した。


 影溜まりに浮かぶ小さく生々しい髑髏。うつらうつら顎骨を揺らし神流へ向き直り闇を濃くした双眸で睥睨する。


 神経に突き刺さすような底の無い激しい畏怖を発っした。体中の血液が波打つ程の恐怖を醸し暴走しようとするが、迂闊に身動ぎせず恐怖を受け止めれる程に莫大な恐怖耐性が神流の中で育っていた。


 ━━頭蓋骨だ。小さい骨の標本魔物か? 本格的な魔物ぽいな。此処等(ここら)は結界やらで、魔物なんか出現しないと言ってた気がするのに眉唾だったか、ベリアルが色々してるし無理があるか。ああ、魔物にも刻印が効くのか悪魔の谷で試して置けば良かったな。


 ━━


 ズズズズ…………


 神流と睨み合う髑髏が漆黒の水溜まりのような空間から、迫り上がり出した。

 姿を現したのは、刃の峰と鋼の柄に無数の生きた髑髏が(あしら)われ黒曜石の輝きを見せる大きな黒鎌であった。


 不気味な黒鎌の出現に留まらず黒渦の上にずるりと湧きあがるように身体が現れた。


「ガッ……不可能の……ガッ理に……」


 黒渦の水溜まりの上に現れ佇立するのは、170センチ程の背丈の人型を模した骸骨だった。ボロボロに解れた影のようなローブを羽織りフードを被っている。


「ハァ……なんだよ。悪魔の谷から付いて来たんじゃないよな」


 ━━キモいな結局ホネ魔物か。竜の結界本当に働いてるのか?お化けかも?


 袖から見える白骨の手は、だらりとしているが指先が細かく動いている。まるで死神を彷彿させる姿に不気味さを覚えるが神流に動揺は少ない。


「死神さんいらっしゃいませ、じゃねえんだよ。あのな、基本的に俺はお前らみたいな都市伝説を信じて生きて無い。この山小屋は勧誘お断りだから自分の墓に帰れ!」


 出現した骸骨は神流の言葉には反応を見せず、置物の死神人形のように動きを止めた。だがその視線は神流を捕らえて離さない。


 ━━悪霊は怨霊は見てると取り憑いてくるかも知れない。害は無さそうだし、見えないフリしてやり過ごそうかな。しょん便したいし……


 ━━


 突然、鎌に飾られた髑髏達が声を絞り出すように唄い出した。それはモーツァルトの『魔笛』を思わせる唄だった。歓喜と苦悶の悲鳴を含む歌声を浴びせられ、冷たい手が喉元を撫でるような錯覚を覚える。


「うおっ!?」


 ━━うるさっ。何なんかの呪文なのか? 意図は読めないが敵なんだろ……。くっここは攻撃を選択だろ。


 ソッと腰のベルトに刺さるベリアルサービル(ベリアルの軍刀)の柄に手を触れた刹那。


 2メートル以上ある黒曜の鎌を持つ白骨の手首がノーモーションで動く。


  ーーフォンッ


 ローブの骸骨は踏み込みもせずに手首だけで一気に黒鎌を薙いだ。鎌の刃が夜の空気を裂いて、前傾姿勢になった神流の前髪を切断しハラリと落す。


「うおっう!?」


 ビクッと後ろによろけた神流の額に冷や汗が浮かび肌にしみる。指で額に触れると薄皮一枚が真一文字に斬られゾッと瞼が開く。ローブの骸骨は振り回した黒鎌を手に戻すと出現した時と同じ姿勢に戻り佇立している。


 神流は紙一重で死の刃を躱す結果となった。不用意に近付いていたならば、頭部の3分の1が綺麗に跳ね飛ばされ消えていた。


 ━━早い! 


「普通に死んでた? 骨だけの癖に膂力がおかしいだろ」


 ローブを深く羽織る骸骨の口元が僅かに震えて動く。


「……に触れる者……ガッ我……裁定……」


「気味が悪ぃんだよ!」

 

  神流はベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を持つ手に力を入れて集中し覚醒(エアヴァッヘン)させた。


「【麻痺(レームング)】!【麻痺(レームング)】!」


 浮かび上がる刻印が真っ直ぐにローブの上から骸骨の胴体を深く穿つ。……が、表立った変化は起きない。


「当たったか? 身体が痺れたか?」


 ーー脳が命の危険を警告する。


  ローブの骸骨は踏み込みもせずに再び死の鎌を横に間接など存在しないかのように旋回させていた。軌道は真横、首筋の頸動脈を刈るように半円を描く鎌刃が迫る。


 ギイィィン


 鉄や鋼を擦り合わせたような高い音が鳴り響いた。眉を顰めたくなるような不快音が鼓膜を震わせる。


 わずかに身を(かが)め襲い来る鎌の根元を、ベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を両手で握り刃を立てて辛うじて受け止めていた。


「かっ!」


 ━━危なっ!嘘だろ魔紋章が魔物に効かないとかありかよ。


 刃と刃が当たる独特の嫌な感触に片側の瞼を閉じて、斬り捨てるように鎌刃を弾いた。後ろに大きく下がって距離をとり、浅くなる呼吸を整える。


「ハァ単調なんだよ! 素人の俺でもギリギリ止めれてんぞ! あれっ、もしかして死亡フラグ発注した?」


 神流は寝転がる山賊を見やる。


 ━━何でこんなにうるさいのに山賊共は起きないんだ。


 黒鎌は重力など皆無のように、軽々とローブの骸骨の手元に戻る。


「やられてばかりいると思うなよ。一対一なら勝てないかもしれんが、凶悪山賊を召喚して袋叩きにしてやる」


 ━━我ながら情けない台詞だ。完全に雑魚悪役みたいな。


 神流は地面で寝転ぶ山賊達を起こす。


「起きろ敵だ! 俺を守れ! 敵を倒せ」


 鼓膜で神流の声を受け止めると瞬時に屈強な山賊達が目を覚ます。むくりと起き上がり興奮しながら神流の周囲に集まって行く。


 神流が対峙している方向を見ながら、斧を構える白髭山賊が神流に質問する。


「御主人様ぁどうしたんだら! 倒す敵は何処だらです?」


「寝惚けてんのか、何処を見てんだよ! 鎌を持ってるキモい骸骨が目の前に居るだろ! アイツだよ」


「だから御主人様、何処だらです?」


「何で見えないんだよ!……まさか嘘だよな」


 口を開け周囲の闇を真剣に見渡す山賊達は見えずに困り果て動揺する。


 ━━俺だけにしか見えない幽霊、ストーカーゴーストか?


 鎌を持つローブの骸骨は武器を構える山賊達をすり抜けながら、神流を目指しズーッとローブを引きずり音も立てずに近寄って行く。


「くっ」


 緊張感と息を潜めていた恐怖心が揺り戻り神流の拍動を強くしていく。

 

 ━━おかしな事ばかりでいい加減慣れたと思ったんだけどな。骸骨マスクめ、俺へ猫まっしぐらに来るかよ。


 フォンッ。


  「うがぁーー!」「ぎえぁーー!」「ぐぅいああーー!」


 神流を間合いに捕らえた死の鎌が横合いから振られると、鎌刃の軌道にいた山賊の腕や手首が一瞬で血飛沫を上げながら闇に飛び焚き火に照らされる。


 上体を大きく反らして胸のあたりを通過する死の鎌刃を躱した神流は鎌の威力を見て後ろに体勢を崩した。


「お構い無しかよ! これじゃあ奴等を犬死にさせるだけだ。クソッ!」


 死の鎌の威力と効かない刻印、ローブの骸骨が見えない山賊達の負傷、目まぐるしく展開する状況の中で、咄嗟にベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を負傷した山賊達に向ける。


「【治癒(ハイレン)】!【治癒(ハイレン)!】【治癒(ハイレン)】!」


 負傷者に治癒の魔刻印を撃ち込みながら叫ぶ。


「負傷した奴の腕や手を持って治療に当たれ! まだくっつくかも知れない! やっぱり俺の事は構うな! 残りの者は山小屋の入り口を朝まで守れ!」


「「「「ヘッヘイッ!」」」」」


 山賊達は怪我人を連れ神流から離れていく。自分で倒さなければならなくなった神流の緊張は張りつめ胃が熱を持ち脊髄反射で汗が噴き手には震えを感じていた。


「振り出しに戻った……」


 神流は走り出して山賊達から距離をとる。


 ━━こんな訳の分からん時は逃げるに決まってんだろ! アイツ等が全く見えないのなら巻き込んで死なすだけだ。


 走り出した神流は焚き火に駆け寄ると松明を手にする。追ってきたローブの骸骨の顔に炎を向けた。不気味な陰影を赤々と照らしてくっきりと存在を映し出す。照らされた骸骨の地面に影は映らない。


 ━━ホラー映画の撮影中かよ。


 眼球の入っていない虚ろな眼窩は神流しかとらえていない。漆黒のローブの裾からはポタリポタリと音を立てて血の雫が垂れている。


「お前は何なんだ? 白状しないと火葬して成仏させるぞ!」


 ローブの骸骨は鎌の柄を握る白骨の指をスライドさせながら、ゆっくりと鎌を構えた。


「……試……を……ガッ……果たせ」


「はぁ? 嫌だね、自分でやれ!死ぬまで言ってろ!」


 神流は魔物の戯れ言を聞かない。意識は次に来る黒鎌の刃を、タイミング良く躱して反撃を食らわす事に集中している。

 躱せずとも松明かベリアルサービル(ベリアルの軍刀)で受け止めた瞬間、空いた手で攻撃しようとしていた。


 手に持つ黒鎌が予備動作無しで一瞬にして横に振るわれた。伸びるような漆黒の刃に、前に出した松明で受け止めようとしたが松明ごと指先から斬られ爪が剥げ血飛沫が舞う。2つに割られた松明が燃えながら地面に転がる。


「いてぁ!!」


 切れた指の傷に口を当てて毒を吸い出すようにしてから、地面に吐き出した。


「クソッ痛えよぉ! ベリアルは何やってやがる!? 護ってくれねぇのかよ? 職務怠慢しやがって!?」


 焦る神流は松明を再び拾いローブの骸骨へ向けると次から次へと投げつけた。しかし、炎など無い物のように鎌を構え神流に迫る。


「殺す気満々じゃねえか! 自動追尾型のAI登載ターミネーターかっつんだよ。くぅっ、やられてばかりだと思うなよ……」


「旦那、なにトチ狂って暴れてんすか? 夢遊病の魔法薬は高いんすよ」


 寝惚けたレッドが頭の上で手を組み欠伸をしながら神流の傍らへ近付いて来ていた。


「なっ!? レッド!?」


 半円を描く死の鎌刃が薙ぐように振られていた。軌道はレッドの童顔にも見える頬の高さで横薙ぎに切断される。



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