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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
三章
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黒い睡眠

 

 いくら眺めても藍色に満たされた星の海が神流に応える事は無い。そこに佇むのは成り行きで悪魔と契約し悪魔の紋章を知らずに身に宿す己が独り。


「はぁっ……」


 ━━今さら悩んでも俺が異世界人という括りで、この世界で悪魔の封印を解いた愚か者という事実は変わらない。事実を知られたらと思うと気が重い。山賊に仕事をやらせても、ミホマさん達やレッドと居ても独りボッチの気持ちになる。危険が去るとその反動でナーバスになるよな。自分の情緒を安定させる意味合いでも、此処の再開発を前向きに進めよう。


「……そうだ、俺も飯を作らないと駄目だった。そろそろ食材と話せる位のシェフ的な実力が欲しい。さすらいの料理人という魔刻印が無いかな」


 外から屋根が修復されてるのを確認しながら、眠るサーベルタイガーの背中に乗って遊ぶマホとマウの元に歩いて行く。


「もう暗いから中に入ろうよ」


 ━━君たちが遊んでるのは肉食獣なんだけどね。狼も恐れないし何なんだろう。逆に何で怖くないんだろうか知りたい位だ。 俺がガキンチョの頃、近所の放し飼い仔犬に追われただけでへなちょこ泣きしたのに。此処では狼にガブガブされて泣かされた訳だが……。


「ハイル~」

「ばいばい、大猫ちゃん」


 手を振る2人を連れ新調された檜の扉を開ける。扉からの強烈な森林の香りが鼻腔に触れる。


 ━━お、しっかり作られてる。心なしか頭が自然な感じでスーッと落ち着いていく。こんな芳香剤あったな。


 扉の把手は枝で細工されたオシャレな物に変わっていた。中を見渡すと掃除を終わらせたロスロットとグラネリエの軽犯山賊2人が寄って来て神流を出迎え作業終了を知らせる。


「御主人様お帰りなさいませ。言われた掃除は済んでますので、確認して下さい」

「はぁカンナ様ぁ、お帰りになるのを心待ちにしていましたわぁ。カンナ様の為に身を尽くして綺麗にしたんですのぉ。御覧になってぇお誉めになってぇ」


 ロスロットは執事のように頭を下げるのに対し、グラネリエは頬を染め祈るように両手を握り身を捩らせる。


 ━━刻印の副作用か? 名乗った覚えも無いのに俺の名を……。この女山賊をマホとマウには余り見せない方が良さそうな気がする。教育上というか真似したら面倒臭い。


「……ご苦労さん。随分綺麗になったな。明日は納屋の掃除を頼む。外に食事が出来てるぞ。今日の仕事は終わりでいいから、食べに行って朝まで納屋か外で休め」


「はい、休ませて貰います」

「綺麗になっただなんて、名残惜しいですわぁカンナ様ぁ。何時でも御呼びになって下さぁい」


「……」


 2人が出て行ってから周囲を見渡す。屋根も修復され暖炉の部屋は隅々まで綺麗なのは勿論、神流が多少汚した台所も丁寧に磨かれ整理されていた。


 ━━指示したとはいえ段違いだ。洗剤も無いのにクリーニングって出来るもんなんだな。


「マホ、マウ、何か夕食作って持っていくからミホマさんの所に行ってて」


「イク~」

「ママに今日もカンナさんが料理作ってくれるって言ってくるね」


 2人は手を繋いでトコトコと部屋に戻って行く。


「微笑ましいなまったく。さてと」


 神流は鍋に水を入れて火にかけると、扉から外に向かい山賊達の食事場所へと歩いていく。皿にガッツいてるメタボの山賊を見つけて声をかける。


「おい、鹿の舌の部分って余ってるか」


「ヘイ!御主人様、雄鹿も雌狼もベロの部分は根本から、まるごと有りやすぜ」


「狼は要らない。鹿のだけで良いから持って来い」


 満面の笑顔でメタボ山賊が鹿の舌をまるごと持って来た。神流は素手で持つのを躊躇い、余っていた穴空きの木皿に置かせる。

 メタボ山賊に手を上げて山小屋に戻り、2キロ以上ある鹿の舌を台所のまな板に載せた。


 ━━想像以上にでけっ、そしてグロい。


「存在感がヤバい、始めて触ったな生舌。なんか言ってて卑猥な感じがするのは否めない」


 水を張った別の鍋に浸して水洗いする。血が出なくなるまで水に浸してから鍋に入るサイズにカットした。

 数分茹でると食指が動きそうな色に変わった。鍋から取り出してまな板に載せる。


「硬っ!」


 表面の硬い部分を包丁で削り筋のかたい所を切り分けてから、薄めにスライスにしていく。


「タンだよ。やっと俺の知ってる形に進化した」


 綺麗な赤身の断面を見るだけで、口に唾液が溢れてくる。スライスした1枚を摘まんで口に放り込む。


「━━! ぐまっ旨っ!」


  奥深い旨味としっとりとした味わいが噛めば噛むほど舌の上で拡がって行く。


 ━━ヤバッ、前に食った牛タンを遥かに超えたかも?コース料理で食った時より倍旨い。タンシチュー食いてーー。


「此処で鹿専門の焼肉屋開くかな。それくらい美味い。マジで驚いた。みんな、美味さにウェイ!ってビビるかも」


 スライスした鹿の茹でタンを皿に盛り付けていく。


  ━━今回はオリジナルクレイジーソルトだ。


 岩塩、コショウ、乾燥させた(よもぎ)と金蓮花を刻んで混ぜたミックスソルトを振り掛け散らす。


「夜飯には勿体無い仕上がりになったな。人はコレを奇跡と呼ぶ。というか全部、素材のお陰だけど」


 見た目の色合いも、醸し出す匂いも、味も満足のいくものだった。茹でタンと細切れにした鹿スジ肉の塩スープを追加して完成する。御盆に載せてミホマ達の部屋に運んで行く


「トントン、夕食です」


 部屋に入り、テーブルの上に湯気の上がる温かい料理を並べていく。


「ニク~」

「夜もお肉だーー嬉しい」


「みなさんお待ちかねの鹿タン料理になります。ミホマさん、容態はどうですか?」


「頂いたネックレスのお陰で、すっかり痛みは取れています。他の傷も殆ど癒えました。まだ信じられない位です」


「そうですか。でも大事をとって安静にしてた方が良いですよ。あとかなり熱いからゆっくり食べて下さいね」


 部屋を出た神流はレッドが休む部屋の扉を開ける。


「入るぞ夕食だ」


 ーーカンッ!


 神流の前の柱に苦無(クナイ)が突き立った。見ると柱の真ん中の縦ラインに何本も綺麗に突き刺さっている。


「もう入ってるじゃねぇですか。危ねえっすよ。アッチは花が恥じらう乙女っすよ━━!って、何か旨そうな匂いがクンカクンカ」


「夕食つったろ。部屋の中で武器を投げんな。お前に花が恥じらうなら乙女でいいよ」


「むっ旦那、その苦無(クナイ)取って下さい」


 レッドはベッドに座って武器の血糊を綺麗に拭き取りながら綺麗になった苦無(クナイ)を柱に試し投げしていた。滑らかにレッドの機嫌を損ねる神流は、小さなテーブルに御盆ごと料理を置く。


「人と家に傷つけんなよ。暇して武器の手入れしてんのか? 意外とマメだな」


「おだててもお金は払わないっす。」


「別におだてて無い。良くやってくれたからな感謝はしてる。その一部だと思って遠慮せず食べてくれ。てか冷めない内に食えよ」


 照れる素振りを見せた後に、目を細め眉をひそめるレッドは鼻をピクピクさせる。


「またアッチにイタズラするんじゃないんすか」


「ああ、そんな事あったな。でも食うんだろ? 内緒なんだけど実はな、すげぇ旨いぞ」


 神流はニヤリと笑う。


「何の肉すか?」


「鹿の舌、タン料理だ」


「舌? 何でわざわざ鹿のベロを食べるんすか? 太ももとか柔らかい腹の肉とかいっぱいあるのに?」


 レッドが顔を顰めゲテモノのように皿の上のタンを見る。。


「一番何でも食べそうなお前の反応に引くわ。因みに山賊の奴等は生で内臓食べてるぞ」


「げっ、虫とかヒルとか居るっすよ。まっ奴等が腹を壊してもアッチには関係ねえですし」


「でっ、食うのか食わないのか? 不味かったら残せばいいだろ」


 神流は片目を瞑って首を傾げる。


「旦那が作ったんですから少しは食うっすよ。食ってあげます」


 レッドが血糊を拭いた苦無(クナイ)で焼きタンを1枚だけ串刺しにして口に投げ入れる。


「━━!」


 口の中で赤身の肉の旨味が拡がり、オリジナルクレイジーソルトの塩味が拍車をかける。


「うまうっ! 柔らかい! うまっええっ!」


「驚いたか? 俺もさっき驚いた。で…………レッド、話があるんだがいいか?」


「グッグッグモッグモッ」


 大きいタンを口に入れ頬を膨らまして頷いている。


「なぁ、本当に俺と組むのか?」


「ゴクン、嘘でただ働きはしないですよ。ふぅ」


 神流は間を少し開けて話を続ける。


「もし……俺が悪魔だったとしても組むか?」


「はぁ? 旦那が悪魔でも大魔王でも、ついて行きますよ。ングッングッ」


「そうか……俺が言うのも何だが後悔するなよ」


「ソッチこそっすよ……んっもぐっ感動して泣いてんすか?」


「さっき目薬してたんだよ。ちょっと相談を兼ねた話をするか」


 レッド・ウィンドのベッドに腰掛け静かに話し合いを始めた。


 ~*


 話がまとまり何度も確認した神流はランプに照らされた影と共に立ち上がる。


「じゃあ、俺はもう就寝する。今の話の方向で頼む」


 レッドは鹿タンを口に頬張り塩タンスープで流しながら頷いた。


 部屋を出た神流はミホマ達に就寝の挨拶をしてから、台所に向かい残した料理を黙々と頷きながら胃に入れる。


「完全にツマミだ。食感も申し分無いな。牛タン料理の店が銀座に有る訳だ」


 ━━ワインでもビールでもいいから酒があればな。贅沢するのは非国民か、俺は酒を飲んで非国民になるのは有りだと思う。


「予定が少し決まったが、すげえ疲れた。疲れ過ぎる運命なのか?………………寝よ」


 暖炉の近くの所定の場所に行き上着を脱ぐと綺麗になった床に置いた。ベリアルサービル(ベリアルの軍刀)をベルトから抜いて上着の下に隠す。


 軽いストレッチをしてからランプの灯りを消した。タンスの上にある洗われて畳んで置かれていたシーツを手に取ってくるまるとしっかりと瞼を閉じた。


「………………」


 硬く感じた床にも慣れていた。暖炉の遠赤外線のような熱がシーツ越しに温もりを伝える。遠くに聞こえるマホとマウの笑い声が、心地好いまどろみに神流の抵抗する意識を誘う。

 

 やがて混じりけの無い黒い温泥に飲まれたような眠りが来訪した。




 ……



 …………ぽたっ……。



 …………ぽたっ……ぽたっ……。



 闇の中で新たな音が産声を上げていた。




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