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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
三章
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夕食の支度


 斜陽の残滓が闇に沈むのを惜しむように山小屋の丸太壁を茜色に照らしていた。


 神流(かんな)と山賊達は山小屋へ大量の戦利品、収穫した食材、飲料水、食器類、武器そして仕留めた灰色狼を持ち帰ってきた。


 山小屋の前では元気なマホとマウが倒れた鹿の横で手を振っている。


 ━━シュールな光景だ。でも帰りを待ってくれる人が居る状態は正直かなり嬉しい気持ちになる。斬新な歓びというか、魔物や野良狼との遭遇や食料調達で擦り減った心が癒される。


「カンナ~」

「カンナさん、お帰りなさ~い」


 サーベルタイガーの背中から滑り降りバランスを崩した神流はハハッと2人に笑顔を向ける。


「ただいまっとっとと、お迎えありがとう。山あり谷あり狼ありで大変だったけど大漁だったよ。派遣の山賊達は怖く無かったかい? お家はちゃんと直った?」


「怖く無いわ。屋根も扉も全部直してくれたの。木の良い匂いがするし中もピカピカよ。神流さんも早く見て~」

「カンナ、ピカピカ~」


 ━━良かった。俺が修理に選んだ木は多分檜っぽい。匂いが駄目な人もいるから少し心配していたんだよな。ただ メリットが物凄く多い、耐久性が高く、調湿効果、断熱効果、防蟻効果、リラックス効果、劣化が起こりにくい等々、挙げたら切りが無い。 何よりも自社仏閣にも使われてる高級素材だ。


「無料で使えるならバンバン使うべき」


 小声で呟き、マホとマウの頭をポンポンと優しく撫でて少年らしくない達観した大人の笑顔を見せる。


「OK、もうチョッとやること有るから後で見るよ。虎モンとでも遊んでてね」


 2人に相槌を打つ神流は、サーベルタイガーの毛深い頭をゴシゴシと撫でてマホとマウへ顔を押して向かせる。

 サーベルタイガーが大人しく伏せて2人に触られているのを確認してから、視線を待機している山賊達に向けテキパキと指示を出していく。


 持ち帰った水の樽を山小屋の台所、納屋、菜園に運ばせていた。収集した武器と食器、食材が山盛りに詰まった籠、倒した灰色狼、横たわる鹿は裏手に在る菜園の脇に聳える小さい広葉樹の傍らに運ばせ終わった。


 神流は石やまな板で場所を作らせ、解体、血抜き、干物作り、毛皮作り等の加工を指示する。


「魚や獣の内蔵と血抜きした血液は、菜園の空いてる場所に穴を掘って埋めて土と枯れ葉をしっかりかけろ」


「「「へい!」」」


 ━━菜園の貧相な土壌を改良をさせて拡げて畑に格上げする。サンフランシスコでは土壌改良に血液や魚粉が使われていた。物騒な話かも知れないが、農業で取り入れられてる以上有効性は高い。暖炉の灰も撒いて土をアルカリ性にしようかとも思っていた。気分的には農家モドキだ。


「すっすいやせん」


 思案する神流に汗を掻く太った山賊が伺いをたてる。怪訝な顔をする神流に睨まれると小声で顔色を気にしながら質問口調を混ぜて喋り出した。


「もっ文句が有る訳じゃねえです。食える所を全部捨てて埋めるんで? あと骨を畑に埋めたら邪魔にならねえんですか? しっかりと間違いのねえように大御頭に確認をしようと思いまして」


 ━━肌寒いのにその汗は何なんだよ? メタボ山賊の癖に意外と細かいな。俺がいつ大御頭になったんだ。


「はっ? 食えるとこってどこだよ?」


「ほぼ全部でさ、心臓も頭も脳も肝臓も胃だって食えやす」


 ━━コイツなら何でも食べてそうだ。モツとかホルモンってやつだな。コイツらの食費も有るし、食える物を殆ど肥料にしてしまうのは勿体無い。あと骨か……確かに菜園や畑に埋めたらすげえ邪魔になる。山賊に指摘されると意外と悔しいクソッ。


「お前等が食べられる物は勝手に確保しろ。骨は何かに使えるのか? 使えるなら残せ。使えないなら遠くに穴を掘って埋めてこい」


「骨や軟骨はいいスープの出汁が出るんでさぁ。乾かせば木や石や鉄なんかより加工がしやすいんですぜ。鉤針や農機具を作れる奴が居ます」


 ━━ん、悪い話ではないな。


「えーと、そこら辺は任せる。だがっ!衛生的に汚くしたら許さないからな。処理はしっかりやれ」


「へッヘイ、任せて下せぇ!」


 メタボ山賊は食材加工の場に戻り他の山賊達と干し魚と干し肉作成作業に取り掛かった。鹿の足を縛り木に吊し上げ解体も始める。一息で腹を裂いて切り分けていく。その様子を腕を組んでしばし眺めていた神流。


「ギブアップ」


 魚や肉料理を出来る神流だが、野生動物ほ解体作業を観察する行為は1分と持たなかった。


 ━━義務教育中のボクには無理です。どうしたってグロが過ぎるだろ。この姿の俺が見てるのがPTAに知れたら苦情のパーフェクトストームだろうな。……う~ん、お化けや幽霊の類いが怖いのとは、全く別の精神負荷が掛かる。胃酸が喉の下まで逆流してるわ。菜園が俺のゲロだらけになりかねない。


 作業をするメタボ山賊達を放置して逃げるように伐採と木材加工をしている山賊達の元へ早足で歩いて行く。


「全部()ったのか」


 神流が指示していた全ての樹木が伐り倒されて横たわっていた。

 4分の1程の木が樹皮を剥かれ角材となり並べられている。2人用の鋸で丸太を切り出している白髭の山賊に声を掛ける。


「随分進んだな。どっから、そんなノコギリを持ってきたんだ?」


「お帰りなさいませだら御主人様。斧じゃ(はかど)らんだらで、納屋をひっくり返して漁ったら鋸が何本か偶然に見つかったんだらですよ。大方、山小屋と納屋を建てた時の工具だらです」


 ━━通訳が必要だ。せっかく俺が掃除した納屋を散らかしたのか。


「……偶然じゃねぇだろ。納屋も片付けしとけよ。それと俺が頼んだ件はどうなった?」


「柱と屋根の骨組みは順調に進んでるだらです。材料が足らなくて、切り出してるだらです」


「そうか、暗くて手元が危ないだろ。焚き火でもして明かりを着けろ」


 命令されると手馴れた山賊達は、剣や斧を使って穴を掘りだした。周囲に土を盛り石を並べ、拾ってきた枯れ枝を井形に組む。石を打ち合わせて火花を木屑に移して火種を作り、枯れ葉に移して着火した。


 かすかな火種が明暗のさざ波を起こすと、積まれた枝葉を突き抜ける焔が、紅蓮の舌となり夕闇を撫でた。


 幻想的に火の子を散らす大きな焚き火は、パチパチと激しく燃え耿然たる火明りを周囲に届かせる。

 暗がりを押し退ける炎は作業を続ける山賊の手元を明々と照らしだす。


 悪魔が降臨しそうな焔を見つめ静かに考え始めた。


 無言の神流はパチパチと踊る焔を一心に見つめる。


 ━━マジで早えな着火。


「ふぅ」


 ━━なんか殺人の量刑的に甘い気がする。……今度、朝の9時から夜中の12時まで仕事が終わらなかった俺の苦労をガッツリ実体験してもらおうかな。殺人の罰とはそういう物だよ。楽しみに待っているがいい。


 焚き火から目を逸らした神流は、手を上げてメタボ山賊を焚き火に呼び寄せる。


「ここの近くに釜戸を作れ。料理が出来る奴を2、3人出してお前達が食べる内臓主体の料理でも作らせろ」


「ヘイ分かりやした!」


 メタボ山賊は威勢の良い返事をすると、魚や肉を加工している山賊を呼び寄せて石を並べた釜戸を造り料理を開始した。


 神流は伐採班の白髭山賊を含めた数人と一緒に広場の外周に赴く。具体的な作業工程の打ち合わせを済ませる。


 ━━大体、流れが出来たな。村って何人から村だっけ?


「俺も試してみたい事が有る」


 焚き火の明かりを背にして納屋へ向かい、スコップを持ち出して菜園を掘り返した。埋めた梨の種を土と共に敷地の端へ持って行って埋め直した。


 ━━取って置きの魔刻印を使うか。


 徐に腰のベルトからベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を抜いて唱えた。


  「【成長(ヴァクセン)】」


 種を埋めた場所に刻印が当たり淡い光を散らして消える。


 ━━時間の関係もあって戦闘以外で覚えた刻印はこれだけだ。高速での成長を促す筈。ちゃんと種に届いたか?


「駄目か…………おっ」


 土を眺めていると芽が出てきた。神流は急いで水を汲みに行く。柄杓に入った水を手でパシャパシャと軽く掛ける。


「早く大きくなれよ」


 軽い満足感を覚えた神流は「となりのTTR」のマネをして成長を促す。その運動に飽きると5メートル間隔で、10ヵ所に種を埋めて同様に芽吹かせた。


 ━━木を伐採して植樹する。エコの精神を異世界に持って来れるのは俺くらいだな。誰か誉めろ。


 菜園の小さな芽や野菜の蔓にも刻印を施す。手の土を叩いて払いながら山賊達の料理状況を覗きに行く。


「出来たみたいだなモツ鍋」


「へぇ御覧の通り出来ましたヒッヒ」


 撤退した騎士達が使っていた大鍋には、波々と新鮮な内臓や骨がグツグツ煮込まれ湯気を上げていた。


「……なんだコレは?」


 血塗れになった木のまな板と木皿に載る赤い塊を指差す。鍋を混ぜる痩せた山賊が答えた。


「へぇ、雄鹿と雌狼の心臓と肝臓です。心臓は少し固いですが新鮮で旨いんですよヒッヒ、肝臓はクリームみたいにとろけやす。とうですかヒッヒ」


 ━━グロい、生は想定外だ。原始人はマンモスを生で食べたんだっけ。


「食うわけないだろ。食べたきゃ食べろ。皆を呼んで全員揃ったら食事を始めろ。調理器具はしっかり洗え、その後は日の出まで休憩だ就寝に入れ」


「へぇ、解りやした伝えやす」


「焚き火の時は水を用意して誰か1人、火の番の見張りを出せ。そして、それとは別に朝まで焚き火を焚いて見張りを1人つけろ。そいつは朝になったら昼まで寝て良い。それとお前ら全員、寝るなら遠くへ行かず、此処の近くで野宿しろ。理解したか?」


「へぇ分かりましたです」


 痩せた山賊は赤べこ人形のように首を縦に振って頷き他の山賊達を呼びに走る。ぞろぞろと集まる山賊達に向けて神流は事務的に夜礼を始める。


「日の出と共に働き昼に食事、日が落ちたら食事して休憩と就寝。毎日この生活を繰り返せ。同じ時間に起きて仕事をして食事して休め。この一帯を豊かにしろ。働かない豚はただの豚だ以上」


「「「「「へいっ!!」」」」」


 ━━うるさっ。ボリューム調整も教えないと駄目か。何で管理職みたいな事を俺が……。


  低音で大きなしゃがれ声の返事に耳を塞いだ神流は、うんざりした表情で溜め息をついて山賊達に背を向けて歩き出した。


  ━━この世界には悪魔が居て、魔法が存在し、御丁寧に魔物のオマケまでサービスで付けてくれている。良く言えばファンタジー。普通に言えば帰りたい。悪く言わなくても悪夢の類いだ。何とか此処まで生き延びる事は出来ているが、その先は……。


「あぁ、ハードワークの俺になんか良い事が無いかな……今すぐ。今すぐ火傷する位に熱い缶コーヒーを振ってから飲みたい」


 神流は空を見上げる。


 既に無数に存在する砂金のような星達が息づくように煌めいている。一番星に相当する星は凶兆のように凍りついた輝きを纏う。


 ━━星の配列も意味が有るかのように極端に違う。俺が見ている夜空は俺の世界にも繋がっているのだろうか?


 星明りに向かい伸びた神流の腕は力無く空気を掴んでいた。



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