贖罪の労役
気を抜かれたような顔をして驚いた神流は平然とするレッドに尋ねる。
「はあ!? 女の方は?」
神流は唖然とする。
「全く知らねっす。即、殺していいっす」
━━何を言ってる。ややこしいな。
「2人共、重犯罪は犯してないようだ。けれど山賊に与して此処の襲撃に加担していたのだから、何かしらの罰は受けて貰おうと思ってる。どうだ?」
「……そうっすよね。文句ねっす」
浮かない表情のレッドが気になりつつも、軽犯者の2人を優先して前に呼び出し訊問を始めた。
「素性と何で山賊業に手を染めているか1人づつ話せ。弁護士は居ないが内容によっては情状酌量の余地があるかも」
ミホマと同世代位の山賊の女が悪びれずに喋りだす。
「私はぁグラネリエですぅ。生きる為にオーリライト領から逃れて、この頭の悪い山賊達を利用して生活してたんですよぅ。お若い御主人様ぁ、私はぁ隙を見て金目の物を盗んで、逃げるつもりだったんですぅ。女が1人で生きて行くのはぁ、とてもとても大変なんですよぅ。お分かりになりますよねぇ」
「………………」
山賊の女は神流へ纏わりつく艶かしい視線を送っている。目線を合わせないようにして軽装の少年に喋るよう促す。
「僕はですね。ロスロット・フィラークです。前の職業は迷宮シーフと小売業でした。得意なスキルは解錠と斥候と追跡と接客です。山賊のアジトに、お金になりそうな物を探しに忍び込んだところ捕まってしまいました。死ぬか手伝いをするか選択を迫られ泣く泣く山賊業に……」
━━聞いたのは俺だが、よく喋るなぁ。
「見ていたと思いますが、最後にはシンバに吹き飛ばされた仲間の下敷きになってしまいましたので危害は何も加えていません。でですね山賊達から暴力を振るわれる日々が辛くて辛くて、ううっ。恥ずかしながら、あそこに居る赤髪のレッドとは祖父と私の祖母は兄妹で血縁関係になります。こんな僕ですが結構役立ちますので、なんなりと命じて使って下さい」
━━随分とハキハキしてるな。確かに山賊には見えない。レッドが盗賊でコイツがシーフ、どっちも泥棒なのか?
「……うーーん、2人には山小屋の掃除と片付け、終わったら魚の干物作りと鹿の干し肉作りを命じる。分からない事は入り口で覗いてるレッドか家主のミホマさんに聞くこと。くれぐれも住んでる人や子供に気を使う事、終わったら休憩しても良し、以上」
神流は軽犯罪山賊2人の返事を確認してから、顔を出すレッドを注意する。
「レッド、お前はそんな足でウロウロしないで治療に集中して部屋で休んでればいいじゃんか」
「ジッとしてるのが性に合わないんすよ。痛くなったら旦那の魔法でチャチャッと治せばいいじゃねぇすか?」
口をへの字にして神流に抵抗する。
━━魔法少女みたいに俺のが効くなら一瞬で治ってるだろ。
「いいから戻れ。静かにして怪我をとっとと治してくれよ。その2人が聞きに来たら間違えたり迷ったりしないよう注意したり指示してくれ」
「もう……分かったっすよ」
レッドは片目を瞑り渋々部屋に戻って行った。
「……さて面倒くさい」
深めの溜息をついた神流は険しい顔つきに戻し、殺しや略奪が本業だった山賊達に向き直り居ずまいを正した。
レッドを部屋に戻した神流は近寄り難い顔つきで、殺人を犯している山賊達へ目線を留めた。
その冷々たる瞳に揺らぎ等は微塵もなく厳然としている。彼は少し首を捻り息を吸うと、徐にベリアルサービルを腰のベルトから抜いて簡易詠唱した。
「【苦痛シュメルツ】」
苦痛の刻印を腹部に受けた山賊が倒れて転げ回る。
「ぐぎゃああーーーー!!」
並ぶ山賊達に鋒を向け刻印を撃ち込み刻んでいく。放たれた紋章は空気抵抗を一切受けず弾丸に近い速度で飛んでいき、無防備の山賊達の心臓に深々と刻印されると新たな絶叫が産声を上げた。
べリアルの話では、心臓と魂に施された刻印は効果が高いと言っていたのを覚えていた。
━━俺には人魂や魂の類いは当然の如く見えない。
簡易詠唱の際に発する魔力反動を受ける手首を神流は見ている。エネルギーが行き交う不思議な感覚に改めて斬新な刺激を覚えていた。
神経の根源を剥き出しにしたような痛みが沸き上がっていく魔法の刻印。ある者は悲鳴を上げ続け、ある者は倒れて転げ地面の土を指で抉り嗚咽をしている。痛みに服を裂き胸を掻きむしり指を体に埋めていく。
激痛に悶えて苦しみのたうち回る山賊達を神流は見ていない。
「近所迷惑だから絶叫禁止」
━━俺はサイコパスでは無い。当然、気が進まない。しかし、これはケジメ。犯してきた殺人への、ミホマサン達を殺そうとしたケジメだ。コイツらの罪状を細かく聞いたら、本当に死刑にしてしまうかも知れない。
神流は5分程で【苦痛シュメルツ】の刻印を解除した。
━━こんな程度で無碍に殺された人は許してくれないと思うが俺の中での小さなケジメとする。普通に俺が殺人などするかよ。……仮に死刑制度を適用するなら、企業戦士達を葬ってきた過労死という形にしよう。
色々と考えを巡らす神流が目を赤らめ涙を流し荒い息を肩でする山賊を見据える。恐れの目で神流を伺うように見る山賊達に対して、腰に手を当てている神流が前のめりになって釘を刺す。
「とにかく、以後、町で捕まるような犯罪行為を禁ずる。山小屋に居るマホ、マウ、ミホマさん、赤い髪のレッドを守る事が最優先。あと自分の命を守る時のみ特例で犯罪行為を許す。序でに俺も危険からガードしろ」
山賊達が頭をカクカクとしながら声を絞り出して返事する。せれを横目で見て欠伸をしていた。
━━殺人は勿論だが、常用犯罪当たり前の腐った精神は此処で分別しないで捨てさせた。ベリアルの呪いや行動次第で俺がいつどうなるかも分からない。ミホマさん達へのリスクをゼロにする為にやれる事は先にやっておこう。
「今から作業をしてもらう。手ぶらじゃ駄目だ。とっとと自分の武器を拾ってこい」
山賊達が方々に散って行く。各々が武器を手に取り小走りで、神流の元へと戻って来る。全員が揃う前に歩きだした神流は、山小屋の裏手方向に回り込んで行く。
神流は暫く裏手の周囲を歩いて監察していく。そして、広場を囲む林の中にある一本の巨木の元へ向かう。それは天に突き立つ極太の竿のような、紅葉の大樹だった。太い幹に掌でグーッと力を入れて触れる。
━━良い木だな。位置的にも悪くない。
軽く周囲を監察し思い立ったように命じる。
「取り合えず、この樹からあの樹まで全部根本から伐り倒せ、絶対に死んでも山小屋の方に倒すなよ。山小屋に倒したらさっきの痛いやつだから」
神流は山小屋の周囲の樹木40本程を伐採するよう指示し、腕を組んで準備の様子を監督気分で監視している。押さえたりしながら、斧と剣で切っていくと思いきや樹に登る者が見えた。
小柄な山賊が納屋へ走りロープを持って来ると、軽々と上に登っていき上部の幹にロープを縛りつけた。ロープの端を枝を避けながら垂らすと下の山賊2人が山小屋と直角方向に引っ張り力を込める。
「いいぞぉ」
「待ってくれぃ!」
小柄な山賊が急いで地面に降りるのを確認すると、斧を持つ山賊達が声を上げて伐り掛かった。
ものの10分程度で20メートルを越す巨大な樹木が影と共に音を立てて倒されていった。山小屋とは別方向へ見事に倒れている。
それに比べ、長剣を叩きつけるように斬っている山賊は幹の半分も切れていない。
━━やっぱり斧じゃないと駄目だな。力はあるんだから山賊ドリームなんぞに賭けず、そのエネルギーを仕事に使えば良かったものを。
神流は倒れた巨木を覗きに行く。すると、斧を担ぐ山賊がドシドシと神流の目の前に歩いて来た。白い髭が伸び放題のガッシリした男が神流に話し掛ける。
「御主人様ぁ、倒した木は何に使うんだらですか?」
「うるさいな何だって良いだろ。知りたい理由はなんだ?」
「資材として使うなら、それなりの倒し方ややり方が有るんだらですよ。折れないように重ねないようにするだとか、皮を剥きやすいように間に人が入れるようにするだらとかです」
「……」
━━何を言ってるか良く分からないが言いたい事は理解した。山賊の癖に効率を考えてか。でも俺は人殺し野郎館と馴れ合う気は毛頭無い。殺された人達に何か申し訳無い気持ちになる。「いいからやっとけゴルァァ」と怒鳴り付けてストレス発散してやりたいが、効率や手間を無視してゴリ押しするテンパー課長みたいなやり方は俺らしくない。
「ハァ……」
神流は仕事を任せる方向にシフトチェンジする。木に登る小柄なモヒカン山賊と白髭山賊、それと大工や木工職人、家具職人等の経験者と斧や手斧を所持する7人を選別して伐採作業の担当にする。
「まずはこの木を製材して山小屋の修理を終わらせろ。残りの木も伐り倒して、家を建てる材木に加工して使えるようにしておけ」
そして、白髭山賊を呼びつける。
「お前には別の作業をしてもらう」
神流は残りの山賊を連れてその場を後にした。




