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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
一章
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不信心

 

 丘の麓に年月を積み重ねた祠が見えていた。


「人工物っぽいな」


 神流は体を叩きながら朽ちかけた小さな祠の傍らまで歩いて行く。注連縄が何重にも巻かれて垂れる石像が奥の暗闇に佇んでいた。少し手前に供えられた果物が見えた。


「お地蔵様みたいな感じかな?」


 ━━俺は幽霊は信じなかったけど、神仏に対しての敬意の念は社会人として備えている。近くに村か人里在るかもな。


「んっ?あれは何の果実?」


 供えられた果物を見たせいて口内に唾液が生まれた。神流は乾いた喉に唾を飲み込み凝視する。三つの果物の内、二つは腐りかけ一つだけ腐らずに艶が残っていた。ーー神流は手を二回叩いて御辞儀をしてから上半身を乗り入れ綺麗な果物を手に取った。


 ━━神仏なら人を見捨てたりしないよな。俺、この世界に身寄りも無くて困ってるし。


 神流は手にしたのは茶色い林檎のような果物だった。息を吹き掛け埃を飛ばしズボンで擦って眺める。


「匂いはしない。供えてあったんだから毒じゃ無いよな」


 ーーガリッ。


 神流は既に(かじ)っていた。


「おお、すっぱっ……いけど食えるな。チョッとだけ甘い林檎? まぁいい、これで喉の渇きを潤そう」


 1分で綺麗に芯だけとなった。


「ごちそうさん」


 種を吹いて飛ばしてた斜面に投げ棄てた。


「さっきの所に一応戻るか」


 スタート地点に戻ろうと小さな祠に背を向けて斜面際を歩き出した。


 ━━


 ━━え。


 遥か遠くから伝わる地鳴りのようなものを感じた。地中で木を折り引きずるような音が次第に近づいてくる。


 嫌な気配に後ろを振り向こうとすると…


 大地が波のように揺れ出した。まるで手漕ぎボートのように不安定な揺れに、木々達の梢も葉をどんどん抜けるように散らしていく。神流はぐらりとバランスを崩し登ってきた斜面に転げ落ちそうになる。


「地震!?」


 ようやく言葉を発したが。腰砕けになりそうな体勢を戻しようやく出た台詞だ。神流を含む周囲に亀裂が走る。揺れは最高潮に到達する。直後地崩れを起こし土砂が土石流となり斜面の下へと消えていく。


 ━━


 神流は崩れた端の蔦草石の端と草の根を握り締めぶら下がって居た。息を漏らしながら両腕に力を込める。


「うぐうぅ!━━!?」


 必死に獅噛附(しがみつ)きながら上半身を地上に持ち上げる神流は違和感を覚えた。足元を見ると崩れつつある蔦草が不自然に伸びて足首に絡みついていた。


「げっ!?」


 驚愕の声を漏らし足をばたつかせ蔦草をはたくように千切って払う。


「マジでっ!」


 歯を食い縛りながら首の筋をぐっと張り転がるように足を上に掛けた。すると、また吠えるような地鳴りが強まった。


「くっ崩れっ!? このままじゃ土に呑まれる!」


 掛かりの無い柔らかい土に靴の爪先を捩じ込むように奥までめり込ませ、声を上げながら回転して身を上げて登り切ると振り返らず無我夢中で駆け出した。


 ーー**


 神流は膝を両手で押し肩で息を繰り返していた。


「もうダメ、さっきの果物が出ちゃう………………安全な最初の所に戻ろう」


 神流は力無く歩き始めた。口で呼吸しながら冷たい空気を肺に入れ歩いて行く。急激に上がった体温と心臓の鼓動は平常に戻った。首を回し空を見上げる。上の方では風が有るのか木々が揺れて木霊している。

 歩けど歩けど元の場所は分からず、人影や人の住む痕跡等は見付から無い。足の裏が熱を持ち削れた体力の分だけ疲労と悲壮感だけが蓄積されていく。


「寒いのに身体が熱いって何だよ」


 ***


 3時間近くさ迷い歩き顔に疲労感が張り付いた神流から余裕の色は完全に消えていた。体感的には倍位に感じ焦燥感も生まれる。荒れる息に肩を上下させ足を止めた神流は明るい陽射しを見上げた後、視線を空中に彷徨わせ暗く黙りこくる。


 ━━何の為に歩いてるんだっけ…………死ぬ為かな。


 世界中の細かく冷たい雨が神流にだけ降り注ぐそんな沈黙が続く。呼吸をするマネキンのように表情を消してうつ向いてしまった。纏わり付く沈黙は肺に向かう酸素の流麗を阻害するかのように悲壮に満ちていた。理解が進むほど、受け入れざるを得ないと悟るほど、深海に佇む樹氷のような無言の孤独感がのし掛かる。


「マジ無理………………もう駄目なんだよ。手詰まりなんだよ。1人でどうしろって言うんだよ。もうヤダ自然環境」


 心底疲れきった神流は何もかもが面倒くさくなって行く感覚に陥る。フッと自分の死を連想し静かに流れて行く雲を眼で追った。粘つく唾液を吐くとカラカラの喉の渇きが脳裏ををしめつける。


「また喉渇いたな、もう枯れたな…………遺書は要るか? 「雨ニモマケズ」でなく「異世界ノ飢餓ニマケル」とでも地面に書いて遺作にするか」


 ━━もし死んだら異世界だろうが何だろうが「無」は「無」火葬の見送りが無しならば体は微生物に分解されて草木の養分になるだけだ。


「くっこんな訳の解らない場所で寒さに震え飢えて死ぬなら世間の冷たい風を浴びてニートをしたかった」


 痛烈に叫んで泣いてしまいたい衝動にも駆られるが


「…………そんなの俺のキャラじゃないんだよな」


 ━━高速の領収書を無くして事務員に文句言われてもへこたれ無かったじゃないか。昼まで寝坊したあの時も部長からの小言の連弾にも耐えただろ。考えたら自業自得……マゾかよ。


「よし、もう1度足掻いてもがいて生きてやる。会社の上層部と運命の神様に辞表を叩き付けるような気持ちで生き足掻いてやる」


 縋り付く絶望感を何とか振り払い気持ちを切り替えた神流は改めて周囲を見渡し歩き始める。


 ━━


「気分は地上の漂流者、絶望に抗う迷子……ん!?」


 進んで行くと小さい針葉樹の木の向こうに見上げるほどの立派な樹木が少しづつ見えてくる。枝には生命を誇るように青々とした実がなっていた。


 下を見渡しても食べれそうな実は落ちていない。試しに落ちていた枝を力一杯投げつけてみた。


 ━━失敗だ。余裕で届かん。


 樹木の高さは30メートル位で実をつけているのは15メートル前後の場所だ。直径2メートル程の幹に両手を突き腰を入れて揺らしても樹木は微動だにしない。繰り返し枝や石を投げるが届く見込みが無く疲労だけが蓄積していく。


 息を切らし物欲しそうに木の実をロックオンし暫く眺める。


 ━━人類の叡知……高枝伐り鋏とアルミ梯子。落ちてる枝と枯れた葉では何も出来ない。叡知の梯子……せめてロープが有ればカウボーイの真似して投げ縄で取れるのにクソ。


 敗北に似た悔しい気持ちに打ち拉がれる神流の瞳に悲壮感が漂う。


 ━━


「えっ!?」


 不意に大きな実が1つ落ちてきた。極薄の緑色をした初々しい実を迷う事無く手を出してキャッチする神流。


「うおお……」


 ずっしりとした重みを残した手の平サイズの果実をゴシゴシ袖で拭くと迷わずに齧りついた。


 ━━甘い。さっきの果物だ。新鮮だとチョッと高い梨のような味がする。これはラッキーだ。祠で拝んだ甲斐があった。


 有り難くゆっくりと咀嚼したが、すぐ食べ終わって仕舞う。もの足りずに上部にぶら下がる実を眺める。すると、間髪入れず果実がまた落ちて来た。


「奇跡だ」


 その後も神流が見上げる都度、タイミング良く果実が落ちて来る不思議な現象が続いた。


 ━━*


 神流の足元に10個以上もの果実が置いてある。とても不思議な現象を、全て幸運という言葉に内部変換し自分を納得させ素直に喜ぶ。


「やっとちゃんとした非常食ゲットだぜ! 脱水症状の心配が減ったな」


 樹木を見上げて眺めている時から、親指の指環が少し強く明滅し始めていた事に神流が気付く事は無い。


「梨モドキだけじゃ飢え死にの可能性は拭えない。それに成長期仕様のこの身体じゃ普通に栄養不足だよな」


 神流が愚痴を吐いていると黄金の指環の明滅の光が徐々に強くなる。それに気付かない神流は余った木の実を拾おう膝を着いた。


 ━━


 不意に違和感を含む危険な香りが鼻腔に触れ通り抜けていく。気のせいと思いつつも神経を針でチクチク突き刺すような不快感が止まらず、平常心が乱れ呼吸が浅く繰り返される。


 ━━何だろ? 落ち着かない。


 親指に嵌められた指環がきつく絞まった。


「いてっ!」


 その痛みと共に神経を刃物で撫でるような不快な気配が背筋を縦に走り(まぶた)を更に開かせる。感じた事の無い異様な気配に息を呑みキョロキョロする神流の後方で、枯れ葉を踏み潰す乾いた音が鼓膜を撫でる。


 それは命を狩り取る死神の奏でる旋律の始まりに似ていた。


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