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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
ニ章
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詠唱魔講座

 

 特異な亜空間に蒼然と存立している宮殿の造りは荘厳で綺羅びやかさを過剰に魅せ続ける。しかし、生命の気配や生活の彩りを排除された建物は時の牢獄を思わせた。


 ターコイズの美しい色合いを強く見せる双眸が神流を睥睨し氷霧で撫でたように濡れた唇が線を引くと開封された。


『【(ー⊿・ー†)】』


 神流の世界で聞いた事の無い言語が楽器や小鳥のような音程で響く。


『君がせがむ簡易詠唱というものだ。繰り返すといい』


「うルピろ……出来るかっ」


 ━━何て言ってるか全く聞き取れない。ネイティブの英語より難解で声楽家でも出せるか怪しい音域だ。このボイパみたいな発声ありきの魔法なら……うん、無駄足確定だ。


 ベリアルは神流を無視し、俯き加減に膝に置いた青い大魔導書にターコイズの視線を落とす。ーーすると勝手にペラペラと頁が捲れていく。


「そんな発音、出来る訳無いだろ! 本当はわざとだろ…………時間の無い俺をおちょくる為だけに……」


 ━━!?


 大魔導書から飛んで来た光が神流の眼球に触れた。水晶体から網膜や眼窩を突き抜けて脳に言葉と音が滑り込んだ。少し口を震わせた神流が歌唱するような声が漏れ出た。


「【(ケンネンゲレルント)】」


 喉のシジルマーク(魔紋章)がカッと一瞬の光熱を起こすとベリアルサービル(ベリアルの軍刀)の先から魔法の刻印が射出された。宮殿の床に当たると印を、刻む前に光の華を散らして消えた。


「えっ何か出た?」


『僕の流麗な詠唱を聞き取る事も命を懸けて唱える事すらもしない君に、僕の書から人間用に変換した術式を直接撃ち込んだ。僕に比べ簡単な構造体である君に適した作用があった。付け加えれば魔導武器も僕が発動させておいた。本来人族なら三桁の呪文や術式を駆使してやっと発動出来る魔法だ。それを媒介の魔導武器と簡易詠唱のみで潜在意識と同調させ発動条件を満たさせた。今こそ感謝を示すべきではないか?僕の靴裏に踏まれ呻き悦びながらに』


「長えよ! そうか一応でも使えたのか、お前にいつか水虫の呪いが掛かる事を感謝しながら祈っておく」


 虚空の先を眺めるベリアルは柔らかく肩に掛かる細い絹糸のようなアッシュグレーの髪の毛先をいじっていた。存在しない枝毛を探す素振りを見せると濡れた唇から紅い舌を覗かせ妖艶に響く声を紡ぎ始める。


 ━━


『君が使用出来そうな簡易詠唱は、【幻聴】【幻視】【幻味】【幻触】【幻惑】【乱心】【混乱】【精心】【浄心】【改心】【睡眠】【友好】【憤怒】【憎悪】【歓喜】【悲哀】【疲労】【暗視】【盲目】【魔眼】【快活】【起立】【転倒】【撹乱】【激昂】【忘却】【沈黙】【舞踊】【退却】【行進】【開心】【隷属】【従属】【遅延】【誘惑】・・・・・・』


「ちょっとストップ、早口言葉かよ。オートで喋んな」


『まだ終わりでは無い。ほんの触りだ。全てを君に撃ち込める訳では無い。どれかを選ばなければならない。勝手に発言して僕の詩を停止させるなんて脳の分子配列を疑うよ』


「うるっ……! 覚えられる訳無いのに選べねえよ! 大体、撃ち込むって言い方が怖えよ! わざとだろ……今回の件に使えるやつだけ教えてくれ」


 途中で止められた事にターコイズブルーの瞳が冷ややかな反応を見せる。流れる曲線を魅せる腕をしなやかに伸ばして大魔導書を閉じた。


『所詮は……』


「そういうのはいいから!」


『選ぶのは君だ。この魔法効力が及ぼす生殺与奪の選択権は君の手の上に在るんだ。意のままに操る。動作を制限する。四肢の自由を奪う。五感を奪う。そして、生命活動さえも終わらせる事が出来るだろう。関わる者を全て殺して仕舞えば事が足りるのに、本当に下らない事で悩むのは人間だけだ』


「人間分野の外に精通してねえ! 素人の俺には分からないから聞いてんだよクソ悪魔! 教師ぶるなら一個一個、丁寧に説明しやがれ! ……後は自分で選ぶから、はぁはぁ」


 ベリアルは空中に薄く黒い煌めきの混ざる息をフゥーと吐き出した。吐き出した息が衛星のように斜めにベリアルの周囲を旋回して消失する。


『僕は堕天使だ。その取るに足らない望みを叶える因果かな』


 そう言うとベリアルは瞳を紅く輝かせ、必要以上に間近に接近して綺羅びやかな息が顔に掛かるようにしてから、一つ一つ刻印の要点だけをじっくりとねぶるように説明し始めた。


 ~*


「………まあ多分、何とか理解出来てるな。今伝えたのをインストールしてくれ」


 大理石の椅子に浅く腰を下ろしている神流(かんな)は何度も頷いてベリアルを押し退()けて立ち上がる。ベリアルの太ももに置かれた深く青い大魔導書の頁が捲れていく。

 開いて止まった頁の左上にある魔導文字をベリアルの青紫の爪がなぞる。それに合わせて魔導文字が淡い光を放ち文字最後を指がなぞり終えて抜けると神流に向けて光の魔導文字が連続して飛んで行く。


 ━━


 ━━━━


「うん、ちょっと気持ち悪い、かなり乗り物酔いみたいだ」


『僕の魔力だからね。身体が崩壊しない事を誇るべきだろう』


「はぁ!? そんな話は聞かされてねえんだよ!」


 ━━!


 目を見開いて怒鳴る神流をベリアルは見ていない。いつのまにかベリアルの腕の先に現れていた廻廊の入り口である扉。その心臓部分に興味無さ気に大魔導書を差し込んで呑ませる。ベリアルは一呼吸おいてから揺ったりと女優の顔のように肩を回して神流に振り向いた。


「…………何だよ?」


『ふぅ』


 溢れる大気より冷たい光の粒子の混ざる息を小さく漏らす。


『ーー君が、望む望まないに関わらず指輪の契約は継続するだろう』


「いきなり来たな、因みにそれはいつまでだ?」


『さあ? この世界が終わる迄』


「適当な事を言うな。時間食ったから、帰る門を山小屋の近くに出して欲しいんだが出来るか?」


召喚(サモン)


 ベリアルが、流線形のネイルが一際映えるひと指し指を立てると、椅子の後ろの空間にシジルゲート(紋章の扉)が出現した。


『君が以前に(くぐ)った場所と繋げてある』


 言い終えたその瞬間、繊麗の趣ある腰を絹糸で引かれたようにふわりと立上がった。ストライプ状にスワロフスキーが並ぶ短いスカートの裾が風もないのに波をうって拡がる。べリアルは唇が触れそうになるほど顔を近付け真顔になる。


 ━━!


『そんな事より、君が僕の事を精神で拒絶せずに受け入れれば、何時でも君と繋がれる。契約の底上げや段階上げも可能だ。有りとあらゆる状況で会話が出来る。お互いの理解も深まり魂の親密性も上がるだろう。僕の中の恥ずかしい最深部分にも触れる事が可能だ。こんな幸運を手に入れる君が羨ましい』


「断る! 色々アリガトよ。じゃあな」


 神流(かんな)は練習を重ねたかのように、無駄の無い動きでベリアルを躱し入って来たシジルゲートから出て行く。


『ほう、ーーーー中々冷たい』


 凍てついた彫刻のような白皙の美貌にうっすらと嗤いが生まれていた。



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