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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
一章
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空回りの空

 

 神流の発した叫びの余韻は微かに反応したのは粗い顎髭を生やした男だった。足元に血塗れで倒れる兵士を一瞥する。


「ふん」


 鼻息を鳴らした顎髭の男が握る長剣の刃には血が滴り落ち鍔まで濡らしている。辿った切っ先では首の3分の1を貫かれた兵士が、巨漢に頭を掴まれたまま血の泡を吹いて何かを言おうと微かに唇を動かしている。

 浅黒く焼けた太い上腕を見せる巨漢が、片手で掴む兵士の頭部から力を抜くと人形のようにぐねりと地面に崩れ落ち事切れた。


「うう……うっ」


 倒れていた瀕死の兵士が息を漏らすように呻きながら片膝を突き仲間を殺した男達に訴える。


「荷物はやる。命だけは助けてくれ! 都で待ってる子供が居るんだ!」


 薄く微笑み頷く顎髭の男が口を開く。


「そりゃあ残念だ。……いいぞ」

「ウシャシャ」


 浅黒い大男の口許がニタリと歪み笑う。南瓜のように堅く握られた拳が横凪ぎに振られた。


 拝むように手を組んでいた兵士の横顔と兜をひしゃげるように吹き飛ばす。勢いのまま大樹の幹に頭から突き刺さると折れた首の骨ごと身体を預けたまま生命を終えた。


「おっと、剣が錆びちまう」


 粗い顎髭の男は死体の衣服で黒い油や血糊を綺麗に拭きとると懐から小さな白い塊を出して刃に塗りつける。


「兄貴それは?」

「豚の脂だ。それより何でコイツらが逃げてたのか聞くの忘れたじゃねえか」

「兄貴が殺しちまおうって言うから」

「うるせえ!」


 荷物を奪った男2人は兵士達の死体を放置して馬に跨がると林の奥に消えていった。


 ━━


 ***


「はぁ……ありえない不条理だ」

 

 一頻り放送禁止用語の混ざる愚痴を吐き出した神流は地面に腰を降ろし置かれた状況をもう一度考えて直していた。


「何もしてないのにどっと疲れたな。何だ?」


 体育座りで繁々と手首を眺める。裾を捲って出てきたのは中学の時に親に頼み込んで買って貰った安い防水性の腕時計だった。


 ━━かなり懐かしい、元私物だ。自慢しながら毎日着けていたが、自転車でコケて割ったんだよな。親にムッチャ怒られた上に捨てられて泣きながらゴミ箱を探した記憶が有るぞ。虐待だよな。その時計が俺の左腕に勝手に装着されてる。


 腕時計を見ると時刻は朝8時05分を示していた。その時刻は神流の会社の最寄りのコンビニで缶コーヒーかカップコーヒーにするか迷ってる時刻でもあった。


「何か飲みたいよな。豆と水分が足りてない」


 ━━もう会社には間に合うとは思えない。タイムカードを代わりに押してくれるような気の効いた同僚は存在してないな。ついでに言えば、今日は専務のパワハラを気にする必要も無さそうだ。目を瞑るだけ遅刻を責められる状況が浮かぶ。


「もしかして天罰的な何かか?」


 ━━専務のハゲ頭を陰で笑ったからか? トイレでサボってた太めの後輩にブーデーと悪口を言ったからか? コンビニでビニールを余分に貰ったからか? 罰にしては重過ぎるだろう? ドッキリの可能性は、まだ残っているのか? 誰が何の為に、こんな事をする必要が有るんだ? 世紀末天災でも起きたのか?!


 胸を掻き乱す不安を声と共に吐き出した。怒りながら周囲を見渡す。自販機は勿論、家も、道すら無い。見える範囲に建物も生き物も存在していなかった。


 目の前の景色達や匂いが、沢山の事柄から現実逃避したい神流にリアルを突き付ける。


「身体の健康状態だよな」


 ━━太股は痛くてヒリヒリするが怪我もしてない。当たり前だが尻尾も角も羽も無く改造された様子も無い。しっかりとした男子の肉体だ。とりあえず下半身の動作確認をしてみよう。


 ━━!?


「ナッタッフォッ! 感度が危険レベル! 更地だ、完全に未使用、未登録だ」


 ━━誤射する危険が、この蒼きボディに宿っている事を努々忘れないように深く胸に刻もう。あと試しに……。


 手を上げてジャンプしてみた。


「空は飛べないようだし重力は一緒かよ○らえもん。身体能力も大体中学くらいか。昔はもっと跳べた気もしたが……つまらん」


 少しガッカリしてから顎を触る。


「先ずは可能性から……」


 周囲を見渡しながら立ち上がるとだらしなく歩き出した。


 ~**


「ハァァ、無い……全く見当たらない。周囲に誰も居ないのを再確認しただけだ」


 必要な物が全て揃っている自分の家や車などを二時間程探していた。貰ったばかりの給与袋を落としてしまった時のように半分涙目で周囲を探索したが、部屋の残骸すらも見付ける事が出来なかった。………疲れ果てて神流は1回目の絶望を経験する。


「くそぉ何もねぇ、ペットボトルも落ちてねぇ。エコ過ぎるだろ自然界……くそっ動こう」


 感情を露にして近くの樹木の幹と地面に堅い枝でスタート地点の印をガリガリと書き出した。戻れるように四方向に長い線を刻むと見上げる。葉の生い茂る方を南と仮定し太陽を見て右手に真っ直ぐ歩き出した。


 ━━日は出ているが肌寒いな。季節もなんか違うし、こういう時は「押さない駆けない喋らない」 いや違う、人里か川を探すのが鉄則だ。夢や幻だとしても生き延び優先。夢でも死ぬって、アニメの赤ん坊が言ってたし俺がアリス的な立場だとしたらトランプ城に行けば戻れるかも知れない。


「もう俺のハートはゲームオーバー寸前なんだけどな……」


 嫌々歩き出した神流だが、変な自信だけは持っていた。


 ━━サバイバルの動画を見た事が何度もあるからな。庭にテント張るのとかバーベキューとか…………ここの空気は綺麗だが腹は膨れない。旅行なら申し分無い……旅行なら。


 歩き出した神流は順調だった。最初の場所はもう影すら見えない。


「歩きやすいし獣道というか人が通れる感じだよな。ビルも民家も見当らない。林業の作業員さんとか居ないのかなぁ? 軽トラのエンジン音とかも聞こえて来ないし」


 ━━木樵(きこり)やマタギのオジサンでもいい。仮にチート小説のセオリー通りならオアシスや伝説の剣、美女の女神や宝箱が出てくるんだが現実味が薄い。


「言うまでも無いが仮に熊やレイドモンスター的なのが出てきたらウルトラスーパー全力ダッシュで逃げる。……死亡フラグ立てて無いよな?」


 進む先に道を塞ぐように巨木が横たわっていた。


 ━━回避すると藪か……。人生に障害は付き物だ。ここからは気持ちを改めて気合いを入れるか。それがこの現状に負けない位の気概となるんだ。


 クラウチングスタートのようにゆっくりと腰を下げて地面に指を付けた瞬間、短距離走者のように駆け出した。


「今の俺は誰にも止められないぜっ!」


 清々しい表情の神流は今の境遇を振り切るように大地を強く蹴り、太い幹に片手を突くと陽射しに押されるかのように勢いを上げ高く高く跳び越えて行った。


 ━━


 ~**


 木々の隙間から差し込んでくるのは柔らかく屈折した暖かみのある陽射しだ。神流にも等しく降り注ぐ太陽光は全ての林を照らす。


「どんだけだよ……」


 虚ろな瞳の神流(かんな)は横倒れで空を仰ぐ。


 威勢良く丸太を跳び超えた先の一部は登るのが苦しい急勾配の斜面になっていた。土と枯れ葉を巻き上げながら20メートルの下まで転げ落ちる最中、大きな木の枝に引っ掛かり中腹の張り出した場所でなんとか止まる事が出来ていた。斜面の下までは、あと90メートルの高さだった。


「死ぬよ死んじゃうよ」


 ━━マジで世界が俺にとって危険。


 湿った土の臭いが鼻腔に漂う、口に入った土と枯れ葉の苦い味が口いっぱいに拡がると神流は盛大に吐き出した。


「ペッペッ、すっぱっ土臭っ」


 不機嫌に起き上がる神流は体を(はた)きながら靴を脱いで中の土を落とす。溜め息を三回吐いてから自分が転がりながら落ちてきた斜面を見上げる。


「すげぇ汚れた、マジやってらんね。調度落ちるとか……上がるのは無理だな。当然下は選考外」


 斜め後ろに首を向けると少し傾斜の緩い斜面である事が解る。


「スタート地点解らなくなるかも知れないが、こっちを上がるか」


 水気を含む空気を吸い込み爪先で登り始める。斜面は反りたつ立つ壁のよう感じていた。


「ふぅ登頂完了。マジ辛辣だわ異世界洗礼……すげえ喉乾いた」


 斜面を登りきった神流は腕や足を回したり、腰を曲げて身体を(ほぐ)す。


 上がった少し先は高い丘になっていた。


 ━━


 ふと何かの気配を感じた。周囲を見回し振り返ってみても、林の木漏れ日の中には自分1人しか居ない。少し寂しくなる。


 ━━なんだ気のせいかよ。


 ……と丘の麓に視線を戻すと、そこには古びた小さい祠が静かに存在していた。


 

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