紅い攻防②
磨かれた銀色と褐色の錆びを浮かせる鉄の苦無が、尻餅を着いた男2人の膝から噴き出す血液と共に生えていた。むせるような血の臭いを放ち生き物のように分かれて流れる鮮血は山賊達のカーゴパンツを紅く紅く色付けていく。
姿を見せぬように屋根の上に立つレッドは風に流れてきた血に混ざる鉄の臭いに黙る。湖面のような沈黙の鎮まりの中、口に残る乾いた唾液だけが音を立てた。
(ーー視界と聴覚を揺さぶり虚を突く。まず2人)
「痛ええらあああぁ!」
「殺られたーーーー!!」
「クソッまたやりやがったなあーー!」
「お前らの仇はとってやるだら!」
「何人居やがる!」
「小癪な! 切り刻むぞぁ!」
絶叫し大股で走る山賊達はしつこく投擲される木串を吠えながら弾き飛ばし、ようやく山小屋に辿り着いた。
「上の奴は居ても1人か2人だ、適当に殺しておけ。俺は扉をぶっこわしてやらあ!」
「任せろやあ!」
扉や壁を破壊しようと力任せに斧や棍棒で殴りつけ始めた。
鉄の苦無と木の串を指に挟んで構えるレッドが姿を見せる。
「出たぞ! ミイラ野郎だ」
山賊の内、2人は屋根からの攻撃を警戒し屋根のレッドを威嚇し対峙している。
「ごら降りてこい! この野郎!」
「うらっ! おらぁっ! くらぁ!」
長剣を持つ男が怒号を飛ばし、もう1人の毛皮を羽織る男が横に動きながら鉄の槍を足元に連続で突き刺してくる。
(槍持ちを残したのもわざと、届く武器が手元に有ればよじ登るのを後にして怒りに任せて攻撃してくる。毒の有無も分からない。踏むのも蹴るのも悪手なら)
ーーッ
レッドは跳躍した。角度をつけて狙いを定めると、複数のの木串を長剣の男目掛けて投擲する。
(━━隠葉の攻)
同時に鉄槍の男にも腰から出した鉄の苦無を射ち込んだ。
ーーガキンッ! ーーバキャッ!
長剣の男は吠えながら横凪ぎに複数の木串を大きく斬り抜いた。
毛皮の槍男はクナイが当たる直前で、雄叫びを上げながら槍の穂先のしなり弾き飛ばした。
勝利を確信した槍男。屋根に着地するレッドの無防備な脇腹に鉄の穂先を突き入れる瞬間、肩に焼ける痛みが走り目端に赤い液体が映った。
「ん?……げぇっ!?」
男の鎖骨の内側に弾き飛ばした筈の苦無が血の華を咲かせている。少し小さい落ち葉のような鉄の苦無だった。槍の男は両手で出血箇所を押さえて苦しみ地面に転がる。
その横では何故か長剣を捨てて山賊男が蹲っている。右の胸骨の間に刺さる小さい落ち葉のような苦無を血塗れの手で取り出そうと膝を突いて呻いている。
「痛えよーー!! 何でぶった斬っだのにぃ!」
「ぐいあああ助けてくれえーーーー!」
(捨てクナイの影に隠して投げてんすよ。安い拷問辛子の粉をたっぷり塗布してね)
「辛子の味はどうっすか?チンピラ山賊共、全力で掛かって来るっす!」
山賊達を煽り自分へ敵意を向けさせる。
━━!
背中で巻き上がった風が……微かに覚えのある狂暴な獣臭が近づいてくる事をレッドに教える。
「もう……ほんっとに……」
(割りに合わない依頼ね。しかも無料……逃げようかしら?)
振り向いた正面に見える林の奥からザザザと静けさを蹴散らす音が聞こえてくる。レッドは視線を向けた深緑の影にある金色の双眸と目が合った。金色の瞳は瞳孔を大きくしてレッドに応える。
林の暗がりから姿を見せたのは、山賊頭のダグブルを背に乗せた巨躯のサーベルタイガーであった。
自分に吹く厳しい風に赤い髪を揺らして応えていたレッドは溜め息をついた。
「はぁっ手が足りない」
屈強な山賊達が群がる山小屋へと億劫に巨躯を揺らし歩を進めているのは、強靭な爪と研磨されたように鋭い牙を有するサーベルタイガーだ。
視線が一瞬、レッドと交錯したことなど意に介する様子などは微塵もない。目に映る全ての生き物は胃に収める獲物としての認識しかないからだ。その大きな背中には、山賊の頭であるダグブルが跨がり眼光炯々として凶悪な光を隻眼に漲らせている。その後方からは、従えられた11人の山賊の猛者達の踏み鳴らす強い足音が続く。
━━
「ーーえっ?」
レッドは四面楚歌の状況の最中、サーベルタイガーを主軸に危険感知を八方に向けていたが、更に別の異質な反応に気付いた。
方向は斜め後ろに建てられた納屋だった。そこから噴出する異様な圧力と気配が気になり振り向いて目を向けてしまう。
「何か野獣でも居るの?」
━━
すると、納屋の扉がボンッと悲鳴を上げ開け放たれた。身長が2メートル以上ある巨体の山賊ドズルが憤怒の形相で姿を現わす。
「……次から次へと……安売りし過ぎたっすね」
シルエットを重々しくしなやかに揺らすサーベルタイガー。堂々と運ぶ足裏に荷重をずっしりと掛けて地面に吸い付かせるように悠々と進んでいく。
ーー途中で踞って座る仲間の山賊の前で足を止め鼻先を向けた。
猫科のサーベルタイガーは、犬や狼等と違い無用な威嚇や遠吠えをしない。その巨躯からは想像が付かないが、身体能力が高く全身が筋肉のバネを思わせる程に身体能力が高い。
足音もソフトで獲物を狩るのに適しており、木の上に居る猿や鳥に音もなく飛び付き急所に剣歯を食い込ませ仕留める。こと戦闘に関して万能を誇る獣の種であった。
ゆっくりと進む最中、鼻を寄せるサーベルタイガーの動作に山賊の頭であるダグブルは気付いた。飲んでいるジョッキから酒が溢れないようにバランスをとりながら、蹲って座る手下に隻眼を向け声を掛けた。
「どうしたゾラピル? 何をしている?」
「頭!? 山小屋の野郎に足を攻撃されて、とんでもねぇ重傷で動けなくなっちまったんでさぁ」
手下はダグブルに己の血液が付着した苦無を大袈裟に見せアピールする。それを1つしかない眼で眺めるダグブルは酒が覚めたような表情を見せると口を開いた。
「シンバ」
ダグブルが名を口にした瞬間、巨躯のサーベルタイガーがクンと鼻先を伸ばす。上半身に装着されたロープがビンと張ると、しなやかな獣の肉体が分厚い筋肉の鎧に包まれている事を示す。
「へっ、?!」
刺さっていた血糊の乾く苦無を持つ手下の手に、サーベルタイガーの長い牙が容易く食い込む。手下は狂ったように絶叫する。
「ギィアアアーーーー!」
「かすり傷じゃねえか! シンバ、そんな小便臭え手は吐き出しとけ」
サーベルタイガーのシンバは顎がゆっくりと開き血塗れの手と苦無を最後にザラついた舌で舐めた。ダグブルが顔を歪めて手下を睨み付ける。
「まだ重傷になりてぇのか?」
「ぎぃひぇあああーーーー!」
手下は穴の空いた手を押さえ足を引きずりながら、山小屋に向かって走っていく。後ろで控えて居た鉄球に鎖の付いた武器を持つオールバックの髪型をした手下がダグブルに囁いた。
「頭ぁ、ありゃ死んじまうんじゃねぇですか?」
「おん? さっき言ってたろ重傷だって、死ぬとしたらアイツは敵の攻撃で死んじまうんだよ。死んだら仇を討ってやらねえといけねぇなぁ」
残りの酒を飲み干して酒のジョッキを投げ棄てた。
「たかが山小屋1つに愚図愚図してやがって、俺様が動かねぇと駄目なら一人づつ重傷にしてやるぞくらぁ!」
「……俺等が、どうにかしてやりますよ」
「ふん、待っててやる」
ダグブルの不興を買わないようにオールバックの男とコンビの男は2人共に鎖付きの鉄球を担いで走り出した。
ダグブルは新たに酒の革袋と骨付き肉を2本取り出して1本をシンバの鼻先に落とし高見の見物を決め込んだ。
**
継続される扉の破壊に扉の枠が削り砕かれていく。とうとう、中が見えてきた。その隙間を山賊が覗き込む。奥で身を寄せ合うミホマとマホが見えた。ミホマは息を呑んでマウを抱き寄せ、マウは鍋の蓋を持って震えながら構えている。
「開けろ開けねえと扉ごと壊すぞ! 何もしねえから開けてくれヒッヒ皆も見てみろ」
「へへ、こんなチンケな小屋にまあまあの上物がいたとはな」
「持ち帰って売り飛ばすだけなんて勿体無え。頭が来る前に味見すんべや」
ミホマの後ろに隠れて涙目になるマウは声を上げる。
「カンナが来たら皆やられちゃうんだからーー!」
武装した山賊達は舌を出して笑うだけだった。小さな隙間から、しつこく舐るように覗く山賊にミホマは問い詰める。
「何故、あなた達はこんな酷い事をするの? 私達が何をしたと言うの?」
「ああん? そんなこと聞いて何になる? 仲間がやられた、副頭が中に居ても居なくても殺す。教えたろ、抵抗しても無駄だから早く開けて楽になれ」
山賊は大きく開けた歯並びの悪い口から酒気の混ざる生臭い息を吐いた。陽光を鈍く反射する長い曲刀を嗤いながら振り上げ扉を乱暴に斬りつけ始めた。




