紅い攻防①
偵察から飛ぶような速さで戻って来たレッドは、納屋と山小屋が見えてくる手前で進むのを止める。木の上のまま目を瞑ると静かに気を集中する。ピーンと研ぎ澄まされた感覚が異質な呼吸音や殺気の類いを探知していく。
(━━━━尾行等はされてはいない)
「……」
周囲に追手や敵の気配が無い事を確認した上で山小屋に向かわず地形や周囲の樹木の並び等を頭に入れていく。暫くしてから山小屋の扉の前に訪れ顔に巻いたターバンを外して腕に掛けながらノックをする。
すぐに扉が勢いよく開いた。
「マホ! ……あっ」
レッドの顔を見たミホマは驚きと落胆を混ぜた表情を見せる。後ろに隠れるマウも似たような反応を示した。それを見たレッドは神流が戻っていない事を悟りミホマに要件を伝える。
「……レッド・ウィンドと言います。カンナの旦那から聞いてると思うんですけど、20人程の山賊が此処に向かって来てます。直ぐに逃げるか立て籠るかした方がいいですよ」
「そのような話を聞いてます。神流さんから閂をして戸締まりするように言われてます。……レッドさん、納屋に居た山賊が逃げて娘のマホが居なくなって仕舞いました。直ぐにも探しに行くので中に居る私の娘をお願い出来ますか?」
レッドは考える素振りすら見せず即答する。
「断ります」
「……」
表情から温度を消したレッドは唖然とし悲痛な表情を見せるミホマに先程の説明を繰り返す。
「カンナの旦那が帰って来るまで待って下さい。最悪は全滅です。……生きてさえいれば何とかなるっすよ。取りあえず此所で生き残るのが先決っす。逃げないなら、アッチが外に出たら閂を降ろして立て籠って下さい」
「……えっ!?」
ミホマの言葉に薄い同情の色を見せただけのレッドは事務的に扉をしっかりと閉めるように再度伝えた。
依頼に対してのレッドの判断は的確だ。ミホマだけ探しに向かっても、人質にとられたり返り討ちに遭うだけだろう。山賊が向かって来てるのに守るべき対象がバラけていく事は避けたかった。子供だけ置いて行かれたら、守る事すら出来なくなる。レッドにとって大事なのは神流が戻ってくるまでの間、対象を守る事だった。
「もう一回言いますよ! 逃げないなら、その子供を守って立て籠って下さい。アッチは屋根に上がって見張りをします。今、この危機を乗り切るんすよ」
「…………」
レッドはミホマの返事を待たず、窓から屋根に飛び乗り山賊が来る方向と逆側に身を伏せる。頭と顔にターバンを巻くと腰の袋から、細かく割かれた薪を取り出して短刀で先を削り始める。
「あ~あ、旦那と組むと雑用がかなり増えそう」
(いくらなんでも命までは貸せないっすね。その時は……)
一刻程すると
山小屋に見知らぬ男女が早足で駆け寄って来る。小屋の扉を叩き助けを求めてきた。
「はあはあ、今すぐに助けて下さい!」「とてもとても狂暴で乱暴な賊に追われているんです」
2人の必死な声にミホマが窓から顔を覗かせる。2人の見た目は孅そうな女性とその旦那らしき男性だった。2人はミホマを見るや否や手を合わせ声をかけ懇願する。
「このままじゃ俺達が殺されてしまうだろ。考えないで早く入れてくれ!」「お願いしますから中で匿って下さい。お礼はたんまりしますから!」
「ーー!? すぐに扉を開けますから少し待って下さい」
(…………)
同じ山賊被害にあったのだと察したミホマが、閂を外し扉を開けようと、
「これで助かっ……ぐっ」「良かったわね……あうっ」
屋根に身を潜めるレッドからの無情な投擲攻撃が男女を襲う。
「ええっ!?」
扉を開けたミホマの前に助けを求めていた男女が倒れていた。2人の首筋に木の串が刺さりピクピクと痙攣している。
「塗ってあるのは斑蜥蜴の痺れ毒っす。そんな臭い芝居じゃ小銅貨にもならないっすね」
ミホマの前にレッドが音を殺して飛び降りる。
「毒!?」
「コイツらは山賊の先遣隊っすよ。さっき一緒に居るのを見たんすよ。ほら、二人ともナイフと短剣を持ってますよ」
「えっ!?」
奪ったナイフと布の財布を当たり前のようにスッと懐に入れるレッドにも目を大きくするミホマ。2人は周囲を警戒しながら山賊の男女を縛りつけ山小屋の奥に引きずり入れる。レッドが外に出る前にミホマに振り返り注意を促す。
「アッチが外に出たら扉にカギと閂を、そして万が一でも開かないように家具とかで、つっかえ棒とかをして下さい。アッチかカンナの旦那が合図するまで扉を開けたら絶対に駄目っすよ」
俯き加減のミホマに眉を上げるレッド。
(まったく……死にたいんすかね)
「……はい。気を付けます」
ミホマは僅かに頷いた。
━━*
屋根の上で木を削り投擲用の武器を作成しているレッドの耳に複数の乱雑な足音と不快な話声が聞こえてくる。懷から小さい手鏡を取り出して屋根の向こう側を見る。
林の方角から各々武器を携えた7人組の山賊達が向かって来ていた。ニタニタと下品に笑う粗暴な山賊達からは、明らかに手練れの雰囲気が漂い余裕の表情が窺える。
(長剣、槍、鎖、防具無し、歩法は並……1人づつなら大したこと無いのに……手元にある有利は待ち構えている事を奴等は知らない。ぎりぎりまで動向を探り攻撃の時を選べる……奇襲)
「おっ?何で先に行ったチオグとグラネリエが居ねえんだぁ?」
「騙して中に入ってから、殺すか裏切るって言ってただら」
「こんな小っけえ小屋に6人じゃ多過ぎだ。オイラ1人で十分だ。頭が来る前にチョロッと終わらしとくだ」
「グゲハハ、くびり殺すのは何人だ? もう居ねえかもな」
━━
横並びに迫る山賊に向かって小屋から木で作成された鋭い串が複数投擲される。
バキャッ!
毒の塗布された太い木串が3本とも長剣で弾かれる。真っ二つになり飛んで行く木の串を見て、山賊達が鼻で笑い武器を振り回す。
「誰か居んなぁグハハハ」
「そんな遠くからじゃ当たるわけねえだろヒッヒ」
「グッハァ、もっと投げて見ろ歯のカス掃除してやる!」
「そんなチンケな武器でどうすんだら」
━━
余裕の表情で山小屋に迫り来る山賊達の先頭2人に、再度、木の串が投擲される。当然のように鉄の長剣で斬り弾かれる。
ーーバキャッ!
「効かねえなぁグハ……」
違和感を感じた男が自分の足を見ると、
細長いクロスボウの矢が足首の上部に突き刺さり貫通していた。ドクドクと血が流れブーツを赤く濡らしていく。
「グアアア! 俺の足がぁ! 血がぁ━━!」
(可動域の大きい膝を狙ったのに足首か……)
レッドは頭部に太い木の串を複数打ち視線を上部に固定させて本命の膝を狙っていた。上半身を狙っても無難に躱されたり弾かれたりしてしまい、当たったとしても怪我を我慢して襲ってきてしまう。
『頭部は陽動、狙うなら足の間接じゃ』その言葉を頭の中で反芻し繰り返す。
レッドの持つクロスボウは言わずと知れた、神流が襲ってきた山賊ドズルから奪った代物である。神流が偵察を頼むと共に渡してきた武器だ。
「……普段使わないクロスボウだったけど役に立ったわ、上出来ね」
クロスボウを横にゴトリと置いて屋根に身を伏せて再び身体を隠した。
山賊の男は膝から崩れて地面を転がる。それを見た山賊達の空気が白々地に殺意を帯びたものに変化する。
「もう容赦しねえだら!」
「仲間の血の倍以上、流させてやる!」
「半殺しは止めて全殺しだぁ!」
「バラバラにして埋めてやるぁ!」
血管を浮き立たせ激昂する山賊達は武器を掲げて突進を始めた。
(それもお見通しーー投げ弾っ)
レッドから放たれたのは、緑に塗られ植物の蔓に巻かれた紙の玉に紐が付いたものだ。それが駆け出す山賊達の足元にボトッと正確に落ちる。
「……1、0、弾けろっす」
瞬間、バアンッと大きな音を立てて炸裂する。中に詰められた火薬と硫黄と小石が破裂と共に煙を上げ凄まじい勢いで飛散した。
「「「「「「ぐっはあぁぁぁぁーー!」」」」」」
瞬く間に熱気と火薬の焦げた臭いが周囲に拡がる最中、音の衝撃と石つぶてをまともに受けた山賊達は、悲鳴を上げて後ろに尻を着く者、大袈裟に倒れる者、咄嗟に顔を隠した者と様々だ。
(隠燕の攻)
ーー漂う煙の残滓を縫うように二条の銀光が突き抜けた。
ーードシュ! ビシュ!
磨かれた銀色と褐色の錆びを浮かせる両刃のナイフのような鉄の苦無が刺さる。尻餅を着いた男2人の膝からは流れ出す血の花のように生えていた。
血溜まりは、むせるような血液と鉄の臭いを周囲に漂わせる。生き物のように分かれて流れる鮮血は山賊達のカーゴパンツを紅く紅く色付けた。




