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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
ニ章
34/140

心臓の扉

 

 ベリアルの座す宮殿は限りなく無機質な亜空間に儼乎として存立している。規格外の宮殿の造りは綺羅びやかな宝石で緻密に曲線を細工された円柱が並み立つ。物理工学などまるで存在しないかのように、箸のように細い宝石が何層もの梁を構成して柱を繋ぎ、重厚で荘厳な果てのない屋根を支える。


 その最奥部では、魔法が使えると告げられ驚きを露にした神流(かんな)がベリアルと共に大理石の椅子に腰掛けて居た。


 ━━俺が魔法を?


 神流の強張った表情が解けずにいる。


「………………」


  魔改造された山刀、ベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を指で摘まむベリアルが、その様子を精察している最中であった。トルコ石を思わせる双眸が査閲し吟味するかのように凝望し、樹氷で撫でたように艶めく唇が線を引いて開く。


『魔法が使用出来る呪具と機会を与えられ、感動した君がズボンを濡らしていたとしても、僕は君を軽蔑したりはしない』


「俺がいつ漏らした? 黙ってると思ったら何の仮定を話し出すんだ! 魔法って言われても一般人の俺にはピンと来ないに決まってるだろ」


 ━━やはり調子が狂いまくるな。コイツの話を人間の感覚で、まともに聞いてはいけない。感情的になっては駄目だ。それは、十二分に分かってはいるんだが、それを見透かしたように神経を爪楊枝でつついてくるから腹立たしい、流石大悪魔のスキルと言うべきか。


『既に外界に彷徨く幽体やアンデッドにでも解るように示教した。それをもってしても理解が届かないとは恐れ入る才覚だ』


「そんなものと一緒にしてくれるなんて光栄ですよ悪魔様。早く話を進めろ」


 苦々しげに先を促す。


『僕は堕天使だ。何度言えば、その淡泊な脳細胞に焼き付ける事が出来るのか憂虞してしまうよ。君は精神魔法を発動するベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を簡易詠唱のみで使用出来るようになったんだ。君が涙目で抱える砂の粒子より矮小な悩みなど、その呪具に縋り付けば塵となり消え失せるだろう。全くもって君には過ぎた魔法だ。僕に無量の感謝をしてオイオイと咽び泣くといい』


「……絶対に意地でも泣かねえ。じゃあ、その呪われてしまった山刀を使えば炎が吹き出たり水がドバッと出るのか?」


 肝心なところを聞こうとしてもベリアルは、チア服の胸元が目立つように神流(かんな)に向き独特のポーズをとり反応への観察を続けている。ミホマ達に迫るであろう危険。それを考慮すればする程に急いで離脱したくなる神流(かんな)は苛立つ焦燥感を露にして荒く言葉を投げつける。


「話を止めんなっ!」


 強い語調で呼ばれてもチア服の堕天使は、仄かな怒りを見せる神流(かんな)へ氷のような瞳で流し目を送るだけで意に介さない。溜息を大きく吐いた神流が再度呼びかけようとすると、


ベリアルサービル(ベリアルの軍刀)が詠唱に反応して発動するのは精神魔法だ。それに女性への敬意を、いや、僕への愛を忘れてはいけない』


 ━━精神魔法? 他は無視無限。


「……何となく凄いのは解ったけど何で精神魔法なんだ?というかそんな物が俺にちゃんと使えるのか? その簡易詠唱とやらもさっぱりだ」


 べリアルは僅かに頷き、神流(かんな)の顔に視線を入れつつスカートの裾を少し(めく)り上げた。


 ━━ほんとにコイツは何がしたいんだ? 会話が成立しているかも怪しい。


『持つといい』


 神流の手の中にベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を寝かせるように置いた。染々と禍々しく姿の変わり果てた山刀を眺める。


「これを使って……」


『まだ揃っていない』


「何がっ?」


『剣をまるで使えず碌な身体能力を持ち合わせず僕に縋り付く君の存在』


 ━━常に腹立つ言い回しだな。その通りだけど。


『付け加えれば罪人の内蔵を引きずり出して殺戮し皆殺しにしてしまう勇気すらも無い』


「それを勇気と言うなら一生無くていいよ」


『君は覚えているかい』


 そう言った後、ベリアルが上質な白皙の皮膚にはめ込まれた形の良い唇を濃紫に染め直す。


 唇だけ動かして何かを囁いた。するとベリアルサービル(ベリアルの軍刀)の刀身が光を強く発して消えた」


「あっこれってあの時の」


『そうだ、あの時もどの時も僕だろう。封印されて窮してる状態で無駄に愚かに危機に陥る君やオモチャに耐性強化や武器破壊無効、呪い無効、物理攻撃減退無効、悪魔細胞破壊等を施した上で強化攻撃や混沌魔法からも守る措置を講じていた』


「ああ……そうだったな。……以前は助かったよ。本当に……」


 ━━くっ、改めて言われるとベリアルに頭が上がら無くなっていく。


『魔導武器であるベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を手にした君は魔法を使える状態になっている。シジルマーク(魔紋章)から僕が魔力を供給してその魔導武器を発動させたら使用が出来る状態だ。だが、只それだけだ』


「イマイチ分からん。それで十分なんだが」


『僕は伝えた。僕の気が向き食指が動いた時にしか手を貸さないだろうと。君以外に死の危険が赴いたとしても魔力供給してベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を発動させる事はないだろう。君は自分以外の者への危険に対し魔法無しで何とかせねばならない』


「……今までの話はなんだったんだ!」


 カッとなる神流の胸は急激な不快感が沸き出し、ベリアルに対する悪感情が溢れていく。明らかに不機嫌な皺を眉間につくりベリアルを睨みつけた。


『良い表情するじゃないか、その感情も僕の好みだ。自分の意思だけを反映して魔法を使いたければ自分の魔力を使う事だ』


「自分の魔力?」


「君の脳が理解に届きそうだ。君は資格を得て使えるように成っただけだ。自分の意思で魔法を発動して使用する事も出来ない。その上、魔法を魔法少女のように使用したら意識が持たなくなり倒れるだろう」


 ━━魔法少女? 倒れる?


「何でそうなる?」


 『最小限とはいえ僕の魔力を外の世界で体内に帯びる事になる。魔力経路を開いたばかりの君の身体だと細胞や魂自体が魔力の負荷に耐えられないだろう』


 ━━結局。


「使えないって事か……解った。俺はもう戻るぞ」


『中途半端な力は身を滅ぼすだろう。少し慣らして来るといいサモン(召喚)


 指を鳴らすと巨大な扉が召喚された。それは沢山の人間が心臓の形に埋め込まれたような青銅製の扉だった。


『奥に置いてある僕の「書」を持って来てもらおう。人間達が大魔導書と呼び、狂ったように欲しがっていた事もある』


「慣らす? まさか……試験とか特訓的なやつか?」


『君が酒蔵庫にブランデーを取りに行く動作をそう呼ぶならそうなのだろう』


「今やる事かよ! 扉プレイとかやってる暇なんかねえんだよ」


 ベリアルは人差し指の付け根を唇にゆっくりと這わせる。


「扉の先に在る僕の「書」を持ってくる事すら出来なければ、ベリアルサービル(ベリアルの軍刀)の使役どころか魔力に身を焼かれ意識を失うだけだろう。君が悶えて踊る姿に興味を持つ僕がいる事は否定しない。魔法を振るい自己満足し惨めに意識を失う。目的を達成せず苦悩する君も一見する価値はあるだろう。他の人間など僕には無価値でしかない。忘れて見捨てる事を強く勧め……」


「もうそれ以上言うな……」


 神流は扉の前に歩いて立つと不気味で柔らかいノブを躊躇せず握り扉を開けた。先に見えぬ澱んだ空間が慟哭の聲が唄声を奏でていた。


「くっ」


『止めるかい?』


「…………聞こえねぇよ」


 神流は前倒しになり身体を空間に入れ込んだ。


 ━━


 そこは薄光を放つ鈍色(にびいろ)の魔石で造られた一直線の廻廊だった。壁には10メートルを超す悪魔の像が埋まり奥まで並んでいる。その像達は片腕を伸ばし掌に立つ燃える蝋燭を掲げていた。


 ━━上手いこと入る流れにされてたな。洗脳されてるかも知れないから恐ろしい。此所に来ないと駄目なんなら最初から出せよ。全く意地が悪い、流石悪魔デーモン。


 神流は後ろを振り返り空間の入り口が閉じて無いか確認する。


「パブロフの犬だな。帰れ無かったら元も子も無いし……「書」ってアイツの恥ずかしい変態日記とかじゃないだろうな」


 ベリアルサービル(ベリアルの軍刀)の柄をしっかりと触り抜ける状態を確認すると前に踏み出した。


「はぁ、何だよ暑くも無いのに酸欠か? 換気してんのかよ? 灯りがあるのはせめてもの救いだな」


 進むにつれ、うっすら額に汗が浮かんで来ていた。並んで埋まるリアルな悪魔像の視線が気になって仕方の無い神流の足が早まる。


 ━━


 進む先に顔を向ける。凝視すると突き当たりは廻廊とは違う部屋の造りとなっているのが解る。神流の黒い瞳には、既に近付いている危険の兆しは映ってすらいなかった。



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